第862話 虹の如き煌めき
カタポレンの家で、昼食を済ませたライトとレオニスとラウル。
ちゃちゃっと片付けを終えて、三人は家の外に出た。
「じゃ、ライトは先にツィちゃんのところに行っててな」
「うん、分かった!レオ兄ちゃんもラウルも、気をつけてお迎え行ってきてねー」
「「おう」」
ライトがそう言うと、レオニスとラウルはふわりと宙に浮き上がり、ギュン!とものすごい速さで飛んでいった。
二人が向かったのは、ナヌスの里のある方向。そう、今日の午後はナヌス達とともにユグドラツィの結界について話を進める予定なのだ。
レオニス達はナヌスをユグドラツィのもとに連れていくためにナヌスの里に向かい、ライトは一足先にユグドラツィのもとに向かう、という訳だ。
「……さ、ぼくもツィちゃんのところに行こうっと!」
レオニス達と一旦別行動になったライト。
アイギス特製マントを羽織り、アイテムリュックを背負ってユグドラツィのもとに駆け出していった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ツィちゃん、こんにちは!」
『ようこそいらっしゃい、ライト』
ユグドラツィのもとに到着したライト、早速元気よくユグドラツィに挨拶をする。
小さな親友を迎えたユグドラツィも、嬉しそうにライトに声をかける。
『今日は一人で来たのですか?』
「いいえ、レオ兄ちゃんとラウルも後から来ます。二人は今、ナヌスの人達を迎えに行ってます」
『ああ、あの頼もしい小人族ですか。確かに彼等の住む里は、ここから少し離れてますもんねぇ』
「そゆことです。ナヌスの人達だけでここに来るのは大変ですからねー」
ユグドラツィの豊かな枝葉が、風もないのにその都度ワッシャワッシャと音を立てて揺れ動く。
それはまるで、ここにいないレオニスやラウルをキョロキョロと探したり、ライトの言葉にうんうんと頷いているかのようだ。
『昨日は貴方方三人で、海底神殿とイア兄様の御座すところにお出かけしてきたようですね』
「はい。イアさんから、ツィちゃんを守るための結界に使ってくれ、と大きな枝をいただいてきたんですよー。それはもうすっごく大きな枝で、今日はそれをどうやって使うかを皆で話し合う予定なんです」
『そうなんですね』
ライトの話に、ユグドラツィも納得する。
ライト達が昨日エンデアンからラギロア島沖にある海底神殿に行き、ディープシーサーペントと会ったり海樹とも会っていたことは、ユグドラツィも分体入りのアクセサリーを通して見ていたので知っていた。
その時にライト達が海樹と交わした言葉を思い出しているのか、ユグドラツィは静かな声で噛みしめるように呟く。
『イア兄様のお気持ちは、本当に……本当に嬉しいです……』
「イアさんってちょっとぶっきらぼうそうに見えて、実は優しいお兄ちゃんですよね!」
『ええ。だってイア兄様は、私の自慢の兄様ですもの』
ツンデレ海樹の優しさを褒めちぎるライトに、ユグドラツィもうふふ、と嬉しそうに小さく笑いながら自慢の兄だと言い切る。
妹のために身を切り枝を託す兄を心から慕い、絶大な信頼を寄せているのが分かる。
「イアさんの枝はラウルが持ってるので、レオ兄ちゃんやナヌスの人達と来るまでもうちょっと待っててくださいねー」
『もちろんですとも。それまでライト、昨日の出来事を私にも話して聞かせてくださいな』
「はい!イアさんからは、枝の他にもツィちゃんを助けた御礼としていろんなご褒美をいただいたんですが―――」
レオニス達がナヌスとともに到着するまで、ライトは様々な土産話をユグドラツィに聞かせていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そうしてライトとユグドラツィが楽しいひと時を過ごしていると、ナヌスの里がある方角から何かが飛んできているのが見えた。
謎の飛行物体?に先に気づいたのは、ユグドラツィだった。
『……おや? あちらから何か飛んできてますね』
「ン?……あ、あれはレオ兄ちゃんとラウルですね!」
『そのようですね』
ライト達のいる方に向かって、どんどん近づいてくる謎の飛行物体。
それはライトが言ったように、レオニスとラウルが空中を飛んできているところだった。
二人とも両脇に何かを抱えて飛んでいる。二人がどんどん近づいてくるにつれて、ライトにはそれが何なのか分かってきた。
「……あ、二人が脇に抱えてるのはナヌスの人達ですね」
『まぁまぁ、何とも面白い運び方ですねぇ』
ユグドラツィはくすくすと笑っているが、ライトとしては『それ、落っことしちゃったら洒落なんないヤツじゃね?』と内心でヒヤヒヤしている。
だが、レオニス達の姿が近くなるにつれ、それは杞憂だということが見て取れた。二人ともガッシリと抱えており、抱えられているナヌスもレオニス達の袖をガッシリ掴んでいたからだ。
そうしてユグドラツィのもとに到着したレオニスとラウル。
小脇に抱えたナヌスをそっと地面に下ろしつつ、ユグドラツィに挨拶をする。
「到ー着ー!よう、ツィちゃん、久しぶり!」
『いらっしゃい、レオニス。お久しぶりですね』
「ツィちゃん、元気にしてたか?」
『ラウルもようこそ。おかげさまで、元気に過ごしておりますよ』
「ツィちゃん様、ご無沙汰しております!」
『ナヌスの皆様方も、ようこそいらっしゃいました。またお会いできて、とても嬉しく思います』
「森の守り神であらせられるツィちゃん様から、そんなことを言っていただけるとは……恐悦至極に存じまする!」
レオニスやラウルだけでなく、ナヌス達もそれぞれにユグドラツィに挨拶をする。
今日ここに来たのは、族長ヴィヒト、長老のパウル、魔術師団団長のヴォルフ、守備隊副隊長リックの四人。
前回は八咫烏のフギンとレイヴンの協力もあり、八人のナヌスの重鎮を連れてくることができたのだが。今日はレオニスとラウルの二人だけなので、八人全員を一気に連れてくることはできなかったようだ。
一通り挨拶を終えたところで、レオニスが今日の本題に入る。
「ナヌスの皆には、ここに来る途中で掻い摘んで説明はしておいたんだが。ツィちゃんももうライトから聞いて知ってるよな?」
『ええ。昨日イア兄様からいただいた枝を、私を守るための結界にどのようにして使うか。それを相談するために、今日皆で集まると聞いております』
「そうそう、それそれ。ラウルが昨日もらってきた、海樹の枝な。せっかくツィちゃんのためにもらってきたんだから、一日も早く結界作りに役立てたくてな。ナヌス達にもこうして協力してもらった次第だ」
今日の来訪目的を改めてユグドラツィに説明するレオニス。
レオニスの横で、四人のナヌス達もうんうん、と頷きながら同意している。
皆快く神樹のために尽力していて、そこには損得勘定など一切ない。そしてそのことは、他ならぬユグドラツィに一番よく伝わっていた。
『ナヌスの皆様方も、私のためにはるばるここまで来てくださって……本当にありがとうございます……』
「何を仰いますか!我等は同じ森に住まう者同士ではないですか!」
「そうですとも!悠久の時を生きるツィちゃん様に比べたら、我等のような儚き定命の者など風の前の塵に同じ。そも比べることすらおこがましいですが……」
「それでもツィちゃん様の御身を守るために働けるのであれば、末代までの誉れでございますぞ!」
口々にユグドラツィを励ますナヌス達。
ナヌス族は、身体こそ50cmにも満たない小柄な小人族。だがその胸の内に秘めた情熱は、誰にも負けない程熱く滾っているのだ。
ナヌス達の情熱的な言葉の数々に、ユグドラツィはますます感激していた。
『貴方方にそこまで思ってもらえる私は……神樹族の中でも一番の果報者ですね』
「ツィちゃん、感激するのはまだ早いぞ? まずはこれを見てくれ」
感激に浸るユグドラツィに、ラウルが声をかけながら空間魔法陣を開く。
そしてラウルは徐に、巨大な枝を取り出した。
それこそが、海樹ユグドライアから切り取ってきた枝の一部だった。
そのあまりの大きさに、ライトとラウル以外の全員が目を見張り息を呑む。
「こりゃすげぇな……イアの枝はツィちゃんのところでないと出せないって、ラウルが言ってたのも頷けるわ」
「だろ? しかもこれ、ほんの一部だからな?」
「それは、この切り口を見るだけで分かる……ラウル、とりあえず昨日もらってきた枝ってのをここに全部出してもらえるか?」
「了解」
レオニスの要請に、ラウルが快くすぐに応じて残りの枝を全て空間魔法陣から取り出した。
ラウルが最初に取り出したのは、枝の根元の方。幹から最も近い部分で、その太さも最も大きいものだった。
ラウルはそこから順に先端部に向かうように一つづつ出していき、全部で五つに切り分けた枝を全て並べていった。
「全部並べると、また壮観だな……イアの枝、これは珊瑚だよな?」
「ああ。人族の観点からすると、これは宝石珊瑚と呼ばれるものらしいな。しかもこれは、魔石と同じような働きがあるんだと」
「だろうな……この枝からは、ものすごく強大な魔力を感じる。俺らが普段使う魔石なんてもんじゃねぇ、これと比べたら魔石なんて砂粒だわ……」
ラウルが並べた全ての海樹の枝を見たレオニスが、枝の表面や切り口をそっと手で撫でつつその膨大な魔力に心底感嘆している。
レオニスは基本的に脳筋族だが、魔法も使うので魔力の感知にもそれなりに長けている。故に、ラウルが持ち帰ってきた海樹の枝、その真価を誰よりもいち早く理解していた。
「イアの枝を持っていると、下手な雑魚魔物は寄ってこれないらしい。しかも、所持している者に魔力を分け与えてくれるとか。だからイアを守護している男人魚達は、イアの枝をお守りとして身に着けているんだそうだ」
「そりゃいい、まさにツィちゃんの結界作りに最適だな!」
ラウルが語る海樹の枝の様々な効能?に、レオニスがニカッ!と笑いながら破顔する。
前回ナヌス達と結界作りの話をした時には、結界の魔法陣の魔力供給とその維持に魔石を使うか、という話になっていた。
だが今回、ユグドライアから枝を分け与えてもらったことで、魔石などよりはるかに強大かつ最適な素材を得ることができたのだ。レオニスが大喜びするのも当然である。
レオニスは早速ナヌス達に向かって声をかけた。
「ヴィヒト、魔石に代わってこの枝をツィちゃんの結界に使おう」
「うむ、それが良かろう。我が人生においても、これ程に膨大な魔力を秘めた品はかつて見たことがない……甚だ不躾で畏れ多いとは承知しているが、それでもなお言わずにはおられん。この枝は、ツィちゃん様が放つ魔力に勝るとも劣らぬ、比類なき逸品だと思う……」
ヴィヒト達ナヌスも、レオニス同様に海樹の枝をおそるおそる触りながら眺めていた。
初めて見る海樹の枝は、カタポレンの森に生きるナヌス達にとっても全く未知の品だ。そりゃそうだ、海樹=珊瑚は海ならではの産物なのだから。
長寿を誇るナヌスでさえ、生まれて初めて目にする海樹の枝。それはカタポレンの森にある木々とは全く異なる。
艶やかな紅色に、ところどころで混ざる黄色や橙、白に桃色、果ては紫や緑もあって、得も言われぬ美しさを放っている。
それはさながら雨後の空に現れる虹の如き煌めき。膨大な魔力を秘めた美しい海樹の枝に、ヴィヒト達も瞬時に魅了されていた。
そんなヴィヒトが思わず漏らした本音に、ユグドラツィが柔らかい口調でヴィヒトに語りかける。
『ヴィヒト、それは不躾でもなければ畏れ多いことでもありませんよ。紛うことなき事実です。何故ならばこの枝の主であるイア兄様は、私が敬愛する兄様が一本にして唯一海の中に住まう神樹。イア兄様は私より二百歳も歳上で、我が神樹族の中でも正真正銘唯一無二の存在なのです』
「そうだったのですか……この枝は、ツィちゃん様の兄上のものでございましたか……なればこの膨大かつ清廉な魔力も納得です」
ユグドラツィの話を聞いたヴィヒト他四人のナヌス全員が、納得したように激しく頷いている。
ナヌス達にとっては、ユグドラツィだけでも雲の上のような存在だったというのに、この枝の主はユグドラツィより二百歳も歳上の兄だと言うではないか。
先程からレオニス達の会話の中に、度々出てきていた海樹という未知の存在。雲の上のさらに格上なのだ、という話をユグドラツィから直接聞かされれば納得というものである。
素材の出処が明かされたところで、レオニスが改めてヴィヒトに話しかける。
「そしたら、この枝をどう使うかをこれから決めたい。ヴィヒト達も、忌憚ない意見を出してほしい」
「承知した。まずはもう少しこの枝を観察してもよいだろうか?」
「もちろんだ。存分に触ってくれていいし、他にも聞きたいことがあったら何でも聞いてくれ」
「刃物が通るかなども試して良いか?」
「ああ、枝の表面や端の方を削るくらいなら問題ない。どの道何らかの加工はしなきゃならんからな、いろいろと試してみてくれ」
「快諾に感謝する。さぁ、皆の者、この枝を調べるぞ」
「「はい!」」
レオニスの了承を得たヴィヒトが、他のナヌス達に号令をかける。
それをきっかけに、四人のナヌス達は思い思いに散っていき海樹の枝の調査を始めていった。
何話か前から出ていたけど、なかなか行き先が明かされなかった午後のお出かけ。それは、ユグドラツィの結界作りの続きです。
前日の土曜日に、ライトとラウルが海樹ユグドライアから貴重な枝を分け与えてもらいましたからね(・∀・)
ユグドラツィの結界作りは、その重要性から一日も早く完成させたいところ。でもって、ライトも交えて皆でいっしょに話をしながら推進できるのは土日のうちだけ。
なので、この日はどうしてもユグドラツィのもとに皆で行かなければならなかったのです。




