第776話 第三陣の出立
ウィカの水中移動で八咫烏の里のモクヨーク池に到着したライト達。
池の畔に上陸すると、レオニスのポケットに入っていたムニンとトリスがすぐに外に飛び出して元の姿に戻った。
「はぁー、やっぱりカタポレンの森の空気が一番美味しいわ!」
「何日も里の外に出て、カタポレンの森から離れたのは初めてのことだけど……森の外って、思った以上に空気が薄かったものね!」
三日ぶりに吸い込む、カタポレンの森の濃密な空気。胸いっぱいに吸い込みながら、ムニンとトリスは歓喜の声を上げる。
八咫烏一族は、カタポレンの森の空気を吸うだけで魔力を取り込めるという。そんな八咫烏達にとって、人里を含む森の外の空気はさぞかし薄かったことだろう。
馴染みの美味しい空気を吸いながら、ムニンが空間魔法陣を開いてアイギス土産の飾緒の首飾りを取り出す。
トリスの分を渡し、ムニンも早速自分の首飾りを自らヒョイ、と首にかけた。
自分達の巣があるユグドラシアのもとに到着する前に、早々にお洒落する八咫烏姉妹。アイギスでもらえた土産が余程嬉しかったとみえる。
そして里の中心であるユグドラシアのもとに着いたライト達一行。
早速ミサキが勢いよく木の上から飛び出してきた。
「ライトちゃん、ラウルちゃん、レオニスちゃん、こんにちは!」
「よう、ミサキちゃん。相変わらず元気だな」
「うん!ムニン姉様もトリス姉様も、おかえりなさい!」
「「ただいま」」
末妹の元気いっぱいなお出迎えに、ライト達の顔も綻ぶ。
帰ってきた姉達に抱きついたミサキが、姉達の顔を見上げながら早速問いかけた。
「ムニン姉様、トリス姉様、初めての人里はどうでしたか?」
「ミサキが言っていた通り、たくさんの人族とたくさんの物が溢れてて、とても活気に満ちていたわ」
「あれはミサキが夢中になるのも無理はないわー」
「でしょでしょー!」
するとここで、ふとミサキの目に姉達の胸元で光る首飾りが目に留まった。
とても興味津々な様子で、姉達に聞くミサキ。
「……あら? 姉様達のお首に、とっても素敵な飾りがあるわ!」
「ええ、これはね、マキシが務めているお仕事先で、私達一羽一羽にお土産としてくれたの」
「ムニン姉様は赤い石を選んで、私は桃色の石を選ばせてもらったのよ」
「わぁー、とっても素敵なお土産をいただいたのね!姉様達だけの首飾りかー、すっごくキラキラしてて羨ましいわ!」
「「うふふふふ♪」」
姉達がもらったという首飾りを見て、ミサキが目を輝かせながら羨ましがる。
ムニンとトリスも、末妹からの羨望の眼差しを一身に浴びで鼻高々である。
「でもいいの!私もまた次に人里にお出かけした時に、姉様達とお揃いの首飾りを作ってもらうから!」
「そうね、ミサキの方が私達よりずっと早くに人化の術を覚えたものね」
「人化の術を長く続けられるようになれば、何日でも人里でお泊まりできるわね!」
「うん、そうできるように頑張る!」
姉達の優しい言葉に、ミサキもまた明るい笑顔で応える。
すると、ユグドラシアからもムニン達に向かって声がかかった。
『ムニン、トリス、おかえりなさい』
「「シア様!只今戻りました!!」」
ユグドラシアからの呼びかけに、ムニンとトリスが即座に跪いて応える。
ここ最近は、ミサキ以外の八咫烏達も再びユグドラシアの声をよく聞けるようになっていた。
それはひとえに、里内の不和の種であったマキシの問題が解決されて、彼に対する誤解や不名誉が払拭されたことでウルス達の心の重石が取り除かれていったからである。
『人里見学は、とても楽しいものだったようですね』
「はい!我が八咫烏の里にも取り入れたり、見習うべき長所がたくさんありました!」
「一日も早くシア様に、我らの人化の術が成功するところをお見せできるよう、これからも精進いたします!」
『ふふふ、日々心待ちにしておりますよ』
そんな話をしているうちに、彼女達の父母であるウルスやアラエル、フギン他兄弟もユグドラシアのもとに集まってきた。
「ムニン、トリス、おかえり」
「父様、母様。ムニンとトリス、只今戻りましてございます」
「二羽ともおかえりなさい」
「人里見学の修行、お疲れさま」
「後で人里での話を聞かせてよ!」
父母や兄弟に囲まれて、畏まった帰還の挨拶をしていたムニンとトリスの表情も次第に柔らかくなっていく。
そんな八咫烏族長一族の平和な姿を、ライト達は微笑みながら見守っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「さて……ムニンとトリスが帰ってきたから、次は我らの番か」
「ですね!」
送迎係のライト達とも和やかに会話していた中、フギンとレイヴンが次の人里見学の件に触れる。
第二陣の長女&次女姉妹の人里見学が無事完了した今、次の番のことが話題に上るのは必然である。
「いやー、俺、フギン兄様と二羽だけで旅行に出るのは初めてのことだから、すんげー楽しみー!」
「こら、レイヴン。ただの観光旅行ではないんだぞ? これは、人化の術の会得のためはもとより、人族独自の文化や習慣に触れて理解を深めるという重大な任務を帯びているのであってだな……」
初めて里の外に出ることが楽しみで仕方ない様子の三男レイヴンに、長男であるフギンが苦言を呈する。
人間で言えば海外旅行にも等しい感覚に、レイヴンが浮かれるのも無理はない。
だが、長兄にそれを窘められたことに、レイヴンは口を尖らせながら反論する。
「えー、でもフギン兄様だってとても楽しみにしt……モゴゴゴ……」
「余計なことを言うんじゃないッ!」
「モガガガ、ンガゴゴゴ……」
要らぬことを口走るレイヴンの口を、慌てて両翼で塞ぎにかかるフギン。
お調子者の三男に、長男の威厳を損なわれては敵わん!というフギンの心情がダダ漏れである。
しかし、普段は堅物で有名なフギンが人里見学を楽しみにしていたというのは、かなり意外だ。
普段のイメージとのギャップに、ライトがニコニコとしながらフギンに話しかける。
「奇遇ですね!ぼくもフギンさんがラグナロッツァに遊びに来てくれるのが、すっごく楽しみだったんです!」
「……そ、そうか?」
「はい!もちろんレイヴンさんが来てくれるのも、とっても楽しみにしてました!」
「おおー、ライト君はもてなしの心というものをよく分かってるね!」
ライトの言葉に照れ臭そうにするフギンと、これまた調子のいいことを言うレイヴン。
二羽の性格が如実に表れていて面白い。
そしてウルスとアラエルが、レオニスに向かって深々と頭を下げた。
「我が子達の言う通り、ムニンとトリスの次はフギンとレイヴンが世話になる。立て続けに押しかける形になってしまうが……レオニス殿、何卒よろしく頼む」
「おう、任せとけ。特にフギンは長男で、次期族長としても今から見聞をより広めなければならんだろうしな」
「ご理解いただけて、非常に助かる」
ウルスに我が子を託されたレオニス、早速とばかりにフギン達の方に向き直る。
ちなみに二羽は未だに取っ組み合い絶賛継続中で、レイヴンがずっとモゴモゴ言っている状態である。
「よし、じゃあ早速行くか!……って、お前らまだ遊び足りないなら、せっかくだからラグナロッツァ行く前にここの鍛錬場で一汗かいていくか?」
「「ッッッ!!!」」
レオニスの提案に、戯れていたフギンとレイヴンが一瞬にして石化する。
レオニスとともに鍛錬場に行くということは、レオニスの指導=地獄の鍛錬が実施されるということだ。
せっかく楽しみにしていた人里見学の旅を前に、地獄の鍛錬を味わうのは嫌過ぎる。
それまで取っ組み合っていたフギンとレイヴンがパッ!と互いの身体から離れて、慌てて両翼をピシッ!と正して直立姿勢になる。
「レオニス殿のお気遣いは大変ありがたいですが、そのような気遣いは無用にて!」
「俺もフギン兄様と同じ意見です!三日という短い時間を無駄にする訳にはいきません!ちゃちゃっと!今すぐ!人里に行きましょう!」
「別に気遣いなんてしちゃいねぇが……ま、時間が惜しいというのは分かる。そしたらとっとと行こうか」
「「はいッ!!」」
地獄の鍛錬を必死に回避しようと団結する八咫烏兄弟に、レオニスは不思議そうな顔をしながらも早々に出立するという案に同意する。
「じゃ、皆でモクヨーク池に行くぞー。ウルス、アラエル、そしてシアちゃん、また三日後な!」
「よろしくお願いいたす」
「皆、気をつけていってらっしゃーい!」
『フギンもレイヴンも、頑張って修行してきてくださいね』
「「はい!!」」
「シアちゃん、また来ますね!」
『ライトもラウルも、二羽のことをよろしくお願いします』
「おう、任せとけ」
レオニスが先頭に立ち、モクヨーク池に向かって歩き出す。その後をついていくライトやラウルもまたユグドラシアに挨拶をする。
家族と大神樹に見送られながら、フギンとレイヴンはライト達の後をついていった。
ムニンとトリスの帰郷に伴い、今度は長男&三男の三組目の人里見学出立です。
前話までの、第二陣の八咫烏姉妹でも結構な日数かかったことを踏まえて、その先をどうするかあれこれと考えた作者。
いっそのこと、何か理由をつけて三組目と四組目はまた後日日を改めて、間を置いた方がいいんじゃないかしら?と、かなーり悩んだのですが。ちょっとした腹案が浮かんだこともあり、八咫烏達のお上りさんをそのまま継続することに。
……ま、腹案なんて言うほどの御大層なものでもないんですが( ̄ω ̄)
そう、まだまだ八咫烏達の修行とライトの夏休みは続くのです!!<○><○>




