第786話 美醜の基準
ユグドラツィのもとを去り、ナヌスの里に戻ったライト達一行。
八人の重鎮を里の中央広場で下ろし、フギンとレイヴンが里に入るために借りていた【加護の勾玉】をヴィヒトに返却した。
「大事なものをお借りさせていただき、ありがとうございました」
「いやいや何の何の。ライト殿やレオニス殿が信頼なさるお連れならば全く問題ない。むしろ今回は、神樹のツィちゃんのもとに連れていただいた我等の方がお世話になったくらいだ」
「全く全く!初めての空の旅は実に爽快であったのぅ!」
「空から見下ろすカタポレンの森は、想像以上に雄大であったなぁ!」
「フギン殿にレイヴン殿、貴殿らももう我等の友ぞ!」
「「……ありがとうございます!」」
【加護の勾玉】を借りた礼を言うフギンに、ナヌスの長老達も非常にご機嫌そうな声で八咫烏兄弟達を受け入れている。
空を飛べないナヌス達を背に乗せ、快適な空の旅を提供したフギンとレイヴンにすっかり心を許したようだ。
そして八咫烏兄弟がナヌスと親睦を図っている間に、レオニスが神とペンを取り出して魔石生成用の魔法陣の図式をサラサラと書き写していく。
それを魔術師団団長のヴォルフに渡した。
「これがさっき、俺が出して見せた魔力収集装置の役割を果たす魔法陣だ。ナヌスの方でも使えるように、訓練なり練習なりしておいてくれ」
「分かりました。人族の叡智を惜しみなく教示してくださること、本当に感謝しております」
「いいってことよ。ナヌスもこれが使えるようになれば、ツィちゃんのところだけでなくオーガの里の結界の運用にも役立つだろうしな」
「そうですね。我等の魔法技術の更なる発展で、より皆の役に立めるよう我等も精進します!」
ナヌスに必要なことを伝えたレオニスは、改めてヴィヒト達の方に向き直る。
「じゃ、俺達は一旦帰る。また何日かしたら俺の方から訪ねるから、ツィちゃんのところに作る結界魔法陣の設計なり計画なりを立てておいてくれ」
「承知した。レオニス殿、今日もまたいろいろと世話になり、本当にありがとう。我等ナヌス一同、心より感謝致す」
「水臭いこと言うなよ。俺達とナヌスは友達じゃないか、なぁ、ライト?」
「うん!ぼく達はカタポレンの森に住む仲間同士であり、ずっと友達です!」
レオニスに話を振られたライトが、花咲くような笑顔でナヌス達に友達宣言をした。
ライトの答えに、ナヌスの長老達を始めとした重鎮達も皆笑顔で頷いている。
「レオニス殿、ライト殿、またな!」
「フギン殿にレイヴン殿も、またいつでもナヌスの里に遊びに来てくだされ!」
「次に来る時までに、フギン殿達にお渡しする【加護の勾玉】を用意しておくでな!」
「また我等を空の旅に連れてってくれる日を楽しみにしておるぞぃ!」
カタポレンの家に帰るため、再び空に浮いたレオニス達を見送るナヌス達。
しばらくは会えないであろうフギンとレイヴンにも、大きな声で温かい言葉をかける。
ナヌス達の温かい言葉に、フギン達は感激の面持ちで返事を返した。
「ありがとうございます!皆様方も、どうぞお元気で!」
「また必ずこの里に遊びに来ますからねー!また俺らの背に乗って、空の旅をしましょうねー!」
名残を惜しみつつ、ライト達はナヌスの里を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
カタポレンの家から、転移門を使用してラグナロッツァの屋敷に移動したライト達。
転移門で移動する前に、カタポレンの家の畑でラウルがトウモロコシやトマトなどを一つ二つもいで空間魔法陣に収納していた。
おそらくはそのもぎたて野菜を、晩御飯の材料に使って八咫烏兄弟にご馳走するのだろう。
時刻はすっかり夕方、もうそろそろ日が暮れ始める頃だったので、もう今日は出かけずにラグナロッツァの屋敷でのんびり一休みしよう、ということになった。
遅めのティータイムよろしく、広間のテーブルを皆で囲んでお茶やスイーツを摘む。
「いやー、今日はツィちゃんに会えたのは良かったが、フギンとレイヴンを人里見学に連れてってやれなかったな」
「そうだねー。お昼前に八咫烏の里を出たのに、結局一日中ずっとカタポレンの森にいたままだったもんね」
「フギン、レイヴン、すまなかったな」
今日は八咫烏の里を出た後、ナヌスの里や神樹ユグドラツィのもとに出向いたりしていて、人里を全く案内できなかった。
そのことを詫びるレオニスに、八咫烏兄弟は慌ててレオニスに声をかけた。
「いいえ、そんなことはありません!小人族のナヌスの方々にお会いできたこと、とても勉強になりました!」
「そうですよ!それに、ツィちゃん様のご無事な様子も見ることができましたし!」
「そうか……そう言ってもらえたら俺も気が楽になる」
フギン達の気遣い溢れる言葉に、レオニスもほっと安堵している。
そして八咫烏兄弟は、それぞれに思いの丈をレオニスに伝える。
「今日思いがけず会えたツィ様は、我等が思っていたよりはるかにご壮健そうで……本当に……本当に安堵いたしました」
「あの戦いが終わった直後のツィちゃん様は、本当に見るも無残な御姿でしたからね……あんなに緑豊かな御姿を取り戻されて、話すお声もとてもお元気そうで……本当に良かった……」
フギンとレイヴンが、今のユグドラツィの立派な姿を思い浮かべつつ涙ぐんでいる。
神樹襲撃事件がひとまずの解決を見た後、援軍として駆けつけた八咫烏達は里に帰っていった。
その時最後に見たユグドラツィは無惨な姿で、あれほど豊かだった緑葉などただの一枚も残っていなかった。
今日ユグドラツィに実際に会って、その目で直に確かめるまでは、彼らの中でユグドラツィは生死を彷徨う凄惨な姿のままだったのだ。
だが今日再び会ったユグドラツィは、以前にも増して美しい緑の葉を生い茂らせていた。
隆盛を誇る樹勢は、八咫烏の里にいる大神樹ユグドラシアに負けず劣らず立派な姿である。
襲撃事件が起きてから、まだ二十日程度しか経っていない。
この短期間のうちに、これ程までにユグドラツィが回復しているとはフギン達も想像だにしていなかったのだ。
喜びに涙ぐむ八咫烏兄弟に、レオニスが明るい声で話しかける。
「フギンもレイヴンも、今日は本当にありがとうな。ツィちゃんの枝葉に異常がないか見てくれたり、ナヌス達を里からツィちゃんのところまで往復で運んでくれたり、本当に助かったよ」
「とんでもない!こちらこそ、他種族の方々と知り合えたことは本当に僥倖でした!」
「フギン兄様の言う通りです!それに、小人族の方々は大きさこそ違えど、顔貌や手足などの身体の作り自体は人族と何ら変わらないようですし。人族を観察するのと同じくらい勉強になりましたもん!」
「あー、まぁな。確かに俺達人族と小人族の一番の違いは体格差だが、顔や身体の作り自体はほぼ変わらんもんな」
レイヴンの言葉に、レオニスが思わず納得する。
確かにレイヴンの言う通りで、人族と小人族は見た目だけで言えば体格差以外に目立つ差異はない。
故に、ナヌスとの出会いや触れ合いは、人族観察とほぼ同等と言えた。
「そしたら、ナヌスの顔の作りも人化の術に活かせそうか?」
「はい。長老や族長と呼ばれる方々は、それなりにお年を召しておられるでしょうから、さすがに若輩の我等が参考にする訳にはいかないと思いますが……それでも、魔術師の方々や守備隊を務める方々は年齢的にも若そうでしたので、それなりに参考にはなります」
「そうか、そりゃ良かった」
今日は全く人里見学をさせてやれなかったが、その分人族と同類のナヌスを見ることで人化の術のサンプルは得られたようだ。
偶然の産物ではあるが、本来の目的である人化の術の参考となったのなら幸いである。
「ちなみに、長老と族長以外の四人で好みの顔はあったか?」
「我等には人族の美醜の基準が分からぬので、そこら辺は何とも言えませんが……」
「俺の感覚で言えば、シモンなんか結構な美男子だと思うぞ?」
「え、そうなのですか!? あの方、ご自身で『モテる訳がない』というようなことを仰っておられましたよね!?」
「おう、そんなこと言ってたな」
レオニスから『シモンは人族基準では美男子』と聞いた八咫烏兄弟が非常に驚いている。
確かにシモンは嫁を迎えるのに五百年、子供が孫を生むまでさらに五百年を要すると言っていた。
そこまで言うのなら、余程非モテのブサイク顔かと思いきや。実は人族の基準で言えば、非常に目鼻立ちの整ったイケメンなのである。
レオニスの証言を補足するように、ライトもレオニスの意見に同調する。
「確かにシモンさんは、人族の中に入ったら間違いなく美男子だよね。なのに、ナヌスの中ではモテないっぽいけど……何でだろ?」
「まぁ、小人族には小人族の美醜の基準があるだろうしな。俺達人族から見たら美男子でも、ナヌスの目にはそうは映らんもんなのかもしれんな」
レオニスだけでなく、ライトも認めるイケメンシモン。
彼が主張する非モテが真実なのかどうかは、ライト達にはまだよく分からない。
そこには人族と小人族で美醜の感覚の厳然たる違いがあるのかもしれない。
「我等は人化の術を会得するにあたり、そこまで顔の美醜に拘るつもりはありませんが……にしても、美醜の感覚の違いを理解するのはなかなかに難しい問題ですね」
「だな。ま、年齢や性差的に見てそこまでちぐはぐにならなきゃいいさ。余程おかしなところがあったら、俺やラウルがちゃんと指摘してやるし。後は個人の好みで変身後の姿を作っていけばいい」
「分かりました。また明日以降の人里見学で、たくさん学ぶつもりです」
「おう、明日こそあちこち連れてってやるからな!」
八咫烏達が人化の術を会得するのに、最も重要なのは見た目の美醜ではない。そんなことよりも、年齢や性別的に違和感がないことを優先させなければならないのだ。
でないと、人化して人里に紛れる時に周囲の人間に誤解されて非常に困ったことになる。
例えばの話、フギンが間違えて絶世の美女になったり、アラエルがマスターパレンのような筋骨隆々の雄々しい姿になったらマズいのである。
そうした大間違いを犯さないためにも、人族の老若男女の特徴をしっかりと覚えなければならない。
それには兎にも角にも多くの人間を見て観察することが一番である。
「よし、そしたら明日に備えて晩飯で美味いものをたくさん食って、英気を養うか。ラウル、ぼちぼち晩飯の支度をよろしくな」
「了解ー」
時間的にもそろそろ晩御飯時となってきたので、レオニスがラウルに食事の準備をするように言う。
ラウルもそれを受けて、音もなくフッ……とどこかに消えた。きっと厨房に移動してすぐに晩御飯の支度を始めたのだろう。
晩御飯の支度と言っても、空間魔法陣から作りたての食事を取り出すだけなので、用意するのに然程時間はかからない。
「さ、じゃあ俺達も食堂に行くぞー」
「はーい!」
「「はい!」」
一休みのティータイムを終えて、のんびりと食堂に向かうライト達だった。
カタポレンの森での様々な寄り道を終えて、ようやくラグナロッツァの屋敷入りです。
というか、八咫烏の里からラグナロッツァ入りするまでに10話もかかっておいて、寄り道の一言で済ましちゃっていいレベルなの?とは、作者自身も痛烈に思うです、ハイ……
そしてここで、本当に誰も得しない、作者の近況報告。
あまり暗い話ばかり書くのもどうかと思い、今までずっと伏せてきましたが……ここ最近投稿時間がかなり遅めの時間なのは、度重なる訃報によるものです。
先日十日も休ませていただいた、伯父の交通事故による逝去。先月に起きたこれが作者にとっても最も辛く悲しい出来事だったのですが、その後新たに二件の不幸が起きまして……今日はほぼ寝たきりだった従兄弟が亡くなったという報を朝に知らされ、先程まで母と姉とともに従兄弟宅にお顔を見に行ってました。
本当に、一体何なんでしょう……昨年十月の伯父の逝去から、半年のうちに身内で五件、遠縁で三件の不幸が立て続けに起きて作者自身かなり凹んでいます。リアル優先なので、執筆時間もろくに取れません。
もうね、冗談抜きで喪服をクリーニングに出せないんです。もうそろそろ出してもいいよね、と思った矢先にまた葬儀が出て、の繰り返しで……
これはもう本当にお祓いに行くべきか、と真剣に悩んでる作者。もう当分お葬式行きたくない……既に出てしまったものは、どうしようもないんですけど。




