第829話 ツェリザークでの思い出
氷の洞窟を後にしたライトとラウル。
洞窟の帰り道では、氷蟹他氷の洞窟固有の雑魚魔物達を狩りまくりながら進んでいく。ラウルが風魔法で魔物を倒し、ライトがアイテムリュックに収納していく流れは、もはやお約束の作業風景だ。
そして洞窟の外に出てからは、のんびりとした足取りでツェリザークの街に戻っていく。
氷の女王とのお茶会や帰り道の雑魚魔物狩り等々、思ったより時間がかかってしまったので、ツェリザークまでの帰り道は魔物除けの呪符を使用しての帰路だ。
のんびりと歩きながら、薄っすらとした秋の空を眺めるライト。
今はまだ地面の土や枯葉が見えるが、この一帯もあと一ヶ月もしないうちに雪に覆われて、一面白銀の世界になるのだろう。
そう考えると、ツェリザークで地面を見られるのは本当に極僅かな期間だけなんだな、とライトは思う。
そうしてツェリザークの街に戻ったライト達。
次なる目的地、ルティエンス商会に向かう。
向かう途中に商店街があり、店先や露店に並ぶ品物を覗いていく。
ここは、ライトが初めてツェリザークに来た時にクレハに案内されて訪れた『ヘルムドソン通り』である。
ここを初めて訪れたのは、去年の十月初旬頃。もうすぐ一年が経とうとしている。本当に、月日が経つのは早いものだ。
様々な品物を見ていると、氷蟹を売っている店がちらほらとある。
去年ライトがこの商店街を見た時よりも、氷蟹を扱う店が増えているような気がする。ぬるシャリドリンクがバカ売れしたおかげで、氷蟹自体の需要もかなり上がったと聞くが、その影響だろうか?
そして、かつてライトが氷蟹を大量に買い込んだ店もあった。
今日の店番はその時のおじさんではなく、おばさんがしているようだ。だが、店の作りや周囲の風景は当時のままで、ライトにも見覚えがある。
あの時は、フェネぴょんに贈るミサンガを作るための銀碧狼の毛が欲しくて、初めてツェリザークに出かけたんだよなぁ……
でもって、レオ兄に10万Gのお小遣いをもらって、ラウルへのお土産として大量に氷蟹を買っていったっけ……
ていうか、いくら買い込んだんだっけ? 確か、ここの氷蟹だけで85000Gだか使ったよな……脚とか爪、胴体、全部合わせて多分丸ごと二匹か三匹くらいあったから、それくらいの値段がしてもおかしくはないんだけど……氷蟹を狩れるようになった今から思うと、高い買い物だったよなぁ……
あッ、でもそのおかげで特殊氷嚢とルティエンス商会に出会えたんだからいっか!オールオッケーだよね!
ヘルムドソン通りを歩きながら、かつての思い出に浸るライト。
この地を訪れたのはたった一年前なのに、いろんなことが様変わりした。
その間に、ライトもクエストイベントを経てかなりの力を得たが、最も変わったのはラウルだ。
ツェリザークでの様々な思い出とともに、今日もライトとともに氷の洞窟にいっしょに出かけてくれたラウルとの様々な思い出もライトの中で蘇る。
それまでは軟弱者を自称していたラウルだったが、今や立派な冒険者として活動するようになった。
普段は殻処理依頼をこなすのがメインだが、先程の氷の洞窟でも全ての雑魚魔物を一撃で倒すほどの力をつけた。
冒険者としてはまだ駆け出しで、階級も青銅級と低い。それは、冒険者登録してからまだ半年と日も浅い故、当然のことだ。
だが、今のラウルの能力ならば冒険者階級もそう間を置かずに、どんどんと駆け上がっていくことだろう。
自分の成長よりも、ラウルが大きく成長したことにライトは嬉しく思う。
横にいたラウルの顔をふと見上げるライト。前を見据えて歩くラウルの、何と頼もしきことよ。
すっかり頼もしくなった万能執事の横顔を見ながら、ライトは思わずニコニコの笑顔になる。
そんなライトの視線に気づいたラウル。
ニッコニコの笑顔のライトを不思議そうに見つめながら問うた。
「何だ、どうした? 俺の顔に何かついてるか?」
「ううん、何もついてないよー。ただ、さっきの氷の洞窟でも魔物をバンバン倒すラウルが、とっても頼もしいなって思ってたんだ!」
「お褒めに与り光栄だ」
ライトの称賛に、ラウルも小さく微笑みながら応える。
「まぁな……俺はもともと喧嘩なんかもからっきし弱くて、本当に貧弱な妖精だったが……ご主人様達やツィちゃん、シアちゃん、女王達のおかげで、それなりには強くなれたかな」
「うん!今のラウルなら、ポイズンスライムだって一撃で倒せちゃうんじゃない!?」
「ぃゃ、さすがにそれは一撃では厳しいだろうが……そうだな、今度地下下水道で出くわしたら絶対に返り討ちにしてやるわ」
様々な出会いのおかげで強くなった、と皆に感謝するラウル。
ラウルは思ってもいないようなお世辞は決して言わないので、その感謝の言葉は嘘偽りない本音だ。
ポイズンスライムにも勝てる!というライトの言葉には、さすがのラウルも若干顔が引き攣る。
だがそれも、ほんの一瞬だけのこと。ラウルはすぐに不敵な笑みを浮かべ、かつて重傷を負わされたポイズンスライムへのリベンジを誓う。
そんな話をしていると、ライト達の二つ目の目的地であるルティエンス商会が見えてきた。
威風堂々とした佇まいの店の扉を、ライトはそっと開けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ごめんくださーい」
カラン、カラン……。
ルティエンス商会の扉を開くと、扉の内側につけられた鈴が鳴る。軽やかで心地の良い、澄んだ音色だ。
その鈴の音を聞いてか、店の奥から人が出てきた。ルティエンス商会の主人、ロレンツォである。
「いらっしゃいませ……おや、ライトさんではありませんか、こんにちは」
「ロレンツォさん、こんにちは!お久しぶりです!」
「こちらこそ、ご無沙汰しております。ようこそいらっしゃいました、ささ、奥へどうぞ」
店に入ってきたライトの姿を見たロレンツォは、優しい笑顔を浮かべながら歓迎する。
ライト達を店の中に進ませた後、ロレンツォは一旦店の扉を開けて何やらしている。
扉の表に掛けてあった『開店中』の札を裏返して『閉店』に変えているのだ。
そのことに気づいたライトが、ロレンツォに心配そうに話しかける。
「もうお店を閉めちゃっていいんですか? 他のお客さんも来るのでは?」
「いえいえ、お気遣いなく。こうしてライトさんがいらしてくれたのですから、今日はもう店仕舞いにします」
「ぼくのためですか!? な、何か、すみません……」
「大丈夫ですよ。今日は特に来客の予定もありませんしね」
ロレンツォの気遣いに恐縮するライト。
時刻はまだ昼の一時を回ったあたりで、店仕舞いするような時間ではない。
だが、他ならぬBCO仲間のライトが訪ねてきたのだ。ロレンツォにとって、ライト以上に優先しなければならないことなど殆どないと言っても過言ではない。
前回ライトがここに来たのは、今年の五月中旬。
ヴァレリアから教えてもらったイベント【交換素材の目録を作ろう!】をこなすために訪ねて以来、約四ヶ月ぶりのことだ。
店内に並ぶ品々は、壁一面にずらりとかけられた数多のお面と相まって、相変わらず胡散臭いことこの上ない。
だが三度目の訪問ともなれば、その不気味さにも少しは慣れてきたライト。喜怒哀楽様々な表情のお面を、ゆっくりと観察するくらいには心の余裕が生まれてきたようだ。
一方のラウルも、店内に並べられた品物を一つ一つじっくりと眺めている。
珍しい武器防具の他にも、一体何に使うのかさっぱり分からないアイテムが多数飾られていて、興味が尽きないようだ。
ラウルが商品を見ている間に、ロレンツォがライトにだけ聞こえるようにこっそりと声をかける。
「ライトさん、本日はどういったご用件でのお越しで?」
「えーとですね、BCO関連での相談がありまして……」
「やはりそうですよね。でしたら、お連れ様のご同席は無理ですね」
「はい……」
ライトもラウルに聞こえない程度に、超小声でロレンツォの問いかけに答える。
いや、ラウルの聴力なら聞こえて然るべき距離なのだが。今は前回この店で見せてもらった『出刃ソード』と『真菜シールド』を見るのに真っ最中で、ライト達のことなど気にもかけていない。
そんなラウルに、ライトが声をかけた。
「ラウルー、ぼく、ロレンツォさんに見せてもらいたい品があるから、ちょっと店の奥に行ってくるねー」
「おう、じゃあ俺は店の中の品をのんびりと見て回ることにするわ」
「うん、ラウルもゆっくり見ててね!」
店の奥に行くというライトに、ラウルは特に気にすることもなくライトを送り出す。
街中をライト一人で歩かせるのはさすがにないが、ルティエンス商会という一つの店の中でなら危険はないだろう、という判断である。
ライトはライトでロレンツォと二人きりでBCOの話をしたいので、ラウルの理解を得られたことにホッとしていた。
「では、お品物は奥にございますので、参りましょう」
「はい!」
ライトの話に即座に合わせたロレンツォが、それっぽい言葉を口にしながらライトを奥の間に誘う。
そして二人は、店の奥へと消えていった。
今度はライトの目的である、ルティエンス商会の訪問です。
ルティエンス商会の初出は第145話、二度目の訪問は第581~583話なので、約250話ぶりの登場ですね。
BCO関連もたまーにしか触れられませんが、それでも何だかんだ理由をつけては一歩一歩少しづつ進めています。
ルティエンス商会がラグナロッツァに進出してくれれば、ライトももうちょい気軽に立ち寄れるのですが。まぁゲームのように上手くは進まないもんです。
とはいえ、最初の頃はン万Gも出して買っていた氷蟹が、今ではレオニスやラウルが狩って自前で調達できるようになったのは大きな前進ですよね!(・∀・)
ちなみに作者のゴールデンウィークは、掃除三昧の他に昨日は焼肉の食べ放題に行ってきました(・∀・)
久しぶりにお肉を客が取りに行く、いわゆるセルフサービス方式のところに行ったのですが。店員が届けるのを待たずに焼肉できるので、なかなか良いものですね( ´ω` )
嗚呼もうすぐゴールデンウィークが終わってしまうー。
拙作の時間の流れは遅いのに、リアルの長期休暇は瞬時に終わってしまうのは何故だろう?(;ω;)




