第71話 新しい門出
『はああああ……ここ最近、いろんなことが起きすぎた……』
入浴を済ませ、再び布団の中に潜るライト。
少し長めの昼寝をしてしまったせいもあり、なかなか寝つけない。
もぞもぞと寝返りを打つライトに、レオニスが声をかける。
「何だ、昼寝のし過ぎで眠れないのか?」
ライトの頭を優しく撫でながら、聞いてくるレオニス。
「うん……でも、明日はラグーン学園の入学初日なんだから、ちゃんと寝ないといけないのは分かってるんだけど……」
「そうだな、寝坊したりまた寝不足になったら困るもんなぁ」
「むぅぅぅぅん……」
顔を顰めるライトに、少し笑うレオニス。
「お前ももう8歳で、これから学校に通うようになるんだから、俺の添い寝も必要なくなるかな」
「えっ……それは、ちょっと、まだ、寂しい、かも……」
ライトはレオニスの思わぬ言葉に若干驚きつつ、寂しさを隠そうともせず軽く抵抗する。
最初のうちこそ年相応に振る舞うための、ハリウッド俳優級演技だったはずなのだが。長く演じているうちにいつの間にかその演技に引き摺られて、だんだんと今の年齢に応じた精神年齢になってきてしまっているのかもしれない。
「そうか?まぁ、俺もお前がもういいと言うまでは、いくらでも添い寝するつもりではいるが」
「じゃあ、もうちょっとだけ……いっしょに寝てくれる?」
「ああ、喜んで」
「ありがとう、レオ兄ちゃん」
穏やかな優しい声音で、ライトのお願いを快く受け入れるレオニス。
我ながら甘えん坊だなぁ、と自覚するとともに、その甘えん坊っぷりに後から気恥ずかしくなり、ガバッ、と布団の中に隠れてしまったライト。
「おっ、何だ何だぁ?ライトめー、今更照れるなよぅーwww」
「きゃー、やめてー、いやーん、くすぐったいいいい、あひゃひゃひゃ!」
布団に隠れたライトに手を伸ばし、脇の下やら腰の辺りをこちょこちょと擽るレオニス。
幼いライトがレオニスの腕力に敵うはずもなく、なされるがままにくすぐられて笑い転げるライト。
そうやってしばらくじゃれ合っていると、疲れてきたのかライトはヘロヘロになっていく。
やがてその疲労からライトはだんだんとおとなしくなり、ゆっくりと眠りについていく。
すぅ、すぅ、と小さな寝息を立てて眠るライトの顔を眺めながら、レオニスは呟く。
「ライトももうすぐ8歳かぁ……早いもんだなぁ」
「ライトは俺が全く理解できない、不思議な言動をすることも多いが……ま、俺やグラン兄だって人のこた言えんしな……」
「学校通うようになったら、どんな友達作るのか……今から楽しみだなぁ、グラン兄」
しんみりと独り言を呟くレオニスに、カタポレンの森の静寂が寄り添うような夜だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌朝、ライトはいつもより早い時間に目が覚めた。
遠足当日の園児や児童じゃないが、前世の橘光時代もこういう大事なイベント時には、目覚し時計が鳴る前に必ず起きる体質だった。
だが、いつもより早起きしてもベッドの中にレオニスの姿はない。
レオニスよりも早起きできた試しがないライトは、レオ兄って一体何時に起きてるんだろう?ちゃんと寝てるのかな?と、いつも不思議に思う。
ゆっくりと起き、顔を洗ってから食堂に向かうと、やはりそこにはレオニスの姿があり。朝食の支度をしていた。
「おっ、ライト、おはよう。今日は起きるの早いな」
「レオ兄ちゃん、おはよう。さすがに今日くらいはね、早起きしなくちゃ」
「おう、その意気だぞー。さ、ちょうど朝食もできたところだ」
「レオ兄ちゃん、いつもありがとうね」
「どういたしまして。さ、いただきますするぞー」
「はーい」
「「いっただっきまぁーす」」
二人揃って、全く同じのイントネーションで、いただきますの挨拶をする。
レオニスは孤児院育ちのせいか、何気に挨拶に関してはうるさく厳しい。
ライト自身も、挨拶は大事なものだと思っているから特に抵抗や反発などすることも一切なく、自らきちんと挨拶を交わしているが。
大事な日の朝に、慌てることなくゆっくりと朝食を摂る。
学園入学という重大イベントに、緊張することなくリラックスして挑むため、ゆったりとしたひと時を過ごした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「さ、早めにラグナロッツァの屋敷に移動するぞー」
「はーい」
支度を整え、二人は転移門のある部屋に移動する。
ライトはもちろん学園指定の制服を着ている。
一方のレオニスは、ごくごく普通のスーツだ。
レオニスのスーツ姿など、逆にとても珍しいものなのだが、本日の用事は『ラグーン学園の登校初日に、ライトの保護者として付き添いで行く』というものであり、いつもの荒事とは全く方向性が異なる。
そのため、普段の正装たる深紅のロングジャケット姿で学園内を彷徨くのは、さすがに威圧感ありすぎてダメでしょう……という判断のもとに誂えた服である。
そのスーツは執事服をもっとシンプルにしたような、すっきりとしたデザインで生地も一目で上質とわかる逸品だ。
ちなみにというか、当然の如くそれはレオニスの馴染みの『アイギス』のオートクチュール品である。
最高級の服に着られることなく、しっかりと着こなしているその姿は、一体どこの伝説カリスマホストか?というくらいに様になっており、キラキラとした眩い発光エフェクトすら自然発生している。そのあまりの眩しさに、ライトは目が眩んで瞑ってしまったほどである。
場所が場所なら、1日でシャンパンタワーの100回分くらい余裕で稼げそうな色香ダダ漏れ状態だ。
だが残念なことに、この世界にはそんな場所は存在しないのである。
「レオ兄ちゃんのスーツ姿って、すっごく珍しいねぇ!写メに撮って残しておきたいくらいレアだよね!」
「……シャメ?何だそれ?」
「あッ、はい、何でもありません」
この世界に、写真というものはないらしい。
確かに今まで見てきた書籍や瓦版?的なものは、全部手描きのイラストみたいな絵ばかりだったな、とライトは今までを振り返る。
危うくまた地雷を踏み抜くところだった。
「でも、レオ兄ちゃん本当に格好いい!すっごい素敵!」
「そ、そうか?何だか照れくさいなぁ」
「うん、ホントホント!レオ兄ちゃんて、何着ても似合うけど、今日は特別格好いい!」
「ライトもその制服、よく似合ってるぞ」
「本当?ありがとう!」
二人してお互いの晴れ姿を褒め合いながら、キャッキャウフフしている。
ここにもしラウルでもいたら、何かしらツッコミ入れてくれるかもしれないが、生憎とツッコミ役がいないので止める人もいないのだ。
しばらく戯れていて、ふとレオニスが思い出したように、レオニスのスーツのポケットから何かを取り出した。
「あ、そうだ。ライト、このピンバッジを制服の襟につけとかなきゃな」
「ん?これ、何?」
「学園の門を通る際に必要な、学生身分証明だ。学園に出入りする人間は、基本これをつけないと入れないシステムになっている」
「そういう代物だから、なくさないでくれよ。ま、このままずっと制服に付けっ放しにしとけばいいんだがな」
「うん、分かったー」
レオニスは説明しながら、ライトの制服の襟元にピンバッジを付ける。校章のようなものか。
言われてみれば、レオニスのスーツの襟元にも同じ物が付けられている。ぱっと見では、何かのエンブレムのように見える。
保護者も付けなきゃならんとは何とも厳格な規則だが、学園内の安全のためと思えば納得だし、それくらい厳重な方が学生も保護者も安心できるというものだ。
「これでよし、と。さ、んじゃ行くか」
「はーい」
「転移門の行き帰りの操作は、お前の担当な。これから毎日通うんだから、操作も慣れとかないと」
「了解ー」
ライトはレオニスに教わった通りに、魔法陣の中から石柱に左手を翳し、操作画面を出して【ラグナロッツァ邸宅】という行き先ボタンを右手の指先で軽く2回押す。
ボタンを押す度に、青点滅から緑点滅に変わり、緑点滅でしばらく待つと緑点灯に変わり行き先が確定して転移が始まる。
転移が始まったと思った次の瞬間には、もうラグナロッツァの屋敷の宝物庫の中にいた。
二階にある宝物庫から出て階下に下りると、早速執事の妖精ラウルがどこからともなくその姿を現した。
「おはようございます、ご主人様達」
「おはよう、ラウル」
「おはよう、ラウル。今日からよろしくお願いね」
三人は和やかに朝の挨拶を交わす。
「今日は二人とも、丸一日学園にいるのか?」
「いや、今日は二学期の始業式だから、午前中で終わりだ」
「そう、だからお昼のご飯はラウルといっしょに食べれるの!」
「分かった、じゃあ昼飯三人分用意しとくわ」
「おう、頼むな」
「ラウルの作るお昼ご飯、楽しみにしてるね!」
「お任せください、小さなご主人様」
「「「ハハハハハッ」」」
料理上手なラウルの作る昼食を食べるのは、今日が初めてだ。
おやつもいつも絶品を作るラウルのことだ、食事もきっとさぞや美味しいことだろう。
ライトはお世辞抜きに、ラウルの作る昼食がとても楽しみだった。
「じゃ、いってきまーす!」
「おう、気をつけていってらっしゃいませよー」
ライトはラウルに向かって、元気良く挨拶しながら屋敷の玄関を出ていく。
レオニスは無言でラウルに向かって、サッ、と手を上げた。
ラウルはライトに声をかけ、レオニスには同様に手を上げて無言の了承の返事を返す。
外は快晴で、眩しい朝日が屋敷のみならずラグナロッツァという首都全体を明るく照らす。
ライトの新しい門出に相応しい、とても晴れやかな朝だった。
ん?何なに、レオニスさんのスーツ姿、ですって?
それはまた何とも奇妙……ゲフンゲフン、世にも珍しい貴重なシーンですねぇ。
これはもしかして……明日の朝は、槍の雨が降るのですかね?
あらまぁそれは大変、今のうちに洗濯物を取り込んでおかなくては!
(ディーノ村在住、クリュエアさん(仮名:16歳))




