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マイナーゲーム世界で人生を切り拓く〜気がつけばそこは、誰も知らないドマイナーソシャゲの世界でした〜  作者: 潟湖
初めての夏休み

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第699話 最後に思い浮かんだもの

 ピースが浄化魔法の呪符を持って降下していった後、レオニスはユグドラツィの上、かなり上空まで飛び全体を俯瞰する。

 そして辺り一帯の魔力の流れを改めてよく観察するために、目を閉じて全神経を集中すべく研ぎ澄ます。


 いや、本来ならこんな宙に浮いた不安定な状態で万全に集中することなど到底できない。

 だが、今はそんな贅沢なことなど言ってはいられない。むしろ地上の喧騒から離れ、全体像を見渡せるこの位置から俯瞰するのが現時点では最善の方法である。


 ひたすら精神集中していくことで、ラウルや八咫烏達が首狩り蟲と戦っている騒がしい音はレオニスの耳から次第に遠ざかって消えていく。

 そして瞼の裏の暗闇の中に、大まかではあるが魔力の流れのようなものが浮かび上がってきた。


 ユグドラツィを覆い尽くす赤黒い広範囲の靄、これは瘴気か。そしてその周りを数多の赤い点が散らばって点在し、他にも光り輝くいくつかの点が見える。

 赤い点と光る点が接触し、赤い方が一つ、また一つと消えていく。それは首狩り蟲とラウルや八咫烏達の戦闘を表しているのだろう。


 それらをしばらくじっと眺めていると、レオニスがとある違和感に気づく。


「……………………?」


 それはユグドラツィの幹の真ん中辺り、その中心部に何かがある。

 今までは首狩り蟲との戦闘に追われていて、しかも黒い瘴気に紛れて誰も気づかなかった。だがそれは、瘴気でもなければ首狩り蟲でもない、何か別の物だ。

 違和感のもとに気づいたレオニスは、さらにそれを注意深く見るためにユグドラツィの奥深くにある何かに向けて神経を集中した。


 それは繭のような膜に覆われて、その中で何かが蠢いている。

 中に潜むものは形が定まっておらず、人型でもなければ魔物でもなく、生き物の体すら成していない。

 その蠢いているものが一体何であるかを、レオニスがさらに探知しようとした、その時。

 その何かからレオニスに向けて、物凄い威圧が放たれた。


「……ッ!!!!!」


 レオニスに向けて放たれた強大な威圧に、レオニスは咄嗟に両腕を顔の前で組んで防御姿勢を取る。

 その威力ははあまりにも強く、宙を浮いていたレオニスが十数メートル後ろに吹っ飛ばされた程だ。

 だが、その威圧の真の恐ろしさはそこではない。

 レオニスが威圧を受ける直前に、彼の瞼に浮かんだ映像。それは『巨大な目』だった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 それは、モノクロの世界に突如浮かび上がった。

 横長の楕円形の眼球の中央に、丸い虹彩と縦に細く裂けた瞳孔。その瞳孔からは、まるで宇宙の果てかのような底知れない闇が広がっているのが垣間見える。


 巨体を誇るユグドラツィの何倍も大きい眼球が、ブワッ!と物凄い勢いでレオニス目がけて迫る。

 巨大な眼球が放つ威圧―――それは『視線』と置き換えても差し支えない。眼球の強烈な威圧をもろに浴びたレオニスは、防御姿勢を取りながらも後方に大きく吹き飛ばされた。


 そこは空中なので、壁にぶち当たるなどの物理的被害は一切生じていない。

 だが、眼球の視線がレオニスの身体を通過した直後、レオニスの全身からは瞬時に大量の汗が噴き出していた。


「ちくしょう……何つー悍ましさだ……」


 レオニスの心臓は早鐘を打つようにバクバクと激しく鼓動し、額や頬から滲み出た汗はあっという間に球のような雫となって彼の顎からいくつも滴り落ちる。


 人類最強の冒険者として名を馳せるレオニスが、これほどまでに動揺するのは類を見ないことだ。

 人類の宿敵である廃都の魔城の四帝、それらを前にした時でもレオニスは常に冷静で、敵を観察しながらどう戦うかを考える余地があった。

 だが、たった今浴びた巨大な眼球から受けた視線攻撃は、レオニスであっても今までに感じたことのない恐怖を孕んでいた。


 しかし、ここで怯んだまま突っ立っている訳にはいかない。

 レオニスはしばらくそのまま空中で防御態勢を取っていたが、二回目の威圧は来ない。どうやら威圧の追撃は来ないようだ。

 今のうちに、とばかりにレオニスは呼吸を整えるべく深呼吸を始める。

 スゥー、ハァー、スゥー、ハァー……何度か深呼吸をしているうちに、激しく鳴り響いていた胸の鼓動も少しづつ落ち着いていく。


 そうしてやっと落ち着きを取り戻したレオニス。

 眼下に目をやると、勢いの衰えぬ黒い炎とともにあちこちで首狩り蟲を狩り続ける様子が見える。


「……こうしちゃいられん、ピースを探して合流せねば」


 レオニスはそう呟くと、再びユグドラツィのもとに降下していった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 時は少し遡り、その日の夕方過ぎの頃のこと。

 生温かい風が吹き、カタポレンの森に夜が訪れようとしていた時。 ユグドラツィは、いつにない異様な気配を感じ取っていた。


『………………?』


 全神経を研ぎ澄まし、異変の原因を探っていたユグドラツィの耳に、カチカチ、カチカチ……という耳障りな音が飛び込んできた。

 それだけではない、ブブブ……という虫の羽が擦れるような音まで聞こえてくる。


『この近辺に、あのような羽音を立てる虫などいないはずですが……』


 ユグドラツィが訝しく思っていると、それらの耳障りな音がどんどん大きくなっていく。

 そして、その騒がしい音の元がユグドラツィの目の前に現れた。


 それは、大きな鎌と八羽の羽を持った虫型魔物、首狩り蟲。

 カチカチという音は、カミキリムシのような口をかち合わせることで発生しているようだ。


 周囲の木々の間から、のそりと現れた首狩り蟲。

 その数は一匹二匹ではなく、続々と森の中から現れてくる。

 そうして現れた何百という首狩り蟲が、ユグドラツィの周辺の地面を埋め尽くしていく。


 そして、太陽が完全に地平線の向こうに沈み、空から日の光が消えた時。

 首狩り蟲が一斉にユグドラツィに襲いかかった。


『…………ッ!!』


 そこから一歩も動くことのできない、ユグドラツィ。

 首狩り蟲の攻撃になす術もなく、ただただ蹂躙を受け続けるしかなかった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 そこからどれくらいの時間が経っただろうか。

 三十分か、あるいは一時間くらいか。

 実質的にはそれくらいのものだったが、ユグドラツィにとっては途轍もなく長い時間に感じられた。


 これまでユグドラツィは、生まれてこの方このような目に遭ったことは一度もなかった。

 生まれた場所は、今でこそ『魔の森』などと呼ばれてはいるが、ユグドラツィが一本の樹木として地上に芽吹いた当時はごくごく普通の森であった。

 それが、旧アクシーディア王国でのとある出来事をきっかけに、サイサクス大陸全土を揺るがす大事件に発展していく。


 ユグドラツィがいた森も、その大事件の余波を受けて大きく変貌した。

 何の変哲もない森に魔力が満ち始め、木々が変質していく。

 増大し続ける魔力に耐えきれない木は立ち枯れになり、適応できた木はどんどん大きくなっていく。

 中でもユグドラツィは特に適合していたようで、他の木々よりも目に見えてぐんぐん成長していった。

 そして月日は流れ、いつしか神樹と呼ばれる存在になり、自我が芽生えたと同時に『ユグドラツィ』という名を天啓により得た。


 他の神樹はどうだか分からないが、ユグドラツィは光属性を持っていて、カタポレンの森に湧き出る無限の魔力を吸収して己の魔力とすることができる。

 ユグドラツィの中で変換された光属性の魔力は、ユグドラツィの周囲で光属性の結界のような働きを持つものに変わる。

 故に、邪悪な意思を持つ者はユグドラツィの近くに寄ることすら叶わなかったのだ。



『どうして……どうしてこんなことに……』



 ユグドラツィは、首狩り蟲に枝葉や幹を傷付けられる痛みに耐えながら、必死に考えている。

 それまでユグドラツィも『痛い!やめて!』『貴方達、どうしてこんなことをするの!?』と必死に叫び訴えたのだが、首狩り蟲はユグドラツィの言葉になど一切耳を貸すことなく自慢の大鎌を振るい続ける。


 サイサクス世界の魔物の中でも、もともと虫型は知能がかなり低いとされていて、知能どころか自我すら持たないのではないか、とまで言われている。

 そんな虫型魔物には、言葉など通じない。そもそも善悪の概念すら持たない者に、情や理論で訴えたところで無駄でしかなかった。


 ユグドラツィは身長100メートルを超える巨木だけに、多少蟲に齧られたことろでどうということはない。人間で言えば蚊に刺された程度のもので、その傷も時間が経てばすぐに癒える。

 だが、一度に何百匹もの虫型魔物に襲われれば、さしものユグドラツィといえど無傷では済まない。

 冬でも青々と茂っていたユグドラツィの葉は無惨に落ち、枝も幹もズタズタに切り裂かれていく。



 痛い……痛い……


 兄様…………姉様…………



 ユグドラツィは、心の中で愛しい者達のことを思い浮かべる。

 だが、彼女は決して助けを求めなかった。

 それは、数多の虫型魔物が蠢くこんな危険な場所に『助けに来てくれ』とは口が裂けても言えなかった。もしここに来たら、その者達をも危険に巻き込んでしまうから。


 この嵐が過ぎるまで―――首狩り蟲が飽きるまで耐えるしかない―――ユグドラツィがそう考えながらじっと堪えていた、その時。

 ユグドラツィの目の前に、首狩り蟲とは違う者が現れた。


 そいつは黒緑のローブを着ていて、フードをすっぽりと被っていて顔はよく見えない。手には大きな鎌を持ち、左右一対の皮膜の翼で空中を飛んでいる。

 その者に全く見覚えのないユグドラツィは、思わずそれに向けて声をかけた。


『……だ、誰……??』


 その風貌はあまりにも胡散臭過ぎて、とてもじゃないが味方とか救いに来たヒーローとは思えない。そしてもちろん、そいつがユグドラツィの問いかけに答えることはない。

 しばらく無言だったそいつは、両手で持っていた鎌を片手に持ち直し、空いた手で空間を開いた。それはまるで空間魔法陣のようだ。

 空間魔法陣もどきから何かを取り出したそいつは、ニヤリ……と笑った。


 そいつの顔は半分くらいフードに隠されていて、口元もバンダナマスクのように覆い隠されている。

 だが、上を向いた拍子に僅かに見えた目元が醜悪な笑みに満ちていた。


 黒緑のローブの身体が半透明になり、手に持った黒い核のようなものを中心にして次第に靄状の塊に変化していく。

 そして靄が完全な円形になった瞬間。ユグドラツィの幹目がけて突進してきたではないか。


『…………ッ!!』


 謎の黒い核を幹に埋め込まれたユグドラツィの全身に、強烈な悪寒が走る。

 そしてその悪寒は一過性で治まることなく、ずっとユグドラツィの身体中を駆け巡り続ける。


『……ぁ……ぁ……ぁぁッ……!!』


 声にならない悲鳴を上げるユグドラツィ。

 その黒い核のようなものが何かは分からないが、間違いなくユグドラツィを害するもの。何本もの鋭い爪で引っ掻き回されるような、想像を絶する苦痛がユグドラツィを襲う。


 このままでは、この悪しきものに身体も意識も全て乗っ取られてしまう―――瞬時にそう悟ったユグドラツィ。

 己の身を守るため、己の意識を出来得る限り奥深くに閉じ込めることにした。

 意識を閉じていれば、少なくともその精神までは乗っ取られることはないからだ。


 意識を閉じる瞬間、ユグドラツィの脳裏に様々な景色が映る。

 眼下に広がる、どこまでも続く緑の海。枝に留まった鳥達の賑やかな囀り。

 恵みの雨や、何年かに一度降り積もる雪。時折訪れる、愛らしい妖精や精霊達。

 そして、最近友達になったばかりの人族のライトとレオニス、そしてラウルの顔が次々に思い浮かぶ。


 誰よりも喜怒哀楽が豊かで、誰よりも自分(ユグドラツィ)のことを思ってくれた、初めての人族と妖精の友達。

 彼らのおかげで、ユグドラツィはユグドラシアやユグドラグスなど、遠く離れた地にいる他の神樹達とも会話を交わせるようになった。

 溌剌とした子供らしい笑顔のライトに、常に自信に満ちていて堂々としているレオニス。そして、いつもはクールな態度なのに、時折天然な発言をしたり全く行動の読めないラウル。

 ユグドラツィの根元のすぐ近くで、お茶会と称してはいつもブレンド水なる不思議な名前の様々なご馳走を振る舞ってくれた三人の、楽しくも賑やかな日々が走馬灯のように過ぎる。


 そしてユグドラツィが意識を完全に閉じる、その直前。最後に彼女の中に思い浮かんできたものは―――

 初夏の眩い陽射しの中、ユグドラツィの根元に座りながら「ツィちゃんも、俺といっしょに怒られような」と言った、悪ガキのようないたずらっぽい顔でニカッ!と微笑みかける、ラウルの眩しい笑顔だった。

 相変わらずユグドラツィのピンチは続きます。

 作中で書いた、ユグドラツィが持つ光属性の結界は、邪悪な意思を持つ者を決して近寄らせません。ですが、知能の低い虫型魔物には善悪の基準など一切ありません。

 そしてユグドラツィの結界は物理攻撃を跳ね返す能力はなく、首狩り蟲の大鎌による物理攻撃は防ぎようがないのです。


 作中後半に出てきた胡散臭い奴は、見た目には人型なのでそれなりに知能はあると思われます。本来ならこいつはユグドラツィの結界に阻まれて、近づくことすらできません。

 なので、先に大量の虫に襲わせることでユグドラツィ本体を弱らせることで、結界の力をも弱めて侵入することに成功した、という訳です。


 そしてサブタイトルにもなっているラウルとの思い出は、第588話での出来事です。

 ああ、あの頃の平和が恋しい……

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