第69話 思わぬ落とし穴
翌朝のライトは、ものすごく上機嫌だった。
無理もない、昨夜ようやく念願のマイページ発見で職業の確認ができて、レベルやらステータスのチェックもできるようになったのだ。浮かれるな、という方が無理というものである。
「斥候の初期スキル『不意打ち』を、スキル使用欄にセットして……よし、これで『不意打ち』が使えるようになったぞ!」
今朝も、職業習熟度を上げるために【斥候】の初期スキルである『不意打ち』という打撃系スキルをマイページ操作でセッティングし、早速家の外の樹木相手にこなしてきたところである。
職業習熟度というものは、スキルを使用することで練度を上げていくシステムだ。その職業への理解をより深め、修め極めるための必須作業だと思えばいい。
これを日々積み重ねていくことで習熟度は上がり、その習熟度がマックスの100%に到達すれば、より強い上級職に就くことができる。
スキルを発動させるには、S Pを使用しなければならない。他にもHPやMPを同時に消費するタイプもある。
ライトが今朝使った『不意打ち』の必要SPは1ポイントだ。SPの他にHPも3消費する。
ライトの現在の所持SPは20なので、『不意打ち』使用回数は20回まであるが、HPが44しかないので実際には最大14回分しか使えないのが現状だ。
しかも、最大限の14回もスキルを使えば、HP2になってしまう。これでは毎回ヘロヘロの瀕死状態になってしまう。
だが、そこら辺はポーションがぶ飲みで解決できる。スキル10回使う毎にポーションを飲むのが最適か。
消費したSPは、1分につき1ポイント自然回復する。
HPやMPも同様で、1分につき1ポイント自然回復する。
これは、今朝『不意打ち』を使用した後にマイページで回復の度合いを確認したので間違いない。
何しろ職業習熟度というものは、スキルを使わないことには上げられないのだ。
これからは、暇と隙を見てこまめにスキルを使い続けていこう。そうすれば、職業のランクアップできる日も近い、はず!!
そんな計画を脳内で立てていると、レオニスがライトの顔を覗き込んできた。
「何だ何だライト、えらく機嫌が良いな?何か良いことでもあったか?」
「え?うん、ちょっとだけねー」
「そうか、で、良いことって、何だ?」
「んー、ナイショー♪」
「何だよー、教えちゃくれんのかよー、ライトのケチんぼめ」
「ンフフフッ♪」
そのまま鼻歌でも歌いそうな勢いのライト。
そういえば、とふと頭に浮かんだことを、レオニスに問うてみる。
「あ、ねぇねぇ、そういえばレオ兄ちゃんて、今レベルいくつなの?」
「ん?レベル?」
ライトにとってはごくごく普通の、何の気なしに軽く聞いてみただけの質問だった。
そういや今まで聞いたことなかったけど、世界最強の冒険者と謳われるレオ兄のことだ。さぞかしすごいレベル、すごいステータスに違いない。
一体レベルいくつなんだろう?もしかしてカンスト済みだったりする?
そんな、ほんの軽い気持ちで聞いてみただけのことだった。
だが、この何気なく問うた質問が、ライトを再びどん底に叩き落とす。
「レベルって……一体何のことだ?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「え?レベルって、レベルのことだよ?」
「魔物を倒して経験値を得て、どんどん強くなっていくでしょ?」
「それにつれて自分の能力値、ステータスも上がっていくし」
「ステータスってのはほら、力とか速度とか運とか?」
「装備品によっても、ステータス加算されるよね?」
ライトが懸命に解説するが、レオニスはきょとんとした顔のまま動かない。
ライトが一通り簡単に聞いても、レオニスの反応が鈍いこともあり、言葉に詰まり二人の間にしばし沈黙が流れる。
そこに、ようやくレオニスが口を開いた。
「……ライトが何言ってるのか、さっぱり分からんことはちょくちょくあるが」
「今日のはまた今までで一番、特別に輪をかけて分からんな」
ライトは衝撃を受けた。ギャグレベルなどではなく、本当の本気の本物の衝撃だ。
何故なら、レオニスはライトを揶揄うでもなく、本気で何のことかさっぱり分かっていない様子だったからだ。
先程まで浮かれていた気分はどこへやら、どん底に突き落とされたも同然の事態にみるみるライトの顔が青褪めていく。天国から地獄へ、とはまさにこのことか。
「……え、じゃあ、レオ兄ちゃん達って、自分の能力値とか強さとかHP量や魔力量とか、どうやって計ったり知ったりするの……?」
ライトは若干震えながら、レオニスに聞いた。
「ん?そりゃお前、能力なんてもんはその才能が「ある」か「ない」かだし、強さは「強い」か「弱い」かだし、HPや魔力は「多い」か「少ない」か、だろ?そりゃまぁ、その中間の「まあまあ」ってのも一応はあるだろうが」
「魔力の属性の傾向や多寡くらいなら、神殿の水晶球で分かるがな。ジョブの適性判断もそれを見て行うくらいだし」
「だが、それ以外のこととなると、身長や体重のように目に見える数字で細かく分かるようなもんじゃない」
そう、何とレオニスにはレベルやステータスの概念が一切なかったのだ。
そのことにようやく気づいたライトは、先程から身体の震えが止まらない。ライトの異変に気づいたレオニスは、心配そうにライトの顔を覗き込む。
「おい、ライト、どうした?また顔色が悪いぞ?」
「……あ、うん、何でもない、大丈夫」
「本当か?明日はいよいよラグーン学園入学の日だが、少し延ばすか?」
「いや、本当に大丈夫。昨夜はなかなか寝つけなくてさ、ちょっと寝不足っぽいだけだから、少し昼寝すれば直るよ」
「……そうか?じゃあ午後はゆっくり休めよ?」
「うん、分かった。心配かけてごめんね、ちょっとだけ昼寝してくるー」
ふらふらとした足取りで、寝室に向かうライト。
その千鳥足は、さながら本物の寝不足のようだ。
もっとも、本人には小芝居を打つ余裕など全く皆無なのだが。
「本当に大丈夫か、あれ……」
千鳥足のライトの後ろ姿を、心配そうに見つめるレオニスだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
自室のベッドに、ぽすん、と力なく倒れ込むライト。
頭の中は、先程の衝撃でいっぱいだ。
『待て、ちょっと待て、いやホント待ってくれ』
『レベルやステータスの概念がない、だと?』
『何でだ、何でこんなことになっている?』
『ここはブレイブクライムオンラインの世界、だよな?』
『職業システムも判明したし、ようやくマイページでステータス画面も見れたんだから、ここは間違いなくブレイブクライムオンライン世界だ』
『なのに、どうしてこうも俺と他の人で認識が全く違うんだ』
ここまで混乱しきりのライトだったが、ふと思う。
『俺と他の人との違い……それは』
『ここがブレイブクライムオンラインの世界だってことを、知っているかいないかの差、だよな……』
そう、ライトと他の人との決定的な違い。それは、ここがゲームの世界がベースとなっていることを知っているか否か。その一点に尽きる。
そのことに気づいた時、ライトは何となく目から鱗が落ちるような気がした。
『しかし……そうだよな……』
『よくよく考えれば、俺だって前世ではごくごく普通の人間だったし』
『それこそレベルだのステータスだのなんてものは、架空のゲームやアニメ、漫画のキャラクターに用いるものであって』
『決して普通の、リアルに存在する人間に対して適用されるもんじゃなかったわな……』
『レオ兄の言うように、力が強いか弱いか、才能があるかないか、魔力はないが適性や血の気などで多いか少ないか、それくらいしか個々の能力の表現方法はない』
そう、レベルやらステータスなどというものは、漫画やアニメ、小説などの基本架空の存在をより具体的に表現するための手法だったことに思い至るライト。
そう考えると、この世界の人間がレベルやステータスの概念が全くないのも当然のことだった。
『俺だって、もし仮に前世でいきなり誰かに「お前のレベルは今いくつ?俺はこないだレベル55になったばっかだぜー」とか、「ステータス値はどんだけついてる?俺ボーナス値含めて300アップ!」とか、ゲームネタじゃなくて実生活の話として聞かれたら……』
『訳分からんし、そいつの頭おかしいんじゃねぇのか?とか疑うもんな……』
前世の時のことを考えると、如何に今の自分が異質な存在であるかがよりはっきりと分かる。
『ならば、俺はどうすればいい……』
『この世界でレベルやステータスという概念が一般的でない以上、それらの能力を数値化して詳細を把握できる俺の能力は……異端以外の何者でもない』
『こんな異質な力を持つと、周囲に知られたら……』
『とことん利用されるか、気味悪がられて迫害されるか、どちらかしかないだろうよ……』
念願のマイページ獲得の裏に、こんなとんでもない落とし穴があるとは夢にも思わなかったライト。
頭を抱えながら、ベッドの上で苦悩するしかなかった。
皆様がレベルの存在する世界にいたとしたら、レベルいくつですか?
私は多分万年一桁ですな……




