第717話 夢が詰まった宝箱
『至高の杖ユリウスの館』を出たライト達。
そろそろお昼も近いので、昼食を摂ることにした。
半年前にファングを訪ねた時は、ファングの名産品であるペリュトン肉がメインの定食屋に入った。今回もペリュトン肉を食べよう!ということで、ペリュトンがモチーフになっている看板を頼りに定食屋に入る。
適当に選んで入った店だが、店内は結構人がいてなかなかに繁盛しているようだ。
空いているテーブル席に三人で座り、壁にかけてあるメニューを揃って眺める。
「俺はペリュトンカツにするかなー」
「ぼくはペリュトンカレー!」
「俺はペリュトンハンバーグがいいな」
メニューがサクッと決まり、三種類全部を三人前づつ注文する。
ライトだけはペリュトンカレー一人前分で、ラウルは三種類を一皿づつ、残りの五人前はレオニスが食べる分だ。相変わらず大食いである。
注文したメニューがどんどん届く中、レオニスとラウルはガツガツとペリュトンメニューを食べていく。
「おお、このペリュトンカツ、肉が厚めで美味いな!」
「こっちのハンバーグもなかなかに食べ応えがあるぞ」
「ぼくのカレーも美味しいよー。お肉に独特の風味があるよね!」
九人前をペロリと平らげたライト達は、店を出て本日三つ目の目的地である包丁職人バーナードのもとへ向かう。
道の途中に肉屋があったので、ラウルがペリュトン肉の各部位をサクッと30kgづつ購入していく。ヒレ肉にロース肉、肩肉、バラ肉、モモ肉、スネ肉等々、ありったけの部位を購入していくラウルに、肉屋の店主もホクホク顔である。
いつも以上の大量購入に、びっくりしたレオニスが問うた。
「また大量に買っていくなぁ……そんなにたくさん買ってどうすんだ?」
「近いうちにオーガの里で宴が開かれるだろ? その食材にする予定だ」
「あー、そういやそんなこと言ってたっけな」
今から十日程前に、ライトとラウルがオーガの里に出かけた際に宴が催されることになった。それは、オーガの里で新たに生まれた黒妖狼の誕生を祝う宴である。
しかし、それが決まった二日後にユグドラツィ襲撃事件が起きてしまい、ライト達はこれまで宴どころではなかった。
それもようやく解決した今、オーガの里での宴のことを考える余裕も出てきたのである。
肉屋の店主の「ありがとうよ!また来ておくれ!」という弾む声に見送られながら、再び次の目的地に向かうライト達。
しばらくして『包丁工房バーナード』という看板を掲げた工房に辿り着いた。
ラウルが先陣を切って工房の中に入っていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
店内に入ると若い娘がいて、入店してきたラウル達に明るく声をかけてきた。
「いらっしゃいませー。どんな包丁をご所望ですか」
「半年前に、オリハルコン包丁をオーダーした者だが。店主はいるか?」
「……!!少々お待ちください、父を呼んでまいります!」
その若い娘は、前回訪ねた時にもいた工房主の娘である。
ラウルがオリハルコン包丁のオーダー主であることを伝えると、娘は慌てふためきながら奥に向かっていった。
如何にラウルが眉目秀麗の美青年であっても、さすがに半年前に一度訪ねたきりの客の顔までは覚えていなかったようだ。
しばらくしてから、奥から工房主のバーナードが出てきた。
その手には、小綺麗な木箱が抱えられている。
「お客さん、いらっしゃい!」
「半年ぶりだな。約束のものは出来ているか?」
「もちろん!俺は一度受けた仕事は、何が何でも絶対に完璧に仕上げる男だ」
「そりゃ頼もしいな。早速見せてもらえるか?」
「おう、こっちに来てくれ」
バーナードがカウンターのテーブルに、自ら持ってきた木箱を置いて蓋を開ける。
箱の中には淡い黄金色に光る一本の包丁があった。
包丁の横には、オリハルコン包丁を収納する木製の鞘が並べて収められている。その鞘は、オリハルコン包丁の柄と同じ木の色をしていた。
おそらくラウルが注文時に渡した、神樹ユグドラツィの枝から作り出されたものだろう。
それにしても、キラキラと輝くオリハルコン包丁の何と美しきことよ。その煌めきに、ラウルはしばし息をするのも忘れて見入っている。
そしてラウルだけでなく、ライトとレオニスもラウルの横から箱の中を覗き込んで「「……ぉぉぉ……」」と思わずため息を洩らしている。
「おおお……これが……俺のオリハルコン包丁……」
「おう、こんなにも素晴らしくイカれたクレイジーな包丁は、この世に一振りしかないぜ!」
「すっごい綺麗な包丁だね……ラウル、こんな素晴らしい物を作ってもらえて良かったね!」
「おう、これもご主人様達のおかげだ」
ライトの祝いの言葉に、ラウルも思わず微笑みながら礼を返す。
レオニスはレオニスで、オリハルコン包丁にかなり興味を唆られたようだ。
「なぁ、店主、このオリハルコン包丁は制作にどれくらいの期間がかかったんだ?」
「俺がオリハルコンの特性を思い出すために、長剣工房に通いで修行入りしたのが三ヶ月間。そこから工房に戻って、オリハルコン包丁を試行錯誤しながら二ヶ月以上かかった」
「やはりそれだけの期間がかかるのか……大したもんだな」
バーナードの話によると、オリハルコン包丁が出来上がったのは本当につい最近のことらしい。
通いで他所の工房に修行に出ながらオリハルコンという金属の特性を習い直し、自分の工房に戻ってからも他の仕事をこなしつつオリハルコンを打ち続けたという。
如何に一世一代の大仕事とはいえ、日々の糧も得ていかなければならない。実に大変な日々である。
そんな制作の日々を語っていたバーナードが、改めてラウルを見つめながら真剣な顔で語る。
「……でも、大変ではあったけど、すごく充実した日々でもあった。お客さん方には、こんな貴重な体験をさせてくれたことに感謝してるんだ」
「俺も包丁職人として、ここに工房を構えてもう二十年くらいになるが……五十手前にもなって、こんな新鮮な気持ちで包丁を打てるとは思っていなかった」
「本当に……本当にありがとうな!」
最後には満面の笑みとともに、バーナードがラウルの前にオリハルコン包丁入りの木箱をズイッ、と差し出した。
その木箱には、ラウルの夢がこれでもか!というくらいにたくさん詰まっている。まさにラウルにとっては宝箱のようなものだ。
ラウルは差し出された木箱に向けてそっと手を伸ばし、中から包丁を取り出してじっくりと眺める。
「まだここでは切れ味を試していないが、刃文を見ればその鋭さが分かる。生半可な剣や槍よりも、余程鋭い切れ味を誇るだろうことは明白だ」
「間違いなくこいつは、俺のこれまでの包丁コレクションの中で最も優れた切れ味の包丁となる。食材どころか、大木や岩までスパスパと斬っちまいそうだ」
「生涯に渡って使い続けられる、まさに俺の宝物だ。こんな素晴らしい包丁を作ってくれて、本当にありがとう」
さすがに今ここですぐに切れ味を試す訳にはいかない。ラウルとしても、初めての包丁を外で試すよりラグナロッツァの屋敷に帰ってゆっくりと堪能したいはずだ。
ラウルは逸る心を抑えつつ、木箱の蓋をして空間魔法陣に仕舞い込むと、それと入れ替わりに財布を取り出した。
「代金は、前に言っていた5万Gでいいか?」
「ああ、そういう約束だからな。5万Gもらえりゃ上等だ」
「じゃ、これでよろしく」
ラウルが財布から金貨五枚を取り出して、バーナードに渡す。
これでラウルが特注に出したオリハルコン包丁は、晴れてラウルのものとなった。
ラウルが夢にまでみたオリハルコン包丁が、念願叶って手に入れることができた。今年の正月の年始に語った、今年の目標が無事達成された瞬間であった。
するとここで、レオニスが思わぬことを言い出した。
「あー、俺もここでオリハルコンの果物ナイフを作ってもらおうかなー」
「……何だよ、ご主人様なら普通にオリハルコンの剣とか何本も持ってんだろ? 俺、こないだ武器庫見て知ってんだからな?」
「オリハルコンの剣なんて、如何にも普通過ぎてつまらんじゃねぇか。そんなんよりも、お前の作った包丁とか小刀の方が小回り効いて、野営に使うにも良さそうだしよ」
「それならオリハルコンの短剣でいいだろうよ……」
「いんや!それじゃつまらん!」
レオニスの子供のような言い分に、ラウルが呆れながら反論している。
きっとレオニスは、ラウルが念願叶ってオリハルコン包丁を手に入れた喜びに浸っているのを見て、自分も何かオンリーワンの武器を新しく欲しくなったのだろう。
メインの得物は変わらず大剣を使い続けるだろうが、腰に佩く小刀の代わりに身に着けたいようだ。
そんなレオニスとラウルのやり取りに、新たな販売機会を見逃さないバーナードがレオニスに向けて声をかける。
「お客さん、オリハルコン製で果物ナイフのような小刀が欲しいなら、うちで一振り作るぜ?」
「お、ホントか? そしたらオリハルコンの鉱石は俺が出すから、作る期間と値段は如何程だ?」
「材料持ち込みで小刀程度なら、一ヶ月もくれれば十分だ。オリハルコンの扱い方はもう十分思い出したからな。価格は……そうだな、2万Gでどうだ?」
「よし、買った!」
バーナードの営業トークが功を奏し、その場で即取引成立した。
バーナードとガッチリ握手を交わし、早速代金前払いとオリハルコン鉱石を差し出すレオニス。
その横で、何やらラウルが「このご主人様も武器コレクターというか、ホントに新しい物に目がないよな……」と呟いているが、それは特大ブーメランというものである。
そう、祭りや他の街での買い物の度に新しい刃物や食器類を購入するラウルもまた、レオニス並みに新しい物に目がないのだから。
レオニスと取引成立したバーナードが、ラウルに改めて声をかける。
「お客さん、オリハルコン包丁のメンテナンスはどうする? 俺としては、不具合がなくても年に一度は見せに来てほしいんだが」
「研ぎ直しとか、やはり他の鍛冶屋では無理か?」
「オリハルコンを使う頻度が高い鍛冶屋なら、やってできんことはないだろうが……滅多にオリハルコンを触らんような鍛冶屋には出さんでくれ。オリハルコンの扱いに長けてないと、研ぎ直すどころか変な研ぎ方をしてダメにしちまう可能性もある」
メンテナンスの話を切り出されたラウル、バーナードの論を聞いて納得する。
本当はいつものようにペレ鍛冶屋に研ぎ直しを依頼するつもりだったのだが、ペレ鍛冶屋がオリハルコンの扱いに慣れているかどうかは不明だ。
それに、オリハルコン包丁の生みの親であるバーナードとしても、渾身の作品のメンテナンスを他の鍛冶屋に頼まれるのも不本意であろう。
そうした諸々の事情により、ラウルも納得しつつバーナードに返事をした。
「分かった、そしたら年に一度はここに持ち込んで見てもらうことにしよう」
「そうしてくれるとありがたい。メンテナンスは無料で行うから、是非ともまた来年来てくれ!……あ、そっちのお客さんの小刀は一ヶ月後にまた受け取りに来てくれ」
「出来上がりを楽しみにしているから、よろしくな」
新たなオーダーメイドを受注して、ホクホク顔のバーナード。
念願のオリハルコン包丁を入手したラウルも恵比須顔。
そしてラウルに乗っかって新しい小刀を発注したレオニスもニコニコ笑顔。
大人達全員の花咲くような笑顔に、ライトもまた笑顔になるのだった。
ラウルの念願のオリハルコン包丁入手です。
ライトがユリウスにワンドを注文したのと同じ日にオーダーしたので、こちらもライトのワンド同様一年越しの入手ですね。どっちも長かった……><
オリハルコンというのは架空の金属な訳ですが、まぁゲームや漫画、アニメなどでもお馴染みの伝説の金属ですよね(・∀・)
オリハルコンをggrksすると、それこそまぁ諸説出てくる訳ですが。真鍮説が有力?で、青銅説やその他諸々あるのですね。
真鍮説が有力っぽいようなので、拙作もそれに倣い『淡い黄金色』としましたが。黄金色の包丁って、あんま見かけない気がする…( ̄ω ̄)…
まぁ、それはそれでレア感アップしそうですが、ラウルのことなので早速毎日の料理にガンガン使い倒すことでしょう。
そう、道具は使ってナンボですからね!(º∀º)




