第765話 ホドの街一番の剣術道場
冒険者ギルドホド支部を出たライト達。
まずはクレヒオススメのホド遺跡博物館に行くことにした。
クレヒがくれた観光マップを見ると、ホド支部から十分ほど歩いたところに博物館があるようだ。
ホド遺跡博物館に向かってのんびりと歩いていると、その道の右側に塀が長く続いていることにふとライトは気づく。
左側に並ぶ普通の小さな民家などと比べると、明らかにその規模が段違いである。
それはまるでラグナロッツァの貴族街の邸宅や、あるいはプロステスのウォーベック家のような領主邸を思わせる作りだった。
「ねぇ、レオ兄ちゃん。この塀の向こうには大きなおうち?がありそうだね。領主様とか貴族のおうちかなぁ?」
「ン? ああー……ここはヴァイキング道場、バッカニアの実家だ」
「えッ!? そなの!?」
何気なく問うた答えが、まさか『バッカニアの実家』だとは夢にも思わなかったライト、思いっきりびっくりしている。
確かに言われてみれば、道場というのは広大な敷地に稽古のための大きな建物があるイメージである。
特にバッカニアの実家はホドで一番の剣術道場で、門下生もたくさんいるという。
意識して耳を澄ませば、塀の向こうから「やぁー!」「とぅッ!」という気合いの入った掛け声がうっすらと聞こえてくるのが分かる。
この塀の向こう側に大規模な道場があるというのは、どうやら間違いない事実のようだ。
「あー、通りがかったついでと言っちゃ何だが、せっかくだから少し立ち寄ってみるか」
「レオ兄ちゃん、バッカニアさんの実家の人達のことも知ってるの?」
「そりゃあな? ヴァイキング流剣術といえば、アクシーディア公国内でも三本指に入る超有名な剣術だしな。俺も何度か門下生の対戦相手として、ヴァイキング道場から招聘を受けたこともあるし」
「そそそそうなんだ……バッカニアさんのおうちって、実はかなりすごいおうちだったんだね……」
「まぁな。あいつ、ああ見えて結構いいとこの坊っちゃんなんだぜ」
レオニスの話に、ライトは始終驚かされっぱなしである。
世界最強の現役冒険者であるレオニスを、己達の稽古のために招聘するとはなかなかできることではない。
もちろんそこには、レオニスとバッカニアが旧知の仲という事情もあるだろう。だがしかし、それを抜きにしてもヴァイキング道場が街一番の剣術道場であるというのは伊達ではないようだ。
塀の終わりの角を曲がり、さらに先に進んだ先に門扉らしきものが見える。
ライト達は道場の正門を潜り、敷地の中にどんどん入っていく。
すると、三人の門下生らしき集団がレオニス達の姿を見て駆け寄ってきた。
「こんにちは。こちらにはどのような要件でいらしたのですか?」
「道場への加入希望なら、あちらの事務室にて受け付けておりますが」
「……というか、まさかとは思いますが……道場破りじゃないですよね……?」
表向きは穏便な態度で初見者に対応する門下生達。全員男性で、見たところ十代後半くらいか。
問答無用で見下したり、突っかかってくることがないだけちゃんとした教育を受けていることが窺える。
しかし、門下生達はライト達のことをほんのりと疑っているらしい。
彼らの視線は、レオニスの背負う大剣にチラッ、チラッ、と向けられていた。
「あー、こんななりをしてたらな、そりゃ道場破りと思われても仕方ないか。でも安心してくれ、俺は道場破りに来た訳じゃないから」
「でしたら、入門希望ですか?」
「いや、入門しに来た訳でもない。この道場には何度か来たことがあるんでな、久しぶりにホドの街に立ち寄ったついでにここにも寄ってみたんだ。道場主のハンザや跡取り息子のコルセアは元気か?」
「「「…………ッ!!」」」
レオニスの口からヴァイキング道場の道場主や跡取り息子の名が出てきたことに、門下生達の顔は驚愕に染まる。
道場破りでないとしたら、入門希望者か?と思ったら、何と道場主一族の知り合いとはびっくり仰天である。
するとそこに、門下生達のはるか後ろにあった道場から出てきた一人が、来客の存在に気づき近寄ってきた。
「お前達、どうしたんだ?」
「……ぁッ、コルセア師範!」
「こちらの方々が、師匠や師範にお会いしたいと……」
「少し話した限りですと、道場破りではないようですが……」
どう対処していいものやら分からない門下生達が振り返り、タイミング良く現れた人物コルセアに縋るような目で見ながら口々に解説する。
街一番の道場で、アクシーディア公国でも三本指に入るというくらいの道場ならば、道場破りが押し入ってくることも日常茶飯事なのだろう。
門下生の三人も、そうした不心得者に対しての心構えは持っていても、実践となるとなかなか難しいようだ。
遠目からでは来客の姿がよく見えていなかったコルセアが、門下生達の向こうにいるレオニスを見て瞬時に破顔する。
「……ン? ……おお、レオニス殿ではないですか!」
「よう、コルセア、久しぶりだな。元気そうで何よりだ」
「本当にご無沙汰しております!レオニス殿もご壮健そうで何よりですな!」
「いやいや、コルセアも師範になったんだな、すげーじゃねぇか!」
レオニスの前まで小走りで駆け寄り、嬉しそうに話しかけるコルセア。
鮮やかな本紫色の瞳に、背中まである真っ直ぐかつ艶やかな赤毛をうなじで一つに縛る姿は、袴スタイルの道着と相まってとても凛々しい。
身長はレオニスより少し低いくらいだが、道着の胸元からチラリと見える肌からは鍛え抜かれた筋肉美が漂う。見た感じ年齢は三十手前くらいか。
顔つきはバッカニアとかなり似ていて、彼らが血の繋がった実の兄弟であることが一目見て分かるくらいにそっくりだ。
門下生から『コルセア師範』と呼ばれたこの人物こそ、バッカニアの実兄にしてヴァイキング道場の跡取り長男であるコルセア・パイレーツであった。
「ささ、こんなところで立ち話も何です、どうぞ本館の方にお越しください」
「ぃゃぃゃ、お前達まだ稽古中なんだろ? コルセアの元気そうな顔を見れただけで、俺は十分だから」
「そんなことを仰らずに!レオニス殿をこのまま返したと父が知れば、それこそ後で私が大目玉を食らってしまいます!」
「……ぁー、それもそうか……」
道場の向こうにある本館に案内しようとするコルセアに、レオニスが遠慮がちにそのまま帰ろうとする。
だが、逆にコルセアはますますレオニスを強く引き留める。
確かに彼の言い分も尤もなものだ。道場主のハンザもレオニスとは旧知の仲であり、ハンザに会わずにこのまま帰ったらコルセアが父親のハンザに特大の雷を落とされるであろう。
そのことはレオニスにも容易に想像できた。
レオニスが頭の中で『コルセアがハンザに怒られているところ』を想像している間に、コルセアが門下生三人に向かってテキパキと指示を与えている。
「お前達!本館におられるハンザ師に『レオニス殿が訪ねてこられた』とすぐにお知らせしろ!」
「「「はいッ!」」」
「ハンザ師だけでなく、他の師範代達にもすぐに応接室に集まるように伝えろ!お客様三人分にお連れの文鳥二羽の分、全部で五人分のお茶とお茶菓子を用意するのも忘れずにな!」
「「「はいぃぃぃぃッ!!」」」
コルセアに指示を受けた門下生三人が、奥にあるという本館に向かって慌てて駆け出す。
レオニスやライト、ラウルだけでなく、彼らの肩に留まっていたムニンとトリスのお茶とお茶菓子まで出すよう指示を出したコルセア。何気に洞察力の鋭い人物である。
しかし、文鳥向けのお茶やお茶菓子とは一体何であろうか。全く想像もつかないのだが、このヴァイキング道場には動物や鳥類向けのおやつでも常備しているのだろうか?
「稽古中に邪魔してすまんな」
「いえいえ、これしきのことで我等の剣技が錆びたり衰えたりするものではございませんし。むしろ小休憩として喜ぶ者の方が多いでしょう」
「そっか、それもそうだな。せっかくだからハンザの顔も拝んでいくとするか」
「是非ともそうしてください。ハンザ師―――いえ、父も喜ぶと思います。さぁ、本館に参りましょう」
レオニスが寄り道していくことを承諾したことに、コルセアが嬉しそうな笑顔になる。
ライト達はコルセアに案内されて、ヴァイキング道場本館に向かっていった。
ホド遺跡博物館に行く前に、ちょいと寄り道です。
バッカニアの実家の道場、その名も『ヴァイキング道場』!!……って、何か響きがほんのりとダサい気がする…( ̄ω ̄)…
でもって、剣術道場ということで道着は剣道着寄りの袴スタイルにしましたが。西洋風の道場着ってイマイチよく分からんのですよねぇ。
西洋剣術というと、浅学な作者にはフェンシングくらいしか思い浮かばんのですが。きっと他にも様々なスタイルがあるんでしょうね( ´ω` )




