第740話 美食と芸達者と腕自慢
オーガの里の宴は、それはもう賑やかだった。
宴の主役である黒妖狼のラニを囲みながら、大人も子供も楽しそうに飲み食いしている。
前回の結界運用開始を祝う宴の時には、串焼きと酒がほとんどだったが、今回はラウルの料理指導と食材提供により様々なご馳走が所狭しと並んでいる。
「おおお、このペリュトン唐揚げとかいうの、すんげー美味ぇな!」
「キュウリのスティックの味噌マヨ? すっごく簡単なのに美味しいよね!」
「ジャイアントホタテとトマトのマリネ、さっぱりしてていくらでも食べられるわ!」
どの料理も大好評で、みるみるうちに大皿が空になっていく。
飲み物も、前回は秘伝の酒各種と子供用の水くらいしかなかったが、今回は子供達が大好きなぬるぬるドリンク各種が用意されている。
ジュース代わりのぬるぬるドリンクは、子供達だけでなくあまりお酒が飲めない女性達にも好評だ。
オレンジ味の橙、リンゴ味の薄黄、ブドウ味の紫、ソーダ味の水色などなど、カラフルなぬるぬるドリンクもまた料理や酒と同じくすごい勢いで消費されていく。
飲み物や料理の給仕は、万能執事たるラウルの仕事だ。
テーブルの様子を常に見ていて、料理や飲み物が減ってきたら空間魔法陣から新しい皿を取り出して料理を補充する。
もちろんオーガのご婦人方数人もラウルのサポートについている。
空になった皿やカップをご婦人がこまめに下ろし、宴会場から少し離れた場所にあるテーブルに置いておく。
それら汚れた食器類は、ラウルが暇を見ては水魔法で綺麗に洗浄して風の魔石と魔法陣を用いて自動乾燥させていく。ここら辺は、かつてラウル vs フェネセンの激しいフードバトルの時に繰り広げられたのとほぼ同じ要領だ。
ただし、今回は中央広場という野外の宴会場なので、洗浄済みの食器類に追加の料理を盛る際には念の為浄化魔法をかけてから盛り付けている。
これら全てを恙無く行えるのは、ひとえに万能執事ラウルだからこそ成せる神業である。
途中、あまりにも忙しそうにしているラウルを見たライトが「ラウル、ぼくも手伝おうか?」と申し出たのだが。
ラウルに微笑みながら「心配すんな。ライトは宴に招かれた客人だし、せっかくだからオーガの子供達と仲良く遊んで楽しんでこい」と言われてしまった。
本当はラウルだって招待客だよね? ラウルももっと皆と楽しめばいいのに……と思うライト。
だが、料理を振る舞うラウルの実に生き生きとした表情に、ライトは思い直す。
そう、ラウルはただ単に料理を作るだけじゃなく、自分が作った美味しい料理で人々を笑顔にするのもまた大好きなのだ。
ラウル自身が給仕を楽しそうにしているのだから、それ以上ライトが口出しするのも野暮というものである。
宴が始まってからしばらくして、歌声が聞こえてきた。
それは先程ラキが宴の開始宣言の挨拶をした台のある場所から聞こえてくる。その歌声の主は、長老ニルだった。
演歌のこぶしを効かせたような独特の歌い方は、地声の渋さと相まって聞く者を魅了する。
「おお、ニル爺の歌声なんて初めて聞いたが……なかなかに上手いじゃねぇか」
「ああ、レオニスは知らなんだか? ニル爺はな、オーガの里きっての歌の名手でもあるんだ」
「へぇー、ニル爺って足が速いだけでなく歌も上手いんか。かなりの芸達者なんだな!」
ニルの歌声に、里の者達もやんややんやと囃したてる。
「よッ、ニル爺!」「ニルおじいちゃん、カッコいいー!」という声の中に「キャー!ニル様ステキー!」「ニル様最高ー!」という黄色い声援がちらほらと混じる。
今では白髪に立派な白い口髭と顎髭を蓄えたニルだが、その精悍な顔つきから若かりし頃はさぞかし美男子であっただろうことが窺える。
ニルが歌い終えて台から降りた次は、族長ラキの妻リーネが台の上に立ってその歌声を披露する。
透き通る高音と綺麗なビブラートを存分に響かせるリーネの歌声の、何と美しきことよ。
先程のニルに勝るとも劣らぬ魅惑的な美声に、今度は歓声一つ上がることなく静かになる。皆リーネの歌声にすっかり聞き惚れているのだ。
「おおお……リーネは弓の腕だけでなく歌の腕前も達人級とは……」
リーネの美声にレオニスが心底感心していると、リーネの伴侶であるラキもまた妻を誇らしげに見守っている。
レオニスの目から見ても、リーネはオーガ族一の美女に映る。そんなオーガ族一の美女リーネを見事射止めたラキは、やはり一族を束ねる長の器たる男である。
その他にも、空手に似たような演舞や瓦割りならぬ小岩割りなどの出し物がいくつも披露されていく。
飲めや歌えやで大盛り上がりの宴会場で、もう一つのビッグイベントが始まろうとしていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「では!ここに、第365回・オーガの里腕相撲頂上決戦を開催する!」
「「「うおおおおッ!!!」」」
長老ニルの腕相撲大会開催宣言に、里の男衆が雄叫びを上げる。
ニルの言う第365回というのが、果たして本当にその数字で正しいのかはさて置き。前回レオニスに敗北を喫したオーガの男達は、皆リベンジに燃えている。
まるで背後に業火の炎を背負うかの如き男衆の熱気。その視線は唯一点、レオニスに集中する。
「レオニス!今度こそ負けねぇからな!」
「おう、いくらでもかかってきやがれ」
オーガの男衆の意気込みに、レオニスが余裕綽々といった表情で受けて立つ。
するとそこに、ラウルが飛び入り参加してきた。
「ご主人様よ、試しに俺も参加していいか?」
「ン? ラウル、お前も腕相撲に参加すんの?」
「おう、たまにはこういう催し物に参加すんのも楽しそうだ、と思ってな」
「ラウルだって宴の招待客の一人なんだし、別に問題ないんじゃね? どうよ、ラキ?」
ラウルの飛び入り参加宣言に、レオニスがラキに向かって確認した。
すると、ラキは意外そうな顔をしながらもラウルに向かって答える。
「もちろんそれは構わんが……ラウル先生さえ良ければ、いくらでも参加してくだされ」
「ありがとう、ラキさん。一回で負けるかもしれんが、皆の胸を借りるつもりでやらせてもらうわ」
居並ぶオーガの男達の中に、人族一人と妖精一人が混ざる。
それは屈強な大人と子供が肩を並べているような、何とも異質な光景。
だがオーガ達も、人族だから、妖精だから、と侮ることは決してない。もとより彼らはレオニスの実力を嫌と言うほど知っているのだから。
ちなみに今回もレオニスは、ハンデとして身体能力強化魔法OKをもらった。
だが今回は『一回の対戦につき身体強化魔法一回まで』『重ねがけにならないよう、身体強化魔法が切れるまで次の対戦は待機』ということになった。
前回は回数制限無しだったのだが、そこでレオニスに優勝されてしまったため重ねがけ不可という制限ができたのだ。
くじ引きで対戦順を決め、各テーブルで熱い戦いが繰り広げられていく。
そうして準々決勝、準決勝と戦いは順調に進み、決勝に進んだ二者が中央広場の中央のテーブルで対峙する。
決勝に進んだのは、レオニスとニル。
ラキは準々決勝でレオニスと当たり惜しくも敗退、ラウルも同じく準々決勝でニルに当たり惜敗していた。
「ニル爺……今日こそ引導を渡してやるぞ!」
「角なしの鬼よ……我が角の前に平伏すが良い!」
レオニスとニル、二人の間に激しい落雷の如きバチバチとした火花が散る。
じりじりとした真夏の暑い空気が流れる最中、どこからかゴングが高らかに鳴り響いてきた、気がする。
盛大な鐘の音の幻聴のもと、両者の戦いの幕は切って落とされた。
そこから約五分もの間、両者の力は拮抗した。
両者とも勝負開始時から腕が動かず、双方ともに歯をギリギリと食いしばり睨み合う。額には玉のような汗が浮かび、頬を伝い顎から滴り落ちる。
この祝賀会に参加している全ての者達がレオニスとニルの勝負を見守り、双方頑張れ!と声援を送りながら野次を飛ばし囃したてる。
そうして五分ほどの拮抗の後、先にスタミナ切れになったのはニルの方だった。
「ッしゃーーー!今日も俺の勝ちーーー!イエーーーィ!」
「ぐぬぬぬぬ……またもや角なしの鬼に負けるとは……儂も年を取ったのぅ……」
「フッ……ニル爺、かつて俺に言ってくれたことをもう忘れたのか?『角なしの鬼を人族だと思うからいかんのだ』と、俺に教えてくれたのは、他ならぬニル爺だぞ?」
「……そうだな。ラキ、お前の言う通りだ。そもそもこれは普通の人族ではなかったわ」
ニルの腕を倒し机につけて優勝を決めた瞬間、破顔とともに右の拳を天高く掲げ雄叫びをあげるレオニス。ガッツポーズでWINNERの勝鬨を上げるレオニスの後ろで、ニルが思いっきり打ちひしがれている。
そんなニルの肩にラキがポン、と手を置きながら慰めの言葉をかけ、ニルもまたラキの言葉に納得していた。
なかなかに酷い言われようだが、風呂上がりの牛乳よろしく腰に手を当て勝利の祝杯をぐい飲みするご機嫌なレオニスには全く聞こえていないことだけは幸いか。
「いやー、レオニス君って本当に強いわねぇ。さすがは前回の腕相撲大会優勝者なだけのことはあるわ」
「うん、でもラウル先生も強かったね!」
「ぃゃぃゃ、オーガに腕相撲で勝つ妖精って一体何なんだよ……おかしくね?」
「しょうがないよ、ラウルは神樹族の加護を複数持ってるからね」
レオニスの強さに心底感嘆し称賛するリーネ、レオニスだけでなくラウルの実力をも認めるルゥ、目の前で起きたことが未だに信じられないジャン、そしてラウルの強さの秘訣を明かすライト。
この中で最も常識的な反応をしているのは、間違いなくジャンである。
レオニスの尋常でない強さを再度誇示した腕相撲大会だったが、優勝者であるレオニス本人が何よりも喜んでいるので良しとしよう。
今回のことでレオニスの人外度がまたも跳ね上がりしたような気がするが、多分気のせいではない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
楽しい時間というものはあっという間に過ぎるもので、昼の日の高いうちから始まったオーガの宴は日も傾いてきてそろそろお開きの時間が迫る。
今回の宴の主役である黒妖狼のラニを、自然とオーガの人々が囲んでいく。
ラニの右側にはルゥがいて、左側にはレンが寄り添っている。そしてその後ろにラキと寝ているロイを抱っこするリーネがいる。
族長一家の四番目の子として迎え入れられたラニは、もう立派なオーガの里の一員だった。
「ラキ、今日はオーガの宴に呼んでくれてありがとう」
「何の、楽しんでもらえたなら幸いだ」
「ラニ、だったか? お前もラキんちの子になれて良かったな」
「ワゥワゥ!」
親友ラキの新たな子、ラニの背中をそっと撫でるレオニス。
艶やかな黒い毛並みはとても美しく、ラキの家で日々大事にしてもらえていることがよく分かる。
また、初めて会ったレオニスに対しても人見知りすることなく、素直にその背を撫でられている。これは、ラニがオーガの里の中で数多の民達と触れてきたことの証でもあった。
レオニスに続き、ライトやラウルもラニに声をかける。
「ラニ、素敵な家族に迎え入れてもらうことができて、本当に良かったね!」
「ワフン!」
「これからもたくさん美味しいものを食べて、父ちゃん母ちゃん姉ちゃん兄ちゃんを守ってやれるくらいに大きく強くなれよ」
「アオーン!」
ライトやラウルの言葉に、ラニも嬉しそうに答える。
オーガの里の中で初めて生まれた異種族、黒妖狼。
人族であるレオニスやライト、妖精のラウルもまたオーガにとっては異種族であり、既に親交がある。
だが、レオニス達との親交とラニのそれは違う。たまに来るレオニス達との親交はあくまでも『外部の者』のままであり、オーガの里という共同体の中で一員、つまり『身内の者』として認められるのとは天地ほども差があるのだ。
嬉しそうに雄叫びを上げるラニの姿を、オーガの民達全員が優しい眼差しで見つめていた。
拙作の中では二回目の、オーガの里の宴です。
前回の宴に比べて、各種ご馳走が飛躍的にランクアップしています。
それはひとえにラウルの手腕のおかげなのですが、そのきっかけはライトがクエストイベントのアイテム欲しさに秘伝の酒をラキにおねだりしたのが始まりでした。
……って、そういやクエストイベント全然進められてないな…( ̄ω ̄)…
夏休みのボリュームが山盛り過ぎて、クエストイベントどころの話じゃなかったですしおすし_| ̄|●




