第66話 通学路の下見
ライト達三人は、ラウル特製ブルーベリータルトをおやつとして堪能しながら、次の予定を確認する。
「おやつの後は、ラグーン学園までの通学路の確認と、この家の周辺案内だな」
「ここからラグーン学園までは、歩いてどれくらいかかるの?」
「んー、そうだなぁ、子供の足で10分てとこか」
「ラウル、最近のこの近辺の治安はどんなだ?」
「貴族街は変わらず治安だけはいいぜ。騎士団は警邏さぼらないしな」
「そっか、じゃあ平民街の方はどうだ?」
「ここ最近大きな事件なんかは起きてはいないな」
「そうか、分かった」
家の背後にラグナ宮殿があることからしても丸分かりだが、やはりこの邸宅は貴族街と呼ばれるエリアにあるらしい。
「そしたら、ライトが一人で徒歩で学園に通っても大丈夫そうだな」
「何だレオニス、お前が毎日送り迎えするんじゃないのか?」
「さすがの俺も、そこまで過保護じゃねぇよ」
「どうだかなwww」
先程の仕返しか、ラウルがレオニスを弄る。
「大丈夫だよ、ぼく一人で通えるよ。それに、レオ兄ちゃんだってそこまで暇人じゃないよ」
「「…………」」
実のところ、レオニスが毎日送り迎えしようと思えばできる。暇など、作ろうと思えばいくらでも作れるものなのだ。
だが、それをしてしまうと今度はライトが学園で要らぬ恥をかくであろうことも、レオニスはちゃんと理解していた。
「何ならラウルが執事の役目のひとつとして、ライトの送り迎えしてくれてもいいんだぞ?」
「俺が送り迎えしたところで、非力な俺じゃ暴漢に襲われたりしてもライトを守りきれんぞ?」
「お前、曲がりなりにも妖精なんだから、普通の人間やそこら辺の冒険者よりは魔力とかはるかに強いでしょうよ……?」
「うっせー、筋金入りの軟弱者を舐めんじゃねー」
「「…………」」
そこは胸を張るポイント違くね?というライトとレオニスの視線など物ともせず、ラウルは偉そうにふんぞり返る。
「ま、どのみちレオニスが鉄壁の護身用の魔導具なり何なりを用意するんだろ?なら通学の心配はしなくていいんじゃねぇの?」
「まぁな、そこら辺も対応済みではあるが」
そういえば、ライトが通学用の防犯対策はどうするのか、レオニスに確認していたはずだ。
「レオ兄ちゃん、何か魔導具とか用意してくれたの?」
「ああ、通学するのに指輪とかイヤリングとか華美な装飾物はだいたい規則で禁止されるからな、その辺差し支えないようなやり方にはしといた」
「え、何なに、どんな方法?」
ライトとしては、てっきり腕輪か何かの魔導具類を渡されるのかと考えていたのだが、全く違う方法と聞いて俄然興味が湧いたようだ。
「こないだ、メイんとこでお前の制服買っただろう?」
「うん、サイズぴったりのがあって良かったー」
「その制服のボタンやベルトのバックルとかに、防御魔法組み込んどいた」
レオニスのトレードマークである深紅のロングジャケット。あれも各種パーツに防御魔法が組み込まれているが、どうやらそれと同じことをライトの着る制服に施したようだ。
ということは、その制服を着てさえいれば完全防備状態になれる、ということらしい。
確かに腕輪や指輪のひとつふたつ装着するより目立たずに済むし、より多くの事態に対応できそうだ。
さすがは超一流冒険者レオニス、完璧なやり方である。
「どんな防御魔法入れたの?」
「んーと、火炎吸収反射、水氷魔法吸収反射、雷無効、防刃、呪詛倍増反射、麻痺毒無効、石化無効、重力魔法反射、一定以上の圧を感知して作動する物理攻撃反射、これくらい?あ、ついでに防塵防水防汚な」
「「…………」」
事も無げに言い放つレオニスに対し、ライトとラウルは開いた口が塞がらない。
これはあれか、ライトの制服は【歩く装甲列車】と化したのか。
「……ま、それくらい山盛り入れときゃ、大丈夫じゃね?」
「うん、そうだね……ハハハ……」
ライトとラウルは半ば苦笑いするしかないが、レオニスはこれでも不満のようだ。
「でもなー、体操着にはボタンなんて全然ないから、体育の時間だけは若干不安が残るんだよなー」
「ああ、そうだねー、さすがに体操着だけはしょうがないかなー」
「そう、だから大まかだけどしゃあない、体操着の上着の前後のゼッケン生地と縫い糸、運動靴の紐に物理吸収と魔法吸収だけ入れといた」
「「…………」」
ここまでくるともはや過剰防衛な気がしないでもないが、これもレオニスのライトに対する愛情の表れなのだろう。
「あ、他にも鞄のパーツに現在地追跡機能と、制服の左腕の袖口ボタンに緊急連絡シグナル発信機能をつけといたぞ」
「万が一拉致された時なんかに、左腕手首のボタンを10秒以上強く押せば、俺のところに警報が届く仕組みになっている」
「強く押すのは指や手だけでなく、自分の体重をかけても有効だ。例えば手足を縛られた状態でも、寝転がされただけで作動させられる」
「ま、とりあえず、これだけしとけば安心かと思ってな」
安心安全どころのレベルではないし、想定自体が相当怖い気がするのだが。王侯貴族の警護でも、ここまでガッチガチの厳重ではないだろう。
他の貴族がこの装甲列車並みの防御仕様を聞いたら、嫉妬のあまり羨ま憤死するかもしれない。
だが、この用心深さもまた冒険者ならではの思考傾向なのだろう。
「まぁ、俺やお前自身は貴族でも何でもない平民なんだがな」
「それでも、この貴族街にある屋敷から学園に通う以上、貴族同様に犯罪者から付け狙われる可能性が出てくるからな」
ああ、そうだ。ライト自身はただの平民だが、よくよく考えればレオニスは姓持ちで一応貴族と同等の扱いだし、ライトもそのレオニスの庇護下にあって貴族街から学園に通うとなると、上位貴族の息子と勘違いされてもおかしくはないのだ。
「うん、そういえばそうだったね……レオ兄ちゃん、いろいろとしてくれて、ありがとう」
「どういたしまして。お前の学園生活のためだ、この程度お安いもんさ」
レオニスの、ライトに対する惜しみない愛情。
それをまたひとつ、身に染みて感じるライトだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ラウルの絶品おやつを堪能した後は、外に出て実際の通学路確認を兼ねたお散歩タイムである。
外は雲一つない快晴で、まさにお散歩日和といったところである。
家の表門の反対側には、ラグナ宮殿が聳え立っている。相変わらず立派な宮殿だ。
「レオ兄ちゃん、レオ兄ちゃんはあの宮殿にはよく行くの?」
「ん?ラグナ宮殿か?あんな場所にはほとんど縁はないな」
「へー、そうなの?」
「ああ、だって俺は貴族でもなければ官僚でもない、単なる冒険者だからな。政治は王侯貴族のするもんだし、そもそも俺自身ああいう華美な場所は似合わん」
まぁ確かに、言われてみればそうだ。
レオニスとて姓持ちで貴族同等の立場を有するとはいえ、領地も爵位も持っていない。そこら辺は断固固辞していて、絶対に受け取らないらしいが。
「そうだねー。レオ兄ちゃんにもぼくにも縁のない場所だよねー」
「ああ、それにああいう場所ってのは、常に権謀術策渦巻いてるからな。なるべくお近づきにはなりたくないのさ」
「うん、ぼくもそんな怖いところには近づきたくないなー」
君子危うきに近寄らず、とはよく言ったものだ。
ライトもレオニスも、君子などという大層なものを自称する気はない。
だが、それでもレオニスの実力や実績を考えると、権力者ならば身の内に取り込みたくて仕方ない存在だろうということはよく分かる。
その諍いに巻き込まれて、泥沼の権力争いに引きずり込まれるのはレオニスもライトも真っ平御免である。
世の中平和が一番、日々平穏が最も大事なのだ。
そんなことを話しながら、広々とした道を歩く二人。
屋敷から出て2回角を曲がると、より一層大きな建物が見えてきた。
それこそが、これからライトが通う予定のラグーン学園である。
「あれがラグーン学園だ」
「うわぁー、遠目から見ても大きい学校だねー」
「中は幼等部、初等部、中等部の三つのエリアに分かれている。高等部と大学院はこことはまた別の敷地だから、ライトには当分関係ない。そこら辺は来月に入学してから案内されるだろう」
「そっか、今日はまだ学園に入る必要はないもんね」
「そういうこと。ほら、門が見えてきたぞ」
歩みを進めていくにつれ、大きくて立派な門構えが見えてくる。
「こっちは貴族街から出入りする貴族門、反対側の平民街から出入りするのは平民門と呼ばれている」
「そうなんだ……あんまり良い響きじゃないね」
「まぁな……だが、地理的かつ構造的な名称の区分だけじゃなく、警護の問題も絡んでくるからな」
「ああ、そっか。貴族と平民が同じ場所に集うとなると、警備の問題とかいろいろ出てきそうだもんね」
貴族と平民、双方が別け隔てなく集い学べる場所。
その理想や理念は崇高で尊ばれるべきものだが、実際にそれを行うとなると官民貴賤問わず皆多大な努力を積み重ねなければならないのだ。
理想を実現させるということは、何とも大変なことである。
「さ、出入りする門までの道順も確認したことだし。屋敷に帰るかー」
「はーい」
「ライト、道順は覚えたか?」
「うん、そんなに難しい道じゃないし大丈夫だよー」
「そっか」
のんびりとした足取りで、てくてくと屋敷に戻る二人だった。
ライトが転入するクラスは事前に学校側から聞かされているので、体操着のゼッケンも事前に問題なく用意できるのです。
そして、縫い糸はアイギスで使用しているものを特別に分けてもらい、そこにさらに魔力を込めてからチク縫いするのです。
チク縫いするのはもちろんレオニス。本当は一瞬だけ、家仕事全般得意なラウルに頼もうかと思ったのですが。そこは他ならぬライトのため、慣れない手つきながらも針と糸を手に懸命に、レオニスは一針一針ゆっくり丁寧にチク縫いしていくのでした。




