第718話 技術の継承
包丁職人バーナードのもとで、念願のオリハルコン包丁を手に入れたラウル。
バーナードの工房を出た後、再び『戦斧工房ガラルド』に向かった。
ラウルのアダマント製手斧の話の続きと、ライトの同級生イグニスの父母の手紙の返事を受け取るためである。
工房に向かう道中で、ライトがラウルに問うた。
「ねぇ、ラウル。さっきのオリハルコン包丁は、砂漠蟹や氷蟹には使わないの?」
「ンー、オリハルコン包丁の切れ味からして、使えないことはないだろうが……それでもやはり、蟹を捌く専用の器具が一つは欲しいんだよな」
「そっかー。氷蟹はともかく、砂漠蟹ってすっごく硬いもんねぇ。万が一にもオリハルコン包丁が刃毀れしたら困るもんね」
「そゆこと。だったら最初から、砂漠蟹職人のルド兄弟達が使うようや職人用の道具を一つ作っておけばいいと思ってな」
ライトもラウルの答えに納得しながら聞いている。
先程手に入れたオリハルコン包丁、間違いなくそれは何でも切れる万能包丁である。
だがしかし、それはそれとして特定の用途に特化した調理器具というものも各種存在する。例えば刺身包丁だったり筋引き包丁だったり、パン切り包丁だったり。
そうした特殊包丁と同じく、大型の蟹を捌くためだけの専用器具が欲しいのだ。
さすがラウル、料理一筋なだけあって器具類にもこだわりがあるのだ。
するとここで、ラウルが何かを思い出したようにレオニスに向かって声をかける。
「あ、そういやご主人様よ、アダマントの鉱石って持ってるか? もし持ってるなら少し譲ってもらいたいんだが」
「アダマント鉱石、か? それってどんなやつだったっけ……ライトはアダマントの鉱石って分かるか?」
「うん、分かるよー。アダマントって、すっごく重たい金属だよね? 幻の鉱山で拾いに行った時に、ヒヒイロカネと同じくらいの大きさで青黒い色したすっごく重い鉱石があったから、多分それだと思うー」
「おお、そうか。じゃあ今ちょっとここでそれを出してみるか。ラウル、手のひらで受け止めろよ」
「了解」
レオニスの質問に、ライトが的確に答える。
ライトはレオニスとともに二回、幻の鉱山で採掘作業を手伝ったことがある。その時に、ライトはヒヒイロカネやアダマントなどの稀少な鉱石にも何度も触れているのだ。
ライトの話を聞いたレオニスは、早速空間魔法陣を水平かつ下向きに開く。
ラウルはその空間魔法陣の下に手のひらを出し、ザラザラと出てくるアダマントを受け止めていく。
「うおッ!?……これ、ちっこい粒なのにかなり重たいぞ」
「……まだありそうだが、一旦止めるぞ」
ラウルの手のひらに山盛りになったところで、レオニスが一旦アダマントを取り出すのを止めた。まだもう少しアダマントがあるようだが、これ以上出し続けたらラウルの手のひらから溢れてしまう。
「ま、手斧にするならこれくらいありゃ足りるだろ」
「そうだな。そしたらご主人様よ、これを譲ってもらうには何と交換すればいい?」
「そうだなー……そしたらさっき肉屋で買ってたペリュトン肉の料理でいいぞ」
「了解。全部位の唐揚げ食べ比べセットでどうだ? 全種類3kgづつでも20kgぐらいにはなるぞ」
「乗った!」
アダマント鉱石との交換物として、ラウルが提示したペリュトン肉の各種唐揚げセットに速攻で承諾するレオニス。
アダマントの稀少性を考えると、とてもじゃないが唐揚げ20kgでは到底釣り合いが取れるものではない。その価値はヒヒイロカネ程ではないにしても、アダマントだって一粒数万Gは下らないはずである。
だが、宮廷料理に勝るとも劣らないラウルの絶品唐揚げも、ある意味貴重と言えば貴重だ。宮廷料理なんて、平民が滅多に食べられるものではないのだから。
それにレオニスとラウルの仲だ、金銭云々抜きにして当人達が納得できているならそれでいいのだ。
そんなやり取りをしているうちに、最後の目的地である『戦斧工房ガラルド』に辿り着いたライト達。
早速三人は工房に入っていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「こんにちはー、ライトでーす。スヴァロさんはいらっしゃいますかー?」
ライトが奥に向かって呼びかけると、スヴァロとともに一人の年老いた男性が出てきた。
立派な顎髭を生やしていて、顔つきだけ見れば七十前後の老人だ。
だが、ただの年老いた老人ではないのが一目見て分かる。体格がかなり屈強で、半袖から出ている腕が何しろムッキムキなのだ。
下半身もずんぐりとはしているが、全身が筋骨隆々とした強者の風格をまとっていて、ライト達にもそれがひしひしと伝わってくる。
これはきっとこの工房の主、超一流の斧職人ガラルドに違いない―――口にこそ出さないが、ライト達三人は全員同じことを考えていた。
「ライト君、いらっしゃい。手紙を渡す前に、まずはこちらの方を紹介させてくれ。こちらは俺の師匠で、この戦斧工房の主であるガラルド氏だ」
「ようこそ、我が工房へ。俺はガラルドってもんだ。弟子のスヴァロが世話んなってるそうだな」
「初めまして、こんにちは!ぼくはライトといいます。スヴァロさんの息子のイグニス君とは同級生で、このファングに来る時はいつもイグニス君からお父さんお母さんへの手紙を預ってるんです」
「そうか、そりゃ偉いな。手紙一つやり取りするのも大変だが、その手紙一つあるだけで父ちゃん母ちゃんは遠い地でも頑張れるんだからな」
「はい!」
ライトの前まで来たガラルドが、ライトの頭をワシャワシャと撫でる。
鍛冶屋特有の、ゴツゴツとした節くれだった無骨な手。だが、ライトを撫でる大きな手はとても温かい。
今世の自分にはおじいちゃんはいないけど、もしおじいちゃんがいたらこんな風に撫でてくれるのかな……ライトは内心でそんなことを考えながら、照れ臭そうにはにかむ。
ライトの頭を一頻り撫でた後、ガラルドが視線をレオニスの方に向ける。
「ところで、アダマントの手斧を所望している客がいる、とスヴァロから聞いたが……お前さんかい?」
「いや、手斧を欲しがってるのはそっちのラウルだ」
「そっちの兄ちゃんか。ネツァクのルド兄弟のことも知ってるそうだな?」
「ああ。砂漠蟹を一匹丸ごと買い付けに、ネツァク出かけたことがあってな。その時に冒険者ギルドの姉ちゃんにルド兄弟を紹介されて、それが縁で何度かルド兄弟のもとを訪ねている」
ラウルがアダマント製手斧の注文主と聞いたガラルドが、ラウルに向かっていくつか質問をしてきた。
「その流れで、砂漠蟹の解体に使うアダマントの手斧のことを聞いたって訳か」
「そうだ。彼らが使っているのはアダマントで作られた刃物で、特に手斧は爺さんから受け継いだ大事な品だと聞いた」
「そうか、ルド達からそこまで話を聞いておるのか……」
顎に手を当て己の髭を擦りながら、しばし何事かを考えていたガラルド。
視線をラウルに戻し、徐に口を開いた。
「アダマントの手斧を作るにあたり、一つ条件がある。それを飲んでくれるなら、代金は半値にしよう」
「条件とは何だ?」
「作り手は儂ではなくスヴァロ。ここにいるスヴァロに作らせてもらいたい」
「えッ!? 親方、一体何を言い出すんです!?」
ガラルドの突然の申し出に、指名された当のスヴァロが一番びっくりしている。
ここは『戦斧工房ガラルド』、スヴァロはまだ修行中の弟子に過ぎない。
弟子に特注品の製作を任せるという、その理由が気になったラウルがド直球に問うた。
「理由を聞いてもいいか?」
「理由、か……甚だ個人的な事情であることを踏まえて、年寄りの戯言を聞いてくれ」
ガラルドは、ふぅ……と小さくため息をついてから語り始めた。
「アダマントなんてクソ重たい金属を使うこと自体、今はもう時代遅れのナンセンスだ。うちは戦斧を扱う専門店だから、それでもまだ他所よりはアダマントに触れる機会は多いが……」
「それでも何年かに一度オーダーが入るかどうかってところでな、儂ですらもうアダマントの新作武器なんて何年も作っておらん。ルド兄弟や他の戦斧持ちがメンテナンスに持ち込む時くらいしか触らんよ」
ガラルドの話に、ラウルは凡そのことを察する。
斧というのは、ある程度の重量がなければ威力を十全に発揮できない。だが、アダマント程の重さになるとやはりどうしても扱いが困難を極めるのだ。
それに、若い頃は力任せに扱えはしても、年を経る毎にアダマントの重さは枷になる。自身の筋力の衰えにより、扱いきれなくなったアダマントの戦斧を手放して別の軽めの斧に買い換える者も少なくないという。
斧という難しい武器を好き好んで選ぶ者自体が少ないが、その奇特な者達でさえアダマントは不人気なのである。
「アダマントってのは、今でこそ不人気だが……かつては斧を持つ者達の憧れだった。斧使いは、アダマントの戦斧を持ってこそ一人前、と言われた時代もあったんじゃ」
「そんな時代に戻りたいとは言わんし、戻れるとも思わん。だが……アダマントという素晴らしい素材、そしてその素晴らしい素材が持つ無限の可能性を完全に忘れ去ることだけは、何としても避けねばならん」
「そのためには、弟子達にアダマントと真っ向から勝負し格闘する機会が必要なんじゃ。練習品ではない、売り物として通用するレベルのものを作り上げる機会が、な」
ガラルドが切々と訴えかける。それは、職人が常に頭を悩ませる『技術の継承』であった。
一方のラウルは、特に怒るでもなく呆れるでもなく、ただただ平然としている。
「つまり今回の俺のオーダーは、弟子にアダマントを触らせてやる絶好の機会だ、ということか?」
「その通り。こんなことを言うと、お客さん方には不快な思いをさせるじゃろうが……こいつがうちで修行しているうちに、一度はアダマントを一から打たせて武器を作り上げる経験をさせてやりたいんじゃ」
ガラルドが少しだけ申し訳なさそうに言う。
職人の工房で武器防具をオーダーメイドをする際には、工房主が直々に手掛けることが大前提であり常識だ。特に職人の街ファングでのオーダーメイドは、工房主の名前自体がブランド化していることも多い。
職人のブランド目当てにオーダーしに来た人にとって、半値にするから弟子に打たせろ、というのは詐欺にも等しい話になりかねないのである。
だが、ラウルは相変わらず事も無げに言う。
「いや、別に不快には思わん。俺を満足させてくれる切れ味さえ生み出してくれれば、誰が打ったものでも構わん」
「……い、いいのか?」
「ああ。だって、弟子に打たせると言っても、あんただって監修はするんだろ?」
「そ、そりゃもちろんだ!」
「なら問題ない。師匠が売っても良いと認めた品なら、間違いなくそれは逸品だろうからな」
「「!!」」
ラウルの答えに、ガラルドだけでなくスヴァロまでもが目を大きく見開く。
ラウルの言うことはどれも至極真っ当であり、同時に二人へのプレッシャーにもなる。
もともとブランドなどというものに、ラウルは一切興味がない。ラウルが調理器具に求めるのは使い易さや切れ味、頑強で長持ちするなどの、ただひたすらに実務能力だけである。
そう、使い勝手に満足できさえすれば、それが職人製であろうと弟子製であろうとどちらでもいいのだ。
いわゆる『花より団子』主義なのである。
「そしたら、制作期間はどれくらいかかる?」
「そうだな……三ヶ月くれるか。大きな戦斧ならもっと時間はかかるが、手斧なら三ヶ月もあれば十分だろう」
「分かった。そしたらまた三ヶ月後に訪ねる」
とんとん拍子で話が進む中、スヴァロだけが未だにオロオロとしている。
「お、親方……そんな重大な仕事を俺に任せてしまって、本当にいいんですか?」
「当たり前だ。今更何を怖気づいてやがる。お前だって、立派な鍛冶職人になるためにファングで何年も修行してるんだろう?」
「そ、そりゃそうですが……」
「だったらここで男を見せやがれ。家族のもとに戻る時、堂々と胸を張って帰りたいだろう?」
「!!……はい!!」
師匠の檄に、スヴァロはハッ!とした顔になる。
スヴァロはペレ鍛冶屋の跡取り息子として、家業を継ぐために職人の街ファングに修行に出ている。
スヴァロの帰りを待つイグニス達のために、何としてもこの試練を乗り越えなければならないのだ。
スヴァロは意を決した顔になり、改めてライト達の方を向いた。
「ラウルさん、だったか。アダマントの手斧、確かに承った。三ヶ月以内に絶対に仕上げてみせるから、楽しみに待っててくれ」
「おう、楽しみにしてるぞ」
「ライト君、この手紙をイグニスに渡してくれ。返事まで届けてもらって、本当に感謝している」
「どういたしまして!」
スヴァロの心からの礼の言葉に、ライトも明るい顔で返事をする。
そんなライトのことが気に入ったのか、スヴァロもとびっきりの笑顔でライトの頭を撫でながらとある約束を提案する。
「俺がペレ鍛冶屋を無事継ぐことができたら、その時はラグナロッツァで世界一の武器を作ってライト君に進呈しよう」
「えッ!? そそそそんな、ききき気にしなくていいんですよ? だだだだってほら、ぼぼぼぼくはイグニス君の友達ですし!」
スヴァロの申し出に、ライトは突如挙動不審になる。
イグニスはBCOにおける破壊神の化身。その破壊神の父が作る世界一の武器とはどういうものなのか、ライトにはさっぱり想像がつかないのだ。
「ふふっ、うちのイグニスと違って、ライト君は本当に謙虚なんだなぁ」
「そりゃそうだろう、何てったってうちのライトは賢いからな!」
「レオ兄ちゃん、恥ずかしいからヤメテ……」
「イグニスだって、いつも店の手伝いしてて頑張ってるぞ? ただ、学園の勉強だけは嫌いなようだが」
ライトを褒めるスヴァロに、レオニスの兄バカモードが久しぶりに炸裂する。
レオニスの兄バカモードに恥ずかしがるライトの横で、ラウルがイグニスのフォローをしている。週二でペレ鍛冶屋に通うラウルは、イグニスともすっかり仲良しなのだ。
一頻り和やかな会話を交わした後は、工房主であるガラルドに再び挨拶をする。
「では、三ヶ月後にまた来る」
「ああ、それまでには絶対にアダマントの手斧の新作が出来上がるよう、儂もスヴァロにつきっきりで指導しよう」
「親方の期待に添えるよう、俺も頑張れるぜ!」
「その意気だ。じゃ、またな」
三ヶ月後に再び訪ねることを約束したライト達は、ガラルドとスヴァロのいる工房を後にした。
職人の街ファングでの最後の用事、戦斧工房ガラルド二度目の訪問です。
ネツァクのルド兄弟が使う、アダマント製の手斧。それと同じものをラウルが所望した訳ですが。このアダマントというのもオリハルコン同様、架空の物質なのですよねぇ。
↓以下、某Wikipedia先生からの抜粋引用↓
アダマントとダイヤモンドはともに「征服されない」(否定接頭辞 α- + δαμαω)を意味するギリシア語のアダマス(αδάμας)から派生した語である。
アダマンティン(adamantine)は、「アダマントの」「アダマントのような」を意味する英語の形容詞である。
日本語では金剛の訳を当てることがある。
現代の創作物では、アダマンチウム(adamantium : 語尾に -ium をつける新ラテン語にならった金属名)やアダマンタイト(adamantite : 語尾に -ite をつける鉱石名)という変形もよく使われる。
↑引用ここまで↑
実在する物質ならともかく、想像上の物質なので色とか質感もまた想像するしかないのですが。こういうのを決めるのが、ホンットに毎回悩みどころでして(=ω=)
とりあえず、これまでに出てきたヒヒイロカネやオリハルコンと違う方向の色にしたくて、拙作のアダマントは『青みがかった黒』ということにしました。
これなら手斧になった時もそれっぽくなりそう!
というか。ラウルよ、君は一体いくつ調理器具を手に入れれば気が済むのかね?( ̄ω ̄)
……ぇぇ、はい、分かってますよ。君の料理道に果てなどある訳ないよね_| ̄|●




