第792話 大陸一の剣豪
新ラグナロッツァ孤児院の建設現場を去り、ラグナロッツァの街中に戻ったライト達。
思ったより早い時間に用事が済んだので、まだ一ヶ所くらいはどこか回ることができそうだ。
戻る道すがら、ライトがレオニスに尋ねる。
「ねぇ、レオ兄ちゃん、この後どうする?」
「ンー、屋敷に戻るにはちと中途半端な時間だしなぁ……」
「あ、そしたら皆でジョージ商会行かない? あのお店も人がいっぱいいるから、フギンさん達の観察もできると思うし。ぼくも初心者向けの武器とかゆっくり見てみたいんだー」
「そうだなー。こないだスパイキーの防具を見るために行ったが、あまりゆっくり見てはいなかったしな。……よし、ジョージ商会に行くか」
「やったー!」
ライトの提案に、レオニスが承諾する。
いずれライトが冒険者になった時には、ラウル同様レオニスがとびっきりの武器防具を祝いの品として買い与えるだろう。
だが、それはそれとして冒険者の必須道具である武器防具全般を学んでおくのは良いことだ。
それに、ジョージ商会は武器防具だけでなく様々なアイテムを取り扱っている。立派な冒険者になるためには、日々使う消費アイテム類の知識を得ることも欠かせないのだ。
そうしてジョージ商会に到着したライト達。
早速建物の中に入り、一階から各階をサラッと見ていく。
一階は生活雑貨全般が売られていて、いわゆるホームセンターやドラッグストアのような感じだ。
二階には衣類全般があり、男物や女物、子供服などが並べられている。ライトやレオニスが着ている普段着も、レオニスがここで購入してきたものである。
そして、ライト達の本命の冒険者向けの品は三階と四階にある。
三階の冒険者用品売場には、ライトもラウルとともに買い物をしに来たことがある。それはエリトナ山の初回遠征時、野営のためのライト用寝袋を買うためである。
その時にライトが見て気になっていた『当店限定&イチ押し!美味しい回復剤シリーズ』も相変わらず繁盛しているようだ。
しかも『黒糖味』『きなこ味』なる新フレーバーも追加されており、それを手に取っていく人もちらほらといる。
「黒糖味のアークエーテルに、きなこ味のエクスポーション……美味しいのかな?」
「ンー、いっしょに飲めば黒糖きなこ味になるのか? ……よし、試しに一本づつ買ってみるか。黒糖とか本当に美味しければ、新しい菓子の材料にもなるかもしれん」
ライトの呟きにラウルが反応し、早速新フレーバー二種の他に『珈琲味』と『ココア味』を一個づつ手に取り、いそいそと会計に向かう。
冒険者として危機に備えるのではなく、新しい菓子の材料として使おうとするあたり実にラウルらしい。
いや、そこは普通に黒糖やきなこを買った方が早いんじゃないの?とライトは思うが、普通の材料を使うよりも回復効果があるお菓子になるならそれもアリか、と思い直す。
ちなみにレオニスは、この手のフレーバー付き回復剤に関しては否定的だ。
『回復剤なんてもともと不味いもんなんだし、普段から美味い回復剤ばかり飲んでたら普通の回復剤が飲めなくなるだろ?』
『例えばいざという時、その場に普通の回復剤しか回復手段がない!なんて時に、その不味さにゲロゲロ吐いて身体が受け付けんようじゃ話にならん』
『ただしそれは俺個人の持論であって、懐に余裕があるやつが自分用に買って、常に備えて飲む分には別に構わん。需要があるからこそ、こうして人気があって売れてるんだろうし、何より嗜好や主義は人それぞれだからな』
とのこと。
レオニスの言うことは全て正しい。
ライトも普段から飲むハイポーションやエクスポーション、ハイエーテルやアークエーテルを美味しいと思ったことはない。激マズとまでは言わないが、普通に不味いなぁ、と思う。
だがそれだけに、レオニスの言うように美味しい回復剤を知ってしまったら、後戻りできないだろうなぁ……とも思っている。
なのでライトは、レオニスに倣い回復剤は常に普通のものを服用し、その味に慣れておこうと肝に銘じている。
ちなみにラウルの場合は、回復剤の味は然程気にならないらしい。
美味しいものが大好きなラウルにしては珍しいことだが、ラウルは『良薬口に苦し』を本能的に知っているからだ。
健康に良いとされる青汁だって、何も手を加えなければ普通に不味いままである。
つまりラウルは、回復剤の本来の味を『素材の味』として捉えていて、もとからその状態で売られているものを否定することはないのだ。
三階での買い物を終えたライト達は、いよいよ大本命である四階に向かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「おおお……ここが、ジョージ商会の武器防具売場……」
明るい店内と広いフロアにたくさん並べられた品々を見て、ライトが感激している。
武器防具を含むゲームでのアイテム購入は、ショップアイコンをタップして武器や防具の名称を選択、購入決定ボタンを押して完了するのが常だ。
そしてそれらの作業では、名称の文字と簡単な外観だけしか見れない。
だが、ここサイサクス世界は違う。
各種防具一式をマネキンに着せた装着見本がずらりと並ぶ様は、まさに圧巻としか言いようがない。
ゲームでは感じられなかった、各素材の質感や金属の光沢なども目の当たりにすることができて、とても見応えがあるものばかりなのだ。
「うおおおお……一番最初のチュートリアルクリア後にもらえる、レザー一式があるぞ……」
「ああッ、初心者向けの鉄一式に高級シルク一式もある!」
「黒金に蒼銀、懐かしい!……うおッ、ミスリル一式、値段高ッ!」
様々なマネキンを見ながら、シュパパパパ!と飛び回るように次々と移動しながら感激するライト。
どれもこれも、かつてBCOでショップ装備品として売られていたものばかりだ。見覚えのある品々を目にして、ライトが思わず興奮してしまうのも無理はない。
「ライトが何言ってんのかさっぱり分からんが、喜んでるようだからいいか」
「だな。こんなゴツい防具を見て喜ぶ子供なんざ、ほとんどいないと思うが……でも、ご主人様にそっくり過ぎて微笑ましいよな」
懐かしの店売り装備品類を見て大興奮のライトを、保護者達が微笑ましく見守っている。
するとライトがレオニス達のいる方に戻ってきて、興奮した声で話しかける。
「ねぇ、レオ兄ちゃん、ラウル、武器のある方も見に行こう!」
「おう、いいぞー。武器は……あっちか?」
「レオ兄ちゃん、ラウル、早く早くー!置いてっちゃうよー!」
「コラコラ、そんなはしゃぐなって」
防具類を一通り見た後は、武器類も見なくちゃね!と張り切るライト。
売場の通路を小走りに走りながら、のんびりとついてくるレオニス達をじれったそうに振り返りつつ早く来て!と促す。
だが、ちゃんと前を見ていなかったせいか、ライトは誰かの身体にドシン!とぶつかってしまった。
「ぐはッ!!……イテテ……」
「少年、大丈夫かね?」
「は、はい……ぶつかっちゃって、ごめんなさい……」
「そうですね、店の中で走るのは良くないですね。ちゃんと前を見て歩かないと」
「本当にごめんなさい……」
誰かにぶつかった拍子に、後ろに跳ね返って尻もちをついてしまったライト。
そのぶつかった人物が、目の前で転んでしまった少年に向かって前屈みになりながら手を差し伸べた。
その大きな手に触れた瞬間、ライトの背筋に強烈な悪寒が走る。
クイッ、と軽く上に引っ張られたライトは、なす術もなく立ち上がったそのままの格好で立ち竦む。
するとそこに、後からラウルとともに来たレオニスが声をかけた。
「ライト、店の中で走っちゃダメだろう!」
「うん、ごめんなさい……」
「うちの子がぶつかってすまなかっ…………」
慌てて早歩きで駆けつけてきたレオニスが、ライトがぶつかってしまった人物に謝罪する。
だが、その謝罪の言葉の最後の方でピタリ、と止まった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
レオニスは、その人物をじっと真っ直ぐに見据える。
レオニスと謎の人物、二人の間にピリピリとした空気が流れる。
そしてしばし無言の対峙の後、ライトにぶつかられた人物の方から口を開いた。
「……おや? レオぴっぴではないか」
「ねむちゃま……久しぶりだな」
「こんなところで会うとは、奇遇ですねぇ。元気にしてましたか?」
「おかげさまでな」
ピリピリとした空気に反して、どうやら二人は顔見知りのようだ。
そしてピリピリとしていたのは最初だけで、二言三言言葉を交わしていくうちに双方の顔にニヤリ、とした笑みが浮かんでくる。
「つーか、ねむちゃま、まーだ生きてたんか!」
「当たり前です。あちしほどの善人はいませんからね。何もせずとも千歳は生きますよ」
「ギャハハハハ!相変わらず冗談キツいなぁ、ねむちゃまよ!」
「レオぴっぴ、死刑」
先程までの殺伐とした空気が一転し、バカみたいに明るいムードになる。
レオニスが大笑いしながら謎の人物の肩をバンバン!と叩き、叩かれた謎の人物はレオニスに向かってビシッ!と二本の人差し指を向けながら死刑を宣告している。
あまりにも突然のことに、ライトもラウルもポカーン、としたまま呆気にとられる他ない。
するとレオニスがライト達の方に向き直り、この謎の人物を紹介した。
「こいつは俺の知り合いで、眠狂七郎ってヤツだ。こう見えて、サイサクス大陸一の剣豪と名高い人物なんだ」
「レオぴっぴ。あちしの本業は剣豪ではありませんよ」
「え、そうだったっけ?」
「ええ。あちしは今【偉大なる奇才大魔法師】を目指して修行中なのです」
レオニスに紹介された謎の人物、眠狂七郎なる人物。
見た目はレオニスと大差ない体格で、黒い着物に黒い羽織を着た全身黒尽くめという、黒一色なのにかなり目立つ出で立ちだ。
そして左側の腰には、レオニスがいつも背負っている大剣と大差ない大きさの刀を差している。
見るからに時代劇に出てきそうな風貌なのだが、本人曰く『【偉大なる奇才大魔法師】を目指している』というではないか。
その言葉を聞いたレオニスが、心底呆れ返ったように眠に物申した。
「ええええ……そんなデカい刀を脇に差しといて、そりゃねぇだろう……」
「この重刀は、先日小悪魔将軍からもぎ取ったばかりの記念の品なのです。これに攻撃魔法を乗せて戦うのが、今のあちしの戦闘スタイルなのです」
「相変わらず無茶苦茶な理論だな……」
「レオぴっぴ、死刑」
再び人差し指二本をレオニスに向けてビシッ!と放つ眠。
ライトとラウルは、とてもじゃないが二人の会話についていけない。
ずっとポカーン、とした顔で二人を見ているライト達に気づいたレオニスが、気を取り直すように双方に声をかける。
「つーか、こんな場所で立ち話も何だし、良かったらねむちゃまもいっしょにどっかで茶でもしないか?」
「いいですねぇ。レオぴっぴの奢りなら、例え火の中水の中、地の果てでもついていきますよ」
「茶をするだけなのに、火の中も水の中も地の果てもあるかっての……」
眠の放つ言葉に、脱力しながら呟くレオニス。
そんなレオニスの様子に構うことなく、眠はお茶をする場所の候補を上げる。
「そしたら、この近くにある【Love the Palen】の喫茶店に行きましょうか」
「え? あすこは予約なしで行くと二時間三時間並ぶのは当たり前って話だぞ?」
「大丈夫。あちしはあの店の常連客にしてお得意様なのです」
「ホントかぁー?……ま、ねむちゃまがそう言うならとりあえず行ってみるか」
話の流れで、謎の人物とともにお茶をすることになったライト達。
ひとまずジョージ商会を出て、皆で【Love the Palen】に向かっていった。
久しぶりのジョージ商会でのお買い物です。
ジョージ商会の専売品である美味しい回復剤、これをラウルがお菓子作りに活かせるかどうか気になるところですが。それ以上に、何やらものすんげー濃いぃ新キャラがががが…( ̄ω ̄)…
眠狂七郎という名前の由来は、まぁお察しの通りです。この名前でggrksすれば、由来の大元様が出ていらっしゃいます。
大元様はニヒルで格好いい凄腕の剣客なのですが。拙作に新たに降臨された御方は、どうにもというか間違いなく面白おかしい胡散臭い系にしかならない悪寒…( ̄ω ̄)…




