第698話 瘴気の源
ラウル達が散開して、それぞれがユグドラツィにまとわりつくカゲロウもどきや黒い炎に対処し始めた頃。
箒に乗ったライトとピースがユグドラツィのもとに到着した。
それまで超特急スピードで飛んでいたピースが、空中で急ブレーキをかける。
「到ゥーーー着ーーーッ!」
「ぉブッ!!」
音速の如き猛スピードから突如急ブレーキで箒を停止したピースに、慣性の法則でピースの背中に思いっきり顔面を打ちつけるライト。
イテテ……とぶつけた鼻の頭を擦りながら涙目のライト。そこからふと眼下を見ると、ユグドラツィが黒い炎に包まれているのが見えた。
「……こ、これは……」
上空から見下ろす光景、そのあまりの凄惨さにライトは言葉を失う。
今宵の空は雲一つなく、月が燦々と輝いている。その月明かりの明るさに照らされて、他の木々は葉の色が緑色だと分かるというのに―――眼下にあるユグドラツィは黒い靄に包まれていて、その葉も枝の色もほとんど見えないのだ。
カタポレンの家から箒に乗って飛び立ち、ユグドラツィの居る場所に近づくにつれて嫌な気配がどんどん強まっていたのは、ライトも感じ取ってはいた。
だが、ここまで酷い有り様になっていようとは―――ライトの予想をはるかに上回っていた。
「すんげー嫌な気配は、この靄のようなヤツから来てるね……しかもそれだけじゃない、多数の虫型魔物にも攻撃されている」
「!?!?!?」
いち早くその異常事態に気づいたピース。
ピースの言葉に思わずライトが改めて目を凝らして見ると、確かにピースの言うように大きな鎌を持った虫がユグドラツィの樹体に入り込んでいた。
その虫型魔物に見覚えのあるライトは、またも愕然とする。
『あれは……首狩り蟲じゃねぇか!』
『何であれがここにいる……あれはBCOの中でもかなり後半、廃都の魔城の四帝を倒した後の異界化した平原フィールドに出てくるモンスターだぞ!?』
『間違ってもこんなカタポレンの森に出てくるモンスターじゃないのに……一体何がどうなってる!?』
ユグドラツィにまとわりついている、カマキリとカゲロウを足して二で割ったような、大きな虫型魔物。それは『首狩り蟲』という名のモンスターだった。
首狩り蟲は、その名の通り虫型魔物なので森でも出没してもおかしくはない。だが、この首狩り蟲が出てくるフィールドは、ライトが知る限りこのカタポレンの森ではない。
本来なら廃都の魔城の四帝を倒した後に出てくるはずのもので、少なくともこのカタポレンの森を縄張りとした魔物ではなかった。
本来ここにいるはずのない魔物が、何故こんなにも大挙してユグドラツィを襲っているのか。どれ程考えてもライトにはさっぱり分からない。
だが、今は記憶のデータと現状の食い違いを考察している暇などない。
それらは後で考えることにして、今出来ることをしなければ!とライトは気持ちを切り替える。
「と、とにかくレオ兄ちゃんかラウルを探さないと……」
「ひとまず強い魔力が出ているところは……あ、あすこかな」
ピースは回り込むようにして、ゆっくりと強力な魔力が発生しているところに降りていく。
するとそこには、レオニスでもラウルでもなく八咫烏一族族長の妻アラエルがいた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あれは……大きなカラス?」
「ンー?……マキシ君にしては、ちょっと大きいような……??」
「あっ、ライト君!?」
「その声は……マキシ君のお母さん!?」
ピースの箒から降りて地面に立ち、アラエルのもとに駆け寄るライト。
見た目は他の八咫烏と区別がつかないが、ライトに向けてかけられた声はアラエルのものだと気がついたのだ。
「アラエルさん、どうしてここに!?」
「マキシがシア様に助けを求めに来たのよ。マキシから、シア様のご家族であるツィ様が何者かに襲われてるって聞いて、私達もツィ様をお助けするために駆けつけたの!」
「それは……ありがとうございます!」
魔力が高いことで知られる八咫烏が駆けつけてきてくれたとは、これ程心強いことはない。
ひとまず現状を把握するために、アラエルに話を聞くライト。
「アラエルさん以外にも誰か来てるんですか?」
「ミサキにはシア様の傍についてもらっているけど、他の皆は全員ここに来てるわ。ウルスやフギン、ムニン、トリスにケリオン、レイヴン……皆シア様のご家族であるツィ様の御力になりたくて、今は虫退治と浄化魔法にそれぞれ頑張って努めているわ」
「ツィちゃんのために、そんなに大勢で駆けつけて来てくれたんですね……本当にありがとうございます!」
アラエル達はただでさえ心強い援軍だというのに、総勢八羽も駆けつけてきてくれたことにライトの胸は熱くなる。
ペコリと頭を下げるライトに、アラエルは両翼を広げて浄化魔法をかけつつ状況説明を続ける。
「シア様のお話によると、やはりこの黒い炎はとても良くないもので、これを取り除くには浄化魔法もしくは神聖魔法しかないらしいわ。私はここで浄化魔法をかけながら、他の皆に浄化魔法をかけ直してあげるために待機しているの」
「じゃあ、もし良ければこのアークエーテルを使ってください!これを飲めば魔力が回復しますから!…………って、八咫烏の状態で液体って、飲めない、かも……?」
アラエルの役割を聞いたライトが、魔力回復のためのアークエーテルをアイテムリュックから取り出す。
だが、ここでライトの手がはたと止まる。鳥類である八咫烏のアラエルに、アークエーテルのがぶ飲みは果たして可能なのだろうか?
そんなライトの疑問に、アラエルはパッ!と明るい顔でライトに応える。
「まぁ、その液体を飲めば魔力が回復するのね?」
「は、はい!これは人族が魔力回復に用いる飲み物で、飲めばすぐに魔力回復の効き目が得られます!」
「そしたら早速一本いただける?」
ライトはアラエルが言うままに、アークエーテルの瓶を蓋を開けてから彼女に手渡す。
アラエルはそれを器用に片翼で掴んだかと思うと、それを嘴の横から突っ込んでアークエーテルをゴキュゴキュと飲みだした。
「ぷはァッ…………うん、これはすごいわね、本当に魔力が身の内から湧き出てきたわ!」
「おおお……咽ずに飲めるようで良かったです!」
「ライト君、そしたらこのアークエーテル?を、私の横にありったけ置いてちょうだい。他の子達が戻って来た時に、これを飲ませてやりたいわ」
「分かりました!そしたら魔力回復とは別に、体力回復用の飲み物もあるので、そっちも反対側に出しておきますね!」
「そうしてもらえるとありがたいわ。体力回復の方は、虫退治に励む夫や息子達に飲んでもらいましょう」
アラエルの見事な飲みっぷりに、ライトは安堵する。
鳥類だから、水分を一気に飲むことは不可能なのではないか?という心配は、サイサクス世界の八咫烏達には心配なさそうだ。
浄化魔法をかけ続けるには、魔力回復のエーテル類が欠かせない。
エーテルさえあれば魔力切れを起こす恐れも減り、アラエルも思う存分浄化魔法を駆使できるだろう。
ライトはアラエルの要請通り、アイテムリュックから次々と回復剤を取り出して地面に並べていく。
ライトが己のできることを頑張る姿を見て、ピースもまた箒に跨ってふわりと宙に浮いた。
「大きなカラスが喋れる不思議は、この際後で聞くとして。小生はレオちんを探して話をしてくるねぃ!」
「うん、分かった!ピィちゃんも気をつけてね!」
「うぃうぃ!ライっちもここで皆のサポートよろしくね!」
「うん!!」
ライトに見送られながら、ピースは再び空に飛んでいった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「レオちーーーん!」
「ピース!!」
「ちょっとこっち来てーーー!」
枝葉の間で懸命に虫型魔物を屠るレオニス。
そのレオニスを見つけたピースが、大きな声でレオニスに呼びかける。
二人はひとまず枝葉の中から出て、ユグドラツィの斜め上の上空にまで飛んだ。
戦闘を継続したままでは、とてもじゃないがちゃんとした会話などできないからだ。
「何だか思ったよりも、かなり酷いことになってるね……」
「ああ……八咫烏のマキシの家族が援軍に駆けつけてきてくれたから、これでもまだ虫退治はかなり進んだ方なんだが……如何せん、この黒い炎が一向に減らん」
レオニスが八咫烏達の援軍について言及している。
ピースと合流する前に、レオニスも虫退治に奔走するウルス達と会って会話を交わしたようだ。
ピースは眼下に広がる黒い炎をずっと険しい顔で眺めていたが、ふとレオニスの方に向き直る。
「そしたらレオちん、前に渡した浄化魔法の呪符『究極』のストックはまだある?」
「……!! あ、ああ、まだ百枚くらいあるはずだ!」
レオニスが属性の女王達に会う際に、万が一のために常に用意している浄化魔法の呪符『究極』。それは穢れ対策のみならず、エリトナ山の死霊兵団の残骸撤去にも大いに役立ってくれた。
その存在をレオニスはすっかり失念していたが、ピースにその在庫を問われてハッ!としながら急いで空間魔法陣を開く。
正確な枚数は分からないが、エリトナ山に行く前に相当余裕を持って注文したので、百枚程度の余りがまだあるはずだ。
「これを使えばいいってことだな!?」
「うん。でもここまで大きい規模だと、おそらく『究極』百枚でもまだ全然足りないと思う。それよりも、まずこの黒い炎の大元を断たなきゃ駄目だ」
「大元……?」
「そう。この黒い炎はもはや『瘴気』だ。そしてこれだけの大量の瘴気を、自然発生だけに任せて何時間も維持できる訳がない。どこかにこの瘴気を出し続けている何らかのからくりがあるはず」
「確かにな……」
ピースの的確な推察に、レオニスも納得する。
ユグドラツィに異変が起きてから現時点に至るまで、おそらく三時間近く経過していると思われる。
その間微力ではあるが、ラウルやレオニスが浄化魔法をかけ続けていた。そして今は八咫烏の加勢もあり、アラエル他数羽が強力な浄化魔法をかけているはずだ。
にも拘わらず、黒い炎は未だにその勢いが衰える気配がない。それどころか、ユグドラツィを覆う黒炎は天を焦がすかのように、ますます強く燃え続けてている。
これはピースの言うように、何らかの仕掛けがあって炎の勢いを維持し続けている、と考えるのが妥当だった。
「ひとまず小生が、今ある『究極』を使って少しでも瘴気を祓っておくから、その間にレオちんは黒炎のエネルギーの源を探し出して見つけて。そいつを叩いて潰さないと、この神樹を救い出すことは絶対に不可能だ」
「分かった」
ピースからの提案に、レオニスは即座に頷く。
空間魔法陣にあった浄化魔法呪符『究極』を全て出して、ピースに託すレオニス。そのついでにエクスポーションとアークエーテルを立て続けに一本づつ飲み干した。
「すまんが浄化の方を頼む。ピースの方も、何か気がついたことがあったらすぐに教えてくれ」
「うぃうぃ、任せてー!」
レオニスから呪符を預かったピースは、すぐにユグドラツィの木の上部に降下していく。
そしてレオニスは改めて周囲の観察をすべく、慎重にユグドラツィの周りを飛行し始めていった。
八咫烏達の援軍にライトやピースも合流し、だんだんと集結しています。
ユグドラツィの反応は未だ不明ですが、皆の力を合わせて何とか頑張ってほしいところです。
……というか、もうすぐ700話目になるというのに、拙作史上最大の危機的状況真っ只中とかち合うだなんて_| ̄|●
こればかりは話の流れや構成上どうしようもないとはいえ、もっと明るい日常回だったら良かったのに……と思わずにはいられません(;ω;)




