第636話 加護の与え方
『ぷはー、もうお腹いっぱい!』
ラウル特製マカロンを心ゆくまで食べ尽くしたドライアド達。
皆してまん丸になったお腹を擦りつつ、地面にゴロリと寝そべる。
何ともお行儀の悪いことだが、見た目が幼子なので何となく許されてしまう。
『……あ。今なら木の皆にも、甘くて美味しい水をあげられるかも?』
『そうね!』
『早速やってみましょ!』
寝転んでいたドライアド達はむくりと起き上がり、いそいそと泉に向かう。
そして皆ちゃぽん!と泉に入っていくではないか。
温泉に浸かるかの如く、泉の水に肩まで浸かるドライアド達。ふぃー……と言いつつ寛いでいる。
ドライアド達の行動の意味が全く分からないラウルは、泉の近くに寄ってドライアドに尋ねた。
「この泉に浸かることに、何か意味があるのか?」
『私達ドライアドには、この島における重要な役割があってね?』
「役割?」
『そう。森の木々に十分な水を与える、という大事なお役目があるのよ!』
ドライアドが語る話によると、この天空島の森の木々はドライアドの身体を通じて水を得るのだという。
もちろん自然に降る雨からも水は得られるが、それだけでは全く足りない。そもそもこの天空島自体が、雲より上にあることも多いのだ。
森の木々は、水がなければ立ち行かない。そこで、木の精霊であるドライアド達の出番となる訳だ。
『天から降る恵みの雨もいいけれど。この泉の水は天空樹ユグドラエル様のお膝元にあるから、それはもう霊験あらたかな水なのよ』
「そうなのか。まぁ確かにな、神樹の近くに湧き出る水ならば強力な効能もありそうだ」
『そゆことー』
話を聞いているうちに、泉の周辺の森の木々が何だかざわざわとざわめいているような気がする。
いや、それはそんな気がするというレベルではなく、風が吹いてもいないのに葉擦れの音がそこかしこから聞こえてくる。
キョロキョロと辺りを見回すラウルに、ドライアドがニコニコしながら話す。
『やっぱり森の木々も、貴方のおやつがとっても美味しいんですって!』
「そうなのか?」
『ええ。森の木々には、私達の身体を通して吸い込んだ水が行き渡るの。だから、さっき食べたおやつの味も木々に渡った水に含まれているはずよ』
ラウルがドライアド達に提供した、甘くて美味しいマカロン。
その味を森の木々も味わっているというのならば、この葉擦れのざわめきも当然である。
森の木々も、先程のドライアド達のように『何コレ!』『美味ッ!』とか言っているのだろうか。
しばらくすると、泉に浸かっていたドライアド達が次々と上がってきた。
『はー、苦しいくらいだったお腹もスッキリ!』
『木々の皆も、とても喜んでいたわね!』
『そりゃそうよ、こんな甘くて美味しくて珍しい水なんて、木の皆も初めてじゃないかしら?』
『うふふ、皆に喜んでもらえて良かったわね!』
『ホントホント!』
泉から上がって、再びきゃらきゃらと笑い合うドライアド達。
先程まで大きく膨らんでいたまん丸お腹が、すっきり凹んで元通りになっている。たくさん食べたマカロンの栄養分が、森の木々に水を与えることで全部消化されたのだろう。
もっとも、すっきり凹んだといってももともとが幼児体型なので、ぽっこりお腹であることに変わりはないのだが。
まん丸お腹も元通りになり、身軽になったドライアド達がラウルの身体のあちこちに乗る。
そして皆口々に『ありがとう!』『とっても美味しかったわ!』とラウルに礼を言う。
再び大量のドライアド達に埋もれ、精霊塗れになるラウル。
だが、精霊本体の姿で心から礼を言われるのは、ラウルにとっても悪い気はしなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『ところで、ラウル。貴方、今日は何のためにここに来たの?』
マカロンのお礼を一頻り伝えたドライアド達。満足したようにラウルの身体から離れていく。
まだいくつかのドライアドがラウルの身体に乗っかったままだが、その一人がラウルの目的を尋ねてきた。
その答えをラウルが話す前に、ラウルの左太腿に座っていたモモが何故かドヤ顔で答える。
『ラウルはね、私達に会いに来たんですって!』
『なら、何のために私達に会いに来たの? 目的があるんでしょ? モモはその目的をもう聞いたの?』
『うぐッ……そ、それは……まだ、聞いてない……』
『アナタ、肝心なところが抜けてるわよね……』
『ぐぬぬぬぬ……』
仲間の質問に、ラウルと一番最初に出会った第一里精霊である腿が得意げに答えたモモ。
だがそのモモも、ラウルからは『ドライアドの里に行きたかった』と聞いただけで、実は肝心の目的まではまだ聞いていなかった。
そのことを仲間に突っ込まれて、ぐぬぬとなるモモ。
まぁまぁ、と言いつつ二人を宥めながら、当のラウルがその目的と理由を話し始めた。
「今日ここに来た一番の目的は、ドライアドに植物育成魔法を教えてもらおうと思って来たんだ」
『植物育成魔法? 草木を一日でも早く、大きく育てたいってこと?』
「そうそう。俺、カタポレンの森の中で野菜を育てる畑を最近作り始めてな。その野菜を育てるための魔法を会得したいんだ」
ラウルから一旦離れたドライアド達も、いつの間にかラウルを取り囲むようにしてラウルの話を聞いている。
『貴方、木から生まれた妖精だって聞いたけど。貴方自身は植物魔法は使えないの?』
「ああ、魔力だけは高いんだがな。木から生まれた者同士でも、精霊と妖精じゃ使える魔法が違うものなのかもしれんな」
『そうねー。私達ドライアドの場合、使える魔法は植物魔法や植物とドライアドだけが対象の治癒魔法くらいしかないけど……妖精の貴方なら、それ以外の魔法も使えそうよね』
ドライアドのラウルに対する疑問は、もっともなものだ。
自分達と同じく、木から生まれた存在ならば植物魔法も使えそうなものだ、と思ったのだろう。
だが、同じようなものに見えても実際にはかなり違うようだ。
木の精霊であるドライアドは、植物に関する魔法しか使えないらしい。それは植物の育成だったり、傷ついた植物や同族のドライアドを治療するものだったり。その行使対象は植物のみに限定されていて、植物以外のものには行使できないらしい。
それに対し、ラウルは空間魔法陣という別ジャンルの魔法を駆使していたことから、自分達とラウルはかなり違うということをドライアドの方も察知していた。
「そうだな。俺の場合、空間魔法陣だったり水魔法や風魔法、土魔法なんかも使える。さすがに火魔法は種火に毛が生えた程度のものしか使えんが」
『え。貴方まさか、火魔法まで使えるの!? 木から生まれた妖精なのに!?』
「火は絶対に料理に欠かせん要素だ。もちろん火がなくても作れる料理もあるにはあるが、そんなのはほんの僅かな極一部だけだ。火による加熱なくして、美味しい料理なんぞ絶対に作れん」
『そ、そうなの……そのためだけに、火への恐怖を克服するって……貴方、ホントにすごい根性してるわね……』
「お褒めに与り光栄だ」
ラウルが火魔法まで使えることを聞き、この場にいたドライアド達が全員驚いている。
樹木にとって、火は間違いなく一番の天敵だ。一度火が燃え移れば、動けない樹木は為す術もなくその身が燃え尽きるまで劫火に包まれ滅ぶしかない。
火というものは己の存在を脅かす恐怖でしかなく、それ故に樹木とそれにまつわる精霊や妖精達にとっては問答無用で忌避する存在である。
そして火に対する恐怖はまさに抗い難く、本来ならば火を目にしただけで身体が硬直して頭が真っ白になるくらいに恐怖を感じるはずなのだ。
それを、このラウルという妖精は料理したさに火への恐怖を克服したというではないか。
ドライアドにはどう足掻いても、絶対に火を克服することなどできそうにない。そんな無理難題にも思える偉業?を、目の前にいるラウルという妖精は成したという。
ドライアド達には到底不可能なことだけに、ラウルを見る眼差しはただただ尊敬と畏怖に満ちていた。
「そんな訳で、ドライアドに植物魔法を習いたいんだが。教えてもらえるか?」
『うーーーん……』
『教えてあげたい、とは、私も思うんだけど……』
「何か問題でもあるのか?」
ラウルの今日の目的である植物魔法の習得、その教示をドライアド達に請うラウル。だが、何故かドライアド達の答えが何とも歯切れが悪い。
言い淀むドライアド達にラウルが問うたところ、モモがおずおずとその理由を答えた。
『えーっとね? 私達ドライアドは、生まれた時から植物魔法が使えて……誰かから教わったりとかコツを教えるとか、今まで一度もしたことがないのよね』
「あー……息をするのと同じくらいに最初から自然に身についているから、他の種族にどうやって教えていいのか分からん、てことか?」
『そゆこと』
モモの話に納得するラウル。
ドライアドは、この世に生を受けた瞬間から植物魔法を使えるという。それは生まれ持った天性の種族特性であり、努力せずとも最初から習得している。
無条件で受け継いだものなので、何かを摂取したりする必要もなければ修行をして得るものでもないのだ。
故に他者に教えると言われても、何をどうしたらいいのかさっぱり分からない。これを人族に例えると、息の仕方や心臓の動かし方を教えろと言っているようなものである。
モモ達ドライアドが難色を示すのも、無理はなかった。
「そうか……それは困ったな。これからいろんな料理をたくさん作るためにも、植物の育成魔法は何としても習得したかったんだが……これは諦めるしかないか……」
アテが外れて困り顔のラウル。
だが、ドライアド達自身が他者に教えられないというならば、ラウルにはどうすることもできない。
とりあえず植物魔法がなくても、今のところポーションとエーテルを混ぜた水でも十分大きくなることが分かっているし、無理に聞き出さなくても何とかなるか……とラウルが諦めかけた、その時。
モモがラウルの顔を覗き込みながら尋ねた。
『ねぇ、ラウル。貴方はどこで私達ドライアドのことを聞いたの?』
「カタポレンの森にいる俺の友達に聞いたんだ。天空樹のもとで里を形成しているドライアドの加護を受ければ、植物魔法が使えるようになるんじゃないか、ってな」
『そのラウルのお友達って、だぁれ? 私達のことを知っているなんて、只者じゃないわよね?』
「天空樹ユグドラエルの妹で五番目の神樹、ユグドラツィだ」
『『『!!』』』
モモだけでなく、ラウルの周りにいたドライアド達がハッ!とした顔になる。
『そうね、その神樹の言う通りよね!』
『ええ!私達がラウルに加護を与えれば、きっとラウルも私達と同じように植物魔法が使えるようになるわよね!』
『そうよそうよ!そうしましょう!』
ドライアド達が顔を見合わせつつ、きゃいきゃいとはしゃぐ。
解決策を見い出せたことに喜んでいるようだ。
だがしかし、次の瞬間に誰かが呟いた素朴な疑問の一言で、全員の動きがピタリと止まる。
『でも……その加護って、どうやって与えるの……?』
『『『…………ぁ』』』
両手を挙げて万歳したまま、ドライアド達が固まる。
どうやらここのドライアド達は、今まで他種族に加護というものを与えたことが一度もないようだ。
ドライアド達の様子から、そのことを察したラウルがモモ達に問うた。
「あー……このドライアドの里には、里長とか長老とか族長とか、そういった知恵袋的な年嵩の偉い者はいないのか?」
『地上に住むドライアドはどうか知らないけど、少なくともこの天空島に住むドライアドにそういった者はいないわ……』
「そうなのか。皆平等なんだな」
『基本的に争い事とか全くないしね……強いて言えば、天空樹ユグドラエル様がここで一番偉い御方よ』
『うん、ユグドラエル様の仰ることは絶対だしね』
『『『…………』』』
ここで再びドライアド達が互いに顔を見合わせる。
『……そしたらさ、ユグドラエル様に聞けばいいんじゃない?』
『そうね……ユグドラエル様なら、加護の与え方もきっとご存知よね?』
『絶対にご存知よ!だってユグドラエル様は原初の神樹、全ての樹木の頂点に立つ御方だもの!』
一度はピタリと止まりかけたドライアド達に、再び活気が溢れ出す。
困ったり絶望したり喜んだり、何とも忙しい緑の幼女集団である。
希望を見い出したドライアド達が、ラウルの手や指、腕を引っ張りだす。
『ラウル、ユグドラエル様のところに行きましょ!』
『ユグドラエル様なら、きっと何とかしてくださるわ!』
『早く早く!』
「ぉ、ぉぅ、まずは敷物を片付けるからちょっと待ってくれ」
早速出かけようとするドライアド達に、ラウルは戸惑いながらも一旦立ち上がり、敷物を空間魔法陣に仕舞う。
「お待たせ」
『さぁ、皆でユグドラエル様のところに行きましょ!』
「何だ、全員行くのか?」
『もちろんよ!私達皆、貴方に美味しいものをご馳走になったもの!』
『ドライアドは、受けた恩はきちんと返す義理固い種族なのよ?』
『そうそう。皆で美味しいもののお礼をしないとね!』
ユグドラエルのもとに行くにしても、ドライアドは一人か二人ついてくれば事足りるのだが……とラウルは思ったのだが、当のドライアド達はそれでは気が済まないらしい。
でもまぁここのドライアド達は皆15cm程度のミニサイズだし、大勢で押しかけても然程問題にもならないか……とラウルも思い直す。
「すまんな。じゃあ皆でユグドラエルのところに行こうか」
『『『うん!』』』
嬉々としたドライアド達。ラウルの手や指を引っ張る以外にも、先導役としてユグドラエルのいる方向に飛んでいく者もいる。
大勢のドライアド達に囲まれながら、ラウルはユグドラエルのもとに向かっていった。
今回も、ラウルとドライアド達の心温まる?交流の回です。
作中でも書いた通り、天空島に住むドライアド達に長はいません。
それは彼女達の言うように、まとめ役や相談役といった役割はユグドラエルが全て担っているから、というのがあります。
普通は年長の者が族長や里長といった役職に就き、喧嘩や諍いの仲裁などをするものですが。天空島においては天空樹ユグドラエルこそが至高の存在。
ドライアドは木の精霊だけに、世界最古の神樹ユグドラエルこそが最も崇める存在であり、自分達の族長など決める必要すらないのです。




