第736話 さらなる高みを目指して
「はーーー、食った食ったぁー!ケプー」
「本場の氷蟹ってのは、すげー美味いもんなんだなぁ!」
「ぷりっぷりの身なのに、口の中に入れると雪のようにとろけて……超ハッピッピー♪」
バッカニア達三人が、お腹を擦りながら実に満足そうに笑顔を浮かべている。
ここはクレハのオススメの店『迷える小カニ亭』。ここでライト達六人は、遅れ馳せの昼食を食べていた。
ちなみにライトは氷蟹丼、レオニスは氷蟹の蟹爪ステーキ十人前、ラウルは氷蟹の蟹シャブ八人前を食べ、バッカニア達は氷蟹のフルコースをバッカニアが五人前、スパイキーが二人前、ヨーキャが三人前を完食した。
もちろんお代は約束通り、全部レオニスの支払いである。
「バッカニア、お前も大層な大食いだねぇ」
「いやー、レオニスの旦那には負けるわ!」
「ヨーキャ、お前もスパイキーより食うとか意外だな」
「スパイキー君は身体の割に少食なんだヨね!キシシ」
「俺、図体の割に胃は繊細なんだ」
「安心しろ、スパイキー。お前こそ『天翔るビコルヌ』の良心だ」
店を出て冒険者ギルドツェリザーク支部に戻る道すがら、レオニスがバッカニア達三人の食べっぷりにツッコミを入れる。
レオニスの奢りで食べる氷蟹の絶品料理は、さぞや美味しかったことだろう。
まるで春の花畑の如き満面の笑みを浮かべるバッカニア達。その花咲く笑顔を見たら、レオニスも苦笑いするしかない。
「……ま、お前らも今日は魔物狩り頑張ったもんな。あんだけ動けば腹も減るだろ」
「おう!魔物狩りなんて、俺達久しぶりにしたぜ!」
「本当に久しぶりだったけど、案外動けるもんだったな」
「これを機に、ボクらもたまには魔物狩りしてお金も点数も稼ごうヨ!ウキョキョ♪」
レオニスの労いの言葉に、バッカニア達も上機嫌である。
中堅パーティーを組んでいる現役冒険者が『魔物狩りとか久しぶり!』というのも、正直どうなのよ?とは思うが、これが『天翔るビコルヌ』のスタイルなので致し方ない。
何はともあれヨーキャの言う通りで、今日の氷の洞窟探索ツアーを契機にバッカニア達にももっともっと探索面でも活躍してもらいたいところである。
そして冒険者ギルドツェリザーク支部に戻ったレオニス達。
レオニスとバッカニアは解体所に向かい、ライト達は待ちがてら売店へと二手に分かれていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「よう、レオニスさん!依頼の解体は全部仕上がってるぜ!」
「おう、相変わらず仕事が早いな」
「金剛級冒険者に褒められるとは光栄だな!ささ、数の確認をたのむぜ」
「おう」
広々とした解体所には、レオニスが持ち込んだ今日の成果が山積みとなっている。
その内訳は、凍砕蟲二十匹、蒼氷鬼十七体、ブリザードホーク二十三羽、氷魔兵十二体、アイスライム三十一体。とんでもない量である。
空間魔法陣持ちのレオニスだからこそ、これらを余すことなく全部持ち帰ることができるが、他の冒険者達はなかなかそうはいかない。
空間魔法陣持ちのポーターを雇えない場合、討伐証明部位を持ち帰るのが精一杯なのだ。
その成果を目の当たりにしたバッカニアは、山積みの山の前で「うわー……すっげぇなー……」と呟いている。
レオニスの後ろ盾があることで、確かに安心しながら魔物狩りをしていたバッカニア達。しかし、まさかこれだけの量を仕留めていたとは思っていなかったようだ。
ぽけーっ、と成果の山を見上げるバッカニアを他所に、解体師がレオニスに向かって話しかける。
「ところでレオニスさん、提出物の中には氷蟹が一匹もいなかったが……氷の洞窟でこれだけ狩っておいて、氷蟹が一匹も出なかった訳はないよな? もしかして全部持ち帰るのか?」
「ああ、うちの執事が無類の料理好きでな。氷蟹はうちで食うために全部お持ち帰りだ」
「すげーなぁ……つーか、レオニスさんとこの執事って、アレだろ? あのぬるシャリドリンクを救った人だよな?」
「そうそう……ここの酒場食堂で雑煮やあら汁の試食会開いて、その美味さを広めたヤツだ」
ここで話題がラウルに移る。
解体所の職員ですら知れ渡るほど、ラウルはツェリザーク支部内で有名人なようだ。
「あの人のおかげで、ぬるシャリドリンクが爆売れしてなぁ……職員全員に臨時ボーナスが出たくらいなんだぜ」
「そ、そんなにか……」
「ウハウハなのはうちだけじゃねぇ、ぬるシャリドリンクのエキスの元である氷蟹の食いもん全般が大ブームになってな。その影響で、氷蟹の買取価格がうなぎのぼりさ!」
「へぇー……ツェリザークでは、そんなことになってたんだな……」
解体師が快活に笑いながら語る氷蟹ブーム話に、レオニスはただただびっくりしている。
ぬるシャリドリンクをこよなく愛するラウルの、ぬるシャリドリンクを救うべく起こした行動が、よもやそこまで発展していたとは。
解体師の話によると、ここツェリザーク支部内ではラウルのことを『ぬるシャリドリンクの救世主』と呼ぶ者もいるという。
ラウルには既に氷蟹関連で『殻処理の貴公子』という二つ名がついている。
そこに『ぬるシャリドリンクの救世主』などという面白二つ名までついたとラウルが知ったら、どんな顔をするだろう。
ラウルの与り知らぬところで、面白二つ名がズンドコ増えていくようで何よりだ。
そんな話をしながら、レオニスが持ち帰る素材を空間魔法陣に収納していく。
今回レオニスが持ち帰るのは、ブリザードホークの肉と羽根、蒼氷鬼と氷魔兵の角。他の部位は冒険者ギルドの買い取りで、解体費用を差し引いた額が『天翔るビコルヌ』のリーダーであるバッカニアの口座に振り込まれる手筈になっている。
ちなみに肉はラウル、羽根はライトが所望していて、角は魔導具の素材として使えるのでピースへの土産として確保、という内訳である。
「じゃ、この書類を窓口に出してくれ」
「了解。ありがとうな」
「何の何の。これが俺の仕事だからな!」
レオニスが提出していた解体依頼書を、解体師が返却のために手渡す。
レオニスの労いに、解体師が親指をグッ!と立てながらニカッ!と爽やかな笑顔で応える。実に気持ちの良い職人である。
「さ、そしたら窓口に戻るぞ」
「お、おう!」
未だに呆けていたバッカニアに、レオニスが声をかける。
その声に我に返ったバッカニアが、慌てて承諾する。
二人は受付窓口に戻っていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
レオニスとバッカニアは、クレハがいる受付窓口に向かった。
「クレハ、解体依頼書の内容確認と精算を頼む」
「おかえりなさい、レオニスさん。少々お待ちくださいねぇー」
レオニスが差し出した解体依頼書をクレハが受け取り、その場で一通りの確認をした後ギルド印を捺印する。
「今回は解体費よりこちらの買取金額の方が多いので、売却益をバッカニアさんの口座にお支払いすることになりますぅ。バッカニアさん、金額のご確認をお願いいたしますぅ」
「はいよー。はい、はい、はい………………え??? 何この金額???」
クレハが差し出した解体依頼書を、バッカニアが順を追って目を通して確認していく。
そして最後の行で示されていた金額に、バッカニアの目がまん丸&点にしながら固まる。
目がまん丸&点のまま、バッカニアがいち、じゅう、ひゃく、せん……と数字の桁を確認する横で、レオニスがバッカニアに声をかける。
「俺はライト達を呼んでくるから、お前はここで書類の確認と振込手続きしとけよー」
「ぉ、ぉぅ…………」
未だに動きがぎこちないバッカニアを他所に、レオニスはさっさと売店に向かいライト達を呼びに行く。
しばらくしてレオニスがライト達を連れてきた頃には、バッカニアも何とか気を取り直して全ての手続きを終えていた。
「お待たせー。クレハ、手続きは全て済んだか?」
「はいー、無事完了いたしましたぁ」
「あ、帰りの通行料、六人分はこれでよろしくな」
「はいー、いつもありがとうございますぅー♪」
レオニスが空間魔法陣を開き、帰りの運賃代わりの魔石をクレハに二個差し出す。
クレハがニコニコ笑顔で魔石を受け取り、一旦引き出しに仕舞いながらレオニスに声をかけた。
「レオニスさん達も、もうお戻りになられるのですか?」
「おう、今日は色々と忙しく動き回ったからな。バッカニア達も疲れただろ。……バッカニアよ、俺達はラグナロッツァに戻るが、お前らはここからエンデアンに直帰するか?」
レオニスの問いかけに、バッカニア達三人が互いの顔を見合わせながら頷く。
「……そうだな。俺達まだ当分ウスワイヤでの仕事があるし、明日も朝早くから仕事だからな。このままエンデアンに戻らせてくれるなら、その方がありがたい」
「そうか、エンデアンからウスワイヤへの移動もあるもんな」
「そゆこと」
レオニスの提案を受け入れたバッカニア。
バッカニア達には、明日以降もウスワイヤでの仕事が待っている。
ウスワイヤには転移門がないので、最寄りの街のエンデアンに移動後にまたウスワイヤに向けて移動しなければならないのだ。
そうすると、ライト達とは必然的にここで別れることになる。
バッカニアがライトやレオニスに向かって挨拶をする。
「レオニスの旦那、今日は本当に世話になったな」
「どういたしまして。つか、全部お前らが頑張った結果だ、胸を張って大手を振って歩け」
「……そうだな。俺達もレオニスの旦那達に負けちゃいられんな!」
「お? 言ったな? 俺だってまだまだお前らに後を譲る訳にはいかんぞ?」
レオニスに礼を言うバッカニアに、レオニスは彼らのさらなる飛躍を願って賛辞とともに鼓舞する。
レオニスの言葉を受けたバッカニアは、少しだけ躊躇いつつもすぐに前を向き応える。
そんなバッカニア達の横で、スパイキーやヨーキャもライトやラウルに挨拶をしている。
「坊ちゃん、一昨日から今日までずっと楽しかったぜ。坊ちゃんも、一日も早く俺達の仲間入りする日が来るといいな」
「はい!ぼくもバッカニアさん達やレオ兄ちゃんのような、強くて優しい冒険者になりたいです!」
「ラウル君、またラグナロッツァで会おうねぇー!キャハ!」
「おう、皆も元気でな。ラグナロッツァに戻ってきたら、またうちに来てくれ。いつでも歓迎する」
最後の時間を惜しむように、奥の事務室に行くまでの通路でもずっと楽しそうに再会の約束を交わすライト達。
特にバッカニアには、気がかりなことがあるようだ。
「なぁ、レオニスの旦那……本当に俺達があの金を受け取ってもいいのか?」
「そりゃもちろん。氷の洞窟であの魔物を仕留めたのは、他ならぬお前ら三人だからな」
「でも……今回の氷の洞窟は、レオニスの旦那と氷蟹を狩るためのものだっただろ? それなのに、俺達の方があんなに儲けていいのか?」
バッカニアが躊躇いがちにレオニスに問いかける。
そう、今回の氷の洞窟行きはバッカニアのレオニスに対する借金である『氷蟹のフルコース料理○○人前を奢る件』の穴埋めとして催されたものだ。
もっとも、借金した側のバッカニアだけは最後までそれを借金とは認めていなかったし、それどころか今日の昼食ではバッカニア達が氷蟹のフルコース料理十人前を食べ尽くしていたが。
しかし、それはそれとして、レオニスに氷蟹を奢れるだけの甲斐性がバッカニアになかったことは事実。
それを受け止めた上で、借金返済ならぬ名誉挽回ということでバッカニアは氷の洞窟の魔物狩りツアーに参加した。
その結果が、魔物の素材買取で逆にバッカニア達に大金が転がり込んできたのだ。根が真面目なバッカニアが戸惑うのも無理はなかった。
そんな生真面目なバッカニアに、レオニスが笑いながら答える。
「そんなこと気にするな。お前らしくないぞ?」
「でもよぅ……」
「さっきも言っただろ? お前らが頑張った結果だから胸を張れって」
「……そうだな。じゃあ、遠慮なくいただいて、俺達の装備品を新調する資金にさせてもらうわ」
「それが一番だ」
レオニスの答えを聞いたバッカニアの顔が、次第に晴れやかなものになっていく。
これ以上躊躇したり遠慮するのは、もはや無粋というものだ。
レオニスほどの人が、自分達に期待を寄せてくれている———それはバッカニアを前向きにし、さらなる高みを目指す原動力となっていった。
そんな話をしているうちに、一行は転移門のある部屋に辿り着き、先にバッカニア達がエンデアンに帰還する。
転移門の中に入った三人は、それぞれに「レオニスの旦那、坊ちゃん、ラウルの兄ちゃん、またな!」「またラグナロッツァで会おうな!」「またねぇー!キヒッ」とライト達に声をかけている。
特にバッカニアなどは、レオニスからの奢り請求という呪縛から解放されたことで実に清々しい笑顔である。
ライト達もまた「皆さん、お元気で!」「ウスワイヤでの仕事、頑張れよー」「またなー」と応えている。
そしてバッカニア達の身体がフッ……と消え、ウスワイヤに転移していった。
バッカニア達を無事見送ったライト達。彼らが消えた転移門の中に入り、三人でラグナロッツァに戻っていった。
シーナ達銀碧狼親子との別れの後は、バッカニア達『天翔るビコルヌ』との別れです。
彼らも基本的にはラグナロッツァを本拠地としていますが、今現在はウスワイヤでの仕事が入っているので、ウスワイヤに戻らなければなりませんからね。
特にバッカニアは、レオニスへの借金が返せたことで開放感満載なことでしょう。
バッカニア達とはここでまた別れて、それぞれの道を歩みますが。また作中に登場させられるといいな。




