第750話 カタポレンの森の異名
その後しばらくライト達は、ユグドラエルと和やかに会話を交わした。
皆でユグドラエルの根元に座り、各々寛いでいる。
世界最古の天空樹の根元に直接腰を下ろし、言葉を交わす―――これほど贅沢なこともそうそうない。
ちなみにドライアド達はラウルにまとわりついて、マカロンをおねだりしている。
ラウルはラウルで、先日氷の洞窟で手に入れた氷をユグドラエルにデザートとして出したりしていて何かと忙しそうだ。
万能執事とは、天空島の面々を喜ばせる接待役をも一身に担っているのである。
レオニスが、ユグドラエルを見上げながら話しかける。
「本当はこの天空島のエルちゃんのように、ツィちゃんとこにもドライアドがいてくれたらいいと思うんだが……地上のドライアド達に移住を頼んだりとかできんかな?」
『そうですねぇ……ツィやシアのいるあの森は、少々特殊というか何というか……木の精霊達にとって好まれる場所ではないのです』
「そうなのか?」
以前レオニスは、ユグドラツィの防衛策として「そのうち地上に住むドライアドでも見つけて、移住話を持ちかけようか、とも考えてはいるんだがな」と語っていたことがあった。
その実現のためにユグドラエルに相談してみたのだが、何とあのカタポレンの森はドライアドに好かれない場所だというではないか。
初めて聞く話に、レオニスは驚きながらユグドラエルに問い返した。
「確かにカタポレンの森には魔物も多くて危険な場所だが、その分魔力は豊富っつーか腐るほどあるよな? それでもダメなのか?」
『あの森に満ちる魔力は、木々が本来持つ魔力とは完全に異なるものなのです。その違いの原因が何なのかは、私にも分かりませんが……あの森が『魔の森』という異名を持つのも、決して比喩や誇張ではないのです』
「つまり、カタポレンの森の魔力自体がドライアドに合わない……ということか?」
『そういうことになりますね』
「ああ……道理でカタポレンにはドライアドが全くいない訳だ……」
はぁー……と深いため息をつきながら、レオニスがガックリと項垂れる。
レオニスは長年カタポレンの森に住んできたが、森の中で一度もドライアドに遭遇したことがない。
森という木々の楽園にも等しい場所なのに、何故ドライアドが全くいないんだろう?と不思議に思ったことも何度かある。その答えを、まさか今日得られるとは考えてもいなかった。
しかもそれが『カタポレンの森の魔力がドライアドに合わないから』だとは、夢にも思わなかったレオニス。真下に俯きながらぶつくさ呟き始める。
「くッそー、そしたらカタポレンの森の外に住む地上のドライアドに移住してもらうのは無理か……」
『ツィ自体は光属性を持っているし、ツィの張る結界内だけで言えばおそらくドライアド達にとっても居心地は悪くないだろう、と思うのですが……』
「ああ、分かってる。ツィちゃんの結界内でしか心地良く生きられないってんなら論外だ。そんなもん籠の鳥にしかならん……いくらツィちゃんのためといっても、そのためにドライアド達にそんな不自由な生き方はさせたくない」
『そうですね……私もそう思います』
頭をガリガリと掻きながら、苦渋の表情を浮かべるレオニス。
人族もカタポレンの森の魔力は基本的に合わないが、まさか精霊までそうだったとは完全に予想外である。
そしてそうと知ったからには、レオニスもドライアドの移住は諦めざるを得ない。
如何に大事な親友であるユグドラツィのためとはいえ、ドライアドに不自由を強いるのは本意ではない。
そしてそれはユグドラエルも同じ気持ちのようで、妹のために他者の自由を犠牲にするのは間違いだと思っているようだ。
『というか、ドライアドどころかもとからあの森の中に住む者でなければ無理だと思いますよ。兎にも角にも、まずはあの森の魔力に慣れ親しんだ者というのが絶対条件となるでしょう』
「うーーーん……カタポレンに住む種族の中に、八咫烏くらい知性と理性がある種族が他にもいればいいんだが……銀碧狼……はダメだろうなぁ、あいつらの住処は基本寒冷地だしそもそも群れることもないし……」
『そう考えると、シアのもとに八咫烏の里があるというのは、非常に稀にして幸運なことですね』
項垂れた頭を抱えつつ、あれこれ考えるもすぐには良い案が浮かばないレオニス。カタポレンの森に住む種族で、善良かつ里を形成するような知性と理性があるものは存外少ない。
オーガやナヌスは既に自分達の里を形成しているし、いくらレオニスが考えても他に移住に適していそうな種族も思い浮かばなかった。
そう、ユグドラエルが言うように、ユグドラシアのお膝元に八咫烏達が里を形成しているのは実はかなり奇跡的なことなのだ。
「……しゃあない、やっぱり強力な結界を用いる方向で考えるか」
「そうだねー。今度またナヌスの人達に相談してみよっかー」
「ああ、ナヌスは結界作りの達人だからな。きっと良い案を出してくれるだろう」
「そしたらまたお土産を持って、皆でナヌスの里を訪ねようね!」
「あッ、ツィちゃんの結界の相談なら俺もついて行くぞ!」
「うん、ラウルもいっしょに行こうねー」
「僕も休日に素材集めとか協力したいです!」
「うん、マキシ君もいっしょに素材集めしようね!」
ユグドラツィを中心に、何らかの種族が里を形成して守護を担うという計画をすっぱり諦めたレオニス。もう一つの方法である『より強力な結界を新設する』という方向に舵を切ったようである。
ライトもレオニスに賛同し、ナヌスの里を訪問する気満々だ。
その会話に、ラウルも慌てて加わってきた。ラウルの肩や頭にはドライアド達がまとわりついていて、幼女まみれである。
もちろんマキシだって黙ってはいない。アイギスが休みの日に素材採取を手伝う気満々である。
常にユグドラツィのことを考え、最善を尽くすライト達にユグドラエルが礼を言う。
『皆、我が妹のためにそこまで心を砕いてくれて……本当にありがとう……』
「いや何、ツィちゃんは俺達の大事な親友だからな。それに、カタポレンの森に住む者同士ということもある。だからエルちゃんが気にすることはない」
「そうですよ!ツィちゃんが二度とあんな酷い目に遭わないためにも、ぼく達にできることなら何でもします!」
『そう言ってもらえると、私も救われます……』
風もないのにユグドラエルの枝葉が揺れ、辺り一帯にさらさらと心地良い葉擦れの音が響く。
ライト達の心意気に、ユグドラエルも喜んでいるようだ。
するとここで、レオニスが徐に立ち上がった。
「……さて、名残惜しいがそろそろ次のところに行かなくちゃな」
『あら、もう帰るのですか?』
「いや、これから皆で今度はシアちゃんのところに行くんだ。マキシの里帰りと、こないだの襲撃事件の援軍の礼も兼ねて八咫烏の里に向かおうと思っててな」
『まぁ、シアのもとに向かうのですね!きっとシアも、貴方達の訪問を喜ぶことでしょう』
「だといいがな」
レオニスが立ち上がったので、ライトやラウル、マキシも立ち上がった。
ライトは右肩に乗っていたウィカに、ラウルは身体のあちこちにへばりついているドライアドに声をかける。
「ウィカ、ドライアドの泉から八咫烏の里のモクヨーク池までの移動、よろしくね」
『はーい♪』
「さ、ドライアド達も俺達といっしょに泉に戻るぞ。今日も泉を使わせてもらうが、よろしくな」
『『『うん!』』』
全員ユグドラエルの根元からヒョイ、と飛び降り、横一列に並んでユグドラエルを見上げる。
「エルちゃんも元気そうで良かった。また会いに来るよ」
『ええ、貴方達ならいつでも大歓迎ですよ』
「さようなら、エルちゃんもお元気で!」
『また会える日を楽しみにしてますよ』
『エルちゃん様、また来まーす!』
『ドライアドの皆も、いつでもいらっしゃい』
レオニスがライトをおんぶし、マキシは八咫烏の姿に戻る。
ドライアドの泉がある島に飛び立っていったライト達を、ユグドラエルはいつまでも見送っていた。
ユグドラツィの防衛策に関する話し合いです。
その中で、ユグドラツィがずっと一柱で過ごしてきた理由が判明。
カタポレンの森が『魔の森』と呼ばれているのは世界共通にして、伊達ではないのです。




