第816話 二学期の始まり
作者からの予告です。
明日と明後日は法事の予定が入っており、どちらも半日以上は法事で潰れることが確定しております。
作者の個人的事情で申し訳ありませんが、明日と明後日の更新はお休みさせていただきます。何卒ご了承くださいませ。
ライト達がアドナイの街での指名依頼任務を無事こなした翌日。
この日はラグーン学園の二学期が始まる日である。
一ヶ月もの長期休暇が終わり、ライトのラグーン学園初等部二年生としての生活が再開するのだ。
ライトとしては一日も早く冒険者となって、レオニスやラウルとともに冒険者三昧の日々を過ごしたいと思っている。
だがそれと同じくらいに、円満な学園生活を送ることも大事だということもライトは知っている。
人間関係の構築は幼少期に培うべき最も重要な課題であり、人が人として生きていく上で欠かせない、いわば『人生のスキル』である。そしてそれは、大人になってからも多大な影響を及ぼす。
そうした教訓は、前世の経験により嫌という程思い知っているのだ。
前世でコミュ障気味だったライト。その反省も踏まえて、このサイサクス世界での第二の人生は、より良いものにしていこう!と心に誓ったのである。
朝イチのルーティンワーク、魔石回収を終えてカタポレンの家でレオニスとともに朝食を摂り、ラグナロッツァの屋敷に移動するライト。
ラウルに見送られ、ラグーン学園まで徒歩で通学する。
ラグナロッツァの屋敷、レオニス邸は貴族街のど真ん中にあるので、その周辺の貴族の子供達は皆馬車での通学だ。
ライトがのんびりと歩いていく横を、どこかの貴族の馬車が通り過ぎていく。
そうしてラグーン学園に到着したライト。
二年A組の教室に入ると、同級生の半分くらいのが既に教室にいる。
明らかに日焼けした子もいれば、全く焼けていない子ももちろんいる。
普段仲良しの子達と固まってわいわいと楽しそうに話す姿は、充実した夏休みを送れていた証なのだろう。
明るい表情の同級生達の脇や後ろを通りつつ、ライトも自分の席に移動する。
途中、同級生達が「ライト君、おはよー!」「ライト君、久しぶり!」と気さくに声をかけてくれるのが嬉しいライト。もちろんライトも「おはよー!」「皆元気してた?」等返事を返している。
そして自分の席に着くと、既に来ていた隣の席のハリエットがライトに声をかけてきた。
「ライトさん、おはようございます」
「ハリエットさん、おはよう!プロステスで会って以来だね!」
「そうですわね」
静かに微笑みながら、ライトと会話するハリエット。可愛らしさの中にも凛としたオーラをまとっていて、さすがは由緒正しい伯爵家の令嬢である。
そんな彼女が、本当に嬉しそうにライトと話を続ける。
「あの日ライトさんといっしょにお買い物できて、とても楽しかったですわ」
「うん、ぼくも楽しかった!」
「でも、次の日もお会いできるとばかり思っていたのに……翌日の朝、伯父様達が『レオニス君達は急用ができて、夜中にラグナロッツァに戻っていった』と聞かされて……ちょっぴり残念でしたわ」
「あっ……あの時は本当にごめんね、ぼく達も泊まっていく気だったんだけど……」
それまでずっと微笑んでいたハリエットの顔が、その話題に及んだ途端瞬時にして曇る。
その話題とは、レオニスが闇の精霊からの伝言を受けてカタポレンに戻っていった時のことを指していた。
しかし、ライトとしてはその理由をハリエットに明かすのは憚られた。それを詳しく話そうとすると、闇の精霊が来た話や神樹襲撃事件のことまで話さなければならなくなるからだ。
ハリエットの様子だと、彼女の伯父であるアレクシスもそこまで詳しく話してはいなさそうだ。
きっとハリエットを心配させたくなくて、『彼らは急用ができて夜中に帰った』としか言わなかったのだろう。
ちゃんとした説明もないままでは、ハリエットが残念がるのも無理はない。
ここは真摯に謝るしかないライト。
だが、申し訳なさそうに謝るライトを見て、ハリエットが慌てて声をかける。
「あ、いいえ、そんな謝らないでください!ライトさんを責めたつもりではないですから!」
「でも、ハリエットさん達に一言も挨拶せずに帰っちゃったことに変わりはないし……」
「それは仕方のないことですわ。レオニスさんに急用ができて帰るとなれば、ライトさんもいっしょに帰るのは当然のことですし……」
そう、ハリエットはライトを責めたかった訳ではない。
本当にただ単に、残念だったという気持ちを素直に吐露しただけだったのだ。
互いに互いを気遣うライトとハリエット。
するとそこに、イヴリンとリリィ、そしてジョゼの三人組が教室に入ってきた。
彼女達の席もライトの席から近いので、三人は鞄等の荷物を机の上に置いてすぐにライト達のもとに来た。
「ライト君、ハリエットちゃん、おッはよーぅ!」
「皆おッはよーぅ!」
「ライト君にハリエットさん、久しぶりだねー」
「イヴリンちゃん、リリィちゃん、ジョゼ君、おはよう!」
「皆さん、おはようございます」
皆それぞれに挨拶を交わす。
イヴリンはそこそこ日焼けしていて、リリィは全く日焼けしていない。イヴリンはエンデアンの祖母のもとに出かけていて、お店の手伝いも積極的にしていたらしいから、向こうで日焼けしたのだろうか。
一方のリリィは、実家の宿屋『向日葵亭』の手伝いをしなければならないので、日焼けしている暇などあろうはずもなかった。
「イヴリンちゃん、お肌がかなり焼けましたねぇ」
「うん、エンデアンでは海に泳ぎに行ったりしたからね!」
「イヴリンちゃん、いいなー。リリィも日焼けしたーい!」
「いやいや、私が海に泳ぎに行ったのなんて、三回くらいしかないからね? しかも、お店の手伝いがない日にしか行けなかったし……」
「イヴリンちゃん、死刑!……はダメだけど、こちょこちょの刑にしちゃうぞー!」
「キャー!リリィちゃん、ヤメてヤメてー!キャハハハハ!贅沢言ってごめんなさーーーい!」
海水浴なんて、三回しか行ってない!と言い張るイヴリンに、リリィの顔がみるみるうちにふくれっ面になっていく。そして思いっきり口を尖らせながら、イヴリンに襲いかかった。
実家の宿屋を毎日手伝いするリリィに言わせれば、店の手伝いなど年に数日しかしないイヴリンの言い分など『とんでもない贅沢!』である。
両手をワキャワキャとさせながら、イヴリンの脇の下やら腰をこちょこちょするリリィ。全身全霊全力で襲いかかっているため、イヴリンも必死に逃げ回るがすぐにリリィに捕まってくすぐられている。
というか、リリィのその物騒な物言いは、どこぞの謎の剣豪の口癖の影響であろうか。とはいえ、すぐに『(死刑は)ダメだけど』と否定するあたり、謎の剣豪よりはるかに良心が残っているようだが。
そしてリリィにくすぐられている方のイヴリンも、自分がリリィに対して贅沢なことを言ってしまったことに気づいたようで、涙目で大笑いしながら謝っている。
そんな姦しい二人の女子を見ていたジョゼが、呆れ笑いしながら呟く。
「イヴリンもリリィちゃんも、二学期初日から元気だねぇ」
「ていうか……ジョゼ君も、すっごく日焼けしてるね。どこか出かけたの?」
「ああ、僕のはキャンプの日焼けだよ。今年の夏は、キャンプの講習会に何度も出かけたからね」
「そうなんだ……ジョゼ君って、キャンプが好きだったんだね」
「ぃゃ、正直キャンプとか野外活動はあんま得意じゃないけどね」
「?????」
ライトが久しぶりに会った同級生達の中で、最も意外だったのがジョゼである。
エンデアンで海水浴してガッツリ日焼けしていたイヴリンと、ほぼ大差ないくらいに日焼けしていたからだ。
ジョゼの話を聞いていると、ジョゼは夏休み中ずっとキャンプ三昧だったようだ。
そんなにキャンプが好きだったんだ?と不思議に思ったライトがそれを口にするも、ジョゼ自身はアウトドア全般不得意らしい。
ジョゼの言っていることは矛盾に満ちていて、意味が分からないライト。顔中に『ちょっと何言ってるか分からない』と書かれているような顔をしている。
ジョゼとしても自分が矛盾したことを言っている自覚があるのか、ライトにだけ聞こえるようにこそっと真実を打ち明ける。
「……実は僕、将来冒険者になるための勉強としてキャンプ講習会に参加してたんだ」
「え。ジョゼ君、冒険者になるの?」
「いや、ライト君のように、将来は絶対に冒険者になりたい!って訳じゃないんだけどね」
「ぼく、ジョゼ君はてっきり子爵家を継ぐものだとばかり思ってたよ」
「ぃゃー、僕んちは万年平子爵だからね? 継ぐような領地もないし、名ばかりの爵位だけ継いだところで将来性なんか全くないし」
「そっかぁ……ジョゼ君も大変なんだね……」
遠くを見るかのように視線を外し、フフッ……と自嘲気味な笑みを浮かべて黄昏れるジョゼ。
日頃のジョゼの賢さを見ると、彼が言うようにリール家がそこまで無能な平子爵家だとは到底思えないライト。だが、領地を持たない子爵家というのが本当のことならば、確かにリール家の将来に大きな展望や発展は望めないだろう。
今から将来を憂い、冒険者という稼業に活路を見い出そうとするジョゼの気持ちも分からなくはない。
いや、将来を憂う気持ちが人一倍強いライトにとっては、むしろ共感しかない。
かつて就職氷河期世代と呼ばれ続けてきたライトには、ジョゼの憂いは決して他人事ではなかった。
ライトはジョゼを鼓舞するように、明るい声で話しかける。
「そしたら、ジョゼ君もぼくといっしょに将来冒険者になろうね!」
「ぇ? ぃゃ、あの、その、まだ冒険者になると決めた訳では……」
「大丈夫!頑張り屋さんのジョゼ君なら、きっとすごい冒険者になれるよ!」
「……そ、そうかな……?」
「うん!だからぼくといっしょに冒険者になれるよう、お互いに修行を頑張ろうね!」
「……ぅ、うん!」
ジョゼの考え方に感銘を受けたライト、ジョゼの手を両手で握りしめながら上気した顔でジョゼを励ます。
ライトに全面的に肯定されたジョゼも、最初のうちは戸惑いつつも次第に嬉しそうに応えている。いつもは皮肉屋の彼にしては、かなり珍しいことだ。
だが、やはりジョゼもまだ十歳に満たない子供。褒められたり持ち上げられたりすれば、嬉しくなるのも当然のことである。
皆で楽しく話をしているうちに、担任のフレデリクが教室に入ってきた。
「はーい、皆さーん、着席してくださーい」
フレデリクの声に、子供達は皆急いで自分の席に向かって駆け出していく。
こうしてラグーン学園の二学期、そしてライトの平穏な学園生活が再び始まっていった。
ライトの二年生の二学期がやっと始まりました。
といっても、ライトの学園生活の描写はこれまで通りで、あまり増えないままだろうとは思いますが(´^ω^`)
ちなみに新章の【新しい生活】は暫定的な仮題です。
本当はもうちょい良い章タイトルにしたいところなんですが、今のところまだ良い案が浮かばず(;ω;)
とはいえ、前話で夏休みが終わった以上『初めての夏休み』という章のまま継続する訳にはいきませんし。
もう少し話数が進めば、適切な章タイトルに変更するかも。
そして、前書きでも書きましたが。今週も作者は法事三昧です……
葬式が続けば、その後に四十九日も来るのは必定でして。もちろん彼らの縁者である作者も四十九日に招待されていて、出席しなければなりません。
でもって、如何に普段粗忽な作者でも、さすがに法事の最中にスマホを弄って文章を書き綴るなんて外道なことはできませんです……
土日両方とも法事で埋まるのは非常に悲しいことですが、こればかりはどうにもなりません。
これも残された者の務めと思い、あの世に旅立つ親しい人達を見送ってきます。




