第742話 レベルリセットと探索の同行
皆でラウル特製の美味しいスイーツを食べながらのお茶会。和やかかつ話も自然と弾む。
『無事天空島に辿り着けたのですね!良かったぁー』
「うん、閃光草も無事採取できたよ。行く時に竜の女王様の背中に乗せてもらったんだけど、すっごく景色が良かった!」
『パパ様、今度は僕の背中に乗って行きましょう!』
「そうだね、そしたら天空樹や天空神殿、雷光神殿のある天空諸島以外の天空島を探してみよっか!」
まずは夏休み初日に出かけた天空島の土産話から始めたライト。
天空島に行く前に、ライトはクエストイベントのお題である閃光草入手のためにミーナやルディにも捜索協力を求めていた。
今回はレオニスの尽力により、シュマルリ山脈に住むドラゴン族の女王、白銀の君の協力を得られたことで念願の天空島行きが叶った。
そのおかげで、クエストイベントに必要な閃光草も十分に手に入れることができた。
だが、ライトが持つBCO知識でいけば、天空島は他にも存在する。
それは、邪竜に占拠されたという別の航路の天空島が存在することからも確実だ。
それに、BCOでも天空島の冒険エリアは第一フィールドから第三フィールドまであった。つまり、少なくとも三ヶ所以上は上陸可能な天空島が存在するはずなのである。
ライトとしては、天空樹ユグドラエルや光の女王、雷の女王のいる天空諸島以外の天空島フィールドも解放したいところだ。
そちらはドライアドの里にある泉から行き来することが可能になった。故にそれ以外の場所、ライトだけが知る秘密の隠れ家的な別の天空島を探し出したいのだ。
そして、天空島以外の土産話も続けて披露していく。
エリトナ山での死霊兵団の残骸の片付けや守護神ガンヅェラ、プロステスで海樹やディープシーサーペントに会ったこと、プロステスの炎の洞窟にも新たな守護神が生まれたこと等々。
中でも皆神樹襲撃事件には強い衝撃を受けていて、ミーナなどは憤慨すらしていた。
『まぁ……カタポレンの森の一角で、そのようなことが起きていたとは……』
『何もしていない心優しい神樹を襲うだなんて、何という極悪非道な輩共でしょう!そんな悪人どもは、いつかこの私が成敗してみせます!』
『ミーナ姉様、その時は僕もお供にお連れください!』
プンスコと怒り心頭のミーナに、同じくフンスと鼻息も荒くミーナに同調するルディ。
いつか廃都の魔城に乗り込む時に、本当にミーナやルディを連れていけるかどうかは分からない。だが、その心意気がライトには嬉しかった。
「うん、皆もいつかぼくといっしょに旅に出ようね!」
『『はい!』』
「ミーアさんも、いろいろと試してみましょうね!」
『私も、ですか……?』
いつものように他人事と聞いていたミーア。彼女こそこの転職神殿にガッチガチに縛られていて、移動の自由など微塵もないからだ。
そこにライトから突然誘いの声をかけられて、明らかに戸惑っているのが分かる。
「水の女王様や火の女王様も、何かしら制約があるとはいえ神殿の外に出かけることができたんです。そしたらミーアさんだって、少しくらい外の世界に出ることが可能かもしれないじゃないですか?」
『そ、それは……そうですが……』
「あ、もちろん絶対に出られるなんて保証はないですし、もしかしたら期待させるだけさせて糠喜び、なんてこともあるかもしれませんが……」
ただただ戸惑うばかりのミーアに、ライトも慎重に言葉を選びながら話しかける。
そう、確かにライトはこのサイサクス世界の様々なことを知っている。だがそれは所詮プレイヤー側の知識止まりであって、決して創造神の如き絶大な力を持っている訳ではない。
故に、ミーアを糠喜びさせてしまうだけで終わってしまう可能性も孕んでいた。
そんなライトの様子を見ていくうちに、ミーアの表情も次第に穏やかになっていった。
『……そうですね。ライトさんの言う通り、結局私はこの世界が終わるその時までここから一歩も動けないままかもしれません』
「ですよね……」
『でも、私の身を案じてくださるそのお気持ちが、私にとっては何より嬉しいです。それに……』
「……それに?」
ミーアの言葉がふと途切れる。
伏し目がちなミーアの顔を、ライトが心配そうに覗き込んだ。
『転職神殿の専属NPCである私に、『転職神殿の外に出よう!』なんて誘ってくださる方は、今まで一度もいませんでしたから……』
「…………!!」
『そんな私に、ここまで気遣ってくださる―――それだけで私にとってはとてもありがたく、この上ない幸せなことなのです』
「…………」
ミーアの言葉に、今度はライトが息を呑み絶句する。
それは、かつてBCOで遊ぶ側だったライト自身もそうだった、と痛烈に感じたことだった。
そもそもミーアには『ミーア』という個人名などなく、ゲーム画面には常に『神殿の巫女』としか表示されなかった。
本当にミーアは名も無きNPCだったのだ。
しかし、このサイサクス世界では『ミーア』という名があることを知った。それは、鮮緑と紅緋の渾沌魔女ヴァレリアからもたらされた情報の一つである。
ある意味ライトはヴァレリアから『ミーアはただのNPCではない』『転職神殿の巫女という役割を担っているが、彼女もまた意思ある者の一人なのだ』ということを教えてもらったようなものだった。
そんなことをつらつらと考えるライト、ふとヴァレリアのことが気になってミーアに問うた。
「……そういえば、ヴァレリアさんはあれからここに来てますか?」
『ええ、あの後ふらりと一回お越しになりましたね』
「ヴァレリアさんは、いつも何をしにここに来るんですか?」
『特に何をしに来るという訳ではなく……いつも突然現れては私と他愛もない会話をしていくくらいですが……』
ライトが前回ヴァレリアに会ったのは、【求道者】の光系四次職【神霊術師】をマスターした時。今から三ヶ月ほど前のことである。
ヴァレリアの名を聞くのは、ここ転職神殿とツェリザークのルティエンス商会くらいのものだが、その神出鬼没ぶりと知識の深さはいつもライトを驚かせる。
ヴァレリアさんって、いつもはどこにいて何をしてるんだろう?
ライトは気になって仕方がないのだが、質問したところで答えてなどくれないだろう。
ヴァレリアは、ライトの正体を知る数少ない者の一人。親身に協力しているように見えて、腹の中が全く読めない底知れなさが常にある。
彼女の持つ異名『鮮緑と紅緋の渾沌魔女』―――明るい笑顔の裏に隠された彼女の真の顔を、ライトはまだ一欠片も知らないのだ。
でも……ヴァレリアさんともいつかもっと仲良くなれるといいな……そうだ、今度会ったらミーアさんが転職神殿から外出できるか聞いてみよう!……って、まさかこれも四次職マスターのご褒美の質問権と見做されたりしないよね?
『ミーアさんがお出かけできるかどうか問題』が、世界の謎として扱われる訳ないとは思うけど……よし、次回ヴァレリアさんに会って質問権を行使した後にちょろっとだけ聞いてみよう……
ライトがしばし考え事をしていると、今度はミーアがライトに問うた。
『ヴァレリアさんと言えば、ライトさんが四次職マスターすればまた私達の前に現れるはずですが……ライトさんの職業習熟度の方はどうですか?』
「あ、それがですね。夏休みの間なかなか時間が取れなくて、あまり進んでなかったんですが……さっき話した神樹襲撃事件の時に、回復スキルのフルキュアを使いまくったおかげで【聖祈祷師】が★7まで進みまして」
『まぁ、それは怪我の功名というものですね!……なんて、そんなこと言うと、災難に遭われた神樹さんには大変申し訳ないのですが……』
ライトの職業習熟度上げが進んだことに、喜びを示しつつもユグドラツィへの配慮を欠かさないミーア。
「はい。なので今日は、レベルリセットしてまた習熟度上げに励もうかと」
『では早速レベルリセットなさいますか?』
「はい!よろしくお願いします!」
日もだいぶ高くなり、そろそろお昼の時間になってきた。
ここら辺で本日の目的の一つ、咆哮樹の柴刈りのための下準備としてレベルリセットを行うことにした。
いつものように祭壇に向かい、ミーアが祈りを捧げると転職の儀式が始まる。
転職の儀式といっても、今就いている【聖祈祷師】に戻るだけだ。
まずは今のレベルや職業データを全部リセットし、それから一次職の【僧侶】になり、二次職光系【治癒師】、三次職光系【阿闍梨】を経て四次職の【聖祈祷師】になるのだ。
そうすれば、四次職を持つレベル1プレイヤーの出来上がりである。
「ミーアさん、いつもありがとうございます!」
『いいえ、これが私の仕事ですから。それよりも、ライトさんもまた一日も早く四次職マスターできるといいですね』
「はい!今からまた魔物狩り頑張ります!」
無事レベルリセットを終えたライトが、ミーアに礼を言う。
するとここで、転職の儀式をおとなしく見ていたミーナがライトに声をかけた。
『主様、今から魔物狩りに行かれるのですか?』
「うん、この神殿の近くに咆哮樹というモンスターがいてね。そいつはコズミックエーテルを作る材料の一つなんだ」
『そしたら主様、その魔物狩りに私もついていっていいですか?』
「え? ミーナも魔物狩りをしたいの?」
ミーナからの意外な申し出に、ライトがびっくりしながら聞き返す。
もともとBCOの使い魔は、冒険や戦闘などとは全く無縁のものである。使い魔の主な任務はアイテム探索で、それ以外のことは何もできないし何もさせられないのがBCOでの常識だ。
故に、使い魔のミーナがライトの行う魔物狩りに興味を示すこと自体が意外なことだった。
『ンーとですねぇ、魔物狩りをしたいというより、主様がどのようにして魔物狩りをなさるのかを見学したいのです』
「そうなの? ……まぁ、ミーナもこの神殿の周辺で魔物に出食わすこともあるかもしれないしね。いいよ、じゃあいっしょに行こう」
『ありがとうございます!』
後学のために魔物狩りを見学したい、というミーナの言い分に納得したライト。
お使いに出た際にどのような探索の仕方をしているのかは分からないが、それでもこの近辺を散策する際に魔物に遭遇することもあるだろう。
この辺りにどんな魔物がいるか、把握しておいて損はないはず―――そう考えたライトは、ミーナの要望通り同行OKを出した。
すると、そこにルディも話に加わってきた。
『パパ様、そしたら僕も姉様といっしょに見学したいです!』
「え、ルディまで?」
『はい!僕も姉様や主様を守れるように、頑張って強くなりたいです!』
「ンーーー……そういうことなら、まぁいいか……」
『ありがとうございます!』
ルディの熱意に押される形でライトがOKを出す。
だが、これは魔物狩りに行くのであって決して遠足やピクニックに行くのではない。
なので、ライトはミーナとルディに注意事項を伝える。
「ここら辺には強くて危険な魔物はあまりいないけど、それでも世の中絶対なんてことはないからね。危険だと思ったらすぐに逃げるし、無理に戦おうとしないこと。いいね?」
『『はい!』』
「まぁ、二人は普通に空高く飛べるから大丈夫だと思うけど……ぼくが何か指示を出したら絶対にそれを守ってね?」
『『はい!』』
威勢よく返事をするミーナとルディ。
ライトはミーアの方に身体を向き直し、声をかけた。
「ミーアさん、そんな訳でこれからミーナとルディといっしょに魔物狩りしてきます」
『はい、お気をつけていってきてくださいね。ミーナ、ルディ、ライトさんの言うことをよく聞くんですよ』
『もちろんです!主様のお言葉は絶対です!』
『僕もパパ様の言うことに絶対に従います!パパ様、せっかくですから僕の背中に乗ってください!姉様も良ければパパ様といっしょにどうぞ♪』
ミーアに出かける挨拶をしていたら、ルディがライトとミーアに自分の背に乗るよう提案してきた。
ライトが竜の女王、白銀の君の背中に乗って天空島に行ったという話を聞いて対抗心を燃やしたのだろうか?
そんなルディの提案に、姉であるミーナは嬉々として話に乗る。
『え、ルディの背中に乗っていいの? ありがとう!』
「そ、そしたらぼくも、ルディに乗せてもらおうかな……」
『どうぞどうぞ♪』
既に地面に伏して二人が乗りやすい姿勢になっているルディに、ミーナがルンルン気分で速攻乗り込む。
ミーナも天使で飛べるのに、黄金龍であるルディの背に乗る気満々とはどういうことか。他者の背に乗るというのは、天使であっても魅力的なものなのだろうか。
自分で飛べるミーナですら大喜びでルディの背に乗るのを見て、ライトが抗えるはずもない。
ちゃちゃっとルディの背に乗ったミーナに続くように、ライトもルディの背に乗った。
二人を乗せたルディが、ふわりと宙に浮く。
ライトの後ろにミーナがいて、ライトが落ちないように支える二人乗り状態だ。
神殿周囲の木々より高く上がったところで、ライト達が真下で見守っているミーアに声をかけた。
「じゃ、いってきまーす!」
『『ミーアお姉様、いってきまーす!』』
『お気をつけていってらっしゃーい!』
手を振って見送るミーアに見守られながら、ライト達は魔物狩りに向かった。
あら? ライトの咆哮樹の柴刈りに、何故かミーナとルディまでついてくることに。
ぃゃ、何ででしょう、昨日の時点では全くそんな予定はなかったのですが…( ̄ω ̄)…
しかしまぁ、本来ならアイテム探索が本命で他のことは全くできない設定の使い魔達が、冒険や戦闘において戦力として数えられるかどうかの試金石にもなるからいいか……
というか、本当にうちの子達はかーちゃんの筆の方向を変える力が強過ぎる気がする。
本当に本当に、生命力溢れるキャラ達でございます(´^ω^`)




