第715話 ドライアドの末裔の力
2022年最後の投稿です。
今年も一年間、拙作をご愛読いただき本当にありがとうございました。
今後も執筆頑張りますので、引き続きご愛読いただけると嬉しいです。
どうぞよろしくお願い申し上げます。
ライトが初めてのワンドに大満足している横で、レオニスがユリウスにお手入れの方法やベストな保管方法などを聞いている。
レオニスも魔法は一通り使えるが、普段から大剣使いの基本脳筋族なので、ワンドや杖などほとんど使ったことがないのだ。
「当工房の杖には、全て秘伝のニスを使用しております。さらには防水魔法を幾重にもかけております。ですので、湿気対策などはほとんど必要ございません。汚れたら、柔らかい布やタオルなどで軽く拭いて汚れを拭うだけで十分です」
「おお、そりゃいいな。手入れは簡単な方がいいからな」
「とはいえ、さすがに丸一日以上水に浸かりっぱなしはよろしくないので、極力お避けください。如何に神樹の枝とはいえ、木の枝であることに変わりはありませんので」
「承知した」
ユリウスが伝える注意点に、レオニスは軽く頷き承諾する。
確かにもとの素材がどれだけ貴重なものであっても、木工製品であることに変わりはない。
神樹ユグドラツィとて、一本の樹木であることには違いないのだ。
「品を受け取る前に、一応再確認しておくが……代金は前回渡したユグドラツィの枝でいいんだよな? 加工賃とか別途で出す必要があるなら、今ここで支払うぞ?」
「大丈夫です。半年前にお譲りいただいた神樹の枝で十分でございます」
「そうか? ならいいが……」
レオニスがオーダーメイドの代金について、ユリウスに再度確認をする。
ユリウスは、今サイサクス世界で最も人気の高い杖職人だ。そんな人気ナンバーワンの職人の、しかも渾身の作品を果たして本当に物々交換だけで得てもいいのか?という一抹の不安があるのだろう。
そう、ラウルとの労使交渉で付与魔法とスイーツを交換するのとは訳も次元も違うのだ。
しかし、当のカリスマ杖職人であるユリウスは、レオニスの問いに事も無げに応える。
「考えてもみてください。神樹の枝などという世にも貴重な品を、他のどこで入手できるとお思いで? 間違っても市場にホイホイ出回る代物ではありませんし、杖職人である私でも今まで生きてきて初めて手にしましたよ」
「まぁな。……ま、ここの工房主であるあんたが納得してるならそれでいいか」
「ええ。あれ程立派な神樹の枝を手に入れられるなんて、私は何という果報者でしょう。今回の奇跡の出会いに、私の方こそ感謝しなければなりません」
にこやかな笑顔で満足そうに答えるユリウスに、レオニスの方も納得したようだ。
確かにこの世の中には、どれ程金を積んでも手に入れられない品というものがある。ユリウスにとっては、まさに神樹の枝がそれであった。
念願の神樹の枝を入手できたことが余程嬉しいのか、何やらうっとりとした顔で語り始める。
「この半年間、私は本当に毎日が幸せでした……ワンドを作るために日々神樹の枝に触れられるだけでなく、その報酬としてまっさらな状態の神樹の枝まで譲り受けることができて……毎朝起きた時と毎晩寝る前に、思う存分撫でさせていただいております」
「そのおかげで、最近の私はすこぶる絶好調でしてね。少し前まで患っていた腰痛や肩凝り、偏頭痛など、長年悩まされてきた体調不良も全くないんですよ!」
「ああ、やはり神樹様は偉大です……この世で最も高貴で尊い存在であらせられます……」
両手を胸の前で組み、恍惚とした表情で語るユリウス。
ドライアドを祖に持つというだけあって、神樹への心酔っぷりが半端ない。さながら神樹教という宗教の教祖を崇める敬虔な信徒のようである。
うっとりとしながら滔々と語るユリウスに、レオニスも「ぉ、ぉぅ、そうか……そりゃ良かったな……」と答えるのがやっとである。
というか、途中何だか健康器具や健康食品の体験談を語るCMのようになっていたが。もし本当に神樹の枝が腰痛肩凝り偏頭痛に効くのだとしたら、世紀の大発見並みにすごいことだ。
ただしそれは、木の精霊の気質を色濃く受け継いだユリウスの『極めて個人的資質による効果』の可能性が高いので、他の普通の人間はその効能を期待してはいけない。
するとここでユリウスがふと何かを思い出したのか、それまで歓喜に満ちていた表情が一転して曇る。
伏し目がちで俯きながら、ユリウスが不安そうな面持ちで口を開く。
「ですが、一週間程前に何故か言い知れぬ不安感というか……胸騒ぎがしてならなかったのです。そう、まるで半身を失ってしまうかのような……」
「強烈な胸騒ぎは五日程も続き、何故か一昨日から不安感は消えましたが……それまでの五日間、生きた心地がしませんでした」
「レオニスさん、何か心当たりはありませんか? 例えばどなたかの神樹様の身に何かが起きたとか……」
ユリウスの質問に、ライト達は内心で驚いている。
ユリウスが語っていたことは、まさにユグドラツィ襲撃事件が起きた時期であり、意識不明のユグドラツィが目を覚ました日までぴったり一致していたからだ。
ユグドラツィのいるカタポレンの森とここファングの街は、距離的にかなり離れている。それなのに、こんな遠い地にいてもユリウスはユグドラツィの生命の危機を胸騒ぎや不安感といった形で感じ取っていたのだ。
さすがドライアドの末裔を名乗るだけのことはある、とライト達は内心でとても感心していた。
「……よく分かったな。実は先日、カタポレンの森にいるユグドラツィが何者かに襲撃されたんだ。大量の虫型魔物に襲われて、さらには謎の黒い液体のようなものにまで侵蝕されて―――」
レオニスがユリウスの問いに答える形で、ユグドラツィ襲撃事件のことを掻い摘んで話していく。
その話を聞いている間、ずっとユリウスはとても悲しそうな顔をしていた。
「何と……何ということでしょう。世界の至宝、ユグドラツィ様の生命を狙う非道な輩がいるとは……」
「とりあえずツィちゃんはもう大丈夫だ。あんたが不安感が消えたという一昨日の日に、ようやく目を覚ましてくれた」
「それは良かった!本当に、本当に良かったです!……レオニスさん、ユグドラツィ様をお救いくださってありがとうございます!ユグドラツィ様にとっても、そして我が一族にとっても貴方は大恩人で救世主です!」
レオニスのもたらした朗報に、目を潤ませて喜ぶユリウス。
そしてユリウスは突然立ち上がり、テーブル越しに座るレオニスの両手をガッシリと握り、ブンブンブブブン!と激しく上下に振る。あまりにも激し過ぎるそれは、どうやら感謝の握手らしい。
一通り気が済むまで握手したユリウスは再びソファに座り、改めてレオニスにとある提案を申し出た。
「レオニスさん、よろしければ今回ライト君にお作りしたワンドのメンテナンスを、当工房にて生涯無料でご奉仕させていただきたいのですが」
「そんなことまでしてもらっていいのか?」
「もちろん。ユグドラツィ様をお救いくださった貴方方は、私にとっても大恩人に等しい。そのご恩に報いるべく、是非とも今後のメンテナンスを私に任せていただきたいのです」
キリッ!とした顔できっぱりと言い切るユリウス。さすがは神樹教の敬虔な信徒である。
「ワンドのメンテナンスってのは、どのくらいの期間で通えばいいんだ?」
「日常生活でお使いいただいて、特に何の問題もなければ年に一度で構いません。ただし、水に長時間漬けてしまったとか、他にも何か不具合とか起きましたら一年を待たず、すぐに当工房へお越しください。全身全霊全力を以って修復に当たらせていただきます」
「分かった。じゃあ、何事もなければまた来年ここにこよう。ライトも大事に使えよ? ツィちゃんの枝で作ったワンドだからな」
「うん!!」
年に一度ワンドのメンテナンスをすればいいというのは、思ったよりも楽そうだ。
レオニスに話を振られたライトも元気よく頷いている。その両手にはワンドがしっかりと握られており、ライトの胸の前に大事そうに抱えていた。
するとここで部屋の扉がノックされ、お茶とお茶菓子を乗せたワゴンとともにバニーが入室してきた。
「お茶をお持ちいたしました」
「ご苦労さま」
バニーが四人分のお茶とお茶菓子を、テーブルの上に手際よくそれぞれの前に置いていく。
格好こそアレだが、従業員教育はしっかりなされているようだ。
「ささ、お品物も無事お引き渡しできたことですし、皆様是非ともお茶を飲んでいってください。その間に、当工房にて無料メンテナンスを請け負う旨の契約書兼保証書を作成いたしますので」
「承知した。確かに特注品やそのメンテナンス関連は、それらの内容を明記した契約書や保証書が必要だからな」
「君、お茶を持ってきてくれたばかりですまないが、保証書用の書類を持ってきてくれるかい」
「畏まりました」
ユリウスがお茶を運んできたバニーに、新たな仕事を頼んでいる。
この部屋には執務用の机らしきものはないので、そうした書類も置いていないのだろう。
新たな仕事を受けたバニーが、ワゴンとともに再び部屋を出ていく。
数分後に部屋に戻ってきたバニーの手には、書類と封筒とペンが握られていた。
「ユリウス様、書類をお持ちいたしました」
「ありがとう。こちらに置いてくれるかい」
「畏まりました」
ユリウスが自分の前にあるお茶を横に退けて、書類をテーブルの上に置いて目を通していく。
そしていくつかの箇所を修正し、余白部にサラサラと文言を書き込んでいく。
最後に一番下の空白部分に己の名前を書き入れて署名していった。
工房主の名前を署名した保証書?を丁寧に三つ折りにし、書類とともに持ち込まれた封筒に仕舞ってからレオニスに渡す。
「こちらが当工房発行の保証書になります。くれぐれも失くさないよう、ご注意くださいませ」
「分かった。ライト、この木箱に入れて俺が預っておくからな」
「うん、よろしくね!」
レオニスが木箱の中に保証書を入れて、蓋をしてから空間魔法陣に仕舞い込む。
「レオ兄ちゃん、そしたら今度はこのワンドを腰に下げるホルダーが欲しいな!」
「そうだな、出かける時にはいつでもすぐにワンドを取り出せるよう専用ホルダーが要るな。……ユリウス、店の方でワンド用のホルダーは売っているか?」
ライトの新たな要望に、レオニスも頷きながら工房主であるユリウスにホルダーの有無を尋ねる。
ホルダーは言ってみれば剣帯と同じで、常にワンドを身に着けておくための帯である。
そう、いちいちアイテムリュックから出し入れしていたら、万が一の非常事態時にすぐに使うことができないのだ。
今でもカタポレンの森に住むライト、これからワンドを使いこなしていくためには、ワンドを脇差しのようにして常時身に着けておく必要があるのだ。
「はい、もちろんございます。当工房は杖専門店ですので、杖以外の周辺用品の取り扱いもしております」
「じゃ、店の方に行ってワンド用のホルダーを一つ買っておくか」
「では私が店内をご案内いたしましょう」
「よろしく頼む」
特注品のワンドを受け取った次は、ライトのワンド用ホルダーを購入することになった。
ライト達はユリウスの部屋を出て、四人で店の方に向かっていった。
前書きにも書きましたが。本日は12月31日の大晦日、2022年最後の投稿です。
突発的な不可避のリアル事情で二回お休みをいただきましたが、それを除けば今年も何とか一日一回の更新を続けることができました。
これもひとえに読者の皆様方の温かい声援のおかげでございます(;ω;) ←感涙
2022年も残りあと数時間ですが、良いお年をお過ごしくださいませ。
もうすぐ来る2023年も、日々更新を続けていけるよう作者も頑張ります!




