第832話 紫の写本
CPを用いたロレンツォとの取引を無事終えたライト。
ルティエンス商会の店内で待っているラウルのもとに戻るべく、ロレンツォとともに亜空間の客間から廊下に出る。
すると、右側の廊下の先にルティエンス商会の店内と思しき明かりが見える。それは然程遠い距離にあるのではなく、二十メートルくらい先に出口があるようだ。
それは、ロレンツォ相手に長話をしながら奥の客間に行った時とは大違いだ。とてもじゃないが、同じ距離とは思えない。
「ロレンツォさん……この廊下、行きと帰りではかなり距離が違いませんか?」
「ええ。この廊下は一本道に見えますが、実はかなり複雑な経路なのですよ」
「そうなんですか?」
「はい、現世から亜空間という別次元に辿り着くまでにはかなり歩きますが、亜空間から現世に帰る時は瞬時なのです」
「へー、そうなんですね……」
ロレンツォの説明に、ライトは分かったような分からないような不思議な気分になる。
いや、実際のところどういう作りでそんな差が出るのかライトには全く分からない。だが、先程までいた亜空間が重要な役割を果たす場所であろうことは分かる。
重要な拠点は防衛を堅固にする必要があるが、表の顔である現世のルティエンス商会は重要視されていないのだろう。
そうして亜空間の客間から出て一分もしないうちに、ルティエンス商会の店舗空間に辿り着いたライトとロレンツォ。
店内では、ラウルが様々な商品を眺めていた。
ライトはラウルのもとに駆け寄っていった。
「ラウル、ただいまー」
「お、ライト、早かったな。良い品物はあったか?」
「うん!ロレンツォさんイチ押しのアイテムを買えたよ!」
「そうか、そりゃ良かったな」
ライトが良い買い物ができたと聞き、ラウルも笑顔になる。
ライトが一体何を購入したのか、ラウルがそこまで突っ込んで聞いてくることはない。ライトが喜んでいることを、我が事のようにともに喜んでくれているだけだ。
もっとも、何を買ったか問われたところで本当のことは言えないので、もし尋ねられたら適当に誤魔化すしかないのだが。
なので、ラウルが深く聞いてこないことにライトは内心で感謝しつつ安堵する。
「ラウルも何か買いたいと思えるような品はあった?」
「そうだなぁ、やはりあの『出刃ソード』と『真菜シールド』が気になってな……店主、新しいのはまだ入荷してないか?」
「はい、誠に申し訳ございません。ですが腕利きのバイヤーに声をかけてありますので、年内には仕入れられるかと」
「そうか、入荷したら取り置きを頼む。値段はセットで20万Gだったよな?」
「はい、セットで20万Gでございます」
「よし、頑張って資金を貯めるか」
ラウルが気になって仕方がない『出刃ソード』と『真菜シールド』。
その取り置きを改めて依頼している。
ラウルがその気になれば、各地の殻処理依頼をこなしまくって20万Gなどすぐに貯められそうなものだ。
だがラウルは、先月ファングでオーダーしたオリハルコン包丁を購入したばかり。そして更には同じくファングで新たにオーダーした、砂漠蟹用のアダマントの手斧の支払いが控えている。
次から次へと欲しい調理器具が出てきてラウルも大変だが、どれもラウルがこよなく愛する料理のためのアイテムなので致し方ない。
「さ、ライトの用事と買い物が済んだなら帰るか」
「うん!ロレンツォさん、また来ますね!」
「はい。お二方のまたのご来店を、心よりお待ち申し上げております」
店の外まで見送りに出たロレンツォが、ライトとラウルに向けて恭しく頭を下げる。
ロレンツォに見送られながら、ライトとラウルはルティエンス商会を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その後、冒険者ギルドの転移門でツェリザーク支部からラグナロッツァ総本部に移動したライト達。
ラグナロッツァに帰る前に、ツェリザーク支部の売店で二人してお一人様一本限定のぬるシャリドリンクを一本づつ購入するのは、もはや鉄板のお約束である。
他に出かける予定先はもうないので、二人してラグナロッツァの屋敷に戻る。
ラウルは早速厨房に行き、氷の洞窟で狩ってきたばかりの氷蟹の下拵えを始めている。巨大な鍋で湯を沸かしながら、ミスリル包丁で懸命に氷蟹を捌くラウル。その顔の、何と生き生きとしていることよ。
日帰りとはいえ、氷の洞窟に遠征したばかりなのにすぐに調理場に向かうとは、ラウルも元気が有り余っているようで何よりである。
一方のライトは、早々にカタポレンの家に帰り自室に篭っていた。
何故かというと、ルティエンス商会で100CPを使って購入した【お役立ちアイテム詰め合わせセット】で得た品々を検証するためである。
自室に戻ったライトは、早速マイページを開いて新たなアイテムをチェックする。
と言っても、チェックするのは『紫の写本』と『幻のツルハシ・ニュースペシャルバージョン』の二つだけ。
他の三つ、『エネルギードリンク』と『金糸雀色の香炉』、そして『髪型変更チケット・ツインテール』は特に改めて検証する必要もないので、今回はチェックしないだけである。
まずはスキル書である『紫の写本』をマイページのアイテム欄で確認する。
『紫の写本』というアイテム名の横に書かれた詳細解説文は、以下の通りである。
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【???】とある秘伝書の一部を写し取ったという、とても貴重な写本。
古代流派の門外不出の技が記されているようだが……?
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この詳細解説文を、顰めっ面で眺めるライト。
先程のミステリー箱の時ほどではないが、それでも非常に渋い顔をしている。
「そういやすっかり忘れてたが、写本スキルって十種類以上あるのにどの色も全部この解説文だったわ……くッそー、これじゃ何のスキルだったか全く分からん!」
「ったく……アイテムの解説まで一字一句違わず全て同じコピペとか、手抜きにも程があるやろがえ!」
「手抜き流用していいのは、モンスターや神殿のグラフィックまでだ!解説文なんて文字だけなんだから、それくらいきちんと書いとけ!」
アイテムの詳細解説文だというのに、スキルに関するヒントが全く記述されていないことにプンスコと憤るライト。
アイテム名に写本という単語が使われている通り、この『紫の写本』とは何らかのスキルが入った書物である。
紫以外にも白、黒、赤、青、黄、灰など様々な色の写本があり、それぞれに違うスキルが収められている。
それは攻撃魔法スキルだったり、物理攻撃スキルだったり、回復スキル、バフスキル、デバフスキルなどもある。
白は浄化系、黒はデバフ、赤は火魔法系、青は水魔法系、緑は風魔法系など、ここら辺は色のイメージとリンクしやすいスキルが入っていたので、ライトも薄っすらと覚えている。
だが、紫や灰、砂色といった微妙な色合いの名前になると、何のスキルだったかさっぱり思い出せない。
紫……紫……うーーーん、何のスキルだったっけ…………ぐああああッ!ナンボ考えても思い出せーーーんッ!!
頭を抱えながら天を仰ぐライト。
自室のベッドにボフン!と背中から倒れ込んだ。
ここで一つ、BCOにおけるスキルについて解説しよう。
BCOには、スキルを獲得する方法がいくつかある。
一つは職業システムで経験を得て習得する方法。
六種類の基幹職業、【戦士】、【闘士】、【斥候】、【魔術師】、【僧侶】、【求道者】。それらの習熟度を上げることで四次職まで育て上げ、その間に様々なスキルを獲得できる。
ライトが転職神殿に足繁く通い、転職マラソンに励んでいるのは、何も四次職マスターのご褒美であるヴァレリアに会うためだけではない。もともとは職業システムで得られる様々な有用スキルを得るためである。
そして職業システム以外でも、スキルを得る方法はある。
冒険中にモンスターがスキル書をドロップしたり、遺跡探索でスキルアイテムを発見したり。あるいは臨時討伐任務の報酬でスキルアイテムを獲得したり、他にもミステリー箱などの課金アイテムを購入することでレアスキルを得ることもできる。
いずれもスキル書という書物もしくはスキルアイテムという形で、ユーザーはスキルを習得する。
このように、スキルは多岐に渡る方法で得られる。そしてその数は、何百種類もあるのだ。
故に、如何にライトがBCOマニアであっても紫の写本が何のスキルだったか思い出せないのも無理はなかった。
強力なものから使えない雑魚スキルまで、何しろ全部合わせて数百種類もあるのだ。それらを十年近くも逐一全種類を覚え続けていることは、実質的に不可能だった。
しかし、ゲーム中によく使っていた強力な攻撃スキルなどはさすがに今でも覚えている。
例えば使用者のHPに応じて攻撃力が変化する『ブレイクリベンジャー』とか、一撃必殺のクリティカルスキル『夜刀神』など、かつて愛用していたスキル類なら、今でもその名前を聞いただけですぐに分かる自信がある。
だが、『紫の写本』について全く覚えていないところを見ると、きっとBCOでは雑魚スキル扱いされてたんだろうなぁ……と、ぼんやりとしながら考えるライト。
記憶に残らないということは、それだけ前世でそのスキルに対して全くの無関心であり、一切使用していなかったことの証でもあるからだ。
「……しゃあない、実際に使ってみるしかないか……腐ってもスキル書だから、使用したところで特に害があるものでもないし」
倒れ込んだベッドから、のそのそと起き上がるライト。
重たい腰を上げるようにして、改めてマイページのアイテム欄にある『紫の写本』という文字を眺める。
装備品やアクセサリーなどの身に着ける系のアイテムは、極稀にステータス値にマイナス補正がかかるものがある。いわゆる『呪いの装備品』と呼ばれるやつだ。
だが、スキルに関しては呪われるようなものは一切ない。
威力が弱くて使えない、あるいは同系スキルでもっと強力なものがある、費用対効果が非常に悪い、といった理由で全く使われないことはあっても、使用者を直接呪ったりマイナス補正をかけるようなことはなかった。
なのでここでライトが『紫の写本』を使用して、もし万が一使い道のないスキルであっても、ライトに直接害を及ぼす心配もない。
となると、ここは『とりあえず使ってみる』一択である。
「紫がどんなスキルだったか分からんけど……ま、それで死ぬことなんかねぇし」
「バフスキルとかデバフスキルだったらいいなー。職業システムのスキルと被る可能性はあるけど、それでも使えるスキルは多いに越したことはないし」
「とりあえず、このサイサクス世界では使えるスキルであることを祈ろう……ポチッとなー」
ルティエンス商会で購入した【お役立ちアイテム詰め合わせセット】、そこから得たスキル書『紫の写本』を使用する決意をしたライト。
アイテム欄にある『紫の写本』の詳細解説文のさらに右側にある【使用する】というアイコンを人差し指で押した。
ルティエンス商会で購入した課金アイテムで得たスキル書のお話です。
スキルに限ったことではないですが、課金アイテムと無課金アイテムの差ってかなり如実ですよね。
リアルマネーを注ぎ込んで入手する課金アイテムの方が、課金せずとも得られる無課金アイテムより強くて有用なのは当たり前のことなのですが。とはいえ、無課金アイテムでもそこそこというか、それなりに使えるものも時にはあったり。
作者もRPG系ソシャゲで遊んでいた頃は、完全無課金者でした。
だってだってー、課金してガチャを回してもろくなもん引けなかったんですものー(;ω;)
そんな作者も今では、月パスオンリーの微課金でパズルゲームを嗜む程度です。
何しろ今は、サイサクス世界の物語を毎日ヒーヒー言いながら綴るだけで精一杯なのです><




