第833話 新たなる力
意を決してアイテム欄のスキル書『紫の写本』を使用したライト。
特に身の内に湧き出るような感覚などは一切ない。
そもそもこのサイサクス世界では、スキル獲得に際し『天啓を受けた!ピロリーン☆』といったような衝撃はこれまでに起きたことがないので、実に淡々としたものである。
しかし、スキル書を使用したからには何らかの新たなスキルが追加されたはずだ。
ライトは早速マイページ内のスキル欄に移動した。
見覚えのある職業系のスキルがずらりと並ぶ中で、新しく出現したスキルを探すべくライトはスキル一覧に目を通していく。
そして見つけた、見覚えのないスキル。それは『マッピング』という名であった。
「ンーーー? マッ、ピン、グぅーーー……???」
マイページを胡乱げな目で藪睨みしながら、しばし考え込むライト。
目を閉じ眉間に皺を寄せながら、うーん、うーーーん……と懸命に思い出そうとして呻り続ける。
そして目をパチッ☆と開いたかと思うと、ライトは驚きの声を上げた。
「………………あーーーッ!アレか!」
スキル名を見て、それがどんなスキルだったかを思い出したライト。
ようやく思い出せてスッキリしたせいもあり、思わず叫ぶ。
そのスキルは、名前の通り『お気に入りの街やショップをブックマークして即時移動できる』というものだった。
攻撃スキルでもなければ魔法スキルでもない、それどころかバフデバフ系や回復スキルですらない、強いて言うなら『日常お役立ち系』のスキルである。
その性質上、討伐などの戦闘時には全く役に立たない。
だが非戦闘時であれば、使いようによっては便利なスキルだった。
BCOでの街と街の間の移動は、基本的にマイページ内の【移動】という項目を使う。
【移動】をタップし、その次に出てきた訪問済みの街の一覧の中から移動したい街を選ぶだけだ。
だが、紫の写本のスキル『マッピング』を使えば、さらに便利な移動が可能になる。
それは『街の中の設備まで指定して事前に登録しておけば、ワンタッチで移動できるようになる』というものだ。
例えば『ディーノ村/武器屋』と事前指定しておけば、マッピングの一覧の中からそれを選択するだけで、ディーノ村の武器屋に画面が切り替わる。
『ファング/防具屋』ならファングの防具屋に、『プロステス/薬屋』ならプロステスの薬屋に飛ぶ、というように、戦闘中以外の平時ならどこにいても任意の指定箇所に瞬時に移動することができるのだ。
特に武器や防具、回復アイテムなどは、移動する街によって販売ラインナップが変わる。
初期に訪れる街には安価で効果の低いものが売られ、冒険を進めていくにつれて新たな街ではより強い武器防具、効果の高い回復アイテムが売られるようになる。これらRPG系ゲームのお約束にして、鉄板の流れである。
故に特定のアイテム、特に回復アイテムを定期的に購入したい層にはそこそこ使えるスキルだった。
しかし前世のライトは、BCOではスキルにそういう利便性は一切求めていなかった。
特定の場所への移動? そんなもん、その街に行ってから武器屋なり薬屋なり行けばいいだけのことじゃん? 何でそんなことのためにSPやMPを使わなならんの?
そんな、ほーんのちょっぴりの手間を省くためだけにSPとMP使うとか、完全に無駄遣いじゃん。アホらし!
ライトは常々そう思っていたので、BCO内で紫の写本スキル『マッピング』を使うことは、ついぞ一度もなかった。
その、前世では見向きもしなかったスキル『マッピング』を手にしたライト。
果たしてこれは、サイサクス世界でどのように活用できるかを考え始める。
それを見極めるためには、まずはスキルの効果の詳細を確認しなければならない。
ライトはスキル欄の中の『マッピング』を長押しした。
長押しして出てきたスキル詳細解説文は、以下の通りである。
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【マッピング】
指定した任意の街と任意の箇所に、瞬時に移動ができる。
最大指定数は10。スキルレベルを1上げる毎に、指定可能数が1増える。
最大指定数を超える登録は不可。
10箇所目以降に新しい移動箇所を指定したい場合は、古い中から選んで削除しなければならない。
使用SP:1 使用MP:30
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このスキル詳細解説文を一読し終えたライト。
再び眉間に皺を寄せた渋い顔になり、ぬーーーん……と呟きながら呻る。
「これ、前世は一度も使うことなかったけど……サイサクス世界ではそこそこ使えるんじゃね?」
「……いや、むしろこの世界だからこそ使えるというか、かなり良いスキルかも……?」
ライトはスキル詳細解説文の右上のバツ印を押して、解説文のホログラムを一旦解除する。
そして再び『マッピング』をタップしてスキルを発動させてみた。
マッピングは戦闘系スキルではないし、そもそも先程獲得したばかりなので現時点では何も起こらない。
起動したホログラムの中には、空欄の枠が一つあるだけだ。
ライトにとっては全く未知のスキルだが、怯むことなく挑む。
まずは空欄をタップしてみると、小さなホログラムウィンドウが新たに開いた。
そこには『登録ポイントを指定してください』という一文がある。
「はて……この登録ポイントってのは、どうやって指定すりゃいいんだ?」
「BCOでは紫の写本スキルなんて使ったことないから、さっ……ぱり分からん……あっちだと多分行ったことのある街の名前と、その街にあるショップやギルドなんかの施設が出てきて、それをユーザーが選択指定するんだったと思うが……」
「これ、街の名前とか出てくるんかな?」
説明文があるホログラムを睨みながら悩むライト。
すると、一文のホログラムの上にさらに新しいホログラムウィンドウが出現したではないか。
二枚目のホログラムウィンドウには『登録ポイントは、この地点でよろしいですか?』という文章があり、その下に『はい/いいえ』という選択肢が提示されていた。
どうやらこれは『マッピング』というスキルを起動後、空欄をタップして一定時間が経過するとその地点を登録ポイント候補として挙げるシステムのようだ。
もちろんその地点が気に入らなければ、『いいえ』を選択して選び直すこともできる。
とりあえずライトは、現在いる自室のベッドに腰掛けたまま『はい』を選択した。
すると空欄の中に『カタポレンの森/地点A』という文字が現れた。
スキルの解説文からいけばこのライトの自室、ベッド横が『マッピング』の登録ポイント『カタポレンの森/地点A』になったはずだ。
それを確認するために、ライトは一旦マイページを閉じて自室から出てカタポレンの家の外に出た。
外はほんのりと茜色に染まりつつある。
夕暮れに差しかかった空の下、ライトはマイページを開いてスキル欄の『マッピング』をタップ、地点選択画面を開いた。
そして、先程登録したばかりの『カタポレンの森/地点A』を押すべく、右手の人差し指をゆっくり伸ばしていく。
ライトの心臓はドキドキと高鳴り、思わずゴクリ……と唾を呑み込む。
これが成功したら、ライトは瞬間移動手段を手に入れることができる。
それは冒険者ギルドの転移門、ヴァレリアから授けられた瞬間移動用の魔法陣に続く、第三の瞬間移動手段。
そして何より重要なのが、この『マッピング』はBCO由来のスキルであるということ。
これは、BCOを知る者だけが使える能力。正真正銘ライトだけが扱える、特異なスキルなのだ。
スキルのボタンを押そうとするライトが、内心でかなり緊張するのも無理はなかった。
緊張したライトの指はしばし止まっていたが、意を決して指を前に動かし登録ポイントのボタンを押した。
すると、次の瞬間にはカタポレンの家のライトの部屋に移動していた。
ボタンを押してから、それこそ瞬き一つもしきらないうちに瞬時に景観が変化していたのだ。
今いる場所を把握すべく、咄嗟に周囲をキョロキョロと見回すライト。
ライトが立っていた場所は、ライトの部屋にあるベッドの横。先程登録ポイントを指定していた時に座っていた場所で間違いなかった。
BCO由来のスキルで、自分だけの瞬間移動手段を獲得したことを確信したライトは、思わず叫ぶ。
「……やッたーーーーー!!!!!」
両手を上げて万歳しながら、その場でピョンピョンと飛び跳ねて大喜びするライト。
登録個数は十個まで、という制限こそあるが、冒険者ギルドの転移門を使わずに好きな場所に瞬間移動できるというのは、ライトにとって途轍もなく大きな収穫である。
紫の写本スキル、マッピング……前世ではゴミスキルだと思っててごめんなさい!
ゲーム時には全く使わなかったけど、サイサクス世界に転生した今の俺にはすっごくありがたいスキルになりました!創造神様、ありがとう!
そして、100CPで買える【お役立ちアイテム詰め合わせセット】をイチ押ししてくれたロレンツォさん、ありがとう!
ロレンツォさんがすっごく大プッシュしてくれなかったら、俺きっと買わずに見送ってたよ!本当に、本ッ当ーーーにありがとうッ!!
今後のライトの人生を大きく飛躍させる、大いなる力『マッピング』。
それを得ることができた全ての経緯に、ライトは心の中で何度も何度も感謝する。
ライトが新たなる力を得られた歓喜の瞬間だった。
ライトがBCO独自の力を得た瞬間です。
マッピングというと、地図機能を指す場合も多いですが。拙作では某ドラク工の某呪文ルーラのような、瞬間移動手段のスキル名として使っています。
ライトはまだ十歳に満たない子供なので、何かとその行動には制限がつきまとう立場ではありますが、この新たなスキルで行動範囲が格段に広がることでしょう。
もちろんそれはゲームと同様に、登録したいポイントに必ず一度は足を運ぶ必要があります。ですが、一度登録してしまえばデータ削除しない限りは何度でも訪ねることができるようになりますからね!(・∀・)




