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第8話 進むべき道と旅立ち(side:レミ)

「いらっしゃいませー!」


 若い女性の、明るく弾んだ声が聞こえる。

 ここはハイロマ王国の地方都市【エメラルドシティ】にある、中流階級向けの旅館。

 その名も「♡ラブラブ恋来い熱愛バキュン館♡」。旅館の名前ェ……


 名前こそアレだが、宿泊代のお手頃価格と清潔かつそこそこ広くて小洒落た部屋の造り、露天風呂やヴァイキング形式の食事等々、納得満足の充実設備でかなり繁盛している旅館である。

 猫の手も借りたい程に忙しい人気旅館、そこには明るく元気に働くレミの姿があった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ディーノ村の診療所で、お腹の子とともに生きる決意をしたレミ。

 その後の彼女の行動は早かった。


 このままこの村に居続けたら、したくもない見合いをさせられてしまう。グラン以外の人と再婚するなんて、絶対に嫌だ!

 それに、ディーノ村にいても子供にしてやれることなんて殆どない。勉強だって狩りだって、やりたいことは何だってさせてやりたいし、本や学校、将来やりたい仕事、夢、子供自身が未来の希望を見つけて掴む、その機会が欲しい!

 私は絶対に、グランの遺してくれたこの子と共に生きていくんだ!


 そう決心した母は強い。

 母となるなら、強くあらねばならないのだ。

 強き者、汝の名は女なり。


 故郷のディーノ村を出て、さて何処に移り住むか。

 どこの街がいいか、どの都市がいいか。

 やっぱり首都? それとも近くの城塞都市?


 レミは安静中の診療所のベッドの上で、考えに考え抜いた。

 そしてレミの中で出した結論は。



「そうだ、アクシーディア公国を出よう!」



 もともと身寄りのないレミには、何も国内に絶対に留まらなければならない理由などなかった。

 この世界、サイサクス大陸は基本的に共通言語なので言葉で困ることは殆どない。地方によっては多少方言のようなものもあるらしいが、まぁ全く分からない程ではなかろう、許容範囲だ。


 そういえば、以前ディーノ村の宿屋の手伝いをしていた時に、宿泊客から聞いたことがあったな―――と、レミは記憶を手繰り寄せる。

 アクシーディア公国の北にあるハイロマ王国、何でもそこは国全体が女性に優しい社会なのだという。

 国外に出るどころか、ディーノ村さえ出たことのなかったレミにはハイロマ王国がどんな国か知る由もない。


 だが、どの道ディーノ村には居られない。いずれ近いうちにここを出ていくのだ、ならばどこに行っても大差はない。

 むしろ「女性に優しい社会」という評判の国がどんなものなのか、本当のところをその目で見てみたくなった。

 レミはベッドの上で横たわりながら、決意も新たに拳を突き上げ小声で宣言する。



「そうだ、ハイロマ王国に行こう!」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 診療所で1週間の入院の後、ひとまずは母子ともにもう大丈夫でしょう、と判断されて退院した。

 1週間ぶりに自宅への帰路につくレミ。村はずれにある、古ぼけた平屋の戸建ての我が家に向かう。


 家に辿り着いたレミは、家の中に入り部屋をゆっくりと見回す。

 ここは、グランとの思い出がたくさん詰まった家。たまぁに喧嘩をしたこともあったけど、いつだって笑顔と笑い声の絶えない場所だった。


 ここにいると、グランの懐かしい香りがする。

 もともと孤児院育ちで、二人とも自分の持ち物など殆どなかった。それでも二人で肩寄せ合いながら、共に生きていくうちに少しづつ、少しづつ増えていった。


 この家は、レミより1ヶ月先に院を出たグランが借りていたものだ。

『村はずれで山に近い方が、狩りや冒険に出やすいからここにした!』

 満面の笑顔でニパッと明るく言い放つグラン。

 実に彼らしい、そう、実にグランらしい大雑把さだ。


 だが、レミはそれで十分だった。

 グランのいるところ、それこそがレミの居場所だったのだから。


『グランのいるところが私のいるところ、ずっとずっと、グランといっしょに生きていく―――』


 普段はあまり自己主張の強くないレミの、唯一無二の願いだった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 帰宅したレミは、大きなお腹を気遣いながらもテキパキと荷物をまとめていく。

 あれもこれも持っていきたいが、ただでさえ身重の身体、持てる量に限りがある。なるべく身軽にしなければならない。


「これはグランが初めて買ってくれた靴だ、履いていこう」

「お金はギルドの口座にあるから……後で引き下ろしに行かなくちゃ」

「あ、グランの大きな鞄、これに着替えをいくつか入れよっと」


 ササッと手際良くまとめて、ギルドに向かうために外に出る。

 冒険者ギルドで全財産を引き下ろしがてら、ギルドの看板娘である受付嬢兼以下略のクレア嬢にだけは、行き先は一切告げずにこの村を旅立つことだけを打ち明けるつもりだ。

 誰もレミのことなど追ってきやしないだろうが、万が一孤児院仲間が心配して探したりしだした時に、安否だけを伝えてもらうために―――


 冒険者ギルドの近くには、馬車の停留所がある。乗り合い馬車や、遠方行きの荷馬車、商隊の集団なんかもいる。その中には、レミの目的地であるハイロマ王国行きのものもいくつかあるだろう。

 ギルドを出てそのままハイロマ王国に旅立つ予定のレミは、玄関の扉の前で一度足を止めた。


 振り向いて、改めて家の中をゆっくりと見回す。

 目を閉じなくても、グランとの思い出が後から後から湧き出てくる。

 いつまでも、いつまでもこの温かく優しい思い出に浸っていたい―――だが、それは許されない。


 ゆっくりと、心を落ち着かせるように呼吸をすること数回。零れ落ちそうな涙を拭い、レミは意を決して扉を開けて外に出る。

 そして静かに扉を閉めた。


 閉じた扉に手を添えながら、目を閉じて額をコツンと軽く扉に当てる。

 そしてレミは呟いた。


「いつか必ず、必ずここに帰ってくるからね」

「いってきます」


 その言葉に返ってくる返事はないが、グランが見守っていてくれる―――レミを背中からそっと抱きしめるグランの幻が、レミの瞼に浮かんだ。

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