第788話 お役所仕事と先輩達の知識
ラグナロッツァの屋敷を出て、冒険者ギルド総本部に向かったライト達。
向かう道中でレオニスがふと何かを思い出したように話し始めた。
「あー、今日総本部に行くついでにマスターパレンの執務室に寄ってみるか」
「マスターパレンさんに御用があるの?」
「ああ。ここ最近何かとずっとバタバタしてて忙しかったが、例の神樹襲撃事件の件をマスターパレンの耳に入れておいた方がいいと思ってな」
「あー、そうだねー……あれが廃都の魔城の四帝の仕業なら、マスターパレンさんにもちゃんと報告しておいた方がいいよねー」
「そゆこと。それ以外にも、いくつかマスターパレンに報告しておきたいこともあるしな」
レオニスの話に、ライトも頷きながら納得している。
先日起きた神樹襲撃事件。それはカタポレンの森の中で起きたことで、人的被害は全くない。
だが、その事件の裏に人類の宿敵である廃都の魔城の四帝がいるとなれば話は別だ。
冒険者ギルドの頂点に立つマスターパレンにも、事件の経緯や詳細を伝えておくべき事案である。
「ぼく達もいっしょに報告をしに行った方がいい?」
「いや、話をするだけだから別についてこなくていい。ライト達はフギンとレイヴンといっしょに、大広間にいてくれ。売店にいてもいいし、依頼掲示板を見ててもいい。とにかくフギン達がたくさんの人間を観察できるようにしてやってくれ」
「分かった!」
レオニスの指示にライトが頷き、フギンとレイヴンも「レオニス殿、お気遣いありがとうございます」「人間観察頑張るっす!」と言いながら張り切っている。
そんな話をしているうちに、冒険者ギルド総本部の建物に到着したライト達。
建物の中に入ると、大勢の冒険者達で賑わっていた。
ひとまずライト達は、クレナがいる窓口の受付に並ぶ。
レオニス達は一昨日、ムニンとトリスを連れて冒険者ギルド総本部を訪問したばかりだ。
だが、そんなことはお構いなしに、レオニスを見つけた他の冒険者達がわらわらとライト達のもとに寄ってくる。
「お、レオニスじゃねぇか、一昨日ぶりだな!」
「レオさんが頻繁に総本部に顔を出すなんて珍しいな?」
「何か事件でもあったのか?」
矢継ぎ早に飛んでくるレオニスへの問いかけに、レオニスも「おう、一昨日ぶりだな」「たまにはそういうこともあるぞ?」「事件てほどでもないが、まぁぼちぼちな」等々答えている。
そして今日も目聡い冒険者達、ライトとラウルの肩に留まっているフギンとレイヴンの姿に気づき、早速レオニスに聞いてきた。
「お? 今日もまた坊ちゃん以上に可愛らしいお連れさんを連れてんな」
「おう、知り合いからまた数日の間だけ預かることになったんだ」
「こないだもそんなこと言ってなかったか? 一昨日の可愛こちゃんとは別の文鳥なのか?」
「ああ、あの時は二羽とも女の子だったんだがな。今日は二羽とも男の兄弟なんだ」
「そうか……レオニスのモテ期は短かったな……」
「うるせーよ」
先日は八咫烏姉妹という『両手に花』状態で、心底レオニスのことを羨ましがっていた冒険者達。
そのモテ期が絶賛継続中かと思ったら、今度は二羽とも♂だというではないか。
それを聞いた冒険者達、フッ……とニヒルな笑みを浮かべながら、レオニスの肩にポン、と手を置いた。
冒険者達の言外に滲み出る『モテ期終了、乙!』という哀れみの眼差しに、レオニスが軽く反論する。
そんな風にわいわいと賑やかな会話をしているうちに、レオニスの受付順番が回ってきた。
受付窓口に楚々と座るラベンダー色の美人受付嬢、クレナに早速レオニスが話しかけた。
「よう、クレナ。一昨日ぶり」
「あらまぁ、レオニスさんじゃないですかぁー。前回の訪問から三日も経たないうちにまた総本部にいらっしゃるなんて、珍しいこともあるものですねぇ」
「あいつらと同じこと言うね……」
軽く挨拶を交わした後、早速本日の本題に入るレオニス。
「つーか、今マスターパレンは執務室にいるか?」
「はい、執務室にて仕事をバリバリこなしておられるはずですぅー」
「そうか。マスターパレンに報告したいことがちょっとあってな。今から面会は可能か?」
「ええ、午後にラグナ宮殿に出かける用事がありますが、その前でしたら問題ありませんよー」
「分かった、ありがとう。そしたら早速執務室にお邪魔させていただくわ」
マスターパレンが執務室にいることを確認したレオニスは、その場で振り返って後ろで待っていたライトとラウルに声をかけた。
「おーい、ライト、ラウル、俺はちょっとマスターパレンに会ってくるから、さっきも話した通りお前達はここで待っててくれ」
「はーい!」
「了解ー」
ライト達の了承の声を聞いたレオニス。
早々に大広間を出て、ギルドマスターのいる執務室に向かっていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
レオニスが執務室に向かった後、ライトはラウルとともに依頼掲示板を眺めていた。
掲示板には相変わらず数多の依頼書が貼られている。
例えばそれは定番の『薬草採取』や、一日も絶えることなく常時掲示されている『ビッグワーム退治』だったり、他にも『急募!屋根の補修』だったり、中には『30cm以上のドラゴンの牙』とか『求む!乙女の雫(属性の種類問わず)』なんて無理難題もちらほら見受けられる。
そしてラウルは、とある依頼書を眺めながら呟いた。
「ほーん……俺が前に請け負った下水道壁面清掃、報酬金額が前より上がってるな」
「そうなの? 前は報酬いくらだったの?」
「東西南北の区域、どれでも一ヶ所丸ごとやって1000G」
「やッす!今はいくらになってるの?」
「同じく一ヶ所につき1500G」
「やッす!大差ないじゃん……」
ラウルが眺めていたのは、以前ラウルがポイズンスライム変異体に襲われた、下水道壁面清掃の依頼書だった。
報酬金額が上がっている、というからどれ程増額したのかと思いきや。たったの500Gとは、ラウルに尋ねたライトも呆れ顔である。
いや、増額の割合で言えば五割増しだし、『前回比五割増し!』と言えば非常に聞こえはいいのだが。その実態は500G、日本円にして5000円ぽっちの増額。
ライトはまだラグナロッツァの下水道の広さや面積に関しての知識は全くない。だがそれでも、首都ラグナロッツァを支える下水道が狭かったり少なかったりするとは到底思えない。
実際、ラグナロッツァの地下に張り巡らされた下水道の広大な面積を知れば、一ヶ所一回につき10000Gはもらわないとやってらんない!と誰もが思うはずである。
こういうところでケチるから、あんな事件が起きるんだ!全く、お役所仕事ってやつは本当に信用ならん!
つーか、ラウルのように酷い目に遭うかもしれない危険な仕事だってのに、報酬がこれっぽっちってさぁ……頭おかしいんじゃね? 誰が好き好んでこんな、それこそ無報酬にも等しい激安ボランティアを引き受けるってんだよ!?
お役所がケチ臭いってのは、古今東西地球異世界問わずどこも同じようなもんなのかな……これじゃ誰も引き受けたがらないのは当たり前だよね!
ライトはそんなことを考えながら、内心で憤慨している。
すると、依頼掲示板を熱心に見ていたライトとラウルに、冒険者達が話しかけてきた。
「よう、レオニスんとこの坊っちゃんに期待の新人君」
「熱心に依頼書を見てるねぇ、何か良さそうなもんあるかぁ?」
「俺達で手伝えることがありゃ、いくらでも手伝うぜぇ?」
ニヨニヨとした笑顔でライト達に話しかけてくる冒険者達。
その笑顔は実に胡散臭く、あっという間に強面だらけの冒険者に取り囲まれてしまったライトとラウル。
だが、二人が彼らに怯むことはない。話しかけられた内容に沿って受け答えしていく。
「えーとですねぇ、今ラウルと見てて『下水道清掃の仕事、報酬低過ぎじゃない?』って話してたところなんですー」
「あー、アレな!ありゃ清掃管理局がとんでもねーケチだからな!」
「そうそう!お役所仕事はどれも渋ちんだが、中でも清掃管理局のは断トツでケチいよな!」
「もしこの世界に【ドケチンボ世界選手権】があったら、清掃管理局は絶対にいの一番で殿堂入りするぜ!」
ライトの話に、そこにいた冒険者達が全員激しく首を縦に振る。
清掃管理局が出す依頼書は、どれも激安報酬なことで知られているようだ。
それにしても、【ドケチンボ世界選手権】とは一体何であろうか。その名を見聞きしただけで心がささくれそうだ。
しかも、優勝準優勝どころかエントリーされるだけでもものすごーく不名誉な催し物で『いの一番に殿堂入り間違いなし!』とまで冒険者達に評されるとは。どれだけケチンボなお役所だろう。
しかし、そんな情報をラウルのような新人冒険者に教えてくれるとは。
この冒険者達、見た目はゴツくて胡散臭いが根は善良なようだ。
そう、ライトやラウルが彼らに臆することなく会話しているのも、彼らがレオニスと普通に会話しているのを見て知っているからだった。
「お前らなら、この中のどれを仕事として選ぶ?」
「優良物件はもっと早い時間、朝イチに取らなきゃなんねぇから、この時間帯にはもうないぜぇ?」
「そうなのか。お前らの言う朝イチってのは、何時からのことを言うんだ?」
「冒険者ギルドが開くのは午前五時からだからな。午前六時過ぎたら、もうその日の朝から貼られるものの中で良いものは残ってないと思え」
「うわぁ……本当に早い者勝ちなんですねぇ……」
冒険者として仕事を得る際の心得?を惜しみなく伝授してくれる先輩冒険者達。
他にも『たまに出る『迷子のペット探し』は、報酬は良いけど探知魔法が使えないヤツが請け負ってはいけない』とか、『ドラゴンの鱗は、どの種類のドラゴンでも高価買取してくれる』など、様々な知識を教えてくれる。
レオニスが気安く話す冒険者仲間だけあって、本当に気の良い連中である。
他にも、冒険者ならではの談義が続く。
「だいたいよぅ、【乙女の雫】なんてそうホイホイ入手できるもんじゃねぇっての」
「そうそう!間違っても俺らにゃ採ってこれん代物だし、ここに貼るだけ無駄無駄ァ!」
「全くだ。あんなんいくつも拾ってこれるのなんて、それこそレオニスの旦那くらいのもんだぜ!なぁ?」
「違ぇねぇ!」
「「「ワーッハッハッハッハ!」」」
依頼掲示板の中でも異色の依頼書『求む!乙女の雫(属性の種類問わず)』に関して、大笑いしながら笑い飛ばす冒険者達。
これは、先日の黄金週間の鑑競祭りでレオニスがオークションで出品して以降、同様の依頼書が激増したらしい。
しかし、当然のことながらそれらが達成されたことはまだ一度もないらしい。
ちなみに依頼書の報酬額は『雫一個につき500万G』となっていることが多いという。先日のオークションの落札価格を知っている者からしたら、鼻で笑い飛ばすこと請け合いだ。
「皆さん、たくさんのことを知ってて本当にすごいなぁ。ぼく、皆さんのことすっごく尊敬します!」
「ぇ? ぃゃぁ、そんな、そこまで褒められることでも……」
「いやいや、俺もライトと同じくお前らのことを尊敬している。俺達が全く知らない冒険者のノウハウを熟知してるんだもんな」
「そ、そうか? そこまで言われると照れ臭いが……でも、後輩から尊敬される先輩ってのも、何だかいいもんだよな!」
ライトとラウルに褒めちぎられて、冒険者達が照れ臭そうにはにかむ。
ラウルは先輩冒険者達のことを『お前ら』と呼んでいて、その呼称に先輩へのリスペクトなど微塵も感じられないような気がするが。
しかし、当の先輩冒険者達が全く気づかず気にしていないようなので、不問としよう。キニシナイ!
気の良い先輩冒険者達に囲まれながら、楽しく談笑しているライトとラウルだった。
まずは冒険者ギルド総本部での様々な風景です。
冒険者ギルド総本部で会う、名も無き冒険者仲間達。今日も陽気で賑やかですが、見た目は相変わらず強面やら胡散臭い者達ばかり。
それまでずっと名も無き冒険者から一転、名有りのキャラに昇格したバッカニア達のように、そのうちまた名付き昇格する子達が出てくるといいなー。




