第855話 災い転じて福となす
「……ッ!ヴァレリアさん……ッ!!」
突然背後に現れた鮮緑と紅緋の渾沌魔女に、ライトがびっくりしつつその名を叫ぶ。
本当にこの魔女の登場の仕方は心臓に悪い。音も気配も一切なく突如出現する様は、まさに神出鬼没としか言いようがない。
この人の二つ名を『神出鬼没の魔女』に変えるべきじゃね?とライトは密かに思う。
そんなライトの失敬な思惑など知る由もないヴァレリアは、ご機嫌そうに皆に挨拶をする。
「やぁやぁ。皆のアイドル、ヴァレリアちゃんだよー!皆おひさー!」
『ヴァレリアさん、ようこそいらっしゃいました』
『『ヴァレリアさん、こんにちは!』』
「ンー、皆良い子だねー!ミーアもミーナもお利口さんだし、特にルディなんて会う度にどんどん大きくなって……ヴァレリアお母さんはとっても嬉しいよッ!」
「『『ヴァレリア、お母さん……』』」
ミーア達の早速の挨拶に、ヴァレリアはますます上機嫌になる。
特にルディのことがお気に入りらしく、少しでもヴァレリアと目線を近くするために姿勢を低くしたルディの首っ玉に抱きついてハグしている。
ヴァレリアに抱きつかれたルディも、目を細めてニコニコしているあたりヴァレリアのことをそれなりに好いているようだ。
というか、いつの間にヴァレリアがルディのお母さんになったのだろう。それだと、ルディが『パパ様』と呼ぶライトと夫婦だということになってしまうではないか。
九歳になったばかりのライトが、年齢不詳のヴァレリアと夫婦になるとか、前代未聞以前の大問題だ。
歳の差夫婦などという生易しい問題ではない、そもそもヴァレリアの歳がいくつなのかも分からないのだから。
もちろんライトにヴァレリアの年齢を聞く勇気などないし、一生どころか何十回何百回転生しようとも絶対に聞こうとも思わないが。
ライトは内心『ルディ……まさか、ヴァレリアさんのことを『ママ様ー♪』とか言い出さないよね……?』とビクビクしている。
だが、先程の挨拶ではルディもミーナとともに『ヴァレリアさん』と呼んでいたので、多分大丈夫だろう。……多分。
そんなライトの胸中を知ってか知らずか、ルディに抱きついていたヴァレリアが今度はライトの方をクルッ!と向いた。
「でも、この中で一番良い子なのはライト君だよね!」
「えッ!? ぼ、ぼくがですか!?」
「そう。君は強くなるために、日々一生懸命頑張っているもの」
「そ、そんな……」
ヴァレリアから褒められるとは思っていなかったライト。思わぬ賞賛に、ライトは照れ臭そうにはにかんでいる。
そんなライトに、ヴァレリアは更なる笑顔で絶賛し続ける。
「謙遜することはないさ。ヴァレリアさんは何でもお見通しなんだからね!」
「何でも……ですか?」
「そう。ライト君が先日新たな力を手に入れたことだって知ってるよ? 例えばほら、そこにある『幻のツルハシ・ニュースペシャルバージョン』だとか、『紫の写本』のスキルを手に入れたこととか……ね?」
「……ッ!!」
ニヤリ……と笑いながらライトの秘密を語るヴァレリアに、それまではにかんでいたライトは瞬時に戦慄する。
ツルハシは今ここに現物があるから、ヴァレリアがそれを指して言うのはまだ分かる。だが、ヴァレリアの口から『紫の写本スキル』という言葉が飛び出てきたことにライトは驚きを隠せなかったのだ。
そもそもライトがここに来てから、紫の写本スキル『マッピング』のことはまだ一言も口にしていない。なのに、何故ヴァレリアはそのことを知っているのか。
目が笑っていない笑顔のヴァレリアに、ライトは『鮮緑と紅緋の渾沌魔女』と呼ばれた者の底知れなさを、改めて思い知る。
「な、何故そのことを……ヴァレリアさんが、知っているんですか……?」
「ン? 何故だと思う?」
「…………分かりません…………」
ライトの問いかけに、意地悪く微笑みながら問い返すヴァレリア。
ヴァレリアにそう聞かれてしばらく考え込むも、ライトにはさっぱり分からない。
お手上げ状態で早々に降参するライトに、ヴァレリアは明るい笑顔で返す。
「それはねぇ……三日程前に、ルティエンス商会に行ったんだよね!そこでロレンツォ君から、ライト君がとうとうCPでお買い物したって聞いてさ? あまりの目出度さに、ライト君が何を買ったのかをね、ついつい根掘り葉掘り聞いちゃったんだよねー!」
「『『『………………』』』」
突如身体をクネクネと動かしながら、全身で喜びを表すヴァレリア。
先程までの貼り付いた作り物のような笑顔は消え失せて、心底嬉しそうな笑顔で喜んでいる。
そのあまりの落差に、ライト達はただただ呆気にとられている。
今から一週間前に、ライトはルティエンス商会で初めて買い物をした。
しかもそれは、課金通貨であるCPを使った買い物。ライトにとっても歴史的瞬間にも等しい出来事だ。
ヴァレリアはそのことを、偶然にも三日前に商会を訪ねて知ったかというのが真相らしい。
非常にご機嫌なヴァレリアが、ライトの背中をバンバンと叩きながら絶賛を続ける。
「ぃゃー、あの『お役立ちアイテム詰め合わせセット』を購入するなんて、さっすがライト君!お目が高いねぇ!」
「そ、そんな……ロレンツォさんが強く勧めてくれなかったら、買い逃していたかも……」
「うんうん、あのロレンツォ君って子も、ミーアに負けないくらいに本当に優秀だからね!」
いや、本当に優秀なら顧客の買い物の内容を漏らしちゃいけないんじゃないの?と思わなくもないライト。
だが、ロレンツォもまたミーア同様にヴァレリアには頭が上がらないらしい。
きっとロレンツォが、ルティエンス商会を訪ねて来たヴァレリアに「先日ライトさんがCPで初めてお買い物をなさったんですよ」とでも話したのだろう。それは世間話的な軽いものだったはずだ。
だが、ここでロレンツォにも予想できなかった自体が発生する。その話を聞いたヴァレリアの食いつき方がすごかったのだ。
ヴァレリアにこの調子で「えッ!? それホント!?」「何ナニ、一体何を買っていったの!?」「『お役立ちアイテム詰め合わせセット』を買ったの!?」「中身は何だったんだろうね!?」等々、ロレンツォが怒涛の勢いで詰め寄られたことは想像に難くない。
そして蛇に睨まれた蛙じゃないが、ヴァレリアの怒涛の質問にロレンツォが抗いきれるはずもないことは、ライトにも容易に想像できた。
ロレンツォさんも、渋々ながらも吐いたんだろうな……と、ライトは苦笑いしつつ、内心でルティエンス商会店主に同情していた。
それに、ヴァレリアにまで買い物の内容を知られてしまったのは、ライト自身にも非がある。
何故なら、ライトも家に帰るまで待ちきれずにその場で『お役立ちアイテム詰め合わせセット』を開けて中身を確認したのだから。
ライトはロレンツォの目の前で開封し、その中身を見て当たりを複数引けたことを大喜びしていた。もし帰宅してから開封していれば、ヴァレリアにまでその内容が露見することは決してなかったのだ。
故にライトは、ロレンツォだけを責める気は起きなかった。
それに、これはむしろライトにとっても絶好のチャンスだ。
何しろヴァレリアの方から、ライトがピッケルと写本スキルを得たという話を振ってきたのだ。ならばその使い方をライトの方から尋ねても問題ないだろう。
もし万が一、ヴァレリアがもったいぶって答えを渋るようなら四次職マスターの褒美の質問権を行使してもいい。
もっとも、アイテムの使い方如きが『世界の真理』に該当するとは到底思えないので、ヴァレリアへの質問権を行使するまでもないだろうが。
そうした諸々の思惑を、瞬時のうちに頭の中で弾き出したライト。
ライトは早速ヴァレリアに向けて問いかけた。
「ヴァレリアさん、このツルハシの使い方とかでいくつか分からないところがあるんですが……教えてもらってもいいですか?」
「うん、いいよー!ロレンツォ君からも『次にライト君にお会いしたら、ヴァレリアさんの方から使い方を手取り足取りご教示して差し上げてくださいね』と言われてるからねー!」
ライトの嘆願に、快く応じるヴァレリア。
ヴァレリアの話では、ロレンツォがライトにアイテムの使用方法を教えてあげるように言われたらしい。
それはヴァレリアの圧に抗いきれなかったロレンツォの、ライトに対するせめてもの詫びなのか。
いずれにしても、ツルハシの使い方を考え倦ねていたライトにとっては間違いなく救いの手である。
『災い転じて福となす』とはまさにこのことだ。
ライトは心の中で『うおおおおッ!ロレンツォさん、ありがとう!』と感謝する。
こうしてヴァレリアの『幻のツルハシ・ニュースペシャルバージョン使い方講座』が、ここ転職神殿の中で緊急開催されることになった。
ハイテンションなヴァレリアさんが盛り沢山の回です。
何でしょう、ホントにヴァレリアさんが終始ハイテンションでウッキウキなんですが( ̄ω ̄)
これは、いつもならライトが四次職マスターした時にしか登場できない人なのに、それ以外の話で出てこれたことへの喜びなのでしょうか?(゜ω゜)
それでも何とか中盤あたりで『謎めいた魔女感』を出せるよう、作者も頑張ってはみたのですがー。作者の努力は果たして実っているのだろうか…( ̄ω ̄)…?




