第719話 ダブルパーティー in カタポレンの森
職人の街ファングにて、ライトとラウルがオーダーメイドしたワンドやオリハルコン包丁を受け取った翌日。
ライト達は、お昼の少し前からユグドラツィのもとに遊びに来ていた。それは以前から約束していた、夏生まれのユグドラツィの誕生を祝うパーティーを開催するためである。
しかもこの日は八月十二日、ライトの誕生日でもある。
今日はライトとユグドラツィが主役の、実に目出度いダブルパーティーなのである。
ちなみに今日は、珍しくマキシも休暇を取ってライト達とともにユグドラツィのもとに来ている。
ライトとユグドラツィの誕生日祝いという目出度い席だ、マキシだって何をさて置いても祝いに駆けつけるというものである。
そしてマキシだけでなく、フォルやウィカもついてきている。皆でライトとユグドラツィの誕生日を祝うのだ。
ライト達は全員ユグドラツィの根に腰掛ける。
ラウルの定位置の席の周辺に、座るに適した場所をそれぞれ見つけて座り込むライトとレオニスとマキシ。
ライトの横にはフォルとウィカがちょこん、と座る。実にお利口さんな子達である。
座る位置が皆決まったところで、ライトがパーティーの司会よろしく張り切った声でユグドラツィに声をかける。
「まずはツィちゃんの996歳の誕生日、おめでとーぅ!」
『あ、ありがとうございます……』
「996歳って、ホンットすげーよな!四年したら千歳だもんな!」
『そ、そんな……神樹族の中では私はまだまだ若輩者ですからね?』
「ツィちゃんが元気になってくれて本当に、本当に良かったです!」
『マキシもお仕事を休んでまで来てくれて、本当にありがとう』
「……今日という日を、ツィちゃんとともに過ごせることを……本当に嬉しく思う」
『ラウル……皆には本当に心配をおかけしましたね……』
ライトとレオニス、マキシが努めて明るく振る舞う中、ラウルだけが本当にしんみりと、喜びを噛みしめるように静かに祝いの言葉を述べる。
そんなラウルの喜びの言葉を受けて、ユグドラツィもまた静かに返事を返す。
ちなみにユグドラツィには、具体的な年齢云々の諸問題は一切ない。性別的には女性のようだが、千年もの時を生きる神樹に年齢問題などあろうはずもないのである。
もっともこれは神樹に限った話であり、人族他他の種族においては女性の年齢を尋ねたりするのは絶対にタブーであるが。
「じゃ、皆で乾杯しよう!……ツィちゃんのお水は、大好きなツェリザークの雪解け水じゃなくて申し訳ないんだけど……その代わりに、シアちゃんが最近いつも飲んでいる巌流滝の水と、エルちゃんのいる天空島にあるドライアドの泉の水をお取り寄せしてあります!」
『まぁ、私のためにわざわざ取り寄せてくれたのですか?』
「はい!だってツィちゃんの誕生日を祝うんですから!ツィちゃんへのご馳走のお水も、とびっきり良い物でないと!」
『お気遣いありがとうございます。とても……とても嬉しいです』
「どういたしまして!」
ライトの気遣いに、ユグドラツィがとても嬉しそうに礼を述べる。
その喜びは言葉のみならず、ユグドラツィの上部でワッシャワッシャと揺れる枝葉の動きにも出ている。
「じゃ、ラウル、今日のツィちゃんへの水遣りは全部ラウルに任せるから、よろしくね」
「おう、任せとけ」
「では乾杯の前に、ぼくがハッピーバースデーの歌を歌いまーす!」
ライトがユグドラツィのために『Happy Birthday to you』を歌う。
このサイサクス世界は現代日本準拠の世界なので、クリスマスソングやお正月の唱歌などと同様に『Happy Birthday to you』もまた一般的に広く知られた歌なのだ。
『to you』の部分を『ツィちゃん』に変えて歌い上げるライト。その横で、他の三人が歌に合わせて手拍子を打っている。
ライトの横では、フォルとウィカがライトの歌に合わせてふわもふ尻尾を左右にフリフリしている。
実に長閑で平和な光景が、ユグドラツィを中心として広がっていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ライトが歌を歌っている間に、レオニスとラウル、そしてマキシはそれぞれ自分のグラスを持ちながら待っている。マキシはぬるぬるドリンク薄黄、レオニスはサイダー、ラウルはアイスコーヒーで乾杯するようだ。
ライト自身も、歌い始める前に自分でグラスを取り出して既に手に持っている。ライトはぬるぬるドリンク橙をチョイスしていた。
「♪ハッピーバースデー、ディア、ツィちゃーーーん…………ハッピーバースデー、ツィちゃーーーん♪ 996歳、おめでとーぅ!」
「イエーーーイ!ツィちゃん、誕生日おめでとーう!」
「おめでとうございまーす!」
「ツィちゃんの誕生日に、乾杯ーーー!」
「フィィィィ♪」
『おめでとうにゃーーーん♪』
ラウルが乾杯の言葉を発すると同時に、皆グラスの飲み物を飲み始めた。
ラウルだけは急いでアイスコーヒーを飲み干し、すぐにユグドラツィの根元にライトが用意したお取り寄せ水を次々とかけていく。
これらの水は先程ライトが説明した通り、八咫烏の里近くにある巌流滝と天空島のドライアドの泉から採取してきたものだ。
しかも、どちらとも今朝早くにウィカとともに出かけて採取したばかりの、実に鮮度抜群の水である。
ライトから事前に渡されていたそれらの水のうち、木製バケツ五杯分の巌流滝の水をユグドラツィにかけていくラウル。
その間に今度はレオニスが『Happy Birthday to you』をライトの名に置き換えて歌っていく。
その間に、四人とも新しいグラスに持ち替える。二回目の乾杯のための、新しいグラスである。
ライトはぬるぬるドリンク紫、レオニスはカフェオレ、ラウルはアイスティー、マキシはアイスミルク。皆それぞれに好きなものをチョイスしているのだ。
「♪ハッピーバースデー、ディア、ライトーーー……ハッピーバースデー、ライトーーー♪ ライトも九歳の誕生日、おめでとう!乾杯ーーー!」
「「「『乾杯ーーー!』」」」
「小さなご主人様、誕生日おめでとう!」
「ライト君、誕生日おめでとうございます!」
「キュゥゥゥゥ♪」
『あるj……じゃない、ライト君、おめでとうにゃーーーん♪』
『ライト、誕生日おめでとう。貴方がこの世に生を受けたことに、心より感謝します』
「皆、ありがとう!」
レオニスの乾杯の掛け声に、二杯目の乾杯のグラスを飲み干していく一同。
ラウルだけはまた急いでアイスティーを飲み干し、ユグドラツィの根元に二杯目のドライアドの泉五杯分をかけていく。ラウルだけが一人忙しなく動き続けているが、何しろラウルはユグドラツィの一番のお気に入りの親友。ライト達もそれを知っているからこそ、ラウルにユグドラツィのお世話係を任命したのだ。
それに、ユグドラツィは元気になったとはいえまだ病み上がりの身。
彼女が一番信頼の置けるラウルに乾杯の手伝いをしてもらう方が、気持ち的にも安心できるだろう、というライトの配慮でもある。
もちろんラウルにも否やはない。小さなご主人様の命は当然の如く承るし、ラウルもユグドラツィの世話をすることは全く苦にならない。むしろ進んでやりたがるところである。
そうして二人分の乾杯を無事終えたところで、次は誕生日プレゼントの進呈だ。
まずは、ライトからユグドラツィへのプレゼントを披露する。
「ぼくからツィちゃんにあげる誕生日プレゼントは、銀碧狼の毛糸で作った組紐の髪飾りです!……って、ツィちゃんが着けるにはすっごく小さくて、どこに着ければいいのかも分かんないけど……」
『まぁ、何て可愛らしい飾りでしょう……レオニス、シア姉様の分体が入っている洞に髪飾りを入れてくれますか?』
「了解ー」
その髪飾りはライトの解説通り、銀碧狼の毛でできた組紐で編まれている。艶やかな銀色の中に、角度によってほんのりと淡く輝く碧色が何とも美しい組紐だ。
その組紐を花型に編み、紐の両端は房状にしてある。着物などにの和装にとても似合いそうな、気品溢れるクラシックさが魅力的な逸品である。
ユグドラツィの願いを聞き、レオニスがライトから髪飾りを受け取って上に飛んでいく。
ユグドラシアの分体のアクセサリーが入っている洞に、ライト謹製の髪飾りをそっと納めた。
ちなみに他の神樹の分体は、全て違う洞に入れてある。それは『一ヶ所に全部入れたら、会話する時に騒々しくなりそうだから』という理由で、レオニスの配慮によるものである。
レオニスがライト達のもとに戻ってきてすぐに、今度はマキシがプレゼント進呈に名乗りを上げる。
「そしたら、次は僕ですね!僕は今アイギスで、カイさん達のお手伝いをしながら修行中なんですが……先日、初めてアクセサリーを作らせてもらったんです!」
「へー、マキシ君、すごいね!どんなアクセサリーを作ったの?」
「まだ僕には技術がないので、各種パーツを繋ぎ合わせただけですが……ペンダントを作ったんです」
ライトの絶賛に、マキシが照れ臭そうにしながらも懐から一個のペンダントを取り出した。
それは銀色のチェーンに、一粒のペリドットのペンダントトップがぶら下げられた、シンプルながらも上品さが漂うペンダントだった。
「うわぁ……すっごく可愛いペンダントだね……」
「マキシ、お前こんな素敵な物を作れるようになったのか……」
「カイ姉達のところで修行できて、本当に良かったなぁ」
マキシの作ったペンダントを見て、ライトだけでなくラウルやレオニスも感嘆している。
マキシが八咫烏の里を飛び出してから、早一年。
ラグナロッツァの屋敷の前で行き倒れになり、ライト達に助けられてそのまま人里で暮らすことを決心したマキシ。
アイギスで作っているような、美しい物を作り出せるようになりたい、という願いを口にしたのは、皆で新年の抱負を語り合った時だった。
そしてカイ達の厚意によりアイギスで雇ってもらえることになり、それから約七ヶ月が経過した今。こうしてマキシが作品を作らせてもらうまでに至ったことを、ライト達も心から嬉しく思っていた。
「それもこれも、全てライト君やレオニスさん、ラウルのおかげです。本当に……本当にありがとうございます……」
「そんなの、全部マキシ君の頑張りがあったからだよ!」
「そうだぞ。俺達はほんのちょっと後押ししただけだからな」
「これからももっともっと良い物作れるように、頑張れよ」
「……うん!もっともっと頑張ります!」
これまでの経緯を思い出したのか、マキシの瞳が潤み涙ぐんでいる。
そこにライト達からのさらなる励ましを受けて、あっという間にマキシの目からポロポロと涙が零れ落ちる。
そんなマキシを励ますように、ユグドラツィが声をかける。
『マキシ、こんな素晴らしい贈り物をありがとう。この新緑の色が素敵ですね、とても気に入りました』
「そう言ってもらえると、とても嬉しいです!このペリドットは、ツィちゃんの葉の色をイメージしたんです!」
『まぁ、ますます嬉しいことを言ってくれますね。そしたらレオニス、マキシからのプレゼントはエル姉様の分体のところに入れてもらえますか?』
「了解ー」
ユグドラツィの希望により、マキシのプレゼントのペンダントはレオニスの手でユグドラエルの分体が入っている洞に入れられた。
ライトの髪飾りといい、マキシのペンダントといい、女の子らしいプレゼントは同じく女の子の姉の分体のところに入れておきたいようだ。
『ライト、マキシ、本当にありがとう……こんな素敵なプレゼントを貰える私は、世界一果報者の神樹です……』
「どういたしまして!ツィちゃんは、ぼく達の大事な友達です。これからも、ぼく達といっしょに世界中を旅しましょうね!」
「僕は、ライト君達と違ってアイギスで修行中の身なので、皆といっしょに旅に出ることはあまりありませんが……それでも、またツィちゃんのために素敵なアクセサリーを作れるように頑張ります!」
『二人ともありがとう……私も常に貴方方とともにありますよ』
真夏の暑い日差しを、新たに生え変わったユグドラツィの枝葉が遮り涼し気な木陰を作る。
ユグドラツィの作る木陰に守られながら、ライト達は互いの誕生日を心から祝い喜んでいた。
うおおおおッ、レオニスとラウルのプレゼント話も書きたかったんですが、時間と文字数問題でギブアップ><
作中は夏休み真っ盛りですが、リアル世界の今日は1月4日。2023年の正月三が日も終わり、後数日で正月休みが終わる人も多いのではないでしょうか。
作者も基本寝正月をしつつ、買い忘れの生姜やらカフェオレ用の牛乳が切れたりして、ぼちぼち買い物などに出かけております。
というか、今年は特に年末年始が過ぎるのが早い気がする…( ̄ω ̄)…
そろそろ世の中の正月気分も薄れてくる頃。2023年もまたサイサクス世界を綴り続けられるよう、作者も頑張らねば!




