第74話 夏休み明けの風景
フレデリクとライトは階段を上り、2階のとある教室の前に着いた。
「初等部1年生の教室は、この2階にあるんだ。僕達の1年A組の教室は、ここね」
「他の棟やいろんな施設の案内は、また後日するからね」
「まずはいっしょに教室に入ろうか」
「はい、フレデリク先生」
教室の扉の前に立ち、小声で会話するライトとフレデリク。
扉の向こうの教室内からは、児童達の会話などのざわついた様子が伝わってくる。
大騒ぎというほどではないが、夏休み明けの初日ということもあってかなかなかに活気溢れる雰囲気だ。
フレデリクは教室の扉を開けて、教室の中に入っていく。ライトもフレデリクの後に続いて、教室に入る。
フレデリクが扉を開いた途端に、それまで賑やかだった教室が一瞬にして静かになる。
自分の机についていなかった児童は、慌てて自分の席に戻る。
フレデリクは教壇に立ち、話を始めた。
「皆、おはよう」
「「「おはようございます!」」」
フレデリクの挨拶に対し、児童達は元気良く一斉に挨拶を返す。
初等部1年生だというのに、なかなかに教育の行き届いた様子にライトは内心感心する。
「皆、夏休みは楽しく過ごせたかな?」
「今日はまず、君達の新しい仲間を紹介するよ。今日からこのラグーン学園初等部に入学した、ライト君だ」
「さ、ライト君。軽くでいいから自己紹介してね」
フレデリクに早々に紹介されたライトは、若干緊張した面持ちで教壇の横に立ち、挨拶を始めた。
「皆さん、初めまして。ぼくは、ライトといいます」
「今日から、このラグーン学園初等部に通うことになりました」
「不慣れなことも多いので、迷惑をかけてしまうこともあるかもしれませんが、仲良くしてくれると嬉しいです」
「皆さん、よろしくお願いします」
最後にペコリと頭を下げて、教室内にいる児童全員に向けて一礼した。
児童達は、ずっと静かに聞いていた。
ライトの挨拶が終わった後、フレデリクが再び話しだす。
「皆、ライト君と仲良くしてあげてね。さて、空いている席はどこかなー」
教室内を軽く見回したフレデリクは、窓側の一番後ろの席がひとつ空いていることに気がつく。
「ライト君、あすこの席が空いてるから、今学期はとりあえずあの席を使ってね」
「はい、分かりました」
フレデリクが指差した方向に進み、ライトは空席だった窓側一番後ろの席についた。
「さ、じゃあ今から夏休みの宿題を回収するよー。皆ちゃんとやってきたー?」
「「「はーい!」」」
「じゃあ、宿題は教室の後ろの箱にそれぞれ分けて入れてねー。提出書類は先生のいる教壇の方に持ってきてねー。」
児童達の元気な返事が、教室中に響き渡る。
おおー、夏休みの宿題かぁ、皆真面目にやってきてるようですごいなぁ、とライトはまたも感心させられる。
先生の呼びかけに応じ、児童達は教室の後ろにいくつか設置された箱の中に、該当するであろう提出物を各自入れていく。
提出物を入れた後は教室の前に移動し、教壇の上にプリント類を置いてから自分の席に戻る。
おおお、これはもう完璧な夏休み明けの風景だ!
ライトはかつて自分も経験したその風景に、懐かしさを超えて感動すら覚えた。
世界は違えど、夏休み明けの風景は変わらないものなのだ。
「さ、では渡すプリント類を配るから、前の席の子は取りにきてねー」
「全部のプリントが行き渡ったら、今日はもう終了だからねー」
フレデリク先生も1年A組の児童も、テキパキとなすべきことをサクサクと進めていく。
複数枚の紙の書類が全員に行き渡り、皆それぞれに各々の鞄に入れていく。
「じゃ、今日はこれで解散ね。皆、お疲れさまでした。さようならー」
「「「さようならー!」」」
フレデリク先生の号令で解散し、皆席を立ち始め帰りにつく。
その直後に、ライトのもとにフレデリクが来て声をかけた。
「じゃ、理事長室に行こうか」
「はい!」
二人は1年A組の教室を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ライトとフレデリクは、教室を出て再び理事長室に向かう。
理事長室の前に到着し、フレデリクが扉をノックしてから二人は入室した。
二人が入っていくと、理事長室の中ではオラシオンとレオニスが歓談していた。
「理事長、ご歓談のところを失礼いたします。本日の始業式他全て終了しましたので、ライト君を連れてまいりました」
「ああ、フレデリク先生、ご苦労さまです」
「お、ライト、終わったか」
フレデリクの報告に、オラシオンとレオニスがそれぞれに反応する。
レオニスは座っていたソファから立ち上がり、フレデリクの方に歩み寄った。
「フレデリク先生ですね。私はライトの保護者で、レオニスと申します。これからライトが世話になりますが、よろしくお願いいたします」
レオニスは軽く一礼してから、フレデリクに手を差し出した。
フレデリクは、突然のことに少しだけ狼狽える。
「あ、あの、国民的英雄のレオニスさん、ですよね」
「いや、そんな大層なもんじゃないですよ。今日はこの子の保護者として来ていますからね」
「お会いできて光栄です。僕は初等部1年A組の担任を担当しております、フレデリク・アイアランドです」
フレデリクは、少しだけワタワタしながら手を伸ばし、レオニスと握手を交わした。
フレデリクの挙動が、アイドルを目の当たりにしたファンのそれとほぼ同じで、ライトは微笑ましい思いで眺めていた。
「ま、うちのライトは賢くて優しくてとても良い子なんで、学園生活も難なく送れるかとは思いますが。ハハハッ」
「とはいえ、たまぁーに理解不能なこともしでかしたりしますのでね。もし何かありましたら、私に連絡いただければありがたいです」
レオニスがニカッと爽やかに笑いながら、いつものようにライト自慢をかます。
その一方で、ライトは思いっきり顔が引き攣る。
あーもうレオ兄ちゃんのバカぁー、こんなところでまで兄馬鹿全開しないでよー、恥ずかしいッ。
そんなライトの心の声が、壮絶な勢いでダダ漏れしている。
だが、ほんのり赤らめた頬は心底嫌がっている訳ではなく、照れている部分もあるようだ。
「さ、ライトの入学初日行事も無事終わったようだし、帰るか」
「うん!理事長先生、フレデリク先生、今日はありがとうございました」
「ライト君、レオニス卿、お疲れさまでした。これからの学園生活、より良いものとなるように頑張ってくださいね」
「ライト君、明日からよろしくね」
「はい!では、失礼します」
ライトは扉の前で、オラシオンとフレデリク二人に一礼してから退室した。
レオニスも会釈してから、ライトとともに退室する。
二人の退室を見送ったオラシオンとフレデリク。
オラシオンは特に表情を変えないが、フレデリクは肩の力が抜けたように小さなため息を漏らした。
「ふぅ……僕、あんな有名な方とお会いするのなんて初めてで、緊張しちゃいましたよ」
「そうですねぇ、一般人の方は冒険者とそう頻繁に関わることはありませんしねぇ」
「そういえば、理事長も昔は冒険者なさっていたんでしたっけ?」
オラシオンが元冒険者ということは、それなりに有名な話らしい。
特に隠すようなことでもないが、中には口さがない噂も立ったかもしれない。
「ええ、レオニス卿ほどの強さはありませんでしたが、それなりにやっていましたよ」
「そんな方が今では教育現場の長とは、何とも不思議なものですねぇ」
「そうですか?私は今のこの職も冒険者と同じくらい天職だと思っているのですが」
「あ、いえ、別に理事長に教職は合わないとか、そういうことでは……」
フレデリクは、慌てて言い募る。
そんなフレデリクを、オラシオンは優しい笑顔で見る。
「ええ、分かっていますよ。フレデリク先生は変な偏見など持つような先生でないことは、私もよく知っています」
「恐縮です……」
オラシオンに軽く往なされ、フレデリクは恐縮することしきりだ。
「それはそうと。ライト君、とても賢い子でしたねぇ」
「ええ、本当に。これからがとても楽しみな子です」
「フレデリク先生、ライト君は中途入学ということもありますし、よく見ててあげてくださいね」
「はい、クラスで馴染めるように見守っていきたいと思っています」
「私からもよろしくお願いしますね」
「はい」
オラシオンとフレデリクは、ちょうど仲良く並んで歩いているライトとレオニスの仲睦まじく帰る姿を理事長室の窓の外に見つけ、微笑ましく眺めていた。
長期休暇明けの提出物。あれも私にとっては鬼門でしたねぇ。
休暇中にこなさなければならない課題、夏休みならば自由研究や標語系ポスター、冬休みなら書き初め等々提出物が多くて何かしら出し忘れちゃうんですよ。
学生卒業して社会人となった今ならば『前の日に全部鞄に入れるなりして、きっちり用意しとけよこのド阿呆め』とか思うんですが。
何であの当時はできなかったんでしょうねぇ?我ながら不思議でなりません。




