第731話 ヘッドハンティングという名の告白
シーナの執り成しで、ひとまずは話だけでも聞いてもらえることになったライト達。
大広間の中央で宙に浮きながら、猛吹雪でライト達を迎撃していた氷の女王。話を聞くために、大広間の奥にある玉座の椅子にストン、と座った。
ここはレオニスが人族代表として、玉座に座る氷の女王の前に進み出て来訪理由を氷の女王に話して聞かせる。
事の発端である炎の女王から始まり、水、火、闇、海、そして光と雷、各女王の状況を伝えていく。
話の中で属性の女王が出てくる度に、空間魔法陣を開いて彼女達からもらった勲章を取り出して氷の女王に提示した。
レオニスの話が嘘偽りやハッタリではなく、真実であることを証明するためである。
最初のうちこそ怪訝な表情を崩さない氷の女王だったが、レオニスの話を聞いているうちにだんだんと眉間の皺も薄れていった。
レオニスが証拠として提示していった、複数の勲章が功を奏しているのだろう。
そもそも属性の女王の勲章とは、誰にでも手に入れられるものではない。女王が心から認めた者にしか与えない、全幅の信頼の証なのだ。
勲章を一つ持っているだけでもすごいことなのに、それを七種類も見せられては、如何に人嫌いの氷の女王であっても認めざるを得なかった。
ここまで見せても疑うということは、それはもはや人族を拒絶するのみに留まらない。
己の姉妹達をも信じずに拒否するにも等しいことになるからだ。
『ふむ…………其方らの言い分は分かった。我が姉妹達から信頼を得ているというのも、本当のことのようだし』
「ありがとう。理解してもらえて良かった。……で、早速なんだが、この氷の洞窟では特に異変は起きてないか? あるいは、他の女王達のところのように、何度も襲撃してくる奴とかいたら教えてほしいんだが」
先程までに比べたら、氷の女王の受け答えや態度がかなり穏和になってきたことにレオニスも安堵する。
そして氷の洞窟の状況確認の質問に、氷の女王がしばし考え込んでいる。
『我の記憶では、何代か前の女王の時代に一度だけ、邪龍の残穢の大群が洞窟入口に押し寄せてきたことはあったようだが……』
「そうなのか!?」
氷の女王の思いがけない答えに、レオニスが思わず身を乗り出すかしながら聞き返す。
邪龍の残穢とは、ここツェリザーク近郊にのみ現れる特殊な魔物だ。
その強大さ、厄介さは夙に知られるところであり、レオニスが所属する冒険者ギルドでもツェリザーク支部を中心として様々な対策が打ち出されている。
そんな厄介な魔物が、群れを成して押し寄せてきたことがある、と聞けばレオニスが驚愕するのも当然のことだった。
「邪龍の残穢は、俺達人族の間でも厄介なことで知られているが……そんなもんが大量に押し寄せるなんて、大丈夫だったのか?」
『幸いにもその時の女王は、歴代の中でもずば抜けて力が強く、全てにおいて優れた女王でな。邪龍の残穢の尽くを凍らせて、洞窟の外に放り出してから粉々に砕くという離れ業で撃退したようだ』
「ぇぇぇぇ……あれを凍らせて粉々って…………すげー力業だな」
氷の女王が語る邪龍の残穢の撃退方法に、レオニスはただただ脱力する。
邪龍の残穢とは残留思念体故、物理攻撃はもとより魔法攻撃も効きにくいという特性がある。
効くとしたら邪悪属性に効く神聖属性や光属性を持つ攻撃くらいのものなのだが、そのどちらでもない氷属性を用いて撃退したとは前代未聞である。
それが如何にすごいことであるか、現役冒険者にして【魔法剣闘士】であるレオニスにも十分に理解できていた。
『それ以来、邪龍の残穢がこの洞窟に押し入ろうとすることはなくなったが……それでも極稀にこの地に涌いて出てくるのよな……全く以て、忌々しい輩共よ』
「そうか……でもまぁ、警戒するに越したことはないな。俺達も前回の冬に何度か雪や氷を採りに来たが、邪龍の残穢に二度遭遇してな。次の冬にもまた雪拾いに通う予定だから、邪龍の残穢を見かけたら必ず撃退するようにするわ」
『雪拾いって、何ぞ? というか、人族の力であれを撃退できるのか?』
邪龍の残穢の撃退に協力する、というレオニスの言葉に、氷の女王の顔が俄に謎に満ちたものになる。
その顔には『お前は何を言っているの?』と書かれているかのようだ。
まぁ確かに氷の女王がそのような顔になるのも無理はない。
邪龍の残穢とはこの地にとって脅威そのものであり、脆弱な人族如きに倒せる訳がない、と氷の女王は思っている。
それに、そもそも普通の人間は雪や氷をわざわざ採りに来たり拾い集めたりしないのである。
「邪龍の残穢が強大な魔物であることは間違いない。だが、人族でもあれを倒せる力を持つやつは極一部いるし、俺やそこにいるラウルでも倒せる。もちろんあんたの知るフェネセンのやつもな」
『そうなのか……しばらく見ぬ間に、人族は随分と力をつけたのだな。確かに其方にはあれを倒せる力が備わっているようだ。それに、あの者にも…………ン?』
話の流れで出てきた、ラウルとフェネセンの名前。
そのラウルのいるはるか後方に、氷の女王が視線を向けた。
すると何故か、氷の女王が再び怪訝な顔をする。
『あの、黒い服を着ているのが、ラウルという者か?』
「ああ、あれがラウルだ。俺達の仲間で、昨冬に一度邪龍の残穢に遭遇して見事倒したことがある」
『………………』
レオニスの解説を聞きながら、氷の女王が入口付近をじーーーッ……と藪睨みしている。何か問題でも起きたのだろうか?
しばらくラウルを眺めていた氷の女王。突如レオニスに話しかけた。
『そのラウルとやらを、こちらに呼んでくれるか?』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
はるか後方の入口付近で、ライト達とともに控えているラウル。
何故かは分からないが、そのラウルをこちらに呼び寄せろ、と氷の女王がレオニスに促す。
氷の女王の突然の要請に、レオニスが戸惑いながらも答える。
「ン? そりゃまぁもちろんいいが……何なら向こうにいる全員こっちに呼んでもいいか?」
『ああ、構わぬ』
思いもよらぬ要請に多少困惑したものの、結局は承諾したレオニス。
別にこの場でラウルを取って食う訳でもなかろうし、レオニスにそれを断固として拒否する理由もなかったからだ。
ただし、ライトやバッカニア達をそのままずっと入口付近に放置するのも可哀想なので、全員が氷の女王の近くに来れるようにしたレオニス。
どうせなら全員で話を聞いた方が、この場で起きたことの情報も共有できるというものである。
「おーーーい、皆ーーー、こっちに来てくれーーー」
「「「???」」」
人族嫌いで気難しいとされる氷の女王相手に、要らぬ口出しをしてへそを曲げられては困る、ということで交渉は全てレオニスに任せていたライト達。
レオニスから手招きされ大声で呼ばれたことに不思議がるも、こっちに来いと呼ばれている以上は行かない訳にはいかない。
全員不思議そうな顔をしながら、レオニスがいるところまで歩いていく。
「レオ兄ちゃん、どうしたの?」
「何かな、氷の女王がラウルを呼べと言っててな」
「え? 俺?」
氷の女王からの突然のご指名に、ラウルが己の顔を指差しながら仰天顔で驚愕している。
何故自分が氷の女王から指名を受けるのか、ラウル自身全く覚えがないようだ。
とりあえずラウルは要望通り、レオニスより前に進み出る。
しばらくラウルは無言のまま、同じく無言でラウルを見つめる氷の女王と対峙する。
沈黙の空気が流れる中、それに耐えきれなくなったのかラウルの方から氷の女王に話しかけた。
「あの……俺の顔に何かついてるか?」
『…………もしかして其方、あの時の妖精、か?』
「ン? あの時の……って、何のことだ?」
『先だってこの地に現れた、邪龍の残穢。それに真っ向から向かって一撃で突き破った者であろう?』
「…………ああ、あれのことか。確かに以前、邪龍の残穢をブッ飛ばしたことはあるが……」
氷の女王からの問いに、最初こそ何のことか分からなかったラウル。
だが、邪龍の残穢を一撃で倒しただろう、と問われれば普通に身に覚えがある。
その問いに、何の疑問を持つことなく肯定の答えを返した。
レオニスの後ろにいたバッカニア達が、それを聞いて「え?ラウルの兄ちゃん、邪龍の残穢をブッ飛ばしたの?」「あれを一撃で倒すって……」「ラウル君、絶対に紙級じゃないっしょ……ヒエェ」と呟いている。
これまでバッカニア達はラウルの実力を全く知らなかったが、このことで三人とも『レオニス邸の執事を務める者は、屋敷の主人並みにおかしい』と認識を改めたようだ。
そして何故か氷の女王の顔が、どんどん白さを増していく。
もともと氷の女王の肌は、白い雪と透明な氷が混ざったような輝く肌をしている。
それがどういうことか、白色の強さが増していっているのだ。
『そうか……其方であったか』
「あの時邪龍の残穢を退治したことに、何か問題でもあったのか?」
『ぃゃ、そうではない……』
「……もし問題があるなら、遠慮なく言ってくれ。俺は今後もツェリザークの雪や氷を採りたいんだ。俺に悪いところがあるなら、全力で善処するから」
氷の女王の肌が、みるみるうちに白くなっていく。
それはまるで、人間でいうところの顔面蒼白にも見える。そのためラウルも若干慌てながら、氷の女王に問いかける。
もしかして、あの時自分でも気づかないうちに何か粗相をしたのではないか……?だとしたら、誠心誠意謝らなければ!とラウルは考えているようだ。
そんなラウルの真摯な態度に、氷の女王がぽつりぽつりと呟く。
『……あの時、我は氷の精霊の目を通して、其方の戦いを見ていたのだ』
「そうなのか?」
『ああ、属性の女王は基本的に己の神殿から遠く離れた場所に動くことは能わぬ。その代わりに、同じ属性の精霊の目を通して外界を見聞きすることができるのだ』
氷の女王の話を聞いたラウルが思わずレオニスの方を見ると、レオニスは無言のまま小さく頷く。
ラウルは水の女王しか会ったことがないので、そうした属性の女王達の制約など全く知らなかったのだ。
レオニスの頷きは、氷の女王の言うことが正しいことを肯定していた。
「……で、俺の戦い方に何か問題でもあったのか?」
『ぃゃ……その時に、其方の言った言葉が……我の胸にずっと残ったまま消えぬのだ……』
「え……俺、そんな変なこと言ったか??」
何のことだか未だによく分からず、ますます混乱するラウル。
確かに邪龍の残穢を討伐したことはあるが、その時に何と言ったかなどの細かい部分まで思い出せないのだ。
『其方、言うたであろう?『この真っ白な美しい白銀の世界』、そして『俺の大事な雪を黒く汚す奴は、誰であろうと許さん』と……』
「……ああ、そんなことを言ったような気もする……」
『邪龍の残穢に怯むことなく、むしろ正々堂々と言い放つ……其方の勇姿は、実に輝いていて……とても立派で、素晴らしいものだった……』
「「「…………」」」
頬に両手を当てながら、もじもじと照れ臭そうに話す氷の女王。
その肌はますます白く輝き、氷の女王の身体から何やら蒸気?のようなものまでほわほわと起きている。まるでドライアイスのスモークのようだ。
氷の女王のそうした恥じらうような仕草と言葉に、ラウルの後ろで見ていたライト達は凡そのことを察した。
そう、氷の女王はあの時のラウルの勇姿を見て一目惚れしてしまったのだ。
だが、残念なことにキング・オブ・朴念仁のラウルにその手のことを察せられようはずもない。
ただ単に『あー、あの時氷の女王にも見られていたんだなー』くらいしか思わない。
自分の行動に瑕疵がなかったことに安堵したラウルが、ほっとしたような顔で氷の女王に話しかける。
「お褒めに与り光栄だ。……そうか、その時のことを氷の女王も見ていたんだな。勇姿なんて大したもんじゃないが、素晴らしかったと言ってもらえてこれ程光栄なことはない」
『其方のような勇敢な妖精は、生まれて初めて見た。そして其方の強さにも感動した。もし、其方さえ良ければ……この地に住まう気はないか? 我とともに、邪龍の残穢どもを駆逐する手伝いをしてほしいのだ』
それまで玉座でもじもじとしていた氷の女王が、席から下りてラウルの前に立つ。そして顔を上げて、ラウルの目を真っ直ぐに見つめた。
自分より背の高いラウルを見上げる氷の女王と、氷の女王の真っ直ぐな眼差しを受けてその瞳をじっと見つめるラウル。
二者の間にしばしの沈黙が流れた後、ラウルが徐に口を開いた。
「度重なるお褒めの言葉、誠に光栄だ。だが、俺はカタポレンの森のフォレットという木から生まれた妖精……この極寒の地で長く暮らすのは無理だと思う」
『……そうか……』
「それに、俺にはカタポレンの森やラグナロッツァでやらなければならんことがたくさんあってな。今のところどこか他所に移住するつもりもないんだ」
『それは残念だ……』
ラウルにフラれてしょんぼりと俯く氷の女王。
確かにこの極寒の地ツェリザークは、他の土地で生きてきた者には厳しい環境だ。ラウルも寒さにからっきし弱い訳ではないが、それでもこのツェリザークに引っ越して来い!と言われても、ハイソウデスカ、ゼヒソウイタシマス、と頷く訳にもいかない。
ラウルは今の生活―――ラグナロッツァの屋敷で料理をしながら、ライトやレオニス、マキシとともに気ままに暮らすスタイルがとても気に入っているのだ。
「だが、ここに引っ越すことは無理でも、冬になって雪が降り始めたら何度も足繁く通うことになると思う」
『そうなのか?』
「ああ。氷の洞窟近辺の雪には良質の魔力がたくさん含まれていて、とても良い雪解け水になるんだ。この雪解け水は、飲み水にはもちろんのこと料理やデザートを作るのにももってこいだし、神樹の大好物でもあるんだ」
『この地の雪が、そんなにも有用なものだったとは……』
ツェリザークで採れる雪の活用法を熱く語るラウルに、氷の女王はその目を次第に大きく見開いていく。
彼女自身全く知らなかった雪の有用性に、目から鱗が落ちる思いであった。
氷の女王が照れ臭そうに微笑む。
『其方がこの地の雪を美しいと褒めてくれるだけでなく、そこまで重宝しておるとは……何だか我まで褒められているようで、嬉しくなってくるな』
「それは強ち間違いでもないぞ? むしろ正解というか、氷の女王のおかげだ」
『え? そうなのか?』
ラウルの言葉に、氷の女王がびっくりしたような顔でラウルに聞き返す。
するとラウルはレオニスのいる方に向き直り、レオニスに確認するように話しかけた。
「ツェリザークの雪が良質の魔力を多分に含んでいるのは、氷の洞窟から吹いてくる女王の魔力のおかげだと聞いたことがある。そうだよな? ご主人様よ」
「ああ、ラウルの言う通りだ。ここツェリザークの雪は、氷の洞窟に近い程たくさんの魔力が含まれている。もちろん洞窟から離れていてもそれは変わらず、他の地域の水に比べたらその質は段違いだ」
「……だそうだ」
ラウルに問われたレオニスが出した答えに、氷の女王はますますその目を大きく見開く。
当代の氷の女王は、女王になったばかりの頃にストーカー紛いの人族に洞窟に押しかけられたせいもあり、すっかり人族嫌いになってしまって他種族とは全く交流がなかった。
そのせいで、氷の洞窟周辺の雪や氷がどれほど優れたものであるかも全く知らなかったのだ。
「そんな訳で……ここに住むのは無理でも、冬にはこのツェリザークに何度も来る。もちろん邪龍の残穢も見つけ次第討伐するし、この地が誇る美しい白銀の世界を守るために俺も尽力すると誓おう」
『……そうか、そうだな……今はそれで良しとしよう。ラウル、気が変わったらいつでも言うが良い。我は其方を歓迎する』
ラウルに対する氷の女王の直々のヘッドハンティングは未遂に終わった。
だが、氷の女王は完全に諦めた訳ではないらしい。
まずは友達として交流を深めつつ、いずれはラウルを手中に収めよう、というところか。
ラウルの後ろでおとなしく控えていたライトやレオニスが「ラウルって、ホントにモテるねぇ……」「ああ……何であいつばっかりモテるんだ?」と呟いている。
ちなみにバッカニア達は、三人とも頭から煙を出しながら固まっている。あまりの情報過多ぶりに、半ば思考停止してしまっているのだ。
ラウルが妖精だとか、そのラウルが邪龍の残穢を単独討伐しただとか、もはやバッカニア達とは住む次元が違うレベルの話だった。
どちらからともなく手を差し出し、ラウルと氷の女王が握手を交わす。
妖精と属性の女王、新たな異種族交流が芽生えた光景を目の当たりにしたライト達。奇跡の瞬間を見届けることができた喜びに、二人とも思わず破顔する。
そしてライトやレオニスだけでなく、シーナもまたその尊い光景に微笑みつつ喜んでいた。
モテ男ラウルに魅了された、新たなる人外さんの一名様追加です。
氷の女王がラウルに惚れるきっかけとなった、邪龍の残穢の討伐話は第337話のことです。
氷の女王がラウルに惚れてまうやろー!というのは、第337話にてラウルの男前な各種名セリフを書いた時点で作者の中の構想としてありました。今回ようやくそれが日の目を見た訳です(・∀・)
というか、ホントにラウルがモテ男過ぎる件……主人公でもないのに、このままではラウルのハーレムができそう><
まぁ、キング・オブ・朴念仁のラウルがハーレムなんて作る訳ないんですけど。
ラウルがここまでモテるのも、根が善良で真摯で、素で男前な言動が多いせいでしょうかねぇ?
見た目も眉目秀麗なラウルですが、見た目だけでなく中身で惚れさせてしまうラウルはやはりスーパー万能執事なのです。




