第734話 シーナへの御礼とご褒美
レオニス達が魔物狩りやアイスライム変異体討伐をしていた頃。
ライト達は氷の洞窟入口付近で氷の採取をしていた。
氷の採取といっても専門的な道具がある訳ではないので、ラウルが洞窟の壁に向かってウォーハンマーを振るい氷を砕いていく。
このウォーハンマーは、かつてラウルが貝殻や蟹殻を砕くためにレオニスから譲り受けたものだ。
殻砕きだけでなく、こんなところでも大活躍するウォーハンマー。もはや本来の使い方など全くなされていないような気もするが、多分気のせいだろう。キニシナイ!
ラウルがガンガンと壁の氷を砕く傍らで、ライトが通路内に落ちた氷の塊をヒョイヒョイ、と拾ってはラウルの空間魔法陣に放り入れていく。
それはライトとレオニスが幻の鉱山でよく展開している採取方法だ。
ライトから『幻の鉱山でレオ兄ちゃんといっしょに水晶や鉱石を採掘する時に、よくこうしているんだ!この方法なら、短時間でたくさん収穫できるからね、ぼくもラウルの氷の採取を手伝うよ!』と言われ、少しでもたくさんの氷を採りたいラウルは喜んでライトの指示に従う。
うちの小さなご主人様は、本当に賢くて思い遣りに満ちているよな、と思うラウル。
「ここの氷をもらえることになって本当に良かったね、ラウル!」
「ああ、ツェリザークの雪はもう一粒もなかったからな、ちょうど良かった。氷の女王が寛大な精霊で、本当に良かった」
『あの子は貴方にベタ惚れでしたからねぇ……』
「ン? シーナさん、何か言ったか?」
『いいえ、何も?』
入口付近でのんびりと話しながら氷を採取している横で、シーナがぽろりと呟く。
以前ラウルがツェリザーク近郊にて邪龍の残穢を討伐したのは、今年の一月初旬の頃。今から七ヶ月くらい前のことである。
それから今日までの間に、シーナは氷の女王と何回か会う機会があった。
そしてその都度『シーナ姉様、あの妖精ね、本当にすっごく格好よかったのよ!』『この間も小さな子供を連れて、雪や氷を拾っていったわ!』等々、散々『この地を守った勇敢な英雄』としてラウルの話を聞かされてきたのである。
その話を聞く度に、シーナは『人族ではないとはいえ、この子がここまで他者に関心を持つなんて……本当に珍しいこと』と思っていた。
まさかそれが、ライト達のもとで執事として人里で暮らしているという変わり者の妖精ラウルのことだとは、さすがにシーナも夢にも思わなかったが。
世界は広いようで狭いものである。
ちなみに今回氷の女王との謁見の際に、女王がラウルにすぐに気づけなかったのはいくつか理由がある。
まず、人族が大勢で押しかけてくることへの怒りに満ちていたのと、ラウルがレオニスからもらった黒の天空竜革燕尾服装備一式を着ていて、氷の女王が初めて見たラウルの当時の見た目や雰囲気からして全く違う人物に見えたのだ。
氷の女王……あの子もちょっと偏屈なところがあるけれど、根はとても良い子なのよね。この変わり者の妖精との出会いをきっかけに、あの子にもこれから様々な良き友と巡り会えるといいわね。そう、この子のように―――
シーナはラウルの横顔を眺めつつ、己の横でゴロンと寝そべるアルの背を撫でながらそんなことを考えていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そしてラウルの氷の採取を手伝うライトはライトで、様々な感慨に浸っていた。
あー、やっと氷の女王様に会えた……BCOで見ていたグラフィックより、何倍も何十倍も綺麗だったなぁ……
今回はまだ人族への警戒心バリバリで、ほとんどお話もできなかったけど……どうやら氷の女王様は、ラウルのことが超お気に入りのようだし。ラウルといっしょに氷の洞窟に入れば、そのうちぼくとも普通に話してくれるようになってくれる、かな?
そうなるといいなー。そしたら今度ここに来る時には、氷の女王様に何か素敵なお土産を用意しないとね!
何がいいかなー、秋になって雪が採れるようになるまでに用意しなくちゃ!
ラウルが砕いた氷を拾っては空間魔法陣に放り込みながら、終始ニヤニヤが止まらないライト。
ライトも氷の女王に会えて実にご機嫌である。
そうしてどれ程の氷を採取しただろう。
ライト達が入口付近で作業を始めてから、少なくとも二十分くらいは経過していると思われる。
だが、氷の洞窟の壁が普通の岩肌となる気配は一向にない。どれだけラウルが氷の壁を砕こうとも、氷は全く減らないのだ。
入口付近を見ると、洞窟の外には雪も氷もない土の地面が見えているのに、一歩洞窟の中に入るとそこは氷で埋め尽くされた世界になる。
まるで外の世界からこの洞窟だけが切り離された、別次元の世界のようにも見える。
これは、このサイサクス世界がBCOというゲームを舞台にしていることからくる、言ってみればゲームならではの現象だろうか。
波打つ海のように尽きせぬ氷の洞窟を眺めながら、本当に不思議な世界だ、とライトはつくづく思う。
するとそこに、洞窟の奥から人が出てくる気配がした。
「あ、レオ兄ちゃん達が戻ってきたかな?」
「おお、そうか、もうそんなに時間が経ったか。そしたら氷の採取はこれくらいにしとくか」
「うん!」
ライトの言葉にラウルが反応し、手を止めてウォーハンマーを空間魔法陣に仕舞い込んだ。
そしてライトの予想通り、しばらくしてレオニス達の姿が見えてきた。
「レオ兄ちゃん、おかえり!」
「ただいま。ライト達も氷をたくさん採れたか?」
「うん!ぼくもラウルのお手伝いして、たくさん採ったよ!」
「そうか、そりゃ良かったな。ツィちゃんへの良い土産にもなるだろ」
「うん、またツィちゃんに美味しいお水があげられるね!」
笑顔でレオニス達を出迎えるライトに、レオニスの顔も自然と綻ぶ。
すると、ライトがレオニス達の姿を見て何か気づいたようだ。
「……ン? レオ兄ちゃん達、何か服が濡れてない? どしたの?」
「ン? ああ、これは奥で魔物狩りしてたらアイスライムの変異体に出食わしてな。多分その返り血っつーか粘液だ」
「え、アイスライムの変異体!? そんなのが出てきたの!?」
レオニスが語る思いがけない成果に、ライトがびっくりしている。
BCOのモンスターで、その名に『変異体』という言葉がつくものは総じてレアモンスターだった。もちろんアイスライムの変異体もその例に洩れず、滅多に遭遇できないレア度の高いモンスターである。
そしてレア度が高い変異体モンスターは、レベルや強さ、大きさ、全てにおいて通常バージョンより数段上なのだ。
「おう、でもちゃんと返り討ちにできたぞ? それに、バッカニア達にも手伝ってもらって、アイスライムの粘液をバケツ三十杯分採取できたぞ!」
「アイスライムの粘液!? ホントに!?」
「ホントホント。ほれ、これ見てみ」
「うッわぁー……」
レオニスが空間魔法陣を開き、何かを取り出した。
それは、アイスライム変異体の大きな青い核。アイスライム変異体の討伐成功の証である。
綺麗に真っ二つに割れたそれは、完全な核の半分の大きさなのにレオニスの手のひらよりも大きい。
元の核の大きさを思うと、レオニス達が遭遇したアイスライム変異体がどれ程巨大だったかが容易に想像できた。
滅多に遭遇できない変異体に遭遇し、さらにはそれを難なく討伐してしまえるレオニス。
腕っ節の強さだけでなく、その素晴らしい豪運にライトのレオニスを見る眼差しは尊敬に満ち満ちている。
「レオ兄ちゃん!家に帰ってからでいいから、ぼくにもアイスライムの粘液を少し分けてちょうだい!」
「おう、いいぞ。……でも、何に使うんだ?」
「夏休みの課題はもう全部やっちゃったけど、それでも自由研究みたいにいろんな実験してみたいんだ!」
「そうか。いろんな研究をしたり、勉強熱心なのはすごくいいことだよな!さすがはグラン兄とレミ姉の子だ!」
ライトのおねだりに、不思議そうに問い返すレオニス。
そもそもアイスライムの粘液を欲しがる九歳児というのも、相当おかしいと思うのだが。
しかし、ライトの偽らざる動機『いろんな研究をしてみたい!』という言葉を聞いたレオニスは、その勤勉さを手放しで大絶賛する。
ちなみにバッカニア達がレオニスの後ろで「アイスライムの粘液って、何か使い道あんのか?」「さぁ……俺にはさっぱり思いつかんが、坊ちゃんなら何か見つけるんじゃね?」「ボクも全く思いつかないけど……さすがはレオニス君に育てられた子だヨね!アヒャヒャ」と呟いている。
するとここで、レオニスがシーナの方に身体を向き直した。
そしてレオニスがシーナに向かって、深々と頭を下げた。
「さて、氷の洞窟での用事は粗方済んだが……氷の女王と会って会話できたのも、全てシーナのおかげだ。ありがとう、心から感謝している」
『いいえ、礼を言われる程のことでもありませんよ。前々から約束していたことですし』
「それでもだ。あんたが付き添いで同行してくれなければ、きっと氷の女王は俺達があの大広間に入ることすらも許さなかっただろう」
『それはまぁ……そうかもしれませんが』
感謝の言葉を述べるレオニスに、シーナは微笑みつつもさも当然のことのように振る舞う。
しかし、レオニスとしても彼女の厚意を当たり前のものとして受け取る訳にはいかない。
なので、レオニスはとっておきの礼を繰り出した。
「せっかくだから、今日の御礼にブラッシングさせてくれないか? もちろんアルと二頭分するぞ」
『……ブラッシング、ですか?』
レオニスの魅力的な提案に、シーナの眉がピクリ、と小さく動く。
「ああ。幸いにも今日は人手も多いし、頭の天辺から脚の爪先、隅から隅までゆっくり丁寧にブラッシングさせてもらいたい」
『……コホン。そ、そこまで言うのなら、いいでしょう。貴方方からの感謝の印として、我等親子の身体を梳ることを許しましょう』
これまでシーナは、ライトやレオニス、ラウルの手によって何度かブラッシングというものを何度か受けてきた。
最高級ブラシで身体中の毛を丁寧に梳かされるのは、かなり気持ちが良いらしい。
既にブラッシングの気持ち良さを知っているシーナには、レオニスの御礼という提案を断る理由などなかった。
「よし、そしたら皆でアルとシーナのブラッシングをするぞ。ライト、ブラッシング用のブラシを出してくれ」
「分かった!」
「バッカニア達もブラッシングに加われよ。これは今日の氷の洞窟の案内役への御礼だからな」
「おう、任せとけ!自慢じゃないが、俺は小さな頃から実家のわんこのお世話係だったんだ。だから、わんこの身体のどこをどうブラッシングすれば気持ち良くなるか、バッチリ知り尽くしてるぜ!」
レオニスがバッカニア達にもブラッシング参加をするよう通告する。
氷の洞窟の御礼役を務めてくれたシーナに対し、ここにいる全員で礼をすべきだ、とレオニスは思っているからだ。
そんなレオニスの言葉に、バッカニアが破顔しつつガッツポーズで応える。
バッカニアの実家では長年犬を飼っているらしく、飼い犬の世話の全般をバッカニアが担当していたようだ。
レオニス達のやり取りを聞いていたシーナが『私はわんこではないのですが……』と呟いているが、まぁ大小の差はあれど身体の作りとしては似たようなものだろう。
ライトがアイテムリュックから三本のブラシを取り出し、ひとまずバッカニアとスパイキーとヨーキャの三人に渡す。
その間に、シーナはそそくさと人化の術を解き、アルとともに地面に伏せて寝そべる。
「よーし。お前ら、シーナさんへの御礼だ、心を込めて誠心誠意丁寧にブラッシングするぞ!」
「「おう!」」
「スパイキーは背中に近い高い場所、ヨーキャは右側の前脚と後ろ脚、俺は左側の前脚と後ろ脚をやる」
「「了解!」」
バッカニアの威勢のいい掛け声に、スパイキーとヨーキャも気合を入れて応える。
そしてバッカニアがシーナに向かって声をかける。
「シーナさん、もし痛かったり痒いところがあったら遠慮なく言ってくれ」
『分かりました。わんこをお世話していたというその腕前、楽しみにしていますよ?』
「任せてくれ!」
シーナがフフッ、と笑いながらバッカニアに返事をする。
こうしてシーナへの御礼のご褒美、ブラッシングタイムが始まっていった。
シーナさんへのご褒美タイムです。
作者は動物を飼った経験がないので、どこをどうブラッシングすればいいのかなどは全く分からないのですが。きっとコツとかあるんでしょうねぇ。
でもって、今日のブラッシングでまた銀碧狼の毛をゲットして綺麗な毛糸を作れることでしょう。
アル達親子への御礼だけでなく貴重な素材もゲットできちゃうなんて、まさに一石二鳥ですよね!゜.+(・∀・)+.゜




