第729話 普通の人族
四ヶ月ぶりの再会を果たしたライトとアル。
喜びの抱擁を交わしながら、ライトが嬉しそうにアルに話しかける。
「アル、少し会わないうちにまた大きくなったね!」
「ワフン!」
ライトがアルの首っ玉に抱きつき、アルも嬉しそうにライトに頬ずりをしている。
ライトがアルと出会ってから、もう一年以上が経つ。
それは、ライトがラグーン学園に通い始めた頃よりだいぶ前のこと。
レオニスがある日突然カタポレンの家に連れ帰ってきた、小さな犬のような白い生き物。それがアルだった。
あの時のアルは、ライトの腕の中に抱き抱えることができた。
それが今では、ホッキョクグマかと思うくらいの大きさに成長していた。
だがそれでも、母親のシーナの大きさには到底及ばない。
アルだけ単体でみたら成獣と勘違いしてしまいそうだが、シーナと並ぶとやはりまだ子供であることが如実に分かる。
ライト目がけてまっしぐらにすっ飛んできたアルに少し遅れて、母親のシーナがゆっくりとした走りで現れた。
我が子と戯れるライトを見て、シーナから声をかける。
『アルがいきなり走り出したかと思えば……ライト、やはり貴方でしたか』
「シーナさん、こんにちは!ご無沙汰してます!」
「よう、シーナ。久しぶりだな」
『レオニスに、ラウルでしたっけ? 貴方方も息災そうで何よりです』
「おお、俺のことも覚えてくれてたか。光栄なことだ」
『フフッ……』
ライトの挨拶を皮切りに、レオニスやラウルもシーナに挨拶をする。
ラウルがアル親子に会うのはこれが二度目だが、シーナはラウルのことも覚えていたようだ。
シーナが何やら意味深な笑みを浮かべたと思ったら、その視線をバッカニア達の方に向けてちろりと見遣る。
『此度もまた、私達の見知らぬ者達を連れて来ているのですね……あの者達も、貴方方の仲間なのですか?』
「ああ。こいつらは俺の冒険者仲間で、派手帽子がバッカニア、デカいのがスパイキー、ヒョロいのがヨーキャだ」
『あの者達も、この地に何か用あって連れて来たのですか?』
「こいつらも氷の洞窟に潜るために来たんだ。主に氷蟹を狩るためなんだがな」
『氷蟹、ですか……』
それまでライト達の前にいたシーナが、レオニスの脇を通り過ぎてバッカニア達の前に進み出る。
透き通るような青緑の瞳で、バッカニア達をじっと見つめるシーナ。
一方のバッカニア達は、シーナを前にただただ呆然と立ち尽くす。
バッカニア達も、銀碧狼の親子と会うという話は駆け出す前に聞いていた。
それまで彼らは、銀碧狼のことは『銀色の美しい毛を持つ強大な神獣』という一般的な知識しか知らなかった。
だがその実物を見たバッカニア達は、そのあまりの美しさにただただ息を呑み言葉を失うしかなかった。
「はぇー……銀碧狼って、あんな美しい毛並みなんだぁー……」
「俺、あんな綺麗な生き物、生まれて初めて見た……」
「ボクもです……キラッキラのフワッフワ……モッフゥー」
ライトがアルと抱き合い、仲良さげにもふもふしている間、感嘆しながら呟いていたバッカニア達。
だが、シーナが彼らの真ん前にまで歩み出たことで、バッカニア達の動きが完全に固まっている。
それは、偉大で強大な者を前にした極度の緊張感からきていた。
『…………………………』
「「「………………」」」
『…………フフッ』
「「「???」」」
それまでじーーーッ……とバッカニア達を見つめていたシーナ。
何故か再び意味深な笑みを漏らす。
『どうやら貴方方は、本当に普通の人族のようですね』
「ぉ、ぉぅ……俺達ャそこのレオニスの旦那達と違って、極々普ッ通ーーーの一般人だぞ?」
『いえ、貴方方を疑ってかかった訳ではありませんが……レオニスやライトが連れてくる者達は皆、何かしら常軌を逸した者達ばかりでしたのでね……』
「そりゃそうだろう……レオニスの旦那の知り合いなんて、俺達を除いて大概がどこかしらおかしいレベルの人達ばかりだしな」
『ですよねぇ……』
シーナが思わず漏らした素直な本音に、バッカニアは怒るでもなく率直な感想を述べる。
つまりシーナは『ライトとレオニスが連れてきた者=こいつらも人外?』と思いながら、バッカニア達を見定めていたのだ。
確かにこれまでのことを考えると、シーナがそう考えるのも不思議ではない。
これまでにライト達がともに連れてきたのは、フェネセンにクレア、そしてラウル。皆それぞれ人外レベルであり、妖精のラウルに至っては種族からして人ではない。
こんなことが何度も続けば、シーナの認識もおかしくなっていくというものである。
『私としても、久しぶりに普通の人族というものを見た気がします』
「そりゃあなぁ、レオニスの旦那は何から何まで普通じゃねぇもんなぁ」
「というか、あの人の言う普通は普通じゃねぇこと多いしなぁ」
「そうそう、ボクらこそが普通の塊ですヨ?イヤマジデ」
『フフッ……貴方方とは気が合いそうですね』
最初のうちこそ、シーナの前でガッチガチに緊張していたバッカニア達。だが、レオニスのことで共通の認識を持っていることが分かったせいか、どんどん打ち解けていく。
その分シーナの後ろにいたレオニスが、スーン……とした顔で「お前ら、俺のこと一体何だと思ってんの?」と呟いているような気がするが。多分気のせいだろう。キニシナイ!
何はともあれ、シーナはバッカニア達を快く受け入れたようだ。
レオニスをダシにした感は否めないが、反目し合ったり仲違いや喧嘩されるよりは、最初から互いに好意的になってくれた方が余程良い。
するとここで、シーナがレオニスの方に振り向いた。
『レオニス。先程貴方は、この者達とともに氷蟹を狩るとか言っていましたが。貴方方がこの地を訪ねてきたからには、氷の女王に会う腹つもりもあって来たのですよね?』
「もちろんだ。氷蟹を狩るのも目的の一つだが、氷の女王にも会いにいく」
「え? 何ナニ、氷の女王って、一体何の話?」
レオニスとシーナの会話の中に、突如出てきた『氷の女王』という言葉にバッカニアが耳聡く反応する。
そう、バッカニア達をとっ捕まえたのは『氷蟹狩りツアー』を実行するためだが、ライト達のもう一つの目的である『氷の女王に謁見する』という話はしてなかったのだ。
「あ、お前らにはまだ話してなかったっけ? 詳しいことはまた後で説明するが、俺達には氷の洞窟に入るもう一つの目的があってな」
「ま、まさか、それがさっきレオニスの旦那が言っていた……氷の女王に会うってことなのか?」
「そそそ、そゆこと」
「「「………………」」」
レオニスの説明に、バッカニア達の顔が愕然とする。
三人ともしばし呆気にとられていたが、真っ先にバッカニアが我に返り、慌てたようにレオニスに猛抗議する。
「おい、ちょっと待て!俺達そんなん聞いてねぇぞ!!」
「あー、すまんすまん、うっかり言い忘れてたわ」
「うっかり言い忘れていいレベルの話じゃねぇだろう!? つーか、氷の女王と言えば壮絶な人族嫌いで有名じゃねぇか!」
「ま、大丈夫だろ。確かに氷の女王はかなりの人嫌いらしいが、他の女王からもらった勲章もあるし、アルのかーちゃんのシーナとは大の仲良しらしいからな」
「………………」
呑気に構えるレオニスの言い分に、バッカニアは言葉を失う。
そして無言のまま膝から崩れ落ち、頭を抱えながら天を仰ぎ叫ぶ。
「ぐああああッ!!レオニスの旦那、アンタやっぱ天使なんかじゃねぇわ!!地獄からの使者だぁぁぁぁッ!!」
先程レオニスのことを『愛くるしい天使』という高評価?に変えたばかりのバッカニアだったが、もう元の『地獄からの使者』に戻ってしまったようだ。
ちなみにスパイキーとヨーキャは、バッカニアの少し後ろで「ま、レオさんが大丈夫ってんなら大丈夫だろ」「そーだねー。てゆーか、何かあってもレオニス君が何とかしてくれるっしょ? アヒャヒャwww」と呟いている。
あまりの想定外のことに、バッカニアは四つん這いになってがっくりと項垂れる。
三者三様というか、三者二様の様相にシーナが心配そうにバッカニアに声をかける。
『貴方方、大丈夫ですか……?』
「ぅぅぅ……全然大丈夫じゃねぇ……氷蟹を狩るだけならともかく、人族嫌いの氷の女王の前に行くなんて……そんなん自殺行為もいいとこじゃねぇか……」
『そこまで悲観することはありませんよ? レオニスの言う通り、私は昔から氷の女王と知り合いで懇意にしていますし。少なくとも私のいる前で、貴方方を害するようなことはさせませんから』
「……ホ、ホントか……?」
絶望に暮れていたバッカニア。シーナの優しい励ましに、項垂れていた頭を少しづつ上げてシーナの顔を見る。
『ええ、ホントですよ。貴方方はアルが慕うライトとレオニスが連れてきた者達。きっと貴方方にも氷の洞窟に入る実力があるからこそ、レオニスも連れてきたのでしょう?』
「もちろんだ。バッカニア達もれっきとした冒険者であり、そのくらいの実力はちゃんと持っていることは俺が保証する」
『なら大丈夫ですよ。私もついていますから』
シーナからの問いかけに、レオニスが自信を持って答える。
こう見えてレオニスは、バッカニア達にも黄金級になるに相応しい実力を持っている、と心から思っているのだ。
レオニスからの高評価を受けて、スパイキーとヨーキャがバッカニアに発破をかける。
「ほら、レオさんもこう言ってくれてるんだ、バッカニアの兄貴だってやればできるさ!」
「そうだヨ!バッカ兄だって、レオニス君のことをよく知ってるでしょ? レオニス君は、思ってもいないようなお世辞を言う人じゃないって……ネ?ネ?」
「お前ら……」
バッカニアのことを、心から信じきっているスパイキーとヨーキャ。
彼らの信頼と期待が込められた眼差しを受けて、バッカニアも次第にやる気を取り戻していく。
「……そうだな、ここまで来て逃げ出す訳にはいかんもんな。そんなことをしたら、バッカニア様の男が廃るってもんだ」
「そうだぜ、バッカニアの兄貴にできないことなんてないさ!」
「そうそう!バッカ兄ができないことなんて、妊娠出産くらいしかないヨね!ウキャキャ☆」
「さすがにそれは、如何に俺様でもできん……だが……」
パーティーメンバーからの激励に、バッカニアは上を向いて決意を新たにする。
「……俺はこの氷の洞窟で氷蟹を狩って、冒険者としての高みを目指すと決めたんだ。ここで冒険探索の実績を積んで、黄金級になってみせる!」
「それでこそバッカニアの兄貴だぜ!」
「バッカ兄、ステキー!キャー☆」
天高く掲げた拳にグッと力を込めて握りしめながら、高らかに宣言するバッカニア。その姿はまるで、どこぞの覇王もしくは拳王を彷彿とさせる世紀末的オーラを感じさせる。
仲間達の心からの声援に、バッカニアの中に眠る冒険者魂に火がついたようだ。
バッカニアがやる気に燃えているのを見て、今のうちにとばかりにレオニスが声をかける。
「さ、そしたら早速氷の洞窟に向かうぞ」
「おう!今の俺様は無敵だぜ!」
「今日のバッカニアはいつになく頼もしいな。その調子で氷の洞窟の探索も頼むぜ!」
「任せとけ!お前ら、『天翔るビコルヌ』の名を世界中に轟かせてやろうぜ!」
「「おう!」」
見事に立ち直ったバッカニア。
ライトとレオニス、ラウルに銀碧狼親子、そして『天翔るビコルヌ』の三人は、氷の洞窟に向かって出立した。
シーナさんってば、失敬ですねぇ。
レオニスさんやフェネセンさんに比べたら、私なんて極々普通の一般人ですよ?
ラウルさんだって、冒険者ギルド初の妖精族冒険者ということで、人族ではありませんし。
……そうだ、良いことを思いつきました。
シーナさん、今度私といっしょにお茶会&ガールズトークをしましょう!
そうすればきっと、シーナさんにも私のことを理解していただける、はず!
(ディーノ村在住、キュルウェイアさん(仮名:18.2歳))




