第835話 純粋な心の持ち主のむず痒い敬称
ラウルの歓迎会も無事済み、カクテル数口の二日酔いからもしっかりと立ち直ったレオニスの、とある一日のこと。
この日はウィカとともに、竜王樹達が住まうシュマルリ山脈南方を訪ねていた。
それは、以前竜王樹ユグドラグスに頼まれた『転移門の理論を教える』という約束を果たすためである。
目覚めの湖でウィカを呼び出し、一人と一匹で目覚めの湖からラグスの泉に水中移動する。
ラグスの泉に到着し、程なくするとズドドドド……というお約束の地響きが鳴り響いてきた。
「「「「ウィーーーカチャーーーン!」」」」
それは、鋼鉄竜、獄炎竜、氷牙竜、迅雷竜、四頭の中位ドラゴン達。通称『ウィカちゃん親衛隊』である。
毎回毎度の熱烈なお出迎えに、レオニスももう慣れっこだ。
「よう、皆元気そうだな」
「オオ、レオニス、オマエモ来テタノカ」
「当たり前だ、ウィカ単体でここに来るはずねぇだろう」
「ソンナコトハナイ!」
「ウィカチャンダケデ、俺達ニ会イニ来テクレタッテ、全然イインダカラ!」
「ソウダソウダー!」
「お前ら、どこまでウィカのことを好きなんだ……」
やんややんやと騒がしい中位ドラゴン達に、呆れ顔のレオニスの肩の上でウィカがニコニコとしている。
ウィカが放つ輝かんばかりの糸目笑顔に、中位ドラゴン達の顔はますます脂下がる。
『皆、こんにちは!』
「「「「コンニチハ!」」」」
『今日僕達がここに来たのはね、レオニス君がユグドラグス君に用事があるんだってー。皆も僕達といっしょに、ユグドラグス君のところに行く?』
「「「「行ク行クーーー♪」」」」
ウィカからの爽やかな挨拶に、同じくニッコニコ笑顔の中位ドラゴン達。
もちろん彼らがウィカからの誘いを断ることなどない。ニコニコ笑顔のまま、ユグドラグスのもとに同行することを二つ返事で承諾する。
レオニスやウィカがシュマルリ山脈南方を訪れるようになったのは、レオニスが天空島に行くために野良ドラゴンに協力を仰ごう!というのが発端だった。
そのために、往路だけはシュマルリ山脈南方の最寄りの水場である善十郎の滝までを、水神アープであるアクアに送り届けてもらったのがつい昨日のことのようだ。
そして、もともとウィカはレオニスに同行する予定はなかった。
だが、何故かウィカの厚意?により、レオニスとともにシュマルリ山脈を旅していった。
道中で見つけた湧き水の飲用可かどうかを判断してもらったり、毒々キノコ相手に水魔法で攻撃してキノコの胞子攻撃を封じたり、何かと役立ってくれたウィカ。
何よりウィカが最も役立ってくれたのが、この中位ドラゴン達との橋渡し役だった。
もちろんレオニス一人だけでも、中位ドラゴン達とはそれなりに仲良くなっていくことはできただろう。
何しろ両者とも基本的に脳筋族。拳を交えた上で、レオニスがその強大な力を中位ドラゴン達に示し、屈伏させることができればいいのだ。
しかし、それ以上に中位ドラゴン達がウィカの愛らしさにメロメロになるとは、レオニスも予想だにしなかった。
もしあの時ウィカが同行を申し出てくれなければ、中位ドラゴン達との親睦もここまで急速に深めていくことはできなかっただろう。
嬉しい誤算ではあるが、結果良ければ全て良し。神様仏様ウィカ様々!である。
レオニスがそんなことを考えていると、中位ドラゴン達がレオニスに声をかける。
「オイ、レオニス、早クアミダクジヲ描イテクレ」
「お、おう、あみだくじな、ちょっと待ってろよー」
中位ドラゴン達の催促は、地面にあみだくじを描くこと。
その目的はもちろん、今日は誰がウィカを乗せていくかを決めるためである。
勝負事なのだから、腕力で決めても良さそうなものだが。ウィカが訪れる度に毎回毎度殴り合いをしていたら、如何にドラゴン達が脳筋族といえどさすがにたまったものではない。
故に、ここはくじ引きという平和的手段で決めていくのが良いのだ。
空間魔法陣から鉄の杖を取り出し、地面にガリガリとあみだくじのための線を引いていくレオニス。
四本の縦線と複数の横棒を適当に引いていく間に、中位ドラゴン達は好きな線を選んでいく。
そうして出来上がった巨大あみだくじの先に、ウィカが四本の縦線の中から好きなポイントを選び、そこから線に沿って歩いていく。
大当たりであるウィカが、当たりを引いた者に向かって進んでいく方式である。
トテトテトテ……と、ウィカは軽い足取りであみだくじの線の上を歩いていく。
ウィカが進んでいく先を、息を呑みつつじっと見守る中位ドラゴン達。
そうしてウィカが進んでいった線の先にいたのは、氷牙竜だった。
「ッシャーーー!今日ノウィカチャンハ、俺ガイタダイターーー!」
『氷牙君、今日もよろしくね♪』
「オウ!ウィカチャンノタメニ、俺スンゲー頑張ルゼ!」
大当たりを引いた氷牙竜、飛び上がらんばかりに大喜びしている。
一方、他の中位ドラゴン達は、外れたことにがっかりしつつブチブチと呟く。
「クッソー、氷牙メ、運ガ良イヤツダ……」
「ナァ、帰リ道モ、アミダクジデ決メタラドウダ?」
「ソレ、イイナ!!」
「オマエラ……俺ノ強運ヲ妬ンデンノカ?」
わちゃわちゃと騒ぐ中位ドラゴン達に、横にいたレオニスが待ったをかける。
「ぃゃぃゃ、お前ら、それはやめとけって。ラグスはともかく、白銀の前でくじ引きする勇気があんのか?」
「「「「……ソ、ソレハ……」」」」
「そりゃまぁな? 白銀の前でくじ引きして、その結果で一喜一憂して大騒ぎする勇気があるなら、俺もこれ以上は止めんがな?」
「「「「………………」」」」
レオニスの尤もな忠告に、それまで騒がしかった中位ドラゴン達が一斉に固まった。
そして四頭とも頭の中で、ユグドラグスの根元でウィカ争奪戦のあみだくじを展開する場を想像してみる。
今までのように騒いだ先に待ち受けるのは『白銀の君に特大の雷を落とされる』という未来であった。
「……行キト帰リ、同ジデイイカ……」
「ソウダナ……竜王樹ノ旦那ノトコロデ、馬鹿騒ギスル訳ニハ、イカナイモンナ……」
「ンナコトシタラ、白銀ノ君ニドヤサレチマウ……」
「ドヤサレルドコロカ、殲滅ノ業火ヲ食ラウワ……」
全員萎れながら、帰り道でのくじ引きを断念する。
四頭の頭の中に浮かんだ末路は、どれも同じようなものだったようだ。
そして中位ドラゴン達に適切な忠告をしたレオニスも、その後すぐにあみだくじの一つを選んで線の上を歩いている。
線の先にある横棒の上を、トットット……とジャンプするように、ヒョイヒョイ、ヒョイー、と軽やかに渡っていくレオニス。
そうして辿り着いた先には、鋼鉄竜が立っていた。
「よッ、鋼鉄。よろしくな!」
「オマエ……我ニ乗ラズトモ、山ノ上マデ走レルダロウ……」
「そんなつれないこと言うなよー。俺だって、ドラゴンの背や肩に乗るのが楽しいんだぞ?」
「オマエニ、ソンナ少年ノヨウナ、純粋ナ心ガアルノカ?」
「失敬な。俺ほど少年の心を忘れない、純粋な心の持ち主はいねぇからな?」
ウィカ同様、自分をユグドラグスのいる場所まで運んでくれる竜をあみだくじで決めたレオニス。ヨッ!と右手を軽く上げながら鋼鉄竜に挨拶をする。
そんなレオニスを見た鋼鉄竜が、エー……と苦虫を噛み潰したような顔になっていく。ウィカとは完全に真逆すぎる対応である。
だがしかし、その程度のことで怒ったり凹んだりするレオニスではない。
胡乱げな鋼鉄竜を軽くあしらいながら丸め込み、地面を蹴って軽くジャンプし鋼鉄竜の肩に乗り込んだ。
「さ、今日も皆でラグスに会いに行こうぜ!」
「「「「オーーー!」」」」
レオニスの掛け声に、中位ドラゴン達も威勢よく応える。
この中位ドラゴン達も、何だかんだ言いつつもユグドラグスのことを心から慕っているのだ。
レオニスとウィカを乗せた中位ドラゴン達は、ユグドラグスのいる山に向かって出発していった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ふよん、ふよん、と地面スレスレを飛ぶ鋼鉄竜達四頭。
しばらく登っていくと、遠目からでも大きな樹が見えてきた。
竜王樹ユグドラグスのもとに辿り着いたレオニス達。
レオニスもウィカも鋼鉄竜の背と氷牙竜の肩から降りて、早速挨拶をする。
「よう、ラグス。元気そうだな」
『ラグス君、ヤッホー☆』
『レオニスさん、ウィカさん、ようこそいらっしゃいましたね。おかげさまで、恙無く過ごしております』
まずは再会の挨拶を交わすレオニス達。
その後レオニスは周囲を見回しながら、ユグドラグスに問いかけた。
「白銀は警邏中か?」
『はい。今日は主に北側を見てくる、と言って先程飛んでいきました』
「そうか、ラグスを守るために今日も頑張ってるんだな」
常にユグドラグスの横にいるはずの白銀の君の姿が見当たらない。
なのでレオニスは警邏中かと予想したのだが、見事に的中したようだ。
その後軽く雑談した時の話によると、ユグドラツィ襲撃事件の後、白銀の君が周辺地域を警邏する頻度が格段に増えたらしい。
過去に何度かユグドラグスを襲ってきた不届者、その正体が廃都の魔城の四帝であることをレオニスを通して知った白銀の君。
そこへ来て、カタポレンの森でユグドラグスの姉であるユグドラツィが何者かに襲撃されるという事件が起きた。これは、白銀の君にとっても他人事ではなかった。
そのため、白銀の君の警邏の頻度が高くなった、という訳だ。
「そうか……まぁな、常に警戒し続けるってのも大変なことだが……白銀にとって、ラグスを守るためならいくらでもできるだろうな」
『白銀には、あまり無理してほしくはないんですけどね……』
「しかし、奴等がいつ襲ってくるか分からんのも事実だからな。近くで何か異変が起きていたら、すぐにその片鱗に気づくことができれば迅速な対処も可能になる」
『ええ……ツィ姉様の場合は、そんな猶予もなかったようですがね……』
「まぁな……」
沈んだユグドラグスの言葉に、レオニスも気軽に励ませなくなる。
だが、レオニスとてずっと手を拱いてる訳ではない。
今進行中の計画について、ユグドラグスに話していく。
「今、ツィちゃんの周囲に結界を張る計画を立てていてな。そのための準備を整えている最中なんだ」
『ツィ姉様の周囲に結界……ですか?』
「ああ。うちの近所に、ナヌス族という小人族がいてな。そのナヌスというのは、結界を作る名人なんだ」
『結界作りの名人……それは心強いですね!』
レオニスの話を聞いたユグドラグス、その声音がだんだん明るいものになっていく。
ユグドラツィの身を守る手段が講じられれば、あのような悲劇を防げる確率も上がる。ユグドラグスはそのことが純粋に嬉しいようだ。
ユグドラグスの元気が戻ってきたところで、レオニスが今日の来訪目的に触れる。
「それに、もし万が一またあんなことが起きたら、今度はユグドラグスも力を貸してくれるんだろう?」
『はい!そのためには、レオニスさん―――いえ、レオニス先生から瞬間移動の魔法陣をお教えいただかなくては』
「レ、レオニス先生…………」
やる気に満ち満ちたユグドラグスに対し、今度はレオニスの方が萎れていく。
『先生』などという、柄にもない呼ばれ方をするのが未だに慣れないようだ。
しかし、ユグドラグスにそれが通じる気配はない。
それに、教えを請う側が知識を教授してくれる者に敬意を払うのは当然のこと。レオニスとしてもそれは理解できるだけに、ユグドラグスからの先生呼びを無理矢理止めることはできなかった。
『レオニス先生、ご教授の程よろしくお願いいたします!』
「ぅぅぅ……むず痒いけどしゃあない……今から転移門の授業を始めるぞ」
『はい!』
新しい魔法を学ぶ意欲満々のユグドラグスを相手に、レオニスは転移門の魔法陣の概要や図式を説明していった。
レオニスのシュマルリ山脈でのあれやこれやです。
シュマルリ山脈に住まう神樹ユグドラグスや、彼を取り囲む竜の女王白銀の君、そして普段はアレレな中位ドラゴン達でさえも、今後も拙作の中で重要な役割を果たしていくでしょう。
レオニスにとっても、強力無比の力を誇る竜族とは良い関係を築き続けていきたいところ。それは、戦力的な意味はもちろんのこと、善き友人として末永く仲良く付き合っていきたい、という思いもあるのです。




