第806話 イェソドの手がかり
謎のシルバースライムについて、ロルフから重要な手がかりを得たライト。
スライム飼育場を出てからすぐにカタポレンの家に戻り、イェソドという街について調べ始めた。
レオニスの書斎にある本の中で、地理や歴史に関する本をいくつか漁り、イェソドの情報を集める。
それらによると、イェソドという街はシュマルリ山脈北部の山裾にあり、かつては銀の一大産地として栄華を極めた街だったという。
もっともそれは過去の話で、銀鉱山が閉山した後は住人も減って寂れゆく一方らしい。
過疎化待ったなし、という時点で何だかディーノ村のようだな、と勝手に親近感を覚えるライト。
イェソドの基本情報を得たら、次は地理情報だ。
ライトはレオニスの書斎にある地理を拝借して、自室に戻って地図を開いた。
「えーと、イェソド、イェソド………………あった!」
地図上にあるシュマルリ山脈を眺めていき、目当てのイェソドという地名を見つけたライト。
そこは先程書籍類から得た情報通り、シュマルリ山脈の北側に近い街のようだ。
「ふーん……ゲブラーの街より北にあって、シュマルリ山脈北部の麓に面しているのか」
「位置的には、八咫烏の里のあるあたりから南に真っ直ぐ下ったところにあるんだな」
「さて……イェソドまでどうやって行こう?」
イェソドの位置が分かったところで、ライトはあれこれと思考を巡らせる。
イェソドに行く目的は、シルバースライム確保のため。
そして何故シルバースライムを確保したいかというと、クエストイベントの延長戦であるエクストラクエストのため。
これらBCO関連の話は、基本的にレオニスに知られることなくライト単独で動きたい。
例えば何か他に上手い言い訳でも見つかれば、レオニスやラウルの協力も得られるのだが。今回の『イェソドの銀鉱山で、スライムシルバーを探したい!』に関しては、如何に誤魔化すのが上手いライトであっても彼らを納得させられるだけの適切な理由が見つからない。
となると、やはりイェソドにはレオニス達抜きで行かなければならなかった。
八咫烏の里から行くとしたら、モクヨーク池から行くのが最も手っ取り早い。
だが、八咫烏の里を経由するとなると、八咫烏の面々やユグドラシアに無断で通過するという訳にはいかない。
そうなると、レオニスに内緒でライトが単独行動をしていたことが後日バレる可能性がかなり高い。何故なら、八咫烏達に『レオ兄ちゃんには内緒にしといてね!』などと内密を強要することなどできないからだ。
レオニスにバレる可能性がある手段は、何があっても使うことはできない。よって、八咫烏の里のモクヨーク池を使う案は無しである。
次にライトが思いついたのは『イェソドの街にもいるであろう、クレア十二姉妹に会いに行く』という口実。
イェソドの街は、かつて銀の街として大いに賑わった歴史がある街。きっと今でも冒険者ギルドの支部なり出張所があるはずだ。
そこにいるクレアさんの妹に会いに行きたい!と言えば、ライトのクレア好きをよく知るレオニスも納得するだろう。
クレア十二姉妹のうち、ライトがこれまでに会ったことがあるのは九人。
残り三人がまだ見ぬクローン姉妹であり、きっとその三人のうちの誰かがイェソドにいるはずだ。
そんなことを画策しながら、ふと勉強机の横の壁に貼ってあるカレンダーに目を遣るライト。
今日は八月二十四日の金曜日。そして来週の月曜日、八月二十七日からラグーン学園の二学期が始まる。
そう、ライトの夏休みも今日と明日明後日の土日で終わりとなるのだ。
「今日の午後からだと、ちょーっと厳しいかもしれんが……明日行けたら行きたいな」
「……よし、昼飯の時にレオ兄にイェソドのクレア十二姉妹のことを聞いてみるか」
ライトは地図を元通りに折り畳み、歴史の本などとともにレオニスの書斎の本棚に戻す。
時刻は正午少し前。今日のレオニスは、昼御飯はカタポレンの家で食べる、と今朝の朝食時に言っていた。
そういや昼食をカタポレンの家で食べるのも久しぶりだな、ここ最近はずーっとラグナロッツァの屋敷や出かけた先で食べてたもんな……とライトは思いながら、台所で二人分の昼食を作り始めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ただいまー」
「おかえりー!お昼ご飯できてるよー!」
「おう、ありがとう、先にひと風呂浴びて汗流してくるわ」
「いってらっしゃーい!」
森の警邏から帰ってきたレオニスを、出来上がった昼食とともに快く出迎えるライト。
もう八月末とはいえ、まだまだ外の空気は暑い。普段滅多なことでは汗をかかないレオニスでも、さすがに夏の最中の森の中を駆け巡った後の身体には湿り気がまとわりつく。
汗を流して綺麗さっぱりさせないと、身体中ベタベタして気持ち悪くて仕方がないというものだ。
帰宅してから十分もしないうちに、風呂から上がってきて台所に来たレオニス。
濡れた髪をタオルでワシャワシャと拭いながら、テーブルに着くレオニス。その色香の何と凄まじきことよ。
ただのTシャツにただの短パンという、味も素っ気もない極々普通の普段着なのに。レオニスの正装である深紅のロングジャケット装備時と、何ら遜色ない男前度である。
世の若き女性達がこの色香を目にしたら、きっと鼻血の噴水を二本噴射しながら卒倒するであろう。
だがしかし。悲しいかな、ここにはライトしかいない。
ライトはレオニスの色香に中てられることなく、ともに昼食をモリモリと食べるのみ。
たまーに『レオ兄ってこんなに男前なのに、なーんで浮いた噂の一つもないんだろ?』と不思議に思う程度である。
いや、もしかしたら自分の知らないところで女性冒険者達に言い寄られることもあるのかもしれない。
でもレオ兄って基本単独行動だし、パーティーを組むことなんて滅多にないからなぁ。だって、レオ兄には盾役も補助担当も不要だし、回復役すら要らないもんね。
そんなんだから、女性冒険者に言い寄られたところで素気なく断って終わりなんだろうな。
それにレオ兄の場合、クレアさんやカイさんとか属性の女王様とか、とにかく美女を見慣れ過ぎてるって問題もあるよねー。
ここまで目が肥えちゃったら、普通レベルの美女になんて靡く訳ないか……
ライトはそんなことを考えつつ、その思考の流れに沿いレオニスに問いかけた。
「ねぇ、レオ兄ちゃん。一つ聞きたいことがあるんだけどさ」
「ン? どうした?」
「クレアさんって、全員で十二人の姉妹なんだよね?」
「そうだぞ。……って、今更な質問だな?」
「まぁね。でさ、ぼくがこれまでに会ったクレアさん姉妹って、九人なんだけどさ。残りの三人って、どこにいるの?」
「あー……ライトがまだ会ってない三人、か? ライトがまだ行ったことのない場所ってーと……」
ライトの質問を受けて、レオニスが上目遣いでしばし考え込む。
ライトがレオニスにぶつけた質問の意図、そして真の計画の流れはこうだ。
====================
1.まだ会ったことのないクレア十二姉妹の情報を、レオニスから引き出す
2.未対面の三人のうち、誰かがイェソドの冒険者ギルド受付嬢をしているはず
3.まだ夏休みのうちに、その人に会いに行きたい!とレオニスに言う
4.そんなに寂れた街なら凶暴な魔物も出ないだろうし、街の外には行かないと言えば一人でお出かけの許可も出るだろう
5.もし万が一、自分一人で出かける許可が出なかった場合でも、レオニスとともに出かけて何らかの水場を見つけて、そこにウィカを呼んで場所を覚えてもらう
6.そうすれば、いつかはイェソドに一人で出かけられるようになる!
====================
これなら明日俺一人でイェソドに行けなくても、いつかは行けるようになる。クックック……どっちに転んでも完璧な計画だぜ!
ライトが内心でほくそ笑む中、レオニスは五秒もしないうちに答え始めた。
「えーと、ケセドのクレス、ティファレトのクレネ、マルクトのクレフ、だな」
「…………え? えーと、レオ兄ちゃん? もう一回教えてくれる?」
「何だ、よく聞いてなかったのか? お前がまだ会っていないのは、クレスとクレネとクレフ。四女のクレスはケセド、六女のクレネはティファレト、十女のクレフはマルクトにいる。もちろん全員冒険者ギルドの受付嬢をしているぞ」
「………………」
レオニスの答えを二度聞いたライトは、顎が外れそうなくらいに愕然としている。
まだライトが会っていない三人のうち、どこかにイェソドの冒険者ギルドに勤めている姉妹がいるだろう、とライトは考えていた。
だが、レオニスからの答えの中に、イェソドという地名が出てこなかったのだ。
思いっきりアテが外れたライトは、言葉を失いつつ内心で焦りまくる。
え、ちょ、待、何で何で!? 一体どゆこと!?
あの、人っ子一人いないようなディーノ村にだって、冒険者ギルドの出張所があってクレアさんがいるんだよ!?
なのに、何でイェソドにクレア十二姉妹がいないの!?
嘘ウソ嘘ウソーーーン、どうすりゃいいんだ!?
ライトの焦りが思いっきり顔に出ていたのか、レオニスが不審そうにライトに声をかける。
「……ライト、いきなり百面相なんか始めて、一体どうしたんだ?」
「えッ!? ……ぁ、ぃゃ、えーとね? 夏休みももう明日と明後日で終わっちゃうでしょ? だから、もしできたら明日あたり、まだ会ってないクレアさんの妹さん達に会いに行きたいなー、なんて考えてたんだけど……」
「あー、そっかー、そういや来週月曜からラグーン学園の二学期が始まるもんなー」
ライトは咄嗟にアテが外れた当初の計画の一部だけを話した。
実際ライトの夏休みは後二日しかないので、レオニスもうんうん、と頷きながら納得している。
するとレオニスは、ピコーン!と何かが閃いた顔になる。
「そしたら明日、俺といっしょにアドナイに行くか?」
「ア、アドナイ? アドナイって、どこ? そこに何かいいものがあるの?」
「今のクレアの妹の話でふと思い出したんだが。アドナイってのは、マルクト地方第二の街と言われてるんだ」
「???」
突如レオニスの口から出てきた、アドナイという地名。
どうやらマルクト繋がりで出てきたようだが、一体何故聞き慣れない地名が突然出てきたのか。ライトはさっぱり分からず、ただただ戸惑っている。
そんなライトにも分かるよう、レオニスが順を追って説明していく。
「俺とフェネセンが共同で作った、アイテムバッグがあるだろ?」
「う、うん」
「どこでもいいから遺跡出土品として出してくれ、とフェネセンのやつに託したのを、ライトは覚えているか?」
「うん。作者がレオ兄ちゃんとフェネぴょんだってことを誰にも知られないように、遺跡から出たものだってことにしたかったんだよね?」
「そう。そのアイテムバッグを、フェネセンはアドナイの冒険者ギルドで提出したんだ」
「…………!!」
レオニスの提案に、ライトも思わず目を見張る。
フェネセンは、廃都の魔城の四帝が仕掛けた穢れという悪しき罠を知り、それらを探して祓う旅に出た。
その時に、レオニスと共同開発したアイテムバッグを作者不詳の遺跡出土品ということにして、別の街で提出するよう依頼していた。
フェネセンはその約束を守り、ラグナロッツァから旅立った直後に首都から遠く離れたマルクト地方のアドナイでアイテムバッグを提出したのだ。
「アドナイの冒険者ギルドには、俺もかなり前に一度フェネセンの話を聞きに行ったんだがな。その時は何の手がかりも得られなかった」
「そうだったんだ……」
「だが……フェネセンの足取りが全く掴めない今、やつが辿った街を改めて訪ねるのも良い機会だと思ってな」
「うん、そうだね……フェネぴょんの手がかりが何か見つかるかもしれないなら、明日アドナイに行きたい!」
レオニスがアドナイ行きを提案した理由が、ライトにもようやく理解できた。
フェネセンがラグナロッツァを旅立った後、彼の行方は杳として知れない。
そして、フェネセンが行方不明になる前に立ち寄った数少ない場所、それがアドナイだった。
ライトの当初の思惑、イェソド行きとは全く話が違う方向になってしまった。
だが、フェネセンの行方を探すための探訪とあらば、ライトとしても吝かではない。むしろ、イェソド行きを後回しにしてでもすぐに行きたい気分だ。
「よし、そしたら明日はアドナイに行くぞ」
「うん!」
事態は思わぬ方向に進んだが、レオニスの提案に賛同しアドナイに行く気満々のライトだった。
エクストラクエストのシルバースライムを捕まえようと思ったら、話が全然違う方向にすっ飛んでいったでござるの巻( ̄ω ̄)
まぁね、世の中そう上手くはいきません。
ライトはどの冒険者ギルドにもクレア姉妹がいるもの、と思い込んでいましたが。クレア十二姉妹は、当然のことながら十二人しかいません。
そして、大陸一の大国アクシーディア公国の街や、冒険者ギルドが置かれている場所が十二ヶ所なだけのはずもなく。受付嬢がクレア十二姉妹ではない場所があるのも当たり前のことなのです。




