第837話 リア充女子のパワー
九月も半ばを過ぎた、とある日のライトのラグーン学園。
一日の授業を終えて、フレデリクが教室に入ってきて終学活が始まった。
「今から運動会のお知らせを渡しまーす」
フレデリクはプリントの束を出して、机の列の先頭の子に小分けしたプリントを渡す。
先頭の子がプリントを一枚取り、後ろに座る子に残りのプリントを渡していく。
そうして最後尾の子にまでプリントが行き渡った頃、フレデリクがプリントの内容を解説し始めた。
「えー、来たる九月の第四日曜日に、初等部の『秋の大運動会』が開催されます」
「初等部全学年参加の行事で午前と午後、丸一日を使って様々な競技を行います」
「お昼は自由時間になっています。家族が来れる人は家族と、家族が来れない人は友達もしくは校舎の中で先生方とお昼ご飯食べることもできます」
フレデリクが大運動会の大まかな内容を流暢に説明していく。
「詳細なプログラムは、後日また配布します。保護者が参加対象の競技もあるので、皆さんのお父さんやお母さんにも是非とも運動会に来るよう、お願いしておいてくださいね」
「「「はーい!」」」
「では、これで終学活を終わります」
フレデリクの終了の宣言に、日直の生徒が素早く「起立!」の声を上げた。
子供達も素早く席から立ち、日直の「礼!」の言葉とほぼ同時に頭を下げる。
そして締めの「解散!」という言葉で、ラグーン学園の一日が完了する。
終学活も終わり、帰り支度をする子供達。
いち早く家に帰って遊びに行きたい子はバタバタと慌ただしく帰り、そうでない子はのんびりと鞄に荷物を入れたりしている。
ライトやハリエットは後者で、イヴリンやリリィは前者、ジョゼはその中間といったところか。
だが、今日は『秋の大運動会』のお知らせが配られたため、イヴリンやリリィがライトのもとに来た。
「大運動会のお知らせが来たわね!大運動会、すっごく楽しみー!」
「イヴリンちゃんは足が早いから、かけっこも得意だもんね!」
「うん!リリィちゃんはパン食い競争で無敵よね!」
「早食いなら任せてー!」
きゃらきゃらと笑いながら、大運動会が楽しみそうなリア充女子達。
だが、いつもならイヴリンとリリィの賑やかな様子を微笑ましく眺めているハリエットが、憂鬱そうな顔をしている。
それに気づいたライトが、心配そうにハリエットに声をかけた。
「ハリエットさん、どうしたの? もしかして、運動会苦手なの?」
「はい……私、走るのは得意ではありませんし、運動神経が鈍くて何をしても上手くできないので……」
「そっか……」
憂鬱そうなハリエットに、ライトは何と声をかけていいのか分からない。
運動会というのは、運動神経が良い子は活躍の場がたくさんあって自分が最も輝ける場だが、そうでない子にとっては苦行以外の何物でもないのだ。
ハリエットは生粋の貴族令嬢らしく、運動面はほぼ苦手だ。それは、これまでのラグーン学園で体育の授業をともに過ごしてきたライトもよく知っている。
それだけに、ハリエットが大運動会に対して憂鬱になる気持ちもよく理解できた。
ちなみに前世のライトは、運動面は『可もなく不可もなく』という位置であった。
鈍臭いとまでは言わないが、突出したスポーツ能力までは持っていない、という何とも中途半端な身体能力。故にスポーツ系行事は基本的にどうでもいいというか、どちらかというと『丸一日拘束されるとか、面倒くさッ』と思っていた。
そんな風に沈み込むライトとハリエットに、イヴリンとリリィが明るい声で励ます。
「でもほら、ハリエットちゃんの踊るフォークダンスはすっごく優雅じゃない!」
「うんうん!去年の大運動会の締めのダンス、ハリエットちゃんのすっごく綺麗な踊りに皆うっとりしてたもんね!」
「そそそそんな、恥ずかしい……イヴリンちゃんもリリィちゃんも、揶揄わないでください……」
ハリエットのダンスをべた褒めする女子二人に、ハリエットは顔を赤くしながら抵抗する。
そこに、イヴリン達の横にいたジョゼも参戦してきた。
「いやいや、ハリエットさんのダンスは練習中でも注目を浴びてたよね」
「ほらー、一応貴族のジョゼがそう言ってるんだから、ハリエットちゃんももっと自信持っていいよ!」
「うん……僕んちは万年平子爵だけど、それでもイヴリンの言う通り一応は貴族だからね……もっとも、ドレスコードが要るようなパーティーなんて一度も出たことないけどさ」
いつものように歯に衣着せぬイヴリンの言葉に、ジョゼは乾いた笑みを浮かべながら肯定する。
相変わらず仲睦まじい?二人を他所に、リリィがライトに声をかける。
「そういえばさ、ライト君は去年の大運動会は欠席だったよね?」
「うん。本当はさ、ラグーン学園に入学して初めての大運動会だから出たかったんだけど……家の都合でね、お休みしたんだ」
「そしたらさ、ライト君にとっては今年が初めての大運動会なのね!」
「そうなんだよね。だから、すっごく楽しみなんだ!」
リリィの言葉に、ライトもパッ!と明るい顔になる。
そう、ライトは去年の『秋の大運動会』には欠席して不参加だった。
何故かと言えば、その日はマキシの穢れ払いの実行日だったからである。
怪我や病気などのやむを得ない理由ならともかく、そうでないのによく欠席できたな、と思わなくもない。
だが、あの頃はまだラグーン学園に入学したばかりだったし、何よりマキシの穢れ払いの行く末が気になって仕方がなくて大運動会どころではなかったのだ。
それに、保護者のレオニスも穢れ払いに立ち会わなければならなかったから、必然的にレオニスはライトの大運動会の応援に参加することができない。
何よりライトがそんな気も漫ろ状態では、運動会を心から楽しむこともできそうにない。
ならばもう大運動会は欠席にして、ライトも穢れ払いに立ち会おう、ということになったのだ。
その結果、ライトは穢れ払いの行く末を最後まで見届けて、八咫烏のマキシが救われる場面に立ち会うことができた。
故に、サイサクス世界での初めての大運動会を逃したことに悔いはない。
しかし、今年こそは皆といっしょに大運動会に出たい!とライトは思っていた。
リリィに話を振られたライト、今度はハリエットに話を振った。
「ぼく、今年は絶対に大運動会に出る!ハリエットさんとダンスを踊れるのも、すっごく楽しみ!」
「え"ッ!? わわわ私とのダンスが楽しみ、ですか……!?」
「うん!だって、フォークダンスなら皆と踊るでしょ? 去年の体育の授業で少しだけ練習で踊ったのは覚えてるけど、本番は今年が初めてだからね!ハリエットさん、よろしくね!」
「ははははい……私も今年の大運動会頑張りますぅ……」
ライトに『君と踊るのが楽しみ!』と言われたハリエット、ただでさえ先程から赤かった顔がますます赤くなっていく。
シュウウゥゥ……というお湯が沸騰した時のような、煙状の蒸気まで立ち上りそうだ。
「あ、そうだ、ハリエットさんのおうちの人は誰か来るの?」
「え!? あ、はい、大運動会当日は、お父様とお母様、それにお兄様も観に来てくださいます」
「じゃあ、ラウルに頼んでハリエットさんちの分のスイーツも作ってもらっておくね!」
「ラウルさんのスイーツですか!? それは皆間違いなく大喜びしますわ!」
それまで真っ赤だったハリエット、『ラウルのスイーツ』という言葉を聞いて正気を取り戻したのか目がキラキラと輝きだす。
ライトが住むレオニス邸のご近所さんは、ライトの方針である『ご近所付き合いは円満に!』によって皆すっかりラウルのスイーツの虜である。
その中でも特にウォーベック伯爵家は、娘のハリエットがライトの同級生という縁もあってスイーツを手土産にもらうことが多い。
ウォーベック伯爵家は、親子全員ラウルのスイーツの大ファンなのだ。
ライトとハリエットの話を聞いていたイヴリン達も、興味津々に話に加わってくる。
「ねぇねぇ、ライト君とこのラウルさんのスイーツって、そんなに美味しいの?」
「それはもう!我が家ではお父様やお母様、お兄様に私だけでなく、執事やメイド達も皆全員ラウルさんのスイーツのファンなんですの!」
「えー、使用人の人達まで美味しいスイーツをもらえるの? いいなー。ていうか、ラウルさんに会えるってだけで羨ましいー」
「私の家は、ライトさんが住むレオニスさんのおうちの近所にあるので……いつも何かしら手土産としていただいているんです」
ハリエットを羨ましがるイヴリンとリリィ。
彼女達が羨ましがるのは、美味しいスイーツを食べられるという点だけではない。ヨンマルシェ市場のアイドルであるラウルに頻繁に会える、というのも羨まポイントのようだ。
それまでハリエットのことを羨ましそうにしていたイヴリンとリリィ、何を思ったのかライトの方に二人同時にクルッ!と向き直った。
「ねぇ、ライト君。大運動会のお昼ご飯、皆でいっしょに食べない!?」
「え? い、いいけど、どこで食べるの?」
「大運動会にお父さんお母さんが来るおうちは、皆校庭に敷物を敷いて座る場所を確保するの。お昼ご飯もそこで食べるのよ」
「そうそう。だからその敷物を皆でくっつけて、皆でいっしょに食べようってこと!」
「う、うん、いいよ。じゃあレオ兄ちゃんやラウルにもそう言っとくね」
「「やったーーー♪」」
ライトの承諾を得たイヴリンとリリィ、それまでガッシリと握っていたライトの手を離して万々歳をしながら大喜びしている。
そして今度はその手をジョゼやハリエットと繋ぎ、飛び跳ねながら喜ぶ。
「ジョゼもまたいっしょにご飯しようね!」
「う、うん……」
「去年はハリエットちゃんちとは離れてたけど、今年はリリィ達といっしょに皆でお昼ご飯食べようねー!」
「は、はい!」
想いを寄せるイヴリンに手を握られたジョゼは赤くなり、初めての女の子の友達リリィに手を握られたハリエットは嬉しそうに頬を染める。
イヴリン達がお昼ご飯を合同で皆で食べよう!と言い出したのは、明らかにラウルのスイーツがお目当てだ。
だが、仲の良い友達と大運動会でお昼ご飯をともに過ごしたい、という願いも本心から来ている。
リア充女子二人の陽気なパワーは、いつも周囲を明るく照らしてくれるのだ。
「今年の大運動会は楽しみね!」
「うん!皆でいっぱい楽しもうね!」
「いつも以上に賑やかになりそうだねー」
「ぼくもレオ兄ちゃんやラウルに頼んで、その日は絶対に来てもらおう!」
「私もお父様達に必ず来てくれるように、今から頼んでおきますわ!」
皆で大盛り上がりする中、ライトもサイサクス世界に生まれついて初めての『秋の大運動会』に心弾んでいた。
ライトの通うラグーン学園の行事、秋の大運動会開催のお知らせです。
ぃゃー、基本的にライトのラグーン学園での生活風景はあまりタッチしない方針なんですが。
ライトのラグーン学園関連って、これまで始業式や終業式、あるいは長期休暇中に遊びに行くくらいしか書いてなかったなぁ……と今回ふと思い、何故だかそれが無性に侘びしくなってきた作者。
たまにはライトの学校生活を書いてもいいかもなぁ……よし、ここらでいっちょラグーン学園のイベントでも挟むか!と思い立ちまして。
そして、秋という時節柄に相応しい行事といえば、運動会でしょう!ということで、ラグーン学園の初等部秋の大運動会開催決定。
でも、ここで問題が一つ。作中での一年前には、既にライトもラグーン学園に通い始めていたんですよねぇ(=ω=)
あれこれと考えた挙句、時期的に一致しそうな『マキシの穢れ払い』を理由に欠席していたことにしちゃいましたが(´^ω^`)
ハイ、そこのアナタ、無理筋!とか作者に向けて正論投げつけちゃいけません。これは『フレキシブルな対応』と言うのです!<○><○>
時期で言えば第113~115話あたり。この頃は拙作を投稿を始めて約三ヶ月半、拙作も作者もまだまだ未熟過ぎて、正直なところ学園生活を描く余裕など全くありませんでした。
ですが、最近は少ーーーしだけそういう方向にも目を向けるようになったのは、作者のキャパシティに若干のゆとりが生まれてきた証、なのかもしれません。
もっとも、作者自身まだまだ未熟者であることに変わりはないのですが(´^ω^`)




