第767話 四男坊の実力と噂
襖の向こうに立っていた、五人の師範代達。
ハンザ達の姿を見るや、王の前の騎士の如く跪いて一斉かつ即座に頭を垂れる。
「ハンザ先生、コルセア師範、お呼びでしょうか!」
「ああ、お前達にも馴染みの客人が来たのでな。せっかくだからお前達もご挨拶するように」
「馴染みの客人、ですか……?」
下げていた頭を上げて室内を見る師範代達。
確かにハンザとコルセア以外にも誰かがいるようだ……と、客人達の顔を繁繁と眺める。
そしてレオニスの存在に気づき、皆ハッ!とした顔になる。
「……おお!レオニスさん!」
「お久しぶりにございます!」
「ご無沙汰しております!」
五人の師範代達が、口々にレオニスに向けて挨拶をする。
師範代に昇格している者達だけあって、皆このヴァイキング道場に十年以上いる猛者達だ。当然時折来るレオニスとも顔馴染みであった。
「皆中に入りなさい」というコルセアの促しに従い、五人がぞろぞろとテーブル近くに歩み寄り、ハンザが座る椅子の後ろに立った。
「マレー、モロ、カリブ、モルトケ、ナッソー、皆久しぶりだな!皆師範代になったのか、すげーな!」
「いえいえ、我等などまだまだ……ハンザ先生やコルセア師範の足元にも及びません」
「そんなことないさ!皆昔からハンザの自慢の弟子だったじゃないか、なぁ、ハンザ?」
「ああ。皆ヴァイキング流剣術の未来を背負って担う、将来有望な若者達だ」
五人の師範代の名を呼び、彼らが師範代になっていたことを喜ぶレオニス。
三年前はまだ師範代にはなっていなかったが、少し会わぬ間に出世している彼らを見ると勇気づけられる思いだ。
するとここで、若手の門下生が来客用のお茶とお茶菓子を持って入室してきた。
門下生が「お待たせいたしました」と言いつつ、テーブルに客人とハンザ、コルセアのお茶とお茶菓子をそれぞれの前に並べていく。
ライトやレオニス、ラウルの分だけでなく、お猪口に注がれたお茶とたまごボーロが数粒乗せられた小皿も二組出てきた。
これはライトとレオニスの肩に留まっている、ムニンとトリスの分である。
コルセアが門下生に命じていた、お茶とお茶菓子の指令をきちんと守っているとは驚きだ。
「俺達の分だけじゃなく文鳥の分までお茶菓子を出してもらって、何かすまんな」
「いやいや、何の何の!とても可愛らしい文鳥ではないか!黒々とした艶やかな羽根が何とも素晴らしい、まるで八咫烏のようだ!」
「「「ブフッ……」」」
ムニンとトリスの美しい羽根を褒めちぎるハンザの言葉に、お茶を啜り始めていたライト達は思わず噴き出しかける。
まさかハンザの口から『八咫烏』の名が出てくるとは思わなかったからだ。
もちろんハンザにはムニン達の正体を知る由もない。見た目そのまま文鳥だと思っている。
なのに、何故『八咫烏』という単語が出てきたのか。それにはちゃんとした理由があった。
ハンザに続き、コルセアまでもがムニンとトリスを褒め称える。
「ええ、とても愛らしい文鳥ですよね。黒い羽根に滑らかなフォルム、我がヴァイキング流が信奉する八咫烏を彷彿とさせる姿です」
「そ、そうか……? 確かにこの道場では、昔からカラスを何羽か飼ってた覚えがあるが……あれってそういう意味だったの? つーか、今でもカラス飼ってんの?」
「道場とは反対側の本館の向こうの方に、神使に見立てた番のカラス三組を放し飼いしてますよ」
レオニスはヴァイキング流の正式な門下生ではないので、組織の習慣や掟などそこまで詳しいことは知らないのも無理はないが、どうやらこのヴァイキング道場では八咫烏を崇め奉っているらしい。
道理でハンザとコルセアの、ムニンとトリスを眺める眼差しが限りなく優しい訳だ。
そう言われてみれば、本館に来るまでにいくつかのシグナルがあった。
本館の正面玄関や道場の入口など、至るところに八咫烏を象った家紋があしらわれている。それは、嘴と分かる横顔に左右に大きく広げた上向きの翼が印象的な家紋だ。
レオニスはそれを『鳥を用いた紋章』としか思っていなかったのだが、よくよく見るとその鳥は三本足だったりする。
「んじゃ、このたまごボーロみたいな茶菓子?も、普段そのカラス達に与えてるおやつっつーか、食事なのか?」
「ええ、カラス達の大好物なんですよ」
「そうか……ムニン、トリス、美味しいものを出してもらえて良かったなぁ。遠慮なくいただきな」
「「♪♪♪」」
ライト達の肩からテーブルに下りて、小皿の中のたまごボーロを美味しそうに啄む。
ちなみに三本足の真ん中の足は、飛ぶ時だけ後ろに蹴り上げるようにして隠していた。
テーブルに乗った後は、ライト達の肩に乗った時と同様に座って隠せるので問題ない。
たまごボーロを三つほど食べた後、今度はお猪口の中の冷たいお茶に嘴を入れて、コクコクとお茶を飲むムニンとトリス。たまごボーロで奪われた口中の水分補給である。
そんな彼女達の愛らしい仕草を、これでもか!というくらいにガン見しまくるハンザとコルセア。
レオニスの口から聞いたムニン達の名を、早速ハンザが褒めちぎる。
「この子達の名は、ムニンにトリスというのか。名前まで可愛らしいとは、実に素晴らしいな!というか、レオニス君も文鳥を飼い始めたのかね?」
「ぃゃ、この二羽は知り合いから数日預ってくれと頼まれてな……明日にはもとの家に戻る予定なんだ」
「そうだったか。彼女達がおうちに帰る前にお会いすることができて本当に良かった。こんな美人さんな文鳥は、そうそうお目にかかれんからな」
「ええ、眼福とはまさにこのこと」
「そ、そうか……ハンザやコルセアにそこまで喜んでもらえたなら、俺としてもムニン達を連れてきて良かったわ……ハハハハ……」
思っていた以上に鳥大好き!なハンザとコルセアを見て、レオニスが顔を引き攣らせながら苦笑いを浮かべる。
文鳥と偽っている今ですらこの喜びようだ、もし万が一その正体が彼らが信奉して止まない八咫烏だと知られたら―――それこそ平伏す勢いで狂喜乱舞しそうだ。
これ以上八咫烏の話を続けるのは避けたいレオニス、何とか話題を変えるべく別の話をしだした。
「……あ、そういやこないだバッカニアと冒険探索に行ったんだが。あいつの剣技は変わらず冴えてたぞ」
「おお、我が愚息が世話になったとはかたじけない!探索はどこに行ったんだね?」
「ツェリザークの氷の洞窟だ。結構魔物を狩って貴重な素材も売ったし、あいつもそろそろ黄金級になるんじゃないかな」
「そうか……バッカニアも冒険者として、日々頑張っておるのだな……本当はそろそろホドに戻ってきてほしいところなのだが」
息子の活躍を聞き、喜びながらもどことなく寂しげな顔のハンザ。
その様子が気になったレオニスは、素直にハンザに問うた。
「バッカニアにホドに戻ってきてほしいって、何かあったのか? あいつはヴァイキング流の後継者じゃないんだろ?」
「確かにバッカニアは後継者ではないが、再来年に開設予定の第三支部の支部長を任せたいと思っていてな」
「あー……確かにさっきコルセアからそんな話を聞いたな……他の都市に進出するんだってな」
「ああ、プロステスに道場を出すことは既に決まっていてな。だが、そのプロステス支部の責任者を誰に任命するか、まだ決まっておらんのだ」
ハンザの話によると、第一支部は次男のアマロ、第二支部は三男のレイフが支部長を務めているという。
長男のコルセアは、次期後継者として本部でハンザのもとについて修行中。
そうなると、第三支部はハンザの四男であるバッカニアに任せたい―――そういう流れになるのは必然であった。
バッカニアの兄であるコルセアも、悩ましげな顔つきでため息をつく。
「バッカニアにも、第三支部の支部長になってほしいという打診はしてるんですがね……全く聞く耳持たないというか、そもそもホドに帰ってくるのも年に一度あるかないかぐらいでして」
「そりゃあなぁ、あいつ自身『ヴァイキング流の跡取りじゃないし、一生冒険者として生きていくぜ』って常々言ってるからなぁ」
「確かに少し前まではそうだったんですが……でも、あいつの腕なら超一流の剣士として剣術の世界で名を馳せることもできるのに……」
コルセアが本当に残念そうな面持ちで実弟のことを語る。
ヴァイキング流剣術の後継者であるコルセアが、そこまでバッカニアの剣術の腕を認めていることにレオニスは内心で驚く。
コルセアは決して身内贔屓や兄の欲目でバッカニアを評価しているのではない。むしろ身内だからこそ滅多なことでは褒めることはないことで有名なくらいだ。
「いや、バッカニアは既に冒険者の世界でもそれなりに名を馳せているぞ?」
「え? そ、そうなのですか? 正直それは初耳なのですが……」
「まぁコルセアが知らんのも無理はない。バッカニア達のパーティー『天翔るビコルヌ』が有名なのは、やつらが拠点にしているラグナロッツァ内での話だからな」
レオニスはコルセアだけでなく、ハンザにも聞かせるようにしてバッカニア達の武勇伝を語る。もっとも、その武勇伝のほぼ九割はラグナロッツァ内での話なのだが。
ラグナロッツァ孤児院や下水道清掃など、誰も引き受けようとしない激安3k仕事を進んで引き受けていること。その評価は冒険者ラグナロッツァ総本部でもかなり高く評価されていること。
ボランティア価格の激安依頼を多く引き受けているため、かなり顔が広くて誰からも頼りにされていること等々。
ホドに住むハンザやコルセアは、バッカニア達のそうした評判を聞くのはこれが初めてのことだ。レオニスの口から語られる数々の話に、二人の顔は呆気にとられている。
普段は家にも寄りつかず、いっつもフラフラしてばかりだと思っていた息子や弟が、現役最強冒険者であるレオニスからこんなに褒め称えられようとは全く思っていなかったのだ。
「……そんな訳で。冒険者仲間はもちろんバッカニア達のことを認めているし、ギルド職員や依頼主である平民達もバッカニアに感謝している者も多い」
「そうだったんですか……あいつ、家に帰ってきてもそんな話、一度だってしたことがなくて……てっきり大都会でくすぶっているのだとばかり……」
「いやいや、そんなことは絶対にないぞ? むしろ、バッカニア達が冒険者稼業から引退しようとしたら、泣いて引き留める者が多数で引きも切らないだろうな」
「そうですか……」
実弟の人気者ぶりを聞いたコルセアが、またも複雑そうな顔をしている。
弟が褒められることは、兄として素直に嬉しい。彼を慕い、頼りにしている者が多数いるというのは、とても誇らしいことだ。
だがそれは、ホドに帰ってこれない理由となっていることもまた事実。
バッカニアにヴァイキング流剣術の剣士として活躍してもらいたい、という気持ちもあるコルセアとしては、実に複雑な心境だった。
するとここで、それまでずっとレオニスの話を黙って聞いていたハンザが徐に口を開いた。
「……ならば、バッカニアに第三支部を任せるという計画は白紙にせねばならんな」
「……父上、それは……!」
「言うな。バッカニアがその腕や人となりを認められて、やつを頼りにしている人々がたくさんいるというのなら―――その人達のために最善を尽くすのが本望というもの。ヴァイキング流剣術を修めるパイレーツ家に生まれた者の本懐でもある」
「…………」
ハンザの言葉に、一度は反対しかけたコルセアも黙らざるを得ない。
そもそも最高師範であるハンザの言葉や決定は絶対だが、それを抜きにしてもハンザの論はコルセアも大いに納得するものだった。
ハンザはレオニスの方に向き直り、ガバッ!と頭を下げた。
「レオニス君。遠い地で力になれぬ我等の代わりに、これからもバッカニアのことをよろしく頼む」
「おいおい、ハンザ、そんな頭なんて下げないでくれ。ハンザに言われずとも、バッカニア達は俺の大事な仲間だ」
レオニスが慌ててハンザの肩に手を置いて宥める。
深々と下げた頭を上げたハンザは、レオニスに言われた通り頭を上げて真っ直ぐレオニスを見つめる。
「そう言ってもらえて本当に嬉しい。あいつは言動も軽いし、髪も染めててチャラチャラした軽薄な男だと思われがちだが……芯はしっかりしてて、心根の優しいやつなんだ」
「もちろん俺だって知ってるとも。あいつ、いっつも俺に対して失敬なことばかり言うが、根は良いやつだよな!……って、あいつ、毛ぇ染めてたんか……」
「そう、バッカニアは良いやつなんだ!……って、レオニス君に失敬な口ばかりきいてるのか……それはすまん……」
レオニスはバッカニアが髪を染めていたということに驚き、ハンザはバッカニアがレオニスに失敬な軽口ばかり叩いていることに驚きボソリと謝る。
バッカニアの髪は黒々としたロン毛だが、言われてみれば確かにハンザもコルセアも見事な赤毛で黒髪要素はどこにもない。
レオニスとしては母親譲りの髪色だとばかり思っていたが、実は全くそんなことはなかったようだ。
「……ま、バッカニアが失敬なのは今に始まったことじゃないさ。むしろあいつが真面目なことしか話さなくなったら、そっちの方が心配するわ」
「そう言ってもらえると助かる……あれの軽口は小さい頃からだから、もう治らんものだと思ってくれた方がありがたい」
レオニスとハンザ、二人してバッカニアの軽さを認める。なかなかに酷い言われようである。
これだけたくさんの噂をすれば、きっと今頃バッカニアも盛大なくしゃみを連発していることだろう。
もしかしたら、ウスワイヤの定期便の切符売り場でくしゃみの十回も連発した後に「ぁー……氷の洞窟に出かけたせいで、今頃夏風邪引いたかな?」とか呟きながら鼻水を啜っているかもしれない。
そんなことを想像したら、レオニスもハンザも次第に笑いが込み上げてきた。
「クックック……ま、そんな訳で、バッカニアはラグナロッツァでは人気者だから、あんま心配すんな」
「プクク……承知した……クククッ……」
「「アーッハッハッハッハ!」」
笑いを堪えきれず、大笑いするレオニスとハンザ。
二人の会話を静かに聞いていた周りの者達も、ククク……と笑いを噛み殺すのに必死だった。
前話から引き続き、ヴァイキング道場でのあれやこれやです。
コルセアやハンザに続き、師範代五人や名前だけの次男坊三男坊まで出てきて新キャラ名を続々と出す羽目に…( ̄ω ̄)…
まぁコルセアやハンザ、次男坊三男坊はもしかしたらこの先も出てくるかもしれませんが、さすがに師範代五人は立ち位置が遠いので出てくるのは今回限りかなー……と思いつつ、レオニスとも顔馴染みなので名無しのモブAモブB扱いする訳にもいかず。
一番最初に出てきたバッカニア、この名前自体が海賊由来なので、バッカニアの家族や周辺人物も全て海賊関連にしちゃえ!ということで、Wikipedia先生の『海賊』に関する記述から有名な海賊や出没海域など名称を拝借しました。
前話から出ている名字の『パイレーツ』からしてまんま海賊ですしね(´^ω^`)
ちなみに前半の方のムニンとトリスのお茶風景。
鳥類って基本的に水をゴクゴクと飲むことはできないらしいですが、ハト他数種類の鳥は特殊というか例外で、下を向いたままポンプのように水を吸い上げてゴクゴクと水を飲むことができるんですって。
こうした飲み方をできる鳥は稀で、ハト類以外にはサケイ類とごく少数のカエデチョウ類・ノガン類が知られている程度、なのだそうです。
作者はまた一つ賢くなった!(º∀º) ←無駄知識追加




