第811話 屍鬼化の呪いの真相
ラウルの畑の横の木で、宙ぶらりん状態で吊るされているミノムシ状態のマードン。
レオニスの凄まじい圧に観念したようにおとなしくしている。
だが、基本煩いその口は閉じきれてはおらず、何やらブチブチと呟いている。
『だいたい我ェ、ゾルディスしゃまの側近中ゥーの側近なれェど、本部のこととかなァーンも知ィーらンぞぃ?』
「本部ってのは、廃都の魔城のことか?」
『そそそ。我、本部になンて、二回ィしか連れてッてもらッたことなァいし。ンだから、【愚帝】しゃまのことも、ろくに知ィーらンしー』
「だろうなぁ。もし知ってたら、お前今頃とっくに死んでるぞ?」
『ンァ??? 何で???』
レオニスの言葉に、きょとんとしているマードン。『我はピンピン生きてるのに、オマエ何言ってんの?』という顔だ。
そんなマードンにも分かるように、レオニスは廃都の魔城の四帝のやり口を教えていった。
「奴等はな、自分達の情報が大きく漏れるようなことは決してしないんだ。直接の配下はもちろんのこと、その下の部下にまで口封じの自爆魔法?みたいなもんが仕込まれてるからな」
『ピェッ……』
「屍鬼化の呪いとは関係ない、全くの別件で見たんだがな。奴等に通じる手がかりを持っていそうな悪魔や魔族は、尽く自害させられて消されちまったよ」
『ピェェ……』
「お前が未だにそうなっていないところを見ると、少なくともお前自身は自爆魔法を埋め込まれるほど危険視されてないってことだ」
『ピェェェ……』
レオニスの『口封じ』『自爆魔法』『自害』という物騒な言葉に、マードンの顔がみるみる青褪めていく。
レオニスが語ったのは、ラグナ教悪魔潜入事件での体験談だ。
ラグナ教各支部で司祭や幹部に扮して潜入していた悪魔達。その正体が露見した直後に、己の意志とは無関係にも拘わらず自害させられて、レオニス達はその先の手がかりを全く得られなかった。
この時のことを、マードンに語って聞かせたのだ。
マードンは、自身でも言っていたように、四帝に直接謁見したことはない。マードンの知る範囲で四帝との接触が許されたのは、直属の上司である屍鬼将ゾルディス唯一人。
そしてそのゾルディスは『お前如きが四帝の方々に顔を見せるなど、億万年早いわ』と言って、決して【愚帝】がいる広間の中にマードンをお供に連れていこうとはしなかった。
ゾルディスが【愚帝】と謁見している間、マードンは広間の入口の外で待機させられていたのだ。
ゾルディスの意図としては、言葉の額面通りでただ単にマードンを見下していただけだったのだが。その結果、図らずもマードンの命が永らえたというのは何とも皮肉なことである。
マードンにもそのことが理解できたのか、涙目で俯きプルプルと震えている。
いつになく萎れるマードンを哀れに思ったのか、レオニスが慰めの言葉をかける。
「……ま、とりあえず結果オーライってことで喜べ。お前が四帝の目に留まらなかったおかげで、今もこうして生きていられるってことなんだからよ」
『……それ、我を慰めてェるつもり、か?』
「もちろん。それ以外の何だってんだ?」
『なァンか……ちィーッとも、慰められてる気がしなァーい……』
「文句言うんじゃねぇよ……そもそも俺とお前は、普通に敵同士なんだからよ」
マードンが口を尖らせながら文句を言う。
まぁ確かに、レオニスの慰めの言葉は『お前が無能だから命が助かったんだぞ、良かったな!』と言っているようなものである。
さすがにそれは慰めになってないような気がするが、多分気のせいだろう。キニシナイ!
こうしてマードンともぼちぼちと話せるようになったところで、レオニスが本題に入る。
「さて……まず俺が聞きたいのは、屍鬼化の呪いと単眼蝙蝠についてだ。それならお前にもある程度は分かるだろう? オーガの里でお前がやったことなんだからよ」
『ァー……アレか…………しゃァない、我ェの分かる範囲で教えちゃるゎ……』
レオニスの質問に、マードンが少しづつ話し始めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『あの呪いィは、誰にでェも扱えェる訳ではナイ。ゾルディスしゃまのような、【屍鬼将】という、屍鬼の中でも最ッ高ゥー位のモノしか扱えぬのダ』
「そうらしいな。そこら辺はオーガの重鎮から聞いた。……で? 屍鬼化の呪いってのは、具体的にどう発動させるんだ? その手順なり方法なりを知りたい。オーガの里を襲った時に、お前らがやったことを全部教えろ」
レオニスの問いに、ぽつりぽつりと答えていくマードン。
もともとあまり記憶力がよろしくないのか、思い出すのに時間がかかるようだ。
そんなマードンの話によると、如何に屍鬼将とてそう何度も好きなように屍鬼化の呪いを発動させられる訳ではないという。
『屍鬼化の呪いというモノを語るには、まずは【屍鬼将】が何たるカを、知らねばならーンぬ』
「と、いうと?」
『そもそもダな。屍鬼将になれル程の、強ッ大ィな力を持ッた屍鬼ガァ、他者の軍門ニ下るコトなど、まず滅多にナイことなのダ』
「そうなのか? じゃあ、何でゾルディスは【愚帝】の配下になったんだ?」
『我ェガ、むかァーーーし昔、聞いッたところによると? 【愚帝】しゃまからスカウトされた、らすぃヨ?』
「「「……スカウト……」」」
思わぬ単語が飛び出してきたことに、ライト達は戸惑いを隠せない。
しかし、そうした奇妙なやり取りがあることは、実はそこまでおかしいことではない。
あのゾルディスという者は、屍鬼の中でもリッチという不死王に近い存在だ。実際にゾルディスがリッチにまで至っていたかどうかは不明だが、外見的特徴だけで言えばリッチそのものである。
そしてそうした者達は、大概が世俗に興味を示さずにひたすら研究に没頭し、貪るように叡智を求める。
間違っても廃都の魔城のような大組織に興味を示したり、ましてやその軍門に下るなどあり得なかった。
「あのゾルディスってのは、リッチだよな? 何でリッチが四帝の配下になんてなってたんだ?」
『ンーとなァ……『【屍鬼将】となって、奴等の魔力や手駒を好き放題扱えるのは好都合』『奴等の力を利用し尽くした後、いずれは奴等をも我が配下にしてくれる』とか、言うておッたナァ……』
「なるほど、そういうことか……」
世俗を捨てて己の世界に篭りがちなリッチが、何故廃都の魔城の四帝の配下になっていたのか。
レオニスは疑問に思っていたのだが、どうやらゾルディスというやつは思った以上に野心家だったらしい。
廃都の魔城を利用し、踏み台にしてのし上がろうとしていたとは。いやはや、その度胸に恐れ入る。
マードンによると、ゾルディスは屍鬼将になってから、廃都の魔城の四帝の名の元に様々な侵攻を繰り返し、順調に力を蓄えていったという。
そして、とうとう屍鬼化の呪いを発動するに至る魔力量を得て、オーガの里に侵攻するに至ったのだ。
「すると、あの屍鬼化の呪いってのは、【屍鬼将】の称号を持つ者でないと発動できないのか?」
『そうダ。アレェを地上で使うのハ、何百年ぶりのことダ、とゾルディスしゃまガ、そーれはもーぅ誇らしげェに、仰ッてェおられたワ』
「あの時、どうやってラキに屍鬼化の呪いをかけたんだ?」
『オーガの中で、最ゥーも逞しィく、最ゥーも力強い者ォヲ我ガ選び、ゾルディスしゃまから与えられた『呪いの根源』ヲ、ソイツに当てたのダ』
マードンの証言をまとめると、屍鬼化の呪いを生み出せるのは屍鬼将であるゾルディスだけで、マードン他雑魚魔物が作り出せる代物ではないらしい。
そして屍鬼将という称号を与えたのは、廃都の魔城の四帝。
つまり、廃都の魔城から再び【屍鬼将】の証言を持つ者が生まれなければ、屍鬼化の呪いは起こらないことになる。
「じゃあ、もう屍鬼化の呪いは当分起こらない、と思っていいのか?」
『いンにゃ、ソレは断言できーンの』
「何故だ?」
『ンだッてェー、廃都の魔城にいる屍鬼はァー、ゾルディスしゃまだけじゃナイし?』
「……そりゃそうか。もしゾルディス以外にも【屍鬼将】となり得る適任者がいれば、いつでもその脅威は舞い戻ってくる、ということか」
『そそそ、そゆことダ』
屍鬼将ゾルディスは、レオニスが死闘の末に討ち取った。
だが、いつまた他の屍鬼将が生まれるか分からない。こればかりは四帝次第であり、人側が未然に防げるような問題ではない。
仕方ない、とばかりにレオニスが持つもう一つの疑問をマードンに問うた。
「大量の単眼蝙蝠を率いてオーガ達に襲いかかったのには、何か理由があるのか?」
『急襲しることで、まァずオーガ達ヲ、陽動させェる。そしィて、呪いを確実に発ッ動ゥーさせェるために、対ッ象の体力を削ゥり、弱らせェる必要ガあッたァーのダ』
「あの単眼蝙蝠を指揮していたのは、お前だよな? それとも、ゾルディスが好んで単眼蝙蝠を使役していたのか?」
『ゾルディスしゃまが、言ッておられたァのダ。『脳筋オーガの弱点は、魔法。特に空中からの攻撃には滅法弱い。だから単眼蝙蝠を集めて空中戦を仕掛ける』とナ』
「………………」
実に理に適った戦法に、レオニスの背筋に寒いものが走る。
ゾルディスが取った作戦は、これ以上ない程に狡猾かつ完璧だった。
オーガが襲われたのは偶然でも何でもなく、最初からゾルディスに目をつけられていたのだ。
『他者より力が強くて、なおかつ魔法攻撃に弱い者』という理由で、オーガは屍鬼化の呪いの生贄に選ばれてしまったのである。
唯一の誤算は、ライトとレオニスに襲撃事件を知られてしまったこと。それがなければ、きっとゾルディスの思惑通りに事は運び、屍鬼化の呪いも完遂していたことだろう。
あの日、ナヌスから知らせを受けたウィカを通じて、ライトにオーガの里の異変が伝わらなければ―――いや、それよりもっと前に、ライトがウィカやナヌスとの交流を得ていなかったら―――
今頃は全世界中に屍鬼化の呪いが広がって、人類滅亡待ったなしだったはずだ。
そのことを思うと、レオニスだけでなくライト達の背筋にもゾワッとした悪寒が走る。
「……とりあえず、単眼蝙蝠だけでは屍鬼化の呪いの脅威はなさそうだが……いつまた屍鬼将が生まれるか分からん以上、警戒は続けるに越したことはなさそうだな」
『でもまァ? ゾルディスしゃまに匹敵しるような、力あるリッチなンて、そうそうおらーンぬ!』
「だといいがな。こればかりは俺達側からじゃ知りようもない」
ふぅ……と小さくため息をつくレオニス。
とりあえず、マードンから聞きたい情報は一通り聞き出せた。
後は、それなりの準備を整えてアドナイの依頼に応えるだけである。
「話してくれてありがとうな、マードン。いろいろ話を聞けて助かったよ」
『ヌッフッフッフッフ……貴ッ様も、ようやく我ェの価値が、理解できッたァーのダナ!』
「おう、またいつか話を聞くこともあるかもしらんから、それまでまたゆっくりと寝てていいぞ。お疲れさまー」
『ンギャガガガッ!…………スヤァ』
マードンに礼を言った直後に、その額にベシッ!の浄化魔法の呪符『究極』を貼り付けた。
なかなかに容赦ない仕打ちだが、こいつがこのままずっと起きていたら煩いことこの上ない。
それに、マードンのことを用済みとして殺すことなく生かしておくだけでも、かなり慈悲深い措置であると言えよう。
浄化魔法の呪符により、再びスヤッスヤに寝入るマードン。
ひとまず木の枝に吊るしていたスイカの蔓を切り、ミノムシ状態のままマードンを再び魚籠に入れるレオニス。
その魚籠をさっさと武器庫に戻し、武器庫の扉に鍵をかけた。そしてその鍵をライトに渡す。
「ライト、後であの魚籠の中に魔石を五個ばかり入れといてくれ」
「うん、分かった。レオ兄ちゃんはこれからどうするの? アドナイに行く準備?」
「ああ。マスターパレンに今の話やアドナイの依頼の話をしておかなくちゃならんし、魔術師ギルドでピースの呪符も受け取っておきたい」
「忙しくなりそうだね。レオ兄ちゃん、頑張ってね!」
「おう、気合い入れていかんとな!」
レオニスは早々にラグナロッツァに戻り、ライトはその後ラウルとともに畑仕事を手伝ったりしてその日を過ごしていた。
ようやくマードンの事情聴取開始です。
レオニスがアドナイの依頼を引き受けるにあたり、まずは屍鬼化の呪いのことをもっとよく知っておかなければなりません。
そのためにマードンを引っ張り出してきた訳ですが。そのついでという訳ではないのですが、今話では事件当時に語られなかった諸々の真相や情報などが明かされています。
屍鬼化の呪いの頻度とか、非常に匙加減の難しいところですが。ゲームならいざ知らず、リアルでそう何度もホイホイと起こされたら、たまったもんじゃないですよねぇ(=ω=)
そんな簡単にできてたら、人類滅亡どころかサイサクス世界全土があっという間に亡者だけの世界になってしまいますので。
強力な力や呪いの類いは、それに見合うだけの制約や制限があるのです。




