第861話 気になる勝負の行方
午前中を転職神殿で過ごしていたライトが、瞬間移動用魔法陣でカタポレンの家の自室に戻った。
アイテムリュックを机の上に起き、マントを脱いで部屋から出るライト。
台所に行ってみたが、レオニスの姿は見当たらない。朝に森の警邏に出て以降、まだ帰ってきていないようだ。
「何だー、レオ兄ちゃんまだ帰ってきてないのかー。……って、外にラウルがいるっぽい?」
ブツブツと独りごちながら、家の外に出るライト。
玄関から出たライトの目に真っ先に飛び込んできたのは、大量かつ巨大な殻と魚の骨だった。
予想だにしていなかった異様な光景に、思わずライトが小さな悲鳴を上げた。
「おわッ!」
「お、ライト、おかえりー」
「……あ、ラウル、ただいまー。これ、昨日イアさんのところでもらってきたヤツ?」
「そうそう。さっきまで目覚めの湖の水で洗っててな、こっちに戻ってから乾かす作業をしていたところなんだ」
「そっかー、ラウルもお疲れさま。にしても、こうして改めて見ると、ホントにデカい殻だねぇ……」
家の周りの敷地内だけでなく、休ませている畑の上にも所狭しとばかりに殻や骨が並べられている。
ズラリと並べられた殻や骨は、ライトがこれまで見てきた砂漠蟹や氷蟹などよりもはるかに大きなものばかりだ。
殻はカタポレンの家の全面積並みに大きいし、家の壁に立て掛けてある骨に至っては屋根よりはるかに高い。
花畑ならぬ殻骨畑は、見た目的には全然美しくないのが少々残念なところではあるが。
陸上ではなかなかお目にかかれない壮観な光景に、しばし見惚れていたライト。
ここでふとラウルに向かって心配そうに声をかけた。
「あ、ねぇ、ラウル。お昼ご飯食べたら、ラウルもいっしょに行くんでしょ?」
「おう、もちろんだ」
「でも、レオ兄ちゃんがまだ帰ってきてないみたいなんだけど……どうしたのかな、警邏中に何かあったのかな?」
今日はライトとレオニス、そしてラウルと三人で、午後からとある場所に出かけることになっている。
なのに、もうそろそろお昼ご飯の時間もになるというのにレオニスが出かけたまま帰ってきていない。
もしかして、森の警邏中に何か起きたのかも?と心配するライトに、ラウルはシレッと答える。
「ああ、ご主人様なら目覚めの湖で会ったぞ」
「え、そなの!?」
「ああ。水の女王が海の女王から受け取ったはずの、呼び笛?を受け取りに来たとか何とか言ってたな」
「あー……それでかー。レオ兄ちゃんは目覚めの湖に寄り道してるんだねー」
ライトがレオニス不在の話をすると、ラウルがその行き先?を知っていた。
ラウルが続けてその理由を語ると、ライトも納得する。
海の女王がクレエのために呼び笛を用意し、水の女王が預かってレオニスに渡す手筈になっている。その呼び笛を、レオニスも忘れないうちに早々に受け取りに行ったのだ。
それはそれとして理解できたが、ライトには解せないことが一つあった。
「でも、そしたら何でラウルは先にここに帰ってきてるの? レオ兄ちゃんといっしょに帰ってくれば良かったのに」
「ご主人様が目覚めの湖に来た時、水の女王はまだ寝ててな。昨日海の女王に会えて楽しかったようで、はしゃぎ過ぎたんだろうな。俺がアクア達と見た時には、気持ち良さそうに寝てたよ」
「そうだったんだ……それは無理に起こしちゃ可哀想なやつだねぇ」
「そゆこと。だからご主人様は、ひとまず昼頃までは水の女王が目覚めるのを待つことにしたんだ」
ライトとしては、目覚めの湖でレオニスに会ったならラウルとともに家に戻ってても良さそうなもんなのに……何でまだ帰ってきてないんだろ?という疑問があった。
だがそれも、ラウルの話を聞けば再度納得せざるを得ない。
楽しい日帰り旅行から帰ってきて、思いの外疲れて寝てしまったであろう水の女王。
そんな彼女を、クレエに渡す呼び笛を受け取りに来たから、さぁ今すぐ寄越せ!と叩き起こすのは、あまりにも忍びない。
その気持ちはライトにも十分理解できた。
「じゃあレオ兄ちゃんは、目覚めの湖で水の女王様が起きてくるのをまだ待ってるの?」
「多分な。一度改めて出直すかって話になりかけたんだが、待ってる間にアクアが遊ぼうってご主人様を誘ってな。ご主人様もアクアの誘いに乗ってたし、今頃まだ追いかけっこしてるんじゃねぇか?」
「え、そなの!? 昨日だって、一日中ずっとエンデアンに出かけてて、帰りがけにもぼく達とかけっこ勝負したってのに……レオ兄ちゃんって、ホンット元気だねぇ」
「だな。あれくらいタフじゃなきゃ、世界一の冒険者は務まらんのだろう」
「だねぇー」
今頃レオニスがアクアと追いかけっこをしているだろう、という話をラウルから聞き、ライトは心底驚嘆する。
昨日のレオニスは、行きにクレエ、帰りにライト達三人と全力でかけっこ勝負をしていた。
そのどちらとも真剣勝負で挑み、全身全霊の全力疾走をしたというのに。今日も今日とて目覚めの湖でアクアと追いかけっこをしているとは。
レオニスの底無しのタフさ加減には、ライトもラウルもほとほと感心する他ない。
「ま、もし水の女王が昼飯頃までに起きてこなかったら、諦めてまた明日か明後日にでも出直すはずだ。だから、もうそろそろ帰ってくると思うぞ」
「そっかー。じゃあレオ兄ちゃんが帰ってくるまで、ぼくも風魔法でお手伝いするよー」
「おお、そりゃありがたい。じゃあ俺といっしょにやるか」
「うん!」
ライトの手伝いの申し出に、ラウルも嬉しそうに微笑む。
そろそろ帰ってくるであろうレオニスを待ちがてら、二人は巨大な殻や魚の骨を相手に風魔法をかけ続けていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そうして二人が海樹のご褒美の殻と魚の骨を乾かし続けて、三十分くらい経過した頃。
ようやくレオニスがカタポレンの家に帰ってきた。
「ただいまー」
「あ、レオ兄ちゃん!おかえりー!」
「おう、ご主人様、おかえりー」
エクスポーション片手にラッパ飲みしつつ、森の中から現れたレオニス。頭はボッサボサで、いつもはパリッ!と着こなしている深紅のロングジャケットも心なしかヨレているように見える。
目覚めの湖で、アクアと余程激しい追いかけっこでも繰り広げたのだろうか。
「レオ兄ちゃん、アクアと追いかけっこしてきたんだって? ラウルから聞いたよー」
「おう、今日もアクアと勝負してきたぞー。さすがに今日の勝負には、報酬も罰ゲームも一切無しだがな」
「で、どっちが勝ったの? やっぱりもうアクアには勝てない?」
レオニスとアクア、二者の気になる勝負の行方を早速問うライト。
水神として日々大きく成長しているアクアに勝つのは、如何にレオニスであってももう厳しいだろう。
そんなライトのやきもきした様子に、レオニスは飲みかけだったエクスポーションを一気に呷る。それは何だか自棄酒を呷っているようにも見える。
そしてレオニスは、ぷはーッ!と一息ついてから徐に口を開いた。
「おう、今日も何とか勝ったぞ!」
「ホントに!?」
「ああ。昨日のエンデアンのかけっこ勝負と違って、目覚めの湖の中には岩陰やら大きな水草やら、隠れてやり過ごす場所はいくらでもあるからな」
レオニスの勝利宣言に、ライトが心底びっくりする。
レオニスの話の様子からするに、今日も人族ならではの知恵と工夫でアクアの猛追を躱し続けたらしい。
ニヤリ……と笑うレオニスの、何とも不敵なことよ。
直線勝負では策を弄することなどできないが、アクア相手の水中追いかけっこ勝負ならまだまだ負けん!ということか。
「ていうか、レオ兄ちゃん、疲れてないの? 大丈夫?」
「この程度、疲れるうちにも入らん。エクスポも五本飲んだし、今から昼飯も食うしな!」
「すごいね……あ、水の女王様は結局起きてきたの?」
「ああ、追いかけっこ三回目が終わった時にようやく起きてきてな。まだふにゃふにゃと眠たそうだったが、海の女王から預かった呼び笛も何とかちゃんと受け取ることができた」
「そっか、それは良かったね!」
アクアとの三度に渡る勝負全てに勝利し、肝心の呼び笛も無事受け取ることができたおかげで非常にご機嫌なレオニス。
昨日はクレエとライトに二連敗したせいか、今日の勝利はレオニスの自信を取り戻す効果もあったようだ。
『江戸の敵を長崎で討つ』とは、まさにこのこと。エンデアンでの負けの悔しさを、カタポレンの勝利で埋めたようなものである。
「じゃあ、レオ兄ちゃんも帰ってきたことだし。ラウル、お昼ご飯の支度をお願いできる?」
「もちろんいいぞ。そしたらライト、今出ている分の殻や骨の乾燥はライトに任せていいか?」
「うん、任せて!レオ兄ちゃんも、出かける前にちゃちゃっとお風呂で汗を流しておいでよ」
「そうさせてもらうかー」
ひとまずレオニスも無事帰ってきたことだし、とライトが昼食を摂るべくテキパキと話を進めていく。
「じゃ、十分後くらいに台所に集合ねー」
「うぃー」「おう」
レオニスがのそのそと家の中に入っていき、ラウルもレオニスの後について家に入る。
ライトはそのまま外に残り、風魔法を使って殻や魚の骨に残った水分を飛ばしていく。
その後三人はカタポレンの家の台所で、昼食をともに過ごしていった。
ライトの転職神殿からの帰宅後の諸々です。
ライトとラウルは、相変わらず一寸の無駄なく日々過ごしていますねぇ。特にラウルなんか、美味しい料理のもととなる作物を作るためには寸暇を惜しむ勢いであれこれ作業してて……作者と違って、実に働き者です( ´ω` )
でもって、最近のレオニスは何かといろんな勝負をしては負け続きでしたが。ここらで一矢報いるかのような久々の勝利です(・∀・)
たまにはねー、レオニスも勝ってくれないとねー、自信無くしちゃ困りますし!
レオニスに勝負を挑んでは、未だに勝てないアクアからしてみれば『ぐぬぬぬぬ』でしょうが。大丈夫、直線勝負だったらもうレオニスに勝ち目はないからね!




