第871話 妹を守る兄の鑑
ドライアドの里の泉から、天空樹ユグドラエルのもとに向かうライト達。
しばらく歩いていくと、すぐにユグドラエルのもとに辿り着いた。
今まで見てきたどの神樹よりもはるかに大きく、壮大かつ威風堂々とした佇まいのユグドラエル。
ライト達は空を見上げるかのように、顔を真上に上げて挨拶をする。
「エルちゃん、こんにちは!」
「よう、エルちゃん。久しぶり」
「エルちゃん、元気にしてたか?」
「エルちゃん、ご無沙汰してます!」
『四人とも、ようこそいらっしゃい』
ライト達の元気な挨拶に、ユグドラエルも嬉しそうに返事を返す。
枝葉がサワサワと揺れ、心地良い葉擦れの音が辺りに響き渡る。
『ドライアド達のところで加護を得たようですね』
「はい!おかげ様で、ぼく達も植物魔法が使えるようになりました!」
『それは良かったですね。地上での生活に是非とも役立ててくださいね』
「はい!」
ユグドラエルの優しい言葉に、ライトの顔が綻ぶ。
「そのお礼と言っては何ですが、今からエルちゃんにもブレンド水をご馳走させてくださいね!」
『まぁ、私にまでご馳走を振る舞ってくれるのですか?』
「もちろん!レオ兄ちゃん、ラウル、マキシ君も手伝ってね!」
「「おう!」」「はい!」
ライトの呼び掛けに、レオニス達も威勢よく応える。
樹木である神樹達に、ドライアドや属性の女王達のようにお茶会と称してスイーツをご馳走することはできない。
だが、他にはない極上の水や氷ならご馳走することができる。ライトが生み出すブレンド水こそが、神樹達への何よりの手土産やお礼となるのだ。
ラウルがいそいそと水入りのバケツを出し、そこにライトが様々な回復剤を混ぜていく。
本日のラインナップは『濃縮エクスポーション』『濃縮セラフィックエーテル』『グランドポーション』『コズミックエーテル』の四種類。これは、先日ユグドラツィに振る舞ったラインナップと同一である。
水の準備をしながら、ライトはユグドラエルに解説がてらブレンド内容を話していく。
「今回のお水は、氷の洞窟に住む氷の女王様から直接いただいた氷を融かしたお水なんですよー。あ、試しに氷のままで一個お味見してみますか?」
『まぁ、そんな貴重なものを味見させていただけるのですか?』
「もちろん!ラウルー、氷の女王様からもらった氷を一個そのまま出して、エルちゃんにご馳走してあげてー」
「了解ー」
ライトの要請に応えるべく、ラウルが早速空間魔法陣を開いて一際大きな氷の槍を一個取り出す。
ラウルはそれを、ユグドラエルの根と幹の境目あたりにそっと置いた。
『氷だけに、とても冷たいですが……ひんやりとした冷気以上に、凝縮された清廉な魔力を感じます』
「何てったって、氷の女王様の手のひらから直接生み出された氷の槍ですからね!これ、普通に置いといてもなかなか融けないんですよー」
『融けない氷ですか。夏に涼を取るのにもってこいでしょうねぇ』
「来年の夏には、是非そうしたいですよね!」
氷の女王が生み出した氷の槍。
そこに込められた強大な魔力を、ユグドラエルも感じ取ったようだ。
さすがは最古の神樹である。
そしてライトのブレンド水解説はさらに続く。
「先日これと同じものを、ツィちゃんにも出したんですが。ツィちゃんは『癖になる味』と言ってましたねー」
『まぁ、癖になる味、ですか……私も樹木としてこの世に生を受けてから、結構な長い時を生きてきましたが……『癖になる味の水』とはどのようなものなのか、全く想像もつきませんね』
「ですよねー。でも味が不味い訳ではないみたいですよ? 『独特な風味があって、とても美味しい』とも言ってましたから」
『独特な風味……ますます以って想像できませんね……』
ライトの解説に、ユグドラエルは期待と不安が入り交じった声になる。
末妹が『美味しい』と評したのだから、不味いということはないだろうことは推測できる。
だが、一見普通の水に対して『癖になる』とか『独特な風味』とか、そうした表現がつく意味が分からない。
いや、氷の女王が生み出した氷を融かした水がベースになっているのだから、ただの普通の水な訳がない。
それはユグドラエルも重々承知しているのだが、先程味見として根元に置いてもらった氷の槍からはそこまで特殊な味は感じない。
清廉な魔力が心地良いと感じはしても、『独特』とか『癖になる』とまでは正直ユグドラエルにはとても思えなかった。
そして全ての準備が整い、レオニスとラウルが交互にバケツを手に持ちユグドラエルの根元にブレンド水をゆっくりとかけていく。
四種類全ての水をかけ終え、後はユグドラエルの評価を待つばかりだ。
根元にかけた水が十分に染み渡った頃、ユグドラエルが徐に言葉を発した。
『これは……確かにツィの言う通り、何とも癖になりそうな味わいですね……』
「でしょでしょ? やっぱりツィちゃんが言ってた通りでしたね!」
『ええ……実際に味わうまでは、一体何がどうしたらそんな評価になるのかさっぱり分かりませんでしたが……自然界にあるだけでは決して辿り着くことのできない、人族の叡智がもたらした奇跡の味ですね』
「ききき奇跡の味!? そそそそんな、人族の叡智とか大層なものでは……」
今日のブレンド水を大絶賛するユグドラエルに、今度はライトが度肝を抜かれる。
たかだか各種回復剤を混ぜただけの水を、そこまで過大評価されるとは思っていなかった。
そこまで高評価を得ると、逆に恥ずかしくなってくるライト。
しかし、考えてみればベースの水からして超貴重なものであることは間違いない。
ライトが混ぜた濃縮系回復剤も、何気に珍奇な品だ。何しろ既存にはないタイプの回復剤で、薬師ギルドでも新種扱いされて研究対象となっているのだから。
そして、その超貴重な稀少品同士をコラボさせたのは、他ならぬ人族の子であるライト。
ユグドラエルが今日のブレンド水を『人族の叡智がもたらした奇跡の水』と評するのも、当然のことであった。
過大評価を恥ずかしがるライトに、ラウルがライトの頭をくしゃくしゃと撫でながら声をかける。
「ま、エルちゃんが美味しいって喜んでくれるなら、それでいいじゃないか。なぁ? ご主人様よ」
「そうだな。これが人族の叡智ってのは、さすがに俺も言い過ぎだとは思うが……それでもエルちゃんやツィちゃんが喜んで味わってくれてるのなら、それが一番良いことには違いないな」
ラウルから問いかけられたレオニスが、ライトの肩にその手をポン、と置いて小さく微笑む。
そう、二人の言う通り、神樹達が喜んでくれるのが一番だ。もとはと言えば、ライトが神樹達に少しでも美味しいものをあげたくてやり始めたことなのだから。
ラウルとレオニスの言葉で、それを思い出したライトの顔に明るさが戻る。
「……うん、そうだね!」
笑顔が戻ったライトを見て、ユグドラエルが改めて声をかける。
『ライト、レオニス、ラウル、マキシ……いつも私達のことを気にかけてくれて、本当にありがとう』
礼を言うユグドラエルの言葉と同時に、ユグドラエルの豊かな枝葉もサワサワと揺れ動いていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「さて、そろそろ光の女王と雷の女王にも挨拶しに行くか」
ユグドラエルへの挨拶とブレンド水のご馳走が済んだことで、レオニスは次の行動に移ろうとしていた。
するとここで、ユグドラエルがレオニスに向かって声をかけた。
『時にレオニス。一つ尋ねたいことがあるのですが』
「ン? 何だ?」
『貴方達は先日、イアに会ったのですよね?』
「こないだのことか? あー、あん時は俺はイアには会ってないが、ライトとラウルはイアに会ってきたぞ」
『その時に、ツィの結界を作るための素材として一番太い枝を貴方達に託した、と聞いていますが……』
「ああ、ライトとラウルがイアから預かった枝は、今は俺が預っている。結界作りの達人であるナヌス族と協力して、枝に魔法陣を刻み込むなどして準備中だ」
ユグドラエル本人ならぬ本樹と話をしたのか、それとも結界を作ってもらう側のユグドラツィから聞いたのか。
どちらからの情報かは分からないが、ユグドラエルも海樹の枝をユグドラツィの結界のために切り分けてもらったことを知っているようだ。
『もしよろしければ、その枝を見せてもらえますか?』
「いいぞ、ちょっと待っててくれ」
ユグドラエルの要望に応じ、レオニスは空間魔法陣を開き海樹の枝を取り出した。
そこに出したのは、アイギスのセイが切り出した円形の板状のものと、それにナヌス達が魔法陣を刻み込んだものの二種類であった。
『この円形にしたものを使って、ツィの周囲に結界を張るのですか?』
「ああ。こっちの魔法陣を刻み込んであるのが完成品の駒で、まだ何も刻まれていないのはこれからナヌス達が魔法陣を刻み込む予定のものだ。何しろ一枚一枚全てにこの複雑な魔法陣を入れなきゃならんからな、全部完成するまでにはまだもう少し時間がかかりそうだ」
『そうですか……でしたらレオニス、貴方に一つお願いがあります』
「ン? 何だ? 俺でできることなら何でも協力するが」
海樹の枝の現状とその工程の予定を知ったユグドラエルが、レオニスに向かって改めて頼み込んだ。
『ユグドラツィの結界に使うためのその駒?が全部完成したら、結界作りに用いる前に一度、私のところに持ってきてくれませんか?』
「そりゃいいけど……どうするんだ?」
『その魔法陣が刻まれたイアの枝に、私からも加護を付与したいのです。そうすれば、ツィを守る結界はさらに強くなるでしょう』
「そりゃありがたい!エルちゃん、ありがとう!」
ユグドラエルからの思わぬ申し出に、レオニスが満面の笑みでユグドラエルに礼を言った。
そんなレオニスに対し、ユグドラエルも改めて礼を述べる。
『いいえ、礼を言うのは私の方です。貴方達はユグドラツィの身を守るために尽力してくれるだけでなく、イアの無念さを晴らしてくれたのですから』
「それは……」
『イアは神樹族の中でも特殊な子で……海底に住まう唯一無二の神樹。陸上で何かあっても、その手を差し伸べることは容易ではありません』
「確かにな……」
海樹という非常に特殊な立場にあるユグドライアのことに言及するユグドラエル。
それは、弟のことを心配する姉の姿そのものだった。
『海樹ユグドライア……一見ぶっきらぼうで無愛想に見えて、本当は思い遣りに溢れた子なのです……ただ、ちょっとだけ他者との接し方が上手でないだけで、私達家族には人一倍優しくて……根は決して悪い子ではないのです』
「そりゃもちろん俺達だって知ってるさ。なぁ、ライト?」
「うん!」
ユグドライアのことを理解してもらいたい、その一心で次男の良さを懸命にアピールするユグドラエル。
もちろんそれはライト達だってよく知っている。
それをユグドラエルにも分かってもらうために、レオニスに話を振られたライトも懸命にユグドラエルに話していく。
「だからこそ、ツィちゃんを守るための結界作りに自ら協力してくれるんですよね!ね、ラウル?」
「ああ。あれこそ妹を守る兄貴の鑑だ。それに、俺達にもたくさんのガラクタをご褒美として譲ってくれたからな」
『え? ガラクタ? ……あの子、一体どんなものを褒美として貴方達に渡したんです……?』
せっかくいい話をしていたのに、ラウルがついポロリと漏らしたガラクタご褒美話にユグドラエルが疑念の声を上げる。
確かに褒美がガラクタとは非常に聞こえが悪い。もしここにユグドライアがいたら『ちょ、待、エル姉、それは誤解だ!』と必死になって言い訳するに違いない。
もしそんなことになっては可哀想なので、ライトが慌ててフォローに回る。
「あ、えーと、それはですね……イアさんを日頃守っている男の人魚さん達が、いろんな海域で拾ってきた宝物をぼく達にも分けてくれたんです!」
『宝物……ですか?』
「はい!男人魚さん達というのは、出かけた先でいろんなものを拾ってくる習性があるようでして……その中で、男人魚さん達やイアさんでも結局使えなかったものをぼく達にくれたんです」
『それで『ガラクタ』という訳ですか……まったく、あの子ときたら……』
ラウルが言っていたガラクタという言葉の意味を、ライトの解説でようやく理解したユグドラエル。
それでもその声音は、心なしかスーン……としている。
ユグドラエルの中でまだユグドライアの名誉が回復しきれていないことに、ライトは内心焦りつつ更なる擁護を繰り広げる。
「で、でも!例えイアさん達には使えなかったガラクタでも、ぼく達には十分立派なお宝がたくさんありましたし!食器とか頑丈な宝箱とか……ね、そうでしょ、ラウル!?」
「ン? ぉ、ぉぅ、海底に眠るお宝をたくさん譲ってもらえて、すごくありがたかったぞ」
『貴方達にとっても良い物だったのなら、まぁいいですが……』
必死に同意を求めるライトのギラリ!と光る目に、ラウルがたじろぎながらも同意する。
ライトの懸命の努力が実ったのか、ユグドラエルも何とか納得したようだ。
ただしその声音には、未だにスーン……とした響きが多分に残っている気がするが。多分それは気のせいではない。
『……まぁいいでしょう。イアも、あの子なりに貴方達に礼をしたかったのだと思いますし……至らぬところだらけの子ですが、何卒多目に見てやってください』
「もちろんです!イアさんとはこれからも仲良くしていきたいですし!」
『ありがとう……そう言ってもらえると、私としても救われます』
ライトの心遣いに、再び穏やかな声に戻るユグドラエル。
人族と神樹族の絆がより深まった瞬間だった。
何でしょう、今日は夕方からずっと作者のぽんぽんの調子がご機嫌斜めで、トイレと部屋を何往復もしてました><
作者は基本的に胃腸は鋼鉄なんですが、それでもたまーにお腹が梅雨時になることがありまして。もちろんそんなのは年一とか滅多にないんですが。
でもいいの。多少ぽんぽんがお祭り囃子でピーヒャララしててもね、熱出して寝込みさえしなきゃいいのよ!
でもって、何とか24時前までに投稿すべく、ヘロヘロになりながら何とか書き上げました。
この後布団でゆっくり寝ます……




