第823話 兄妹の約束
ライトと闇の女王、そしてクロエは暗黒神殿横にある庭園のテーブルに移動し、お茶会の準備を始める。
そのテーブルは、前回レオニスが来た時にクロエ達のために置いていったものだ。
この空間は地下深くにあり、日光や風雨に晒されることはない。なので、汚れたり朽ちたりする心配も一切ない。
故に、闇の女王とクロエの二人がいつでも好きなように使えるよう、レオニスがプレゼントとして設置していったのである。
シンプルで大きめの丸いテーブルに、五脚の椅子。
テーブルの上に、お茶菓子のプリンやドーナツ、飲み物に牛乳やぬるぬるドリンク紫などを用意していくライト。
全ての準備が整い、三人は席に座って手を合わせる。
「『『いっただっきまーす!』』」
お茶菓子をいただく前に、三人揃って合掌しつつ食事の挨拶を唱和する。
闇の女王もクロエも、ライトとともにお茶会をするのはこれが三度目。ライトとレオニスが持ち込んだ人族の習慣、食事の挨拶もすっかり身についたようだ。
プリンを食べるためのスプーンを、ライトの仕草を見ながら見様見真似で使うクロエと闇の女王。
小皿に盛られたプリンをスプーンで突つくと、ぷるんぷるんと揺れる。その動きに二人は驚き、はわわわわ……という小声が洩れる。
そしてプリンにそっとスプーンを入れて掬い、ゆっくりと口に運んでいく。
『……ッ!美ぉー味しーーーい!』
『これは……今まで食べた中で最も高貴なる味わいぞ……』
『ココ、これ大好きー♪』
『ええ、まさしく高貴なるココ様に相応しき甘味ですな』
「お二人に気に入ってもらえて、良かったです!」
ほっぺたを押さえながらご機嫌でプリンを食べるクロエに、嬉しそうに食べるクロエを見て闇の女王もにこやかな笑顔を浮かべる。
美味しいスイーツを食べる女の子の、幸せに満ち溢れた笑顔というのはいつ見ても良いものだ。
プリンを作ったのはラウルだが、それを提供したライトまで嬉しくなってくる。
そうして三人は、しばし極上の甘味に舌鼓を打つのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
プリンやドーナツを存分に堪能し、それぞれに飲み物を飲みながらゆったりと寛ぐライト達。
自然と話題はカタポレンの森やライト達の近況などに移っていく。
『あれから神樹はだいぶ元気を取り戻したようだな』
「はい。おかげ様でツィちゃんは、以前にも増して緑の葉がたくさん生い茂るくらいに元気になりました!」
『ココもいつか、神樹さんに会いたいな!』
「そうだね、ココちゃんもいつかツィちゃんに会えるといいね!…………って、ココちゃんはこの暗黒神殿の外に出られるんですか?」
クロエとの会話で、はたとライトが疑問に思い闇の女王に尋ねる。
他の属性の女王の神殿にも守護神がいるが、その生態は様々だ。
湖底神殿のアクアは基本目覚めの湖にいて特に出かけたりしないし、天空神殿のグリンカムビや雷光神殿のヴィゾーヴニルも同じ領域内にいる天空樹ユグドラエルの天辺にいるのが常だ。
火の女王のいるエリトナ山にはガンヅェラがいて、その大半を寝て過ごしている。
しかし、ヴィゾーヴニルはユグドラツィの危機に際して、援軍として駆けつけてきてくれた。海底神殿のディープシーサーペントに至っては年がら年中外の海域を放浪していて、神殿には滅多に帰らないようだ。
それらのことを考えると、神殿の守護神は属性の女王と違ってそこまで神殿に縛りつけられていないのかもしれない。
『もちろんココ様も、いずれは外の世界に出られるようになる。もっともそれは、身も心ももっと大きく成長されてからの話だがな』
「そうなんですね!そしたらいつか、ぼくやレオ兄ちゃんと旅をしようね!」
『うん!ココ、今よりもっと大きくなって、もっともっと強くなる!』
闇の女王やライトの言葉に、クロエが嬉しそうに返事をする。
しかし、ライトとしてはクロエの返事は微妙なところだ。
今でさえレオニスの倍近くの高さだというのに、これ以上大きくなったらオーガ族並みの体躯になってしまう。いや、他の守護神達の大きさを考えたら、おそらくはオーガ族をはるかに上回る大きさになるに違いない。
そんなに大きくなり過ぎても、ともに旅をするのは逆に難しくなるんじゃないか……と思案するライト。
闇の女王の方に向き直り、おそるおそる問いかけた。
「あのぅ……闇の女王様、一つ聞きたいんですが」
『ン? 何ぞ?』
「ココちゃんって、大きくなったら自分の身体の大きさを変えられるようになりますかね?」
『もちろん。それくらいのこと、ココ様ならば出来て当然。というか、神殿生まれの守護神ならば朝飯前のことぞ』
「そうなんですね!良かったぁー」
闇の女王の答えに、心から安堵するライト。
もっとも、クロエがライトと旅をするのに問題になるのは、何も身体の大きさばかりではないのだが。
例えば下半身がまんま大蛇なこととか、完全に目を覆って隠している顔だとか。
一目見ただけで、誰もが異形の者だと分かるその姿。異種族に慣れていない者が見たら、思いっきりドン引きするか逃げ出すだろう。
しかし、そこら辺ライトはまだ気づいていなかったりする。
これは、ライトが様々な異種族と出会い、慣れ過ぎていて抵抗感が全くないことが原因なのだが。
自分のことを兄と慕うクロエとともに、いつか世界中を旅することを夢見るライト。
その日がいつ来るのかはまだ分からないが、将来の楽しみがあるのは良いことである。
そして今度はクロエがワクテカ顔で闇の女王に問うた。
『ねぇ、ママ、ココはいつお出かけできるようになるの?』
『そうですな……少なくともこの庭の木の実があと一回……いや、二回は実るのを見届けてからでしょうな』
『ココが生まれた時に成っていた、この木の実をあと二回見ればいいの?』
『然様。それくらいの時を経れば、ココ様も様々な術を身に着け、今よりもっともっと強くなっておられましょう』
『うーん……結構時間がかかるのね……』
闇の女王はテーブルの横にある庭園の木を見ながら、クロエの質問に答える。
その木は今は葉が生い茂っているだけで、花も実もつけていない。
この木に実が成っていたのは、クロエが卵から孵化して生まれた頃。ライト達人族の暦で言えば、四月の初旬だった。
そしてこの木は一年周期で実をつけるので、あと二年もすれば外に出られるようになる、というのが闇の女王の見立てだった。
しかし、クロエはそれに納得しきれていないようで、残念そうな声音で呟く。
二年という期間がどれ程の長さなのか、クロエにはイマイチ理解しきれていない。生まれてまだ五ヶ月のクロエには、それも致し方ないことだ。
だがそれでも、庭園の木に実が成るのを二回見なければならないというのは、かなりの日数を要することだけは分かったようだ。
口をへの字にして渋るクロエに、ライトが慰めの声をかける。
「ココちゃん、それは仕方ないよ。むしろ、たった二年で外に出られるようになるなんて、そっちの方がすごいとぼくは思うよ」
『そうなの? お兄ちゃんがそう言うなら、きっとそうなのね』
「うん。ぼくなんて、カタポレンの家から外に出るようになったのなんて、八年かかったからね?」
ライトは自分の例を引き合いにしながら、クロエの成長速度をすごい!と褒める。実際のところ、人間の成長速度と比べたらクロエの成長は驚異的な早さだ。
生後半年も経たないうちに身長は倍以上になり、言葉も話せるようになって他者との意思疎通も問題なくできている。
心身ともに目覚ましい成長を遂げるのは、クロエがBCOのレイドボス亜種という特殊な立場と生まれだからなのか。
『八年って、どれくらい?』
「ココちゃんの二年の四倍。だからココちゃんは、ぼくより四倍も早い速度で成長してるってことなんだよ」
『そうなの!? 八年とか四倍とかよく分かんないけど、とにかくココはすごいってこと!?』
「うん、そうだよ、ココちゃんはすごいんだよ!」
しかし、如何にクロエが特殊な生まれであっても、算術や計算の類いは分からないらしい。
人族のように学校に通って算数を習うことでもなし、こればかりはどうしようもない。
なので、ライトはとにかく『ココはすごい!』と褒めまくることで、ココのモチベーションを上げようとしているのだ。
ライトの思惑通り、気を取り直したクロエ。
闇の女王に向かって、嬉しそうに話しかける。
『ママ、ココはすごいんだって!』
『そうですよ、ココ様。吾も常に、ココ様は偉大なる御方と申しておりますでしょう?』
『うん、でも、ママだけでなくお兄ちゃんにもすごいって言われて嬉しい!早く木の実を二回見て、お外に出られるようになりたい!』
『ならば、今以上に精進せねばなりませんな』
『頑張る!』
闇の女王とクロエの会話は、母娘というより乳母と主家の令嬢といった感じだ。
格の上下で言えば、闇の女王よりもクロエの方が上なのだから、闇の女王が恭しい態度で接するのも当然のことである。
だがそんな彼女達であっても、言葉の端々に互いを思い遣る気持ちが滲み出ている。
母娘でもあり、姉妹でもあるような闇の女王とクロエ。
家族にも等しいその絆に、横で見ていたライトも心和む思いであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
暗黒神殿での楽しいひと時を過ごし、そろそろ帰るかとなったライト。
お茶会で使用した小皿やスプーン、カップなどをアイテムリュックに仕舞い込む。
その間闇の女王とクロエは、庭園に咲いている花を摘んでいた。
クロエはその腕いっぱいに花を抱え、ライトのもとに戻って早速差し出した。
『お兄ちゃん、いつも美味しいものを食べさせてくれてありがとう!これはその御礼よ!』
「うわぁ、綺麗な花だね!こんなにたくさんもらっちゃっていいの?」
『大丈夫!ママといっしょに摘んだお花だから!』
「ココちゃん、闇の女王様、ありがとうございます!」
クロエが腕いっぱいに抱えていた花を、ライトは嬉しそうにアイテムリュックに仕舞う。
これが何の花なのか、ライトには分かっていない。だが、暗黒の洞窟最奥部に咲く花だ、貴重な素材であることは間違いない。
それに、妹が自分のために摘んでくれた花束だ。例え万が一にも素材としての価値がなかったとしても、ライトにとっては何にも勝るプレゼントだった。
「ココちゃん、闇の女王様、今日も楽しい時間をありがとうございました!」
『何、こちらも楽しいひと時を過ごさせてもらった。吾からも礼を言う、ありがとう』
『ココもお兄ちゃんに会えて嬉しかった!また遊びに来てね!』
「うん、必ず来るよ!」
再会の約束を交わすライトとクロエ。
するとここで、ライトがはたと思い出したように闇の女王に声をかけた。
「あ、そういえばぼく、闇の女王にもう一つ聞きたいことがあったんですが」
『何ぞ?』
「暗黒の洞窟の三層に、暗黒蝙蝠っていう魔物がいますよね?」
『ああ、おるな。それがどうかしたのか?』
「えーとですね、暗黒蝙蝠と思われる生き物が、今ぼくの家にいるんですけど……暗黒蝙蝠って、洞窟の外に出れるんですか?」
ライトが思い出したのは、マードンのことであった。
レオニス曰く、あれは暗黒蝙蝠だと言っていた。
だが、これは暗黒の洞窟に限ったことではないが、洞窟の生き物はその洞窟固有種であることが多い。
BCOでも例に漏れず、洞窟が舞台となっている冒険フィールドに出現する魔物は、他のフィールドには決して出てこないのだ。
先日アドナイでレオニスが引き受けた、単眼蝙蝠が出没する洞窟調査と完全封鎖依頼。
その際に、情報収集としてライト達はマードンを事情聴取した。
久しぶりにマードンと対面したライトは、今度闇の女王に会ったらマードンや暗黒蝙蝠のことを聞こう!と考えていたのだ。
そんなライトの問いに、闇の女王が眉を顰めながら答える。
『暗黒蝙蝠が洞窟の外にいる、だと……? そんな前例は、見たことも聞いたこともないな』
「そいつは廃都の魔城の四帝の一人、【愚帝】の配下の屍鬼将ゾルディスの部下で、マードンと名乗っているんですが」
『マードン……知らぬ名だ』
「そうですか……そしたら、暗黒の洞窟以外の場所で生まれたやつなんですかね?」
闇の女王にマードンの心当たりがないということは、マードンはこの暗黒の洞窟生まれではないのかもしれない。
アテが外れたライトは少々戸惑うものの、それならそれで致し方ない。
すると、それまで思案していた闇の女王がライトに話しかけた。
『ライトよ、今度ここに来る時にはそのマードンなる者を連れてきてくれるか? 是非とも其奴に直接会ってみたいのだ』
「マードンを、ですか? あいつは廃都の魔城の四帝の手先だった奴ですが……ここに入れても大丈夫なんですか?」
『其奴が暗黒蝙蝠もしくはそれに類似したものだというのなら、其奴自体に大した力はあるまい』
「確かに、マードン自体はそんな強力な魔物ではないですが……」
『それに、そいつ一匹いたところでここでは何をすることもできぬ。暗黒神殿のあるこの場所は、吾の独壇場なのだからな』
闇の女王からの思わぬ申し出に、ライトは戸惑いつつ問い返す。
だが、闇の女王の言う通り、暗黒蝙蝠自体に大した能力がある訳ではない。それはライトもマードンを通してよく知っている。
そしてこの暗黒神殿のある空間で、マードンが紛れ込んだところで何ができるとも思えない。この空間は闇の女王が支配する空間であり、さらには暗黒神殿守護神であるクロエもいるのだから。
「……分かりました。そしたら次は、レオ兄ちゃんとまたいっしょに来ます」
『頼んだぞ』
『次はパパといっしょに来てくれるのね、ココも楽しみに待ってるわ!』
「うん、レオ兄ちゃんにもそう伝えておくね!じゃ、またね!」
闇の女王とクロエに別れの挨拶を済ませたライトは、暗黒神殿を後にした。
暗黒神殿での三回目のお茶会です。
お茶会というのは、相手と親睦を深めるのはもちろんのこと情報収集にももってこいなんですよね(・∀・)
もちろん単なる四方山話をするだけでも親睦を図れるし、聞きたい情報があればなおのこと美味しいお菓子で相手の機嫌を取りつつ、お口も滑らかにするという効果が期待できるという。
もっともライトの場合、そこまで深く考えている訳ではなく。ただ単に大事な人達と、美味しいお菓子を囲んで楽しいひと時を過ごしたいだけなんですけど(´^ω^`)
そして、兄と妹の約束。いつか世界中を旅して回るという夢。
闇の女王の見立てでは、少なくとも二年後ということになっていますが。実際には、まずライトが中等部を卒業してからでないと本格的な冒険者活動はできないので、実質的には五年以上は先の話ですね。
ですが、いつかはその夢を叶えるために、ライトもクロエも日々精進し頑張っていくことでしょう。
いつかクロエが暗黒の洞窟を旅立つ日を書けるといいな。作者も日々精進します!




