第794話 極度の人見知り
眠がライト達のもとを颯爽と去っていった後。
どっと疲れた三人は、はぁぁぁぁ……と情けないため息を洩らしつつ、ベンチにへたり込む。
「何というか……すッッッ……ごく濃い人だったね……」
「ああ……ありゃ間違いなくフェネセン以上の変わり者だわ……」
「だろ? まぁ、根は悪いやつじゃないんだがな……」
ライトはがっくりと項垂れ、レオニスは右手を目に当てて天を仰ぎ、ラウルは前傾姿勢で腿に肘をつき手を組んで額を乗せて俯く。
疲れきってぐったりとする三人に、それまで必死に普通の鳥のフリをしていたフギンとレイヴンが小声で謝る。
「先程は、我等のせいで行きたい場所に入れなかったようで……本当に申し訳ない……」
「俺らがいなければ、あのラブ何ちゃら?ってところに入れたのに……すみません」
ライトとラウルの肩に留まっていたフギンとレイヴン。しゅん……とした様子で俯き、ライト達に謝罪している。
そんな八咫烏兄弟の様子に、ライト達は慌てて起き上がり懸命に慰める。
「いや、そんなに謝らんでくれ、こっちも悪かったんだから!」
「そうですよ!フギンさんもレイヴンさんも、何も悪いことはしてないんですから!」
「だな。店側にも事情ってもんがある。今回のことは仕方ないさ」
知性ある八咫烏と違い、普通の動物には言葉が通じないため、動物を店の中に入れたがらない店があること、それは分別がなく躾のなっていない動物に、店内で暴れられたら非常に困ることなどが主な原因であることをフギン達に説明していく。
「そうですね……我等はまだ人化できず、今は普通の鳥のフリをせねばならぬ身……此度の件は、我等の未熟さ故に招いた事態なのですね」
「そこまで深刻に考えなくてもいいけどな。ただ……こんな街中、人里のど真ん中でフギン達の正体を晒す訳にはいかんからな」
「未熟な我等へのご配慮、心より感謝いたします……レイヴン、こうなったら我等も一日も早く人化の術を会得するぞ!」
「はい!!」
それまでしょんぼりとしていたフギンとレイヴンが、力強く顔を上げて人化の術会得に闘志を燃やしている。
行きたい場所へ行けなかった悔しさ、そしてその原因が自分達の未熟さにあることへの己自身に対する怒り。それら諸々の悔しさをバネに、人化の術会得にさらなる精進を心に誓うフギンとレイヴンであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
フギンとレイヴンが気を取り直し元気になったところで、ライトが気になっていたことをレオニスに尋ねる。
それは、先程までライト達とともにいた眠のことだった。
「ねぇ、レオ兄ちゃん。あの眠って人、どういう人なの? 今日はほんの少ししか話してないから、よく分かんないんだけど……とにかくすごい人なんだよね?」
「ああ。間違いなくすごいやつだぞ。剣の腕は俺より格段に上だし、俺と同じく剣技だけでなく魔法も使えるから戦闘能力も高くてバカみてぇに強いし」
「へー、そんなに強いんだ?」
「ああ。ねむちゃまが持つ『大陸一の剣豪』の二つ名に、嘘偽りはない」
レオニスの言葉に、ライトが意外そうな顔をしている。
レオニスが他者のことをここまで高評価するのは、滅多にないことだ。
そんな話を聞くと、ますます眠という存在が気になるライト。
なおもレオニスに質問をぶつけていく。
「 ……でも、レオ兄ちゃんの方が強いんだよね?」
「ぃゃー……ねむちゃま相手に真剣勝負で戦ったら、俺でも勝てるかどうか分からん……それこそ相討ち覚悟で、俺の持てる力を全て出し切って挑まなきゃならん」
「え!? そこまですごい人だったの!?」
質問したライトの顔は、さらなる驚愕に染まる。
レオニスは、現役冒険者の中でも最強無比を誇り、伝説の金剛級冒険者としてその名を世界中に轟かせている。
そんなレオニスが、全力を以って挑んでも勝てるかどうか分からないというではないか。
あの眠という男がそれ程までの傑物だとは、思いもしなかったライト。あまりの予想外の答えに、ライトはしばし絶句する。
だがしかし、眠がレオニスに引けを取らない強者だということに納得もしているライト。
先程までいたジョージ商会、その四階の武器防具売場の通路で眠にぶつかり、眠に差し伸べられた手を取った時にライトが感じた強烈な悪寒。
あれは、普通の者に対して起きる感覚ではない。底知れぬ強大な力を持つ者だけが放つものだ。
その時の感覚を思い出し、『あの時の悪寒は、眠さんがものすごく強い人だということを本能的に感じ取ったからだったのか……』とライトは得心していた。
思考を巡らしつつ二の句を継げないでいるライトの横で、レオニスが難しい顔をしながら呟く。
「ンーーー……どこから話せばいいものやら……」
目を閉じ眉間に皺を寄せ、口をへの字にして何やら悩んでいるレオニス。
ぬーーーん……としばし唸り続けた後、ぽつり、ぽつりと眠のことを話し始めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
レオニスの話によると、眠はアクシーディア公国出身ではないという。
「本人曰く、『ファンタ・ジー』という国の首都『ライブ・ラ・リー』というところに住んでいたんだそうだ」
「ファンタジーの、ライブラリー……」
「ファンタジー王国ってのは、サイサクス大陸の北西にある国でな。カタポレンの森を挟んで、アクシーディア公国とも隣接している。サイサクス大陸でも三番目に大きいとされる、そこそこ大きな国だ」
「うん、それはぼくも世界地図で見たことがあるよ」
ライトはこのサイサクス世界のことを知るために、それこそ穴が開くくらいに隅から隅まで眺め回した世界地図のことを思い出す。
ここで、サイサクス世界とBCOの関係を改めて解説しておこう。
ライト達が生きるサイサクス大陸とは、『現代日本企業であるサイサクスが運営するソーシャルゲームが一同に集められた世界』である。
サイサクスの最大のヒットゲームであるBCOは、サイサクス大陸一の大国『アクシーディア公国』。
アクシーディア公国の他にも『動物ペット物語』がベースとなっている『アニマ=ルーフレンド共和国』や、『ゆるキャラ争奪大作戦』がベースの『ユール・キャーラ合衆国』などが、他国としてサイサクス大陸に存在している。
そして、眠がいたという『ファンタ・ジー王国』とは、サイサクスが生み出したソーシャルゲームの中で三番目のヒット作とされる『ファンタジーライブラリー』がもととなっている国だ。
ちなみにBCOの次にヒットしていたのは『動物ペット物語』である。
つまり、このサイサクス世界では『アクシーディア公国>アニマ=ルーフレンド共和国>ファンタ・ジー王国』の順に国力が強いとされている。
その三番目の国、ファンタ・ジー王国に住んでいたという眠。
彼は言ってみれば、他のソシャゲの住人ということになる。
他のソシャゲ住人と出会う、それはライトにとって初めてのことだった。
「眠さんは、どうしてアクシーディア公国に来たの? 移住? それとも観光とか旅行?」
「最初は単なる観光旅行で来たらしいが、思いの外アクシーディア公国が気に入って? 二回目の旅行で移住を決めて? 三回目の渡航時に正式にアクシーディア公国の住人になったらしい」
「そうなんだ……ぼく、アクシーディア公国以外の人に会うのって初めて!もしまた眠さんに会えたら、ファンタ・ジー王国の話を聞いてみたいな!」
初めて出会う他のソシャゲ住人に、内心ではドキドキが止まらないライト。だが、レオニス達の前では努めて明るく振る舞う。
次に眠さんに会えたら、『ファンタジーライブラリー』のことを知っているか、さり気なく聞いてみよう!もし知ってたら、自分と同じ異世界転生者もしくは転移者ってことになるし!
全く知らなかったら残念だけど、それはそれで外国の文化を知る良い機会になるし!
ライトがそんなことを考えていると、レオニスも頷きながら賛同する。
「そうだな。外国人ってのは、このラグナロッツァにいてもなかなかお目にかかれないからな。他所の国の話を聞くのも、きっと良い経験になるだろう」
「今は向日葵亭に泊まっているって言ってたもんね!向日葵亭はリリィちゃんのおうちだから場所も分かるし、そしたら今度リリィちゃんのおうちに遊びに行こうっと!」
「おいおい、ライト一人でねむちゃまに会いに行くつもりか?」
眠はライトの同級生であるリリィの実家、向日葵亭に泊まっていると先程言っていた。
なので、リリィの家に遊びに行きがてら眠にも会って話を聞きたいと思ったのだが。何故かレオニスが難色を示す。
他国の話を聞くのも良い経験だ、と言った矢先に難色を示すとは、一体どういうことであろうか。
ライトは不思議そうな顔でレオニスに問い返した。
「うん、そのつもりだけど……もしかして、ダメなの?」
「ンーーー……絶対に、何が何でもダメって訳じゃないが……お前一人でねむちゃまに会いに行くのは、ちょっと心配でな」
「心配? どうして? だって眠さんって、レオ兄ちゃんの友達なんでしょ? もしかして、違うの?」
レオニスの言葉に、ライトはますます訳が分からない。
眠はレオニスとも旧知の仲で、先程まで二人は仲良さそうに話をしていた。
なのに、レオニスは何をそんなに心配しているのだろうか?
「いや、友達は友達だ。会って話せば楽しく会話もするし、飯だっていっしょに食うし、ともに魔物狩りに出かけたことだってある。だが……」
「……?」
「何というか……あいつは極端に人見知りなところがあるんだ」
「人見知り……? 今日会った感じでは、全くそんな様子はなかったけど……」
「そりゃ俺がいたからだ」
険しい顔で語るレオニスに、ライトの顔も曇る。
今日出会った眠には、人見知りな様子は微塵も見られなかった。それどころか、意味不明な会話ながらもレオニスとはバンバン会話していたし、ライトにも声をかけたし、ラウルに至ってはおやつのお礼を言ってきたほどだ。
だがそれも、その場にレオニスがいたからこそだ、と言われれば、ライトにも納得できないこともなかった。
「あいつには、根本的なところで他人を信用していないというか、容易に受け入れないところがある。言ってみれば、ラウル以上に極端な人見知りってところか」
「ラウル以上……? それはかなり重度だね……」
「一度友と認められれば、後は普通に接してくれるんだがな。俺の場合、そうなるまでに十回はかかった覚えがある」
「十回……九回目までは、どんなだったの?」
「何を話しかけてもずっと無言、もしくはひたすらスルー。返事は首を縦に振るか横に振るかのみ」
「………………」
ラウルもかなりの人見知りだったが、そのラウルをはるかに上回る人見知りとは。予想外のエピソードに、またも絶句するライト。
今日一日だけで、一体何度絶句したことか。もはや数える気も起きない。
「だから、まだ一回しか会ったことのないライトが一人で会いに行っても、ずっと無言かスルーされる可能性が高いと思うんだ」
「そうだね……レオ兄ちゃんでも仲良くなるまでに十回もかかったってんなら、ぼくもそれくらい会話を重ねて少しづつ仲良くなっていかないと無理ってことだね……」
「そゆこと」
レオニスが心配していた理由が、ようやく分かったライト。
そこまで極度の人見知りな人に対して、会って二回目で仲良く会話しようと思う方が無謀なのだ。
「じゃあ、ぼく一人で眠さんを尋ねに行くのはやめとくね……」
「そうしてくれ。もしどうしても行きたいなら、その時は俺もいっしょについていってやるから」
「うん。その時はよろしくね!」
他のソシャゲ住人の話が聞けるかも!と思ったライトだったが、すぐに思い通りにはいかないようだ。
『急いては事を仕損じる』という諺ではないが、焦らずに少しづつ仲を深めていくのが最善の道である。
謎に満ちた剣豪は、見た目に違わず一筋縄ではいかないんだな……と思うライトであった。
早々にライト達の前から去ってしまった、謎の剣豪ねむちゃま。彼の生い立ちや性格等々の各種補完の回です。
その中で、久しぶりに拙作の根幹にして大前提の『サイサクス大陸=複数ソシャゲの集合体』という設定も出てきたり。何気にいろいろ詰め込んでます。
ねむちゃまは、拙作の中でも久々のかなり濃いぃ新キャラですが。作者の中では、ヴァレリアさんに比肩する『謎に満ちた超絶胡散臭いキャラ』という性格付けがあります。
ですが、二人とも胡散臭い中にも茶目っ気や愛嬌のある子となっているので、当人達が作中に出ている時は書くのが楽しかったりします。
ねむちゃまの次の出番は、果たしていつになるか全くの未定ですが。これだけ謎い子が、一回限りの使い捨て一発屋になることなど絶対にあり得ないでしょう。
再登場する日が楽しみです( ´ω` )




