第672話 ダブルビッグサプライズ
海底神殿の外に出た、海の女王とライト達。
ここは海の底なので庭園などは一切なく、広々とした海底が無限に続く。ここならディープシーサーペントが来ても大丈夫だろう。
『貴女達は離れたところにいてね。何ならしばらく神殿の中に戻ってくれていいわ。その方が貴女達にとっても良いでしょう』
『そんなこと言わないで!私達はいつだって女王ちゃんの傍にいるわ!』
『そうよ!私達のことなら心配しないで!』
『少しだけ離れたところで、皆で女王ちゃんを見守るわ!』
『だから頑張ってね!』
『……ありがとう』
人魚達を気遣う海の女王。でも人魚達は、皆口を揃えて遠くに避難しない!と言う。
人魚達に励ましパワーをもらった海の女王は、小さく微笑む。
ライト達は海の女王の少し後ろに立ち、人魚達はライト達よりもっと後ろに全員で固まりつつ各々両手の人差し指で両耳を塞ぐ。
人魚達が離れたことを確認した海の女王は、海底神殿を背にして立つ。
そして目の前に広がる海に向かって、ディープシーサーペント宛に念話を始めた。
『▲☆々◆∅∑◎≫★∞∠!!!!!』
『『『『!!!!!』』』』
海の女王の念話が始まった途端、ライト達の後ろにいる人魚達が耳を塞ぎながら瞬時に蹲る。
ライトとレオニスには、海の女王からビリビリとした強めの威圧に近い覇気を感じる程度なのだが、人魚達にはその何十倍、何百倍もの威力に感じられるらしい。
ここら辺は、陸に生きる者と海に生きる者の違いだろうか。
そうして海の女王が念話を始めてから、しばらく経った頃。
時折発せられていた威圧が収まり、海の女王が振り返ってライト達のもとに寄ってきた。
『今からデッちゃんがここに戻ってくるわ』
「おお、ディープシーサーペントが帰還に応じたのか?」
『ええ、何とかね。ただ、今はここからちょっと離れた海にいるらしいから、少しだけ待っててくれる?』
「待つって、どれくらいだ? さすがに丸一日とか二日も三日もここで待つ訳にはいかんのだが」
海の女王の言うことに、レオニスが待ち時間がどれだけのものなのかを確認する。
海の女王に限らず、高位の存在達というのは時間の感覚が人族とは全く異なる者が多い。
それは長寿故の宿命なのだろうが、十年二十年という月日であっても昨日一昨日程度に捉える者達がいう『少し』ほどアテにならないものはない。
ここでちゃんと確認しておかないと、二日も三日も待たされる羽目になりかねないのである。
『それは大丈夫。一時間か二時間もすればここに来れるはずよ』
「そうか、その程度ならまだ待てるな」
『それまでずっと外で待つのも何だから、神殿の中に戻りましょう』
海の女王はそういうと、すぐに人魚達のもとに泳ぎ寄っていく。
海の女王が一時間、二時間という時間の単位を知っていることに、ライトは驚きを隠せない。
心底不思議に思って後で聞いてみたところ、海の女王のもとには沈没船の中から出てきた懐中時計が複数あるのだという。
リューズを回してゼンマイを巻く機械式時計で、人魚達が面白がってあれこれと弄っていくうちに『これは時を計るのに便利な道具だ』ということに気づいたらしい。
ベッドや家具だけでなく、時計まで活用しているとはびっくりだ。
数多の属性の女王達の中でも、人族の文化や智慧を最も知り尽くしてそれらを活かしているのは、間違いなく海の女王であろう。
『貴女達、大丈夫?』
『ぇ、ぇぇ、何とか大丈夫……』
『それより……デッちゃんは帰ってきそう?』
『ええ、しばらくしたらここに戻ってくるわ』
『それは良かったわ……』
人魚達の身を案じる海の女王に、人魚達はヘロヘロになりながらも無事を伝える。
『そうよね、さすがに今のはデッちゃんでも戻ってくるわよね……』
『女王ちゃんのあんな大声、久しぶりどころか初めてじゃない?』
『あれだけの怒号ですもの、さすがにシカトできないでしょ……』
『ぃゃー、ホンット、海の女王ちゃんの怒号は効くわぁー』
首を横に振ったり、こめかみを軽く押さえながら人魚達がフラフラと立ち上がる。
海の女王が発した怒号は、ディープシーサーペントに届いただけでなく人魚達にも相当効いたらしい。
『貴女達にまで辛い思いをさせちゃって、本当にごめんなさいね。あれくらい言わないと、デッちゃんも帰ってきてくれないから……』
『ううん、私達のことは気にしないで』
『そうよそうよ、もとはと言えばデッちゃんが聞き分けないのがいけないんですもの』
『デッちゃんが戻ってきたら、私達からもガツンと言ってあげるからね!』
『貴女達……ありがとう……』
人魚達の心遣いに、海の女王が改めて礼を言う。
AからHの人魚達が泳ぐのも辛そうなので、思わずライト達も人魚達に手を貸した。
「お姉さん達、大丈夫ですか!?」
「ほれ、神殿まで運んでやるから俺達に掴まれ」
『ぅぅぅぅ……ありがとーぅ……』
『ライト君ってば、何て優しいの……』
『無愛想君も優しいのね……』
ライト達の言葉に、人魚達は皆感激している。
そして人魚達の感謝は、ライトだけでなくレオニスにも向けられた。
何気に『無愛想君』などという変な渾名がついているが、人魚達の好意的な目がレオニスに向けられたのは実際これが初めてのことかもしれない。
ライトの両手にボニーとディアナが、他の六人はレオニスの腕やら肩、背中、深紅のロングジャケットの裾などに掴まる。
ちなみにライトの両手は早い者勝ちで速攻で埋まり、ライトの手を取り損ねた六人がレオニスに掴まったのは言うまでもない。
こうしてライト達は八人の人魚をエスコート?しつつ、海の女王とともに海底神殿に戻っていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
海の女王の怒号パワーに中てられた人魚達を、いつも海の女王が寝そべる天蓋付きベッドに寝かせるライト達。
こういう時、いつもならレオニスがその口にエクスポーションの瓶を問答無用で何本も突っ込んで、無理矢理にでも回復させるところなのだが。さすがに海の中ではそれもできない。
というか、たとえ海の中でなくともか弱い女子供相手にそんな無体なことをしてはいけない。良い子は決して真似してはいけません。良い子だけでなく悪い子も真似しちゃいけません。
なのでレオニスは、ベッドに寝かせた人魚達全員にエクスポーションを一本づつ渡して、ゆっくり飲むように指示をしておいた。
それまでレオニスにはとんと無関心だった人魚達も、先程ベッドまで連れてきてもらった恩もあってか素直に言うことを聞いている。
人魚達を休ませた後、海の女王とライト達は再びソファに座って三人での会話に戻る。
「ディープシーサーペントが戻ってくるまでの間、少し時間があるから最後の用件に取りかかるか」
「そうだね、時間的にもちょうどいいんじゃない?」
『そういえば貴方達、今日は三つ用件があると言っていたわよね?』
「ああ、その最後の三つ目だ。ライト、ウィカ達を呼んでもらえるか?」
「うん、分かった!」
ライトはソファから立ち上がり、その場でウィカに向けて呼びかける。
「ウィカ、皆といっしょにここに来てー!」
『…………??』
何もない斜め上の空に向かって言葉を放つライトを、海の女王は不思議そうに見ている。
そして数秒が経過した頃、ウィカがその姿を現した。
「うなぁーん♪」
「ウィカ、いつもありがとうね!水の女王様もいらっしゃ……!?!?!?」
『!!!!!』
「!?!?!?」
ウィカを呼び寄せたライトが、ウィカと水の女王を歓迎する。
水の女王の姿を見た海の女王が、極限まで目を見開きつつソファから立ち上がる。
そしてその顔に驚きの表情を浮かべたのは、海の女王だけではない。何故かライトとレオニスも驚愕しつつ絶句している。
ライトとレオニスの口をあんぐりと大きく開けさせた原因。
それは―――
「クルルァ♪」
「え、アクアまでいっしょについて来たの?」
ウィカの横にいた水の女王のさらに後ろに、何とアクアがデデーン!といたからであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『海の女王ちゃん!会いたかったわ!』
両手を思いっきり広げて、満面の笑みで海の女王のもとに泳ぎ寄る水の女王。
ボフン!という音が出そうなくらいに勢いよく海の女王に抱きついた。
『え? み、水の姉様……?』
『そうよ、私が貴女のお姉ちゃんよ!』
『ど、どうしてここに……?』
『そんなの決まってるじゃない!貴女に会いたかったからよ!』
嬉しそうに海の女王の首っ玉に抱きつく水の女王に、彼女をしっかりと受け止めながらも戸惑いを隠せない海の女王。
ライト達もいろいろと説明するより先に、さっさと呼んだ方が早いとばかりにウィカ達を呼び寄せてしまったので、ちょっとしたサプライズになってしまった。
だが、こんなサプライズも悪くはない。
お互い遠い地にいて、直接会えるはずのない姉妹同士がこうして会えたのだから。
最初こそ驚きのあまり戸惑うばかりの海の女王だったが、水の女王の喜びようが移ったのか、彼女の顔からも驚愕が薄れて歓喜の色に塗り替えられていく。
『水の姉様……私も水の姉様にお会いできて、本当に嬉しいです……』
『うんうん!私も同じ水属性の貴女に会えて本当に、本当に嬉しいわ!』
無邪気に頬ずりする水の女王に、海の女王もまたその喜びを表すように姉の身体をギュッ……と抱きしめていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
姉妹の感動の対面を果たした、水の女王と海の女王。
その感動の対面の横で、ライトはアクアに問うていた。
「何、アクアまでついてきちゃったの?」
「クルルキュイキュイー!」
「そりゃまぁね、アクアの気持ちも分からなくもないけど」
「水の女王がお出かけするのを見て、アクアもお出かけしたくなったんだろうな」
ニコニコ笑顔のアクアに、ライトもレオニスも文句は言えない。
おそらくはレオニスが言うように、自分もお出かけしたい!とアクアも思ったのだろう。
「ていうか、皆でこっち来ちゃってあっちの方は大丈夫なの?」
「向こうにはイードがいるから大丈夫だろ」
「そっか……まぁね、イードだって目覚めの湖の主だもんね」
「そゆこと」
「うなにゃーにゃ!」
目覚めの湖が手薄になることをライトが危惧するも、レオニスの言葉で納得する。
イードももともとは目覚めの湖の主のような存在だ。あの巨躯を誇る淡水クラーケンに敵う者などそうはいない。
故に目覚めの湖のことを心配する必要はなさそうだ。
アクアの横にいるウィカも『その通り!』と言っているようである。
ともに来たウィカや水の女王がアクアの存在に驚いていないあたり、アクアも水の仲間達にはちゃんと話をして彼女達の了承を得ていたと思われる。きっとアクアが『いっしょに行きたい!』『連れてって!』と懇願したのだろう。
もともとアクアの頼みごとは断り難い上に、しかも水の女王自身先日の天空島で無茶を通した張本人だ。なので、アクアを諌める権利など微塵もなかったりする。
先日の水の女王の天空島アポ無し同行に続き、目覚めの湖の仲間達による二回目のサプライズを食らったライトとレオニス。
海の女王だけでなく、まさかライト達までサプライズの衝撃波を受けることになろうとは。
本当に水属性の者達は超絶アクティブで、皆を驚かせてばかりである。
一方の水の姉妹達はというと、一頻り互いに喜びを噛み締めた後海の女王がソファの横に出て、改めてアクアの前に跪く。
『いと尊き御方、お初にお目にかかります。私は海の女王、海を司る精霊。水の姉様だけでなく、これほどに至高の存在に御目文字叶いましたこと、光栄至極に存じます』
「キュルキュイィ♪」
跪きながらものすごく畏まった挨拶をする海の女王に、アクアが気軽に返事をしている。
『やほー♪』とばかりに右の鰭前脚を上にピッ!と上げるアクア。その仕草は何とも愛らしく、実に気さくな水神である。
海の女王も水属性の頂点に立つだけあって、誰が何を言わずともアクアがどういう存在なのかを瞬時に感じ取ったようだ。
『アクア様も、目覚めの湖の外に出られるのはこれが初めてね!』
『いと尊き御方の御名は、アクアと仰るのですね。何と素敵なお名前でしょう』
『でしょでしょ? そこにいるライトがアクア様の親御様で、名付け親にもなってくれたのよ』
『ライトが……!? まぁ、何てこと……知らなかったとはいえ、水神様の親御様に対して今まで何と無礼なことを……』
アクアの名前を教える流れで、ライトがアクアの親御様であることまで伝えられてしまった。
改まって畏まる海の女王に、ライトは慌てて声をかける。
「ぃ、ぃゃ、あの!ぼくはアクアが卵から孵化するところに、たまたま居合わせただけなので!親御様とか名付け親とか、そんな大層なものじゃないです!」
『……そうなのですか?』
「はい、そうなのです!なので今まで通り、普通にお話してくれた方がぼくは嬉しいです!」
『そうよ、ライトはとても気さくで気配りもできて、とても善い人間なのよ。だから貴女も普通に接してあげてね』
『親御様や水の姉様がそう仰るのならば……そうしましょう』
ここで『アクア様の親御様』と持ち上げられるのは、ライトにとって本意ではない。アクアはBCO由来のレイドボスであり、その出自や誕生秘話などのアクアの正体に繋がりそうな話題はなるべく避けておきたいのだ。
そんなライトの思惑とは全く別のところで、水の女王がライトの援護をする。それを受けて、海の女王もまた普通に接してくれるようになった。
ライトの懇願が通じたようで、何よりである。
「せっかくこうして女王様達も会えたことですし、まずは皆でお話しましょう!」
「そうだな。ディープシーサーペントが来るまでの間、待ちがてらのんびり話でもするといい」
『そうね。水の姉様、あちらで皆とお話しましょう』
『そうね、積もる話もあるものね!』
「マキュモキュキュルル!」
「うにゃーぅ」
ライトはさり気なく話題を変えるべく、皆でお話しよう!と提案する。
その提案に皆賛同し、ソファとテーブルのある場所に移動していった。
デッちゃんの移動中に、三件目の用件として水の女王と海の女王を引き合せることに成功したライト達。
如何にライト達が人外ブラザーズでも、さすがに海の中でお泊まりしていくのは無理なので、絶対に日帰りしなければなりません。
てな訳で、時間は有効的に活用しなければね!(`・ω・´)
ちなみに水の女王と海の女王の姉妹関係は、水の女王が姉で海の女王が妹になります。
基本的に属性の女王達に上下はないのですが、同属性同士の場合は序列が発生します。
海の女王が統べる海は、当然のことながら海水でできています。そして海水とは水ありきなので、まずは水という根源的存在があった上でその後に海や氷などが派生する訳です。
ここら辺は第656話でも解説しましたが、要は火の姉妹と同じですね(・∀・)




