第714話 初めてのワンド
戦斧工房ガラルドを出たライト達は、杖職人ユリウスが経営する『至高の杖ユリウスの館』に先に向かった。
ライト用にオーダーしたワンドを受け取りに行くためである。
ちなみにラウルの包丁受け取りは、一番最後に回る、と最初から決まっている。何故ならば、早々にオリハルコン包丁を受け取ると、ラウルが一刻も早くラグナロッツァに帰って使いたくてウズウズしてしまうからである。
『至高の杖ユリウスの館』の建物の前に到着したライト達。相変わらずその華美な外装に圧倒される。
これ程の豪奢な建物は、ファングどころか首都ラグナロッツァでもそうそうお目にかかれない。普通の庶民なら、その外観だけで気後れして敷居を跨ぐことすらできなさそうだ。
だが、黄金週間のビッグイベント鑑競祭りでラグナ宮殿に入ったこともあるライト達は、民間の建物で臆することはない。
それに今日は、経営主であるユリウスに個人的に請けてもらった特注品を受け取りにきた、紛うことなき正規の客である。その代金も既に支払い済みだし、引け目を感じる必要など一切ないのだ。
「レオ兄ちゃん、お店に入るけど……今日は騒ぎを起こしたりしないでね?」
「おう、任せとけ。あっちが舐めた真似してこなきゃ、俺の方から何かするこたぁないから安心しろ」
「ぃゃ、だからね? それが一番安心できないんだってば……くれぐれも一般人相手に威圧かけちゃダメだからね?」
「分かった分かった」
前回初めてこの工房を訪れた時に、従業員の態度があまりよろしくなくて店内で一触即発の空気となってしまった。その苦い経験から、今度は入店前にライトがレオニスに釘を刺す。
だがしかし、レオニスは別段気にかける様子は微塵もない。
ライトは、はぁ……と小さなため息をつきつつ、店の扉を開ける。
中では多くの客で賑わっていた。
「いらッしゃいませぇ~♪」
「『至高の杖ユリウスの館』へようこそ~♪」
前回訪ねた時と同様、中に入った瞬間にバニーガール風のコスプレをした美女達がライト達を囲む。
だが、その美女達はしばらくしてから身体の動きがピタリ、と止まる。今自分達が囲んだ客が誰なのかを、彼女は瞬時に理解した。
何故なら本日のレオニスは、トレードマークである深紅のロングジャケットを着ているためである。そう、今日は前回のラグナ教支部調査の時のような隠密お忍び行動をする必要はないのだ。
突然一人のバニーが軍隊式のようにビシッ!とした姿勢になり、背筋を伸ばしてライト達に挨拶をする。
他のバニー達も背筋と伸ばし腕を真っ直ぐ下ろし、ピシッ!とした姿勢でライト達の左右に直立不動で立っている。
「よ、ようこそお越しくださいました!今すぐオーナーのもとにご案内いたします!」
一番最初に背筋をしゃんと伸ばしたバニーが、ユリウスのもとに案内すると言うのでライト達はそれに素直に従い後ろをついていく。
それ以外のバニー達は、挨拶を終えた直後に蜘蛛の子を散らすようにサササーッ!とその場を離れ、他の客についたり引っ込んだりしていった。
この様子からすると、次にレオニスが店に現れたらどういう対応をするのか、店側でガッツリと決めていたのかもしれない。
バニーが店の奥に入り、奥に続く通路を楚々と歩いていく。
この工房以外にリアルでバニーガールなんて見たことのないライト。先頭を歩いているバニーのお姉さんの尾てい骨についている、ポンポンのような白いウサギの尻尾もどきを見て『あー、バニーガールって、ホントにああいう尻尾ついてんだー』などと呑気なことを考えている。
そうして到着した最奥の部屋の手前で一旦止まり、バニーのお姉さんが扉をノックする。
「ユリウス様。レオニス様御一行がいらっしゃいました」
「……どうぞ、入っていただいてくれたまえ」
中にいる主の返事を聞いたバニーのお姉さんが、扉を開けて恭しく頭を垂れる。
開いた扉を通り、部屋の中に入っていくライト達。
部屋の奥には、工房の主であるユリウスが立っていた。
その両腕は思いっきり広げられていて、全身全霊でライト達を大歓迎していることが丸分かりである。
「レオニス卿、そしてライト君!ようこそ再び我が工房にいらしてくださいました!心より歓迎いたします!」
「お、おう……久しぶりだな。約束通り半年経過したが、ワンドの方はもう出来上がっているのか?」
「もちろんですとも!ドライアドを祖に持つ末裔として、此度の約束を違える訳にはまいりませんからね!」
「そ、そうか……」
ものすごくハイテンションなユリウスに、注文主として対応するレオニスも若干気圧されている。
レオニス達の来訪を、ユリウスも心待ちにしていたようだ。
「じゃ、早速品物を見せてもらえるか?」
「ええ!今お品をお持ちしますので、どうぞこちらにお掛けになってお待ちください。……あ、君、お客様方にお茶とお茶菓子を持ってきてくれるかい?」
「畏まりました」
ユリウスの勧めに従い、ロングソファに座るライト達。
向かって左からレオニス、ライト、ラウルの順で座る。子供一人を挟んで大人二人が座っても、ゆったりとした座り心地の大きなソファである。
そしてユリウスは部屋の隅に控えていたバニーに、お茶を持ってくるように指示する。
バニーは主の指示を受け、お茶の用意をするために部屋を出ていった。
ユリウスは部屋の中にある、入口とは違う別の扉に右手を翳す。するとその扉がスゥッ……と消えた。どうやらそれは、ユリウス本人だけが開けられる扉のようだ。
開いた扉から奥に入り、しばらくするとユリウスが一つの木箱を腕に抱えながら出てきた。
ユリウスが再び部屋に戻ると、特に何もしていないのに再び扉が現れて奥への道が閉じられた。その部屋はきっと、大事な物を保管する隠し金庫や宝物庫のような役割なのだろう。
大事そうに抱えていた木箱を、ライト達の前にあるテーブルの上に置くユリウス。そ
その木箱は50cmくらいの長さで、とても美しい装飾が施されていて見るからにゴージャスな箱だ。その中に、ユグドラツィの枝で作ったライト用のワンドが入れられているのだろう。
箱の蓋をユリウスがそっと外し、中の物を披露した。
「こちらが、神樹ユグドラツィの枝で作ったワンドでございます」
箱の中には綿が敷き詰められ、その上に真っ白なシルクの布がかけられている。それは、一本のワンドのためだけに用意された、極上の布団。
その極上の布団に包まれるようにして、箱の中央に神樹の枝から作られたワンドが入っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「おおお……これが、ぼく専用のワンド……」
目の前に置かれた木箱の中に、恭しく収められているワンドを見たライトが思わず呟く。
そのワンドは30cmくらいで小ぶりだが、子供のライトが持つにはちょうど良い長さだ。
形状は単なる棒状ではなく、持ち手の部分が鳥の嘴のようなL字状になっている。グリップがあることで、手に持つ時にしっかりと握ることができそうだ。
自分のためのワンドを目の当たりにして、喜びが抑えきれないライト。
ワクテカ顔になりながら、ユリウスに向かって早速尋ねる。
「あの……手に持ってみてもいいですか……?」
「もちろんですとも。このワンドはライト君、君のために作ったものなのですから」
「……ありがとうございます!」
ライトの問いかけに、にこやかに答えるユリウス。
早速ライトは箱の中に入っているワンドに手を伸ばし、シルクの布の下に手を滑り込ませて両手でそっと杖を持つ。
持ってみた感じではとても軽く、非力な子供でも扱いやすそうだ。もっともライトは非力な子供ではないのだが。
杖の表面はとても滑らかで、まるでワックスを何度も塗ったかのように艶やかさな輝きがある。
ライトは持ち手のグリップを右手で握り、片手で持ってみる。麺棒や棍棒のような単なる棒状よりも、手でしっかりと握れるグリップタイプの方がワンドを落としたりする心配もなさそうだ。
兎にも角にも、見た目も手からに取った感じから何から何まで、全てがパーフェクトだった。
「とっても良いワンドですね……すっごく気に入りました!」
「ワンドの持ち主となるライト君に気に入っていただけたようで、私もとても嬉しく思います」
「レオ兄ちゃん、こんな素敵なワンドを注文してくれてありがとう!」
「おう、ライトが気に入ったなら何よりそれが一番だ」
特注品のワンドが気に入ったライト、その場でレオニスにも礼を言う。
実際にはこのワンドの代金は現金での支払いではなく、ユグドラツィの別の枝を一本丸ごと譲渡することで話はついている。
ぶっちゃけ物々交換で、金銭的な支払いは一切発生していないのだが。それでもやはり、ライト用のワンドを作ることを認めてくれたレオニスにも礼が言いたかったのだ。
初めての自分専用のワンド、魔法使い用の杖を入手したライトの目はこれ以上ないくらいに輝いている。
目を輝かせるだけでなく頬まで紅潮させて喜ぶライトに、レオニス達もまた笑顔に満ちていた。
ファングでの二件目の用事、ライト専用ワンドの受け取りです。
ライト達がファングで特注したのが一月下旬のこと。そこから約束の期間である半年が経過し、ようやく受け取れる時が来ました。
杖職人ユリウスに個人的に依頼することになったのが第365話での出来事なので、そこから350話ぶりの杖工房訪問ですね。……って、ほぼ一年がかりか…( ̄ω ̄)…
というか、ライト用のワンドのイメージがなかなか浮かばなくて、一苦労どころかかなり苦戦しましたですよ……
『ワンド』とか『魔法使い用の杖』で検索しても、どうにもイメージ的にピンと来ないというか……検索結果の半分くらいが、世界一有名な某ハリポタさん関連が出てくるんですけども。
今日は年末ド真ん中の小晦日。かなりバタバタして時間に追われながらの投稿で、イマイチ納得できていない内容なので、後で少し手直しするかもしれません。




