第820話 ラウルの歓迎会
翌日の土曜日。
午後四時を回った頃、レオニスとラウルは出かける支度を始めた。
二人の行き先はもちろん、ラウルの冒険者登録歓迎会である。
場所は冒険者ギルド総本部横のギルド直営食堂、開始時刻は午後六時から。主賓が遅れてはいけないので、早め早めの支度を心がけているのだ。
四時半には一通りの支度を終えて、準備万端整えたレオニスとラウル。二人の正装である、深紅のロングジャケットと黒の燕尾服がビシッ!と決まっていて、いつになく格好良い姿である。
二人で事前に打ち合わせしていて、五時半少し前に出かけるつもりでいる。それまでの時間を、客間でティータイムよろしく珈琲を飲みながらのんびりと過ごしていた。
「なぁ、ご主人様よ。歓迎会にはどれくらいの人数が来るんだ?」
「ンー、どうだろうなぁ……参加者名簿とか作ってる訳じゃねぇから、具体的な人数は分からんが……まぁ大勢来ることは間違いないな」
「まさかとは思うが……大勢集まり過ぎて直営食堂に入り切らない、なんてことにはならんよな?」
「ぁー……その可能性はあるかもなぁ……」
ラウルの質問に、レオニスがうーん……と唸りながら答えている。
冒険者ギルド総本部横の直営食堂は、冒険者達向けの酒場も兼ねているのでかなり広くて席数も多い。
テーブル席やカウンター席だけで百席はあるし、立ったままで座れなくてもいいなら百五十人くらいは収容できるだろう。
だが、ここはアクシーディア公国の首都ラグナロッツァ。ここを拠点にしている冒険者達もかなり多い。
そして何より、今回の歓迎会の主役はラウル。レオニス邸の執事にして身内にも等しい間柄である。
大陸一の冒険者たるレオニスの身内となれば、レオニスを慕う者達から熱烈な歓迎を受けることは間違いない。
ラウルとは直接面識がなくても、レオニスの身内ならば俺も歓迎会に参加するぞ!という冒険者も少なくないのだ。
「おいおい、本当に大丈夫なのか?」
「ンーーー……念の為もうちょい早めに会場入りするか……」
「……ン? ちょっと待て、誰か来たぞ。玄関見てくるわ」
「おう」
もう少し早くに出かけようか、と話をしていたところ、ラウルが何かに気づいた。どうやら来客が現れたようだ。
来客にいち早く気づいたラウルが、客間から出て玄関に向かう。
来客を出迎えるのは執事の仕事。これに俊敏に対応できるあたり、ラウルの執事としての自覚も着実に身についてきているようだ。
レオニスが客間でしばらく待っていると、ラウルが誰かを連れて戻ってきた。
「ご主人様よ、グライフが来たぞ」
「グライフが、か?」
「こんにちは、レオニス」
ラウルの斜め後ろにいたグライフが、ラウルに客間に通されて入室してきた。
屋敷の主であるレオニスに挨拶するグライフ。
レオニスも座っていた席から立ち上がり、グライフを出迎えるも不思議そうにしている。
「何だグライフ、どうした、今日はラウルの歓迎会の幹事だろ? そろそろ会場の支度で忙しい頃だろうに」
「実はその件で来たのです」
「ン? 何か不都合なことでも起きたのか?」
「それがですね……この時間で既に、直営食堂の半分以上の席が埋まってきてるんですよ」
「「何ッ!?」」
グライフから告げられた衝撃の事態に、レオニスとラウルの目が大きく見開かれる。
今の時刻は午後四時四十分。ラウルの歓迎会は午後六時から始まるはずなのに、もう直営食堂の席の半数以上が埋まるとは。予想外もいいところである 。
「あいつら、気が早過ぎるだろ……」
「大きな宴会が開かれる時には、席を確保するために開始時刻よりだいぶ早くに来る者もいますが……それにしても、席が埋まるのが早過ぎるので、歓迎会を二部に分けることにしました」
「マジか……」
「ええ。でないと時間通りに来た者や、遅れて来た者達が歓迎会に参加できない事態になってしまうので。そうなると、参加できなかった者達が暴動を起こしかねませんし」
「「………………」」
なおも続くグライフの衝撃的な提案に、レオニスもラウルも絶句する。
参加者が多過ぎて、歓迎会を二部制にするなど前代未聞である。
あんぐりと口を開けたまま固まるレオニスとラウル。二人に構うことなく、グライフが言葉を続ける。
「そういう訳で。第一部の開始時刻を繰り上げて、午後五時から開始することにしました。つきましては、主賓のお二人にも早急にお越しいただきたく…………って、二人とも、聞いてます?」
「ッ!……あ、ああ、分かった。俺達の方も出かける支度はできてるから、今すぐに行こう」
「急かすようですみませんね……私もここまで大人数が集まるとは、予想外でした」
「いや何、それだけラウルを歓迎してくれるやつが多いってことだから、ありがたいと思わなきゃな」
取るものもとりあえず、すぐに玄関に向かう三人。
玄関の扉を開くと外はまだ明るく、青い空はもうすぐ夕陽に染まろうとしていた。
「五時までもう時間がない、直営食堂まで走っていくぞ」
「「おう!」」
ラウルの歓迎会が開かれる直営食堂に向かって、レオニス達は駆け出していった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
直営食堂に到着したレオニス達。
時刻は午後五時一分前。第一部の開始時間ギリギリの到着である。
食堂の入口の前で一度止まり、襟や裾などを軽く整えるレオニスとラウル。
身だしなみを整えたところで、グライフが食堂の入口の扉を開いた。
すると中にいた冒険者達が、早速グライフに向かって口々に声をかける。
「お、幹事のお帰りだぞ!」
「もうテーブル席は全部埋まってるぜー!」
「カウンター席も残り僅かしかねぇぞー」
「今日の主役は連れて来たかー?」
中で待ち構えていた冒険者達の賑やかさに、グライフははぁ……と半ば呆れつつ文句を言う。
「貴方方、本当に私ばかり扱き使いますよね……」
「だって、なぁ? 俺達の中で貴族街を堂々と歩けるのなんて、グライフしかいねぇもんなぁ?」
「「「なーーー!」」」
「そんな訳ないでしょう。夜中ならともかく、昼の明るいうちに貴族街を歩いているだけで職質されるなんてことは―――」
「「「あるッ!!!」」」
グライフの抗議などものともせず、ドヤ顔で言い返す冒険者達。
警備隊に職質される気満々なのもどうかと思うが、もしかして過去にそのような経験があったのだろうか。
グライフは、はぁぁ……と更なる深いため息をつきながら、今日の主役達を招き入れる。
「……まぁいいでしょう。本日の主役を呼んできましたよ。さぁ、中にお入りください」
「よッ!待ってました!」
「二人が来るまで、俺達ずっと飲まないで待ってたぜー!」
「主役抜きで飲み始める程、俺達バカじゃねぇからな!」
やんややんやの喝采に迎え入れられるレオニスとラウル。
直営食堂の中は、既にたくさんの冒険者達で大賑わいだ。
主賓用に空けられた、食堂の中央にあるテーブル。グライフがレオニスとラウルをテーブルに案内する間も、レオニスと冒険者達は会話を交わす。
「お前らね……歓迎会は六時からだってのに、気が早過ぎるだろ?」
「いやー、今日の歓迎会はレオニスの旦那の身内なんだろ? なら絶対に参加しなくちゃ!と思ってよぅー」
「それにしたって、いくら何でも五時前に食堂入りするのは早過ぎだって」
「俺はな、この歓迎会に必ず参加するために、今日は依頼を一件も受けずに完全休日にしといたんだぜ!」
「いやいや、お前のそれは単なるサボりだろ?」
「バレたか!」
「「「ワーッハッハッハッハ!!」」」
レオニスと冒険者達の繰り広げる会話は、相変わらず陽気である。
主賓達を指定のテーブル席に案内したグライフが、パン、パン!と二回手を叩き、衆目を集めてから幹事としての第一声を上げる。
「さぁさぁ、皆さん、お待ちかねの歓迎会を始める前に、まずはレオニスから一言いただきましょう!」
「「「おーーー!」」」
グライフの言葉に盛り上がる冒険者達。
そしてレオニスの言葉を待つために、すぐに静かになった。
グライフに開会の言葉を振られたレオニスのもとに、冒険者の一人がスススー……とその足元に木箱を持ってきた。
レオニスはその木箱に乗り、コホン、と一つ咳払いをしてから、よく通る声で挨拶を始めた。
「皆、今日はラウルのために集まってくれてありがとう。ラウルは普段は俺の屋敷で働く執事だが、今から半年前に冒険者登録して俺達冒険者の仲間入りを果たした。二足の草鞋を履くラウルだが、今後は冒険者としての活動ももっと増えていくと思う」
「これからラウルが冒険者として活躍していくには、お前らの指導や支えが不可欠だ。皆、ラウルの力になってやってくれ。俺からもよろしく頼む」
木箱の壇上から、深々と頭を下げるレオニス。
その姿を見た冒険者達が、一斉に声を上げる。
「もちろんだ!俺で力になれることがあれば、何でも言ってくれ!」
「ラウルの兄ちゃん、分からんことがあったらいつでも聞いてくれ!」
「俺も相談に乗るぜ!」
「皆でこのラグナロッツァを盛り上げていこうぜ!」
大いに盛り上がる冒険者達に、ラウルも若干戸惑いながらも嬉しそうに微笑む。
だが、レオニスの挨拶はこれだけでは終わらない。冒険者達の賑わいに負けないくらいに大きな声を張り上げる。
「皆、まだ俺の話は終わってねぇぞ!まだ一つ、お前らに話しておかなきゃならない大事なことがあるんだ!」
レオニスの言葉に、冒険者達はざわつきながらも次第に騒ぎが収まっていく。
そして冒険者の一人が、レオニスに問い質した。
「レオニス、俺達に話しておかなきゃならんことって、一体何だ?」
「それは、このラウルの種族についてだ」
「……種族??」
「そう。ラウルは人間じゃなくて、妖精なんだ」
これまでずっと伏せてきたラウルの正体を、レオニスが明かした瞬間だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「「「………………」」」
レオニスの突拍子もないカミングアウトに、この場にいた冒険者達全員が固まってしまっている。
もちろんその固まりの中には、グライフも含まれる。
しばしの静寂の後、ププッ……と誰かが小さく笑った。
その小さな笑いは他の冒険者達に瞬時に伝染し、次第に大きな笑い声になっていった。
「アハハハハ!レオニスよ、冗談キツいぜ!」
「ラウルの兄ちゃんが妖精だぁー? こんなデケェ妖精なんて、いる訳ねぇだろ!」
「そうそう、妖精なんてのは手のひらほどのちっこいのを言うんだぜー?」
腹を抱えながら笑う冒険者達を、レオニスは木箱の上からじーーーっ……と無言のまま見下ろしている。
口を真一文字に結び、真剣な眼差しのまま動かないレオニスと、レオニスの後ろで同じく真面目な顔のまま無言のラウル。
二人の様子に気づいた冒険者達。次第に笑い声が消えていき、再び静寂が食堂の中を包む。
その静寂を破ったのは、レオニスだった。
「……お前ら、気が済むまで存分に笑ったか?」
「ぃゃ、その……ラウルの兄ちゃんが妖精ってのは、もしかして本当のことなのか……?」
「もしかしても何も、嘘偽りない真実だ。つーか、こんな嘘をついて、俺やラウルに一体何の得があるってんだ?」
「そ、そりゃ確かにそうだが……」
レオニスの言い分に、冒険者達も納得せざるを得ない。
妖精でもない者を妖精と偽ったところで、メリットなど何もない。それどころか、その物珍しさに良からぬ企みを考える輩を引き寄せてしまうデメリットしかないことは、冒険者達にもすぐに理解できた。
「ラウルはカタポレンの森に住む妖精の一種、プーリア族の出でな。十年程前に、俺がカタポレンの森で拾ったんだ」
「プーリア族……聞いたことのない名前だな」
「お前らがプーリアを知らんのも無理はない。プーリア族ってのは、基本的に里の外に一歩も出ない完全な引きこもり族だからな」
「引きこもりもそうだが、俺達がカタポレンの森に入ることなんて、まずないからな……」
レオニスの解説に、最初は半信半疑だった冒険者達も次第に納得していく。
カタポレンの森の奥深くまで出入りできるのは、この中ではレオニスくらいのもの。他の冒険者達は、魔の森に近づくことすら滅多にないのだ。
故に、彼らはカタポレンの森の生態系を全く知らない。そんな彼らがプーリア族を全く知らないのも当然のことであった。
「ラウルの兄ちゃんが、そのプーリア族?とかいう妖精なのは分かった。そしたら何でカタポレンの森から飛び出して、こんな人里に出てきているんだ?」
「それはまた後で、酒でも飲みながらこいつの話を聞いてやってくれ」
「ていうか、妖精って人間より長寿なんだよな? ラウルの兄ちゃんって、歳はいくつなんだ? パッと見た感じじゃ、レオニスとそう大差ないくらいにしか見えんが……」
「本人曰く、118歳だと」
「「「!!!!!」」」
ラウルの年齢を聞いた冒険者達が、再び息を呑む。
外見的にはレオニスと同年代にしか見えないラウルが、実は118歳と聞けば誰でも驚くことだろう。
再び静寂に包まれる中、レオニスが静かな声で冒険者達に語りかける。
「実際こいつは、俺が十年くらい前にカタポレンの森で拾ってきて、それから容姿も全く変わっていない。それに、プーリア族は黒髪に金目という特徴があってな。ラウルが妖精族のプーリアであることに間違いはないんだ」
「だが、ラウルはもうこのラグナロッツァで、俺の屋敷の執事として十年暮らしている。こいつがカタポレンの森に戻ることはもうないし、これからもずっとこのラグナロッツァに住み続けていくつもりだ」
「だから……お前らにもそのことを知っておいてもらいたい。そして、今後もラウルの力になってやってくれ。頼む」
木箱の壇上で、再び深々と頭を下げるレオニス。
世界最強の冒険者たるレオニスが、一度ならず二度も深々と頭を下げる―――これがどれ程異例なことであるか、分からない冒険者達ではない。
皆が戸惑う中、一番に口を開いたのはグライフだった。
「水臭いですねぇ、レオニス。貴方程の人にそこまで礼を尽くされて、頷かない私達だと思っているんですか?」
「そうだぜ、グライフの言う通りだ!」
「ああ、ラウルの兄ちゃんが人間じゃないってことに、ちょっとだけ驚きはしたが……それでもレオニスの身内であることに変わりはないんだろ?」
「だったら俺達の仲間だってことにも変わりはねぇさ。なぁ、皆、そうだろ!?」
「おう!」「そうだそうだー!」
グライフの言葉を皮切りに、他の冒険者達も次々とグライフに賛同していく。
レオニスのカミングアウトは、どうやら無事成功したようだ。
木箱の壇上から降りたレオニスが、ラウルの肩に手をポン、と置く。
冒険者達の理解を得られたラウルは、しばし呆然としていた。
だが、レオニスの手が肩に触れたことで、我に返ったラウル。誰に言うでもなく、ぽつりと呟く。
「皆、ありがとう……」
「いいってことよ!」
「レオニスの身内なら、俺達にとっても大事な仲間だしな!」
「しかもラウルの兄ちゃん、ポイズンスライムを倒したんだってな!」
「あ、俺もその話聞いたぜ!とんでもねーデカさの変異体だったんだってな!?」
「なぁ、そん時の話を聞かせてくれよ!」
あっという間に数多の冒険者達に囲まれて、連れ去られていくラウル。
木箱の横に取り残されたレオニスに、グライフが小さな声で語りかける。
「全く……レオニス、貴方にはいつも驚かされっぱなしですよ」
「そうか? まぁ、今日の幹事のお前に事前に話しておかなかったのは、少しだけ悪かったとは思うがな」
「少しだけですか?」
「おう、爪の先についた埃程度には悪いと思ってる」
「貴方らしい言い草ですねぇ」
レオニスの不遜な言い分に、グライフは呆れを通り越していっそ清々しささえ感じる。
くつくつと笑い出したグライフに、レオニスもつられるように笑う。
「……ま、そんな訳で、グライフもラウルのことを気にかけてやってくれ」
「もちろんですよ。いつぞやはとても美味しい晩餐をご馳走になりましたしね。何より彼自身に、冒険者として大いなる資質を感じます」
「グライフにそう言ってもらえるなら間違いないな」
「妖精族の冒険者登録は、サイサクス史上初の事例でしょう。その偉業に立ち会える幸運を、皆でともに分かち合いましょう」
「ああ……そうだな……」
たくさんの冒険者達に囲まれて、肩を組まれながらもみくちゃになるラウル。
戸惑いつつも懸命に対応しようとするラウルの姿を、レオニスとグライフは少し離れたところから静かに見守っていた。
ラウルの冒険者登録祝いの歓迎会本番です。
レオニスの顔の広さ、そして首都ラグナロッツァという場所柄を考えると、絶対に百人以上は集まるよなぁ……てゆか、二百人以上は押し寄せそう……てことで、二部制なんて大規模宴会にしちゃいました。
でもって、歓迎会にかこつけてラウルの種族カミングアウトも捩じ込んじゃったりして。だって、ラウルが主役の歓迎会ですしね!(・∀・)
これを機に、ラウルはより一層人里に馴染み受け入れられていくことでしょう。
ラグナロッツァは、間違いなくラウルの安住の地となるのです。




