第772話 種族を越える力
アイギスの店内に入ったライト達。
まずは接客担当であるメイが出てきて、ライト達をにこやかに迎え入れた。
ライト達が店に入りきった後、メイがすぐに店の扉に鍵をかける。
臨時休店の札を掛けておくだけでなく、部外者を完全シャットアウトするためである。
「レオ、ライト君、そしてラウルさんもいらっしゃい!」
「よう、メイ、久しぶり」
「メイさん、こんにちは!」
「アイギスの美しい女神に会えて光栄だ」
出迎えてくれたメイに、三人がそれぞれに挨拶をする。
ぶっきらぼうなレオニスや常識的なライトはともかく、ラウルの挨拶の仕方がまるで優雅な貴族のようだ。
しかも常人ならば歯が浮くようなキザな台詞も、ラウルが言えば様になるというのだから小憎らしい。
言われた方のメイも「まぁ、ラウルさんってば本当にお上手ね!」「レオもラウルさんを見習いなさいね?」と、嬉しそうに微笑みながら言っている。
もちろんレオニスに、そんな気の利いた台詞が言えるはずもないのだが。
「ところで……そちらにいる黒い小さな文鳥さん?が、マキシ君のお姉さん達なの?」
「ああ、ムニンとトリスだ」
「こちらがムニン姉様で、あちらがトリス姉様です」
メイの問いかけに、レオニスとマキシが八咫烏姉妹を紹介した。
紹介されたムニン達が、メイに向かって挨拶をする。
「初めまして。私は八咫烏一族の族長が長女、ムニンと申します。弟マキシがいつもお世話になっております」
「私はトリス、ムニン姉様と同じく八咫烏一族の族長が次女、トリスにございます。ムニン姉様ともども、以後お見知りおきくださいませ」
ラウルの肩に留まったまま、ペコリと深く頭を下げるムニンとトリスに、メイが目を見開きながら感心する。
「まぁ、何て礼儀正しくて賢いのかしら!さすがは八咫烏ね!私はアイギス三姉妹の末妹、メイよ、よろしくね!……って、二羽とも普段はもっと大きいのよね?」
「はい、本来の大きさのままだと人里では目立ち過ぎるということで、ともに身体を小さくしております」
「確かに、マキシ君の八咫烏の姿も結構大きかったものねー……あの大きさのカラスがいたら、間違いなく人目を引くわよね」
メイは以前レオニス邸で行われた穢れ祓いに立ち会っており、その際にマキシの本来の八咫烏姿を見て知っている。
それに、時折ライトやレオニスを経由して買い取っている八咫烏の羽根の大きさから言っても、彼女達八咫烏が小鳥サイズのはずはないのだ。
なので、ムニンが語った小鳥になっている理由に納得している。
「そしたら、良かったら奥の応接室に行きましょうか。そこでなら、元の大きさでのんびりしてもらえるわ」
「……よろしいのですか?」
「ええ!お店の奥ではカイ姉さんやセイ姉さんも仕事してるし、もうすぐ休憩時間だから皆でお話ししましょう」
「そうだな、カイ姉達も奥で待ってるよな」
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
メイの提案に従い、ライト達も店の奥に向かっていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
応接室に通されたライト達、ひとまず皆でソファに座る。
「じゃ、姉さん達を呼んでくるわ。お茶も用意するから、皆はここで待っててね」
「おう、よろしくな。お茶菓子はラウルのスイーツを出すから、お茶だけでいいぞ」
「ラウルさんのスイーツを出してくれるのね!それは嬉しいわ、特にセイ姉さんが喜びそう!すぐにお茶を持ってくるから、スイーツの方はよろしくね!」
「はいよー」
ラウルのスイーツを出すと聞いたメイが、ウキウキしたステップで応接室を一旦退室していった。
その間にラウルがレオニスの指示通り、定番のシュークリームやクッキー、そして先程会得したばかりのたまごボーロなどをテーブルの上に出していく。
ラウルの食器コレクションの美麗小皿に盛られたスイーツの、何と可憐なことよ。ただでさえ美味しいスイーツが、ますます美味しそうに見える。
そうしているうちに、応接室の扉が開いてカイとセイが入室してきた。
「レオちゃん、いらっしゃい。お待たせしちゃってごめんなさいね」
「マキシ君のお姉さん達も、こんにちは!ようこそアイギスへ!」
入室してきたカイとセイを凝視していたムニンとトリスだが、二人のにこやかな挨拶を受けて慌てて挨拶を返す。
「初めまして、こんにちは。私はマキシの一番上の姉、ムニンと申します」
「こんにちは!私はマキシの二番目の姉、トリスと申します!」
「私はカイ、アイギス三姉妹の一番上の姉よ」
「私はセイ、三姉妹の真ん中で二番目よ」
互いに自己紹介をする八咫烏姉妹とアイギス三姉妹。
女子会よろしく和やかに会話を交わす、人族姉妹と八咫烏姉妹の交流は実に微笑ましい。
彼女達の自己紹介が終わったところで、メイがお茶を乗せたワゴンとともに応接室に戻ってきた。
「皆お待たせ!ラウルさんのスイーツに合わせて、特上の紅茶を淹れてきたわ!」
「ラウルさんのスイーツを、休憩時間いただけるなんて!こんな素晴らしい休憩時間は滅多にないわね!」
「セイったら、もう……本当にラウルさんのスイーツが大好きなのねぇ」
ラウルのスイーツと聞き、最も喜んでるのは言わずとしれたセイである。
そんなセイのはしゃぐ姿を見て、カイが苦笑いしている。
カイとセイがライト達の対面側のソファに座り、メイが人数分の紅茶をテーブルに置いていく。
全員に配り終えたところでメイもソファに着席し、皆でお茶とお茶菓子をいただいていく。
「はぁー……極上のスイーツと極上の紅茶は、本当によく合うわよねぇ」
「良い味と良い香りに包まれた、ゆったりとしたひと時……癒やされるわぁ」
仕事の休憩時間ということもあって、極上スイーツタイムを心から楽しんでいるアイギス三姉妹。
癒やしのリラックスタイムを存分に堪能しているようで、何よりである。
そしてレオニスが今後の予定について話を切り出した。
「この後、カイ姉達の仕事場をムニン達に見せてもらっていいか?」
「もちろんいいわよ。そんなに面白いものでもないだろうけど」
「「そんなことはありません!!」」
カイの言葉に、速攻でムニンとトリスが力強く否定した。
その勢いに、カイもセイも驚いている。
「このお店に勤めたい、とマキシから願い出たと聞いております。マキシはそれ程に、貴女方の仕事に魅せられたのです」
「ええ、ムニン姉様の言う通りです。私達もマキシからお土産として、アイギス製の装飾品をもらったことがあるのですが。その見事な美しさに、私達だけでなく父も母も兄弟姉妹全員が見惚れてしまいました」
如何にアイギスの作品が素晴らしいかを力説するムニンとトリス。
彼女達の論に、マキシだけでなくライト達もうんうん、と頷いている。
「貴女方の生み出す品々は、種族を超えて感動を与える力があるのです。その感動を生み出す瞬間を、私達はこの目で確と見届けたいのです」
「ええ。それは八咫烏の里では決して見ることのできない、得難い経験なのです」
アイギスの装飾品には、種族を超えて感動を与える力がある―――それは最大級の賛辞であり、そこまで言われたらカイ達も悪い気はしない。
照れ臭そうにはにかむカイが、ムニン達の思いに応えるように口を開いた。
「そんなに褒められるなんて、とても嬉しいわ」
「ええ、ちょっと照れ臭いけど……人族ではない方々にまでそう言ってもらえるなんて、とても光栄なことよね」
「他種族にまで私達の仕事が認められる……こんな日が来るなんて、夢にも思わなかったわ……」
感極まった面持ちのアイギス三姉妹。
そして次の瞬間、セイが張り切ったように口火を切る。
「じゃあ、マキシ君のお姉さん達に早速私達の仕事を見てもらいましょうか!」
「そうね、マキシ君もお姉さん達といっしょに見学する?」
「今日はもう他のお客さんも来ないし、マキシ君だけでなくライト君も見学していく?」
「「お願いします!」」
カイ達の仕事見学の提案に、ライトもマキシもパァッ!と顔を輝かせながら頷く。
そこにレオニスも乗っかる形で話に加わってきた。
「あ、カイ姉、そしたらラウルに天空竜革装備の手入れの仕方を指導してやってくれるか? 」
「もちろんいいわよ。アフターケアも万全なのがアイギスの売りの一つだもの」
「カイさん、よろしく頼む」
「他ならぬラウルさんの頼みですもの、分からないことがあったら何でも聞いてね」
今日のアイギス訪問の目的の一つである、ラウルの装備品の手入れのレクチャーもしっかりと確保したレオニス。
カイへの依頼に続き、今度はセイの方に向き直りセイにも頼み事をする。
「そしたらセイ姉には、魔宝石の研磨を頼みたい。もちろん今日も報酬のスイーツをちゃんと支払う」
「任せなさーい!ラウルさんのスイーツのためなら、魔宝石の百個や千個くらいすぐに研磨してみせるわ!」
「だからな、セイ姉? 一気に百個も千個も生産依頼出せるほど、魔宝石の充填は簡単じゃねぇんだってば……」
魔宝石の研磨と聞き、その報酬に目を輝かせるセイ。
今日レオニスが依頼するのは二十個の予定だが、この勢いなら本当に百個くらいは即日で研磨を完遂させそうな勢いである。
そして魔宝石の研磨は、宝石に目がないムニンやトリスにとっても興味深いに違いない。
ムニン達がこのアイギスに来たのは、人族の若い女性を観察するためだ。
だが、魔宝石の研磨の見学もすれば本当の意味での職場見学にもなる。
それは人族の文化の理解を深めるためにも、とても良いことである。
「じゃ、早速行きましょうか」
「まずはセイの宝石研磨から見ていきましょうか」
「「よろしくお願いします!」」
休憩時間を終えたカイ達は、ライト達を伴って各々の職場に向かっていった。
ムニン達を連れてのアイギス訪問です。
アイギス三姉妹が登場するのは、かなり久しぶりな気がするー。
カイ達が話中に直接出てきたのは、第589話以来ですか。作中時間でいうと五月下旬頃ですね。
それから今までの間にも、見えないところでレオニスやライトがちょくちょく訪れてはいます。ただ単に描写する機会が無かっただけで。
というか、前半部分のラウルの超絶キザモード。
これ、今で言うところの『ただイケ』案件ですよねぇ( ̄ω ̄)
ちなみにラウルは基本口下手ですが、美しいものは美しいと素直に認めることができる性質も持ち合わせているので、ラウルとしては『綺麗なものを綺麗と褒めて、何が悪いんだ?』ということになっています。
ツィちゃんへの紳士な態度といい、そう考えるとラウルの人たらし度もかなりのもんですよねぇ(´^ω^`)




