第723話 男だらけの寝巻き集会
バッカニア達が泊まりに来た日は、皆で夜更かし三昧した。
五人の超絶むさ苦しい男湯では、ライトが宣言通り先輩冒険者四人の背中を楽しそうに流す。一番巨体のスパイキーの背中など、ライトがジャンプしなければ肩やうなじまでしっかり届かないくらいに大きい。
懸命にピョンピョンと飛び跳ねながら、スパイキーの背中を流すライトの微笑ましい姿に、大きな風呂に浸かっているレオニス他バッカニアやヨーキャの顔も綻ぶ。
風呂から上がった後は、広間で全員で髪の乾かし合いをした。
特に珍しいのは、深藍色の髪が濡れて左右に垂れているスパイキー。普段バリバリのモヒカンなだけに、風呂上がりのぺたんこ髪はパーティーメンバーであるバッカニアとヨーキャくらいしか拝めないレアな姿である。
ちなみに髪の深藍色は、スパイキーの瞳とお揃いの色だ。しかも髪は染めているのではなく、地色だという。
瞳の色と髪色がお揃いだなんて、なかなかにお洒落だなぁ、とライトは内心思いながら風魔法でスパイキーの髪を乾かしている。
しかし、ライトの風魔法で乾かしていくにつれ、スパイキーの髪が勝手に上に立っていき、完全に乾く頃にはいつものモヒカンスタイルになっていた。
まるで形状記憶合金のような不思議な髪の毛だ。髪の毛そのものだけでなく、毛根まで形状記憶合金状態なのだろうか?
BCOにも防具とは別のファッション装備とかあったし、髪型変更チケットなんてのもあったし。もしかしたら、ヘアスタイル固定魔法とかでもあんのかな? このサイサクス世界、謎いこと多いもんね!
でもまぁ、スタイリング剤要らずの楽ちんヘアと思えばね、これはこれでアリかも!
スパイキーの髪を乾かし終えたライトは、そんなことを考えている。
そして最も意外なのがバッカニアだ。
基本的には背中の中程まである黒い長髪を、普段はうなじの辺りで軽く一つに結わえている。
髪はツイストスパイラルパーマという細かめのウェーブがかかっているのだが、そのパーマが日が経って緩めになっていて濡れた髪の姿が何やら壮絶に艶っぽいのだ。
まさに『水も滴るいい男』の顕現である。
しかも彼の瞳は右眼が薄花色、左眼が本紫という、実に綺麗なオッドアイだった。
動物ならともかく、人族でここまではっきりとしたオッドアイを持つのはサイサクス世界でもかなり珍しい。
右眼に黒薔薇眼帯なんて、一体どこの厨ニ病患者だ?と思われる出で立ちだったが、その真の理由はこのオッドアイにあったようだ。
バッカニアの素顔は、正統派イケメンのレオニス、眉目秀麗のラウルとはまた違う、何とも言えぬ色香が漂っていた。
そして、後で客間の夜更し話の時に聞いた話によると、バッカニアの本来の正式なスタイル?は何とドレッドヘアらしい。
だが、ドレッドヘアは定期的かつこまめな手入れが必要な髪型。
自分一人で手入れするのも難しく、仲間に頼もうにもスパイキーは手が大き過ぎて細かい作業に不向き、ヨーキャもところどころで割と大雑把な性格なので髪の編み込みなど到底無理。
またウスワイヤなどの辺境の地にいる時など理髪店に行けないことも往々にしてある。
そのためもう完璧なドレッドヘアは滅多にせず、パーマ状態のままなのそうだ。
ちなみにドレッドヘアにする過程では、ツイストスパイラルパーマの他にもアフロヘアを経由する方法がある。だが、バッカニア的にアフロヘアはNGだ。
何故なら、己の命と仲間の次に大事な二角帽子が被れなくなるからである。
派手な二角帽子と右目の黒薔薇眼帯。これがバッカニアのトレードマークであり、レオニスでいうところの深紅のロングジャケットと同じである。
これを着けないバッカニアなど、バッカニアではない!というくらいに、彼にとって絶対に欠かせない必須アイテムなのだ。
ちなみにヨーキャだけは、黒ローブを脱いで裸一丁になってもあまり印象は変わらない。
服の上から見た感じそのままの痩せぎすの身体で、肋骨がくっきりと浮いている。それだけ見ていたら、貧乏過ぎて食事も満足に摂れない栄養失調寸前のスラム街の孤児にしか見えないくらいだ。
だが、これでも日々の食事は他の二人と同じものを同じくらい食べているという。先程のレオニス達との晩御飯でも、バッカニアやスパイキーと同じくらいに食べていたので、その話に嘘はないようだ。
ということは、これはもうヨーキャの生まれ持った体質なのだろう。どれだけ食べても全く太れないタイプとは、世間一般的に見たら実に羨ましい限りである。
また、普段はローブのフードを深く被っているので顔もあまり見えないが、紅鬱金の髪とマッシュヘアはすっきりとしていて、雀色の瞳と相まってヨーキャの風貌によく似合っていた。
『裸の付き合い』とはよく言ったもので、本来は互いに隠し事などせず本音を言い合える人間関係のことを言うのだが、風呂という物理的な裸の付き合いからもいろんなことが見えて、その人の人生や人となりを知ることができるのだ。
物理的な裸の付き合いを経て、バッカニア達とより仲を深めることができたライト。
風呂上がりで髪を乾かしている最中に、ラウルとマキシも合流してより賑やかになった。
これがもし女性達の集まりだったなら、いわゆる『パジャマパーティー』として華やかな空間になったことだろう。
だがしかし、残念なことにここには男しかいない。『男だらけの寝巻き集会』である。
とはいえ、これはこれで修学旅行の寝室のようなもので、かなり賑やかで楽しい空間である。
こういう非日常的なシーンでは、男同士の会話は下ネタに走りがちだが、さすがに子供の前でガッツリ下ネタ話はできないので、務めて下ネタゼロの会話をするよう努力する大人達。
特にバッカニア達が語る冒険話やレオニスの武勇伝は、ライトも今まで聞いたことがない話も多く、聞いててすごく楽しそうにしている。
ライトはまだ冒険者ではないので、レオニス以外の人達からそうした冒険話を聞かせてもらったことがないのだ。
皆の話はとても新鮮で、いつまでも聞いていたいくらいである。
だが、どれ程夜更かしを望み徹夜上等!と思っていても、子供の身体は睡眠を欲する。
夜の十一時を回る頃には、うつらうつらと船を漕ぎ始めたライト。零時手前では、ライトはもうソファの上で完全にすやすやと眠ってしまっていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ワイワイと話し続けていたレオニス達も、ライトが寝てしまったことに気づく。
「ライト、寝たのか?」
レオニスがライトのほっぺたをツン、ツン、と突つきながら、ライトに声をかける。
すっかり寝てしまったライト、レオニスの呼びかけに応える様子が全くない。これはもうすっかり夢の中である。
レオニスがラウルに向かって話しかけた。
「ライトももう寝ちまったことだし、俺達もそろそろ寝るか。ラウル、バッカニア達を客室に案内してやってくれ」
「了解ー」
「俺もライトも今日はこっちに泊まるからよろしくな」
「おう、ご主人様達の部屋も整えてあるから心配すんな」
「ありがとうよ。じゃ、俺はライトを寝室に寝かせてからそのまま自分の部屋に行く。バッカニア達も仕事終わりからの移動で疲れたろう、ゆっくり休んでくれ」
ライトの完全寝落ちを確認したレオニスが、バッカニア達に労いの言葉をかけながら解散宣言をする。
バッカニア達もライトの近くに寄ってきて、それぞれがライトのほっぺたをレオニスがしていたようにチョン、チョン、と優しく突ついている。
「うおおおお……子供のほっぺたって、すんげー柔らかいんだなぁー……このぷにぷに感、いつまででも触っていられるわぁー」
「俺、子供にもすぐに逃げられちまうから、坊ちゃんのように普通に話してくれる子供って貴重なんだよなぁ」
「ホーント、ライト君て性格も良くて礼儀正しくて、優しくて可愛らしい子ですよねぇ……ウフフ♪」
ライトを褒め称えつつ、笑顔の絶えないバッカニア達。
う~ん、むにゃむにゃ……と寝言を洩らすライトに、バッカニア達の頬も緩みっぱなしだ。
普段から子供好きな彼らだが、就寝時まで子供とともに過ごすことは滅多にない。それ故、無防備な姿で眠りこけるライトの寝顔が可愛くて仕方がないようだ。
ライトの寝顔のあまりの愛らしさに、ニヨニヨとニヤけるバッカニア達。レオニスがラウルに用意させた寝巻きを着ていて、普段着よりも若干胡散臭さは薄れているが、それでもやはり強面と超強面と陰キャのニヨニヨ顔は胡散臭さ全開である。
「しっかし……レオニスの旦那に育てられたとはとても思えねぇ、すんげー良い子だよなぁ」
「世界一の金剛級冒険者に育てられてるんだから、将来は立派な冒険者になること間違いなしだよな!」
「頼もしい後輩が増えることは、ボクらにとっても喜ばしいことだヨねぇ……キヒヒ♪」
「バッカニア……お前、俺に対してだけはとことん失敬だよね……ライトが良い子なのは事実だからいいけどよ」
未来の後輩に対し、とことん褒めちぎるバッカニア達。
スパイキーやヨーキャはともかく、バッカニアだけは徹頭徹尾レオニスへのディスりが含まれるのはお約束である。
そんなバッカニアに対し、レオニスが怒りだしたりすることなどない。それだけレオニスとバッカニアは気心の知れた冒険者仲間であり、互いのことをよく知っている証左でもあるからだ。
レオニスはバッカニアに対しブチブチと文句を言いながら、ソファに寝ていたライトを抱っこする。
レオニスの腕の中で、力が抜けきってふにゃふにゃしているライト。相変わらず寝顔だけは歳相応の愛らしさに満ちている。
「じゃ、俺は先に失礼する。お前達も早く寝ろよ、明日は皆でジョージ商会に買い出しに行くぞ」
「了解ー。レオニスの旦那、明日は何時に出かけるんだ?」
「そうだな……せっかくだから昼飯も外で食べるか。午前の十時には出かけるぞ」
「坊ちゃんもいっしょに買い出しに行くのか?」
「もちろん。今からそういう知識を少しづつ身につけていくことも大事だからな」
「朝ご飯もご馳走になっていいのかな? カナ?」
「おう、お前らだって明日明後日は休日なんだろ? うちで良けりゃゆっくりしてってくれ」
バッカニア達に明日の予定を軽く伝えるレオニスに、時間その他の確認をするバッカニア達。
明日明後日はレオニス達とともに行動するので、連携の要である報連相は欠かせないのだ。
聞いておきたいことを一通り聞けたバッカニアは、改めて立ち上がりピシッ!とした姿勢でレオニスに話しかける。
「レオニスの旦那、明日と明後日は世話になる。氷の洞窟では足を引っ張ることもあるかもしれんが、俺達『天翔るビコルヌ』も全身全霊全力で頑張るから、よろしく頼む」
「レオさん、よろしくお願いします!!」
「レオニス君、ボク達も一生懸命頑張りマス!!」
レオニスに向かって、深々と頭を下げるバッカニア。
バッカニアに続き、スパイキーとヨーキャも立ち上がって深々と頭を下げる。
真摯な姿勢でレオニスに礼を尽くす三人に、最初は少し驚いていたレオニスも次第に笑顔になっていく。
「おう。今は一番潜りやすい夏とはいえ、洞窟に入ればそこは氷の世界だ。油断せず、気合い入れていくぞ!」
「「「おう!」」」
レオニスの腕の中でぐっすり寝ているライトを起こさぬよう、抑えめの声で気合いを入れるレオニス、バッカニア達。
それを横で見守っているラウルやマキシも、自然と顔が綻ぶ。
「じゃ、また明日な。おやすみ」
「「「おやすみー!」」」
抱っこしたライトとともに、広間から静かに出ていくレオニス。
偉大なる金剛級冒険者の、何とも珍しい子煩悩な姿。レオニスともそれなりに付き合いの長いバッカニア達でも、初めて目にする光景だ。
「レオニスの旦那って、やっぱ性格丸くなったよなぁ……昔のレオニスの旦那の姿からは、想像もつかん」
「ああ……でも、すげー良いことだよな。それに、レオさんの腕っ節の強さは衰えるどころかますます磨きがかかってるし」
「やっぱ、守るものがあると人間強くなれるんだねぇ……ウルウル」
バッカニア達は、レオニスより少し年下世代。歳の近さもあって、彼らが冒険者デビューした直後からレオニスと付き合いがある。
昔のレオニスの姿を知っているバッカニア達からしてみたら、今のレオニスは昔とは全く違うものに映る。
だがそれは、決して悪いことではない。話しかければちゃんと受け答えはするが、必要最小限の会話しか続かなかった昔と違って、今のレオニスの方が断然親しみやすくて好感が持てる。
ライトという守るべきものを得たレオニス。
より強く、より頼もしく成長した仲間の大きな背中を、広間から出て見えなくなるまでバッカニア達はずっと見送っていた。
パジャマパーティーの男バージョン夜会です。
お風呂に髪の毛乾かしっこに雑談等々、本当に修学旅行の寝る前の風景まんまですね(・∀・)
でもって、お風呂シーンにかこつけて、これまで書いてこなかったバッカニア達の髪色や瞳の色などの、強面モヒカン陰キャ以外の外見的特徴情報も追加で明かしてみたりして。
バッカニアは、二角帽子を被ってるせいか某海賊の某ジャック・スパ□ウさん寄りのイメージなのですが。さすがに御本家様ほど常時イケメンオーラダダ漏れではありません。
ですがまぁ地が非常によろしいので、風呂上がりなどの一部かつ特殊な場面ではイケメンオーラ全開になったりします。
ちなみに、彼が本来はドレッドヘアという設定も、ジャック・スパ□ウがイメージとなっているせいであります。
その過程としてドレッドヘアの詳細を知るべくggrksしたのですが。やはりお手入れがすっごく大変そう。
遠征中に野宿も珍しくない冒険者稼業で、綺麗なドレッドヘアを維持するのはやっぱキツいよねー……ということで、ドレッドヘアにする前段階の細ウェーブのまま放置!ということに相なりました。
言動はおちゃらけツッコミの多いバッカニアですが、根は善良でイケメンさんなのです。




