第630話 大魔導師の足跡
二日間のお休みをいただき、ありがとうございました。
本日より連載再開いたします。
光の女王と雷の女王に会うために、天空樹ユグドラエルのいる島を一旦離れたライトとレオニス。
レオニスがライトを背負い、空を飛んでいく。
ユグドラエルの命により、女王達のもとまで案内役を務めるパラス。レオニスよりも少し斜め前の先を飛びながら、時折後ろを振り返っては話しかけてくる。
「良いか、人の子よ。貴殿らはユグドラエル様から大事な客人として認められている故、女王達のもとへも案内するが……くれぐれも粗相のないように」
パラスの口調からは、未だ少なからず警戒心を持たれていることが伺える。
ユグドラエルが客人として迎え入れたからには、パラスとしても仕方なく従いレオニス達を賓客として受け入れる。だがパラス個人としては、初対面の人族に対してすぐに信用することはできない、といったところか。
天空島と地上では、親密な交流関係といったものはほとんどない。それはアクシーディア公国に限ったことではなく、地上の全てのものに対して言えることである。
パラスの警戒心は、部外者との交流がない故の人見知りもあるだろう。だが、天空島全般の警備を任された者ならば、初対面の者に対してそうした猜疑心を持つこともある程度は必要である。
レオニスにもそれは分かっているので、剥き出しという程ではないが隠しきれてもいないパラスの警戒心に対して、何ら不快に思うところはない。
パラスの言動を気にする様子もなく、レオニスもライトも普通に受け答えをする。
「おう、分かってるぜ!なぁ、ライト!」
「はい!ぼく達は、女王様の無事を直接確認できれば十分ですので!」
「ならば良いが……ところで、その……一つ聞きたいことがあるのだが…」
「ン? 何だ?」
「何故貴殿は、翼もないのに空を飛べるのだ? 幼子の方は飛べぬようだが……」
言葉を交わしついでの雑談のように、パラスがレオニスに疑問をぶつけてきた。
人族とは、空を飛べぬ地上の一種族―――これがパラスの知る常識である。その常識を真っ向から覆す光景は、やはりどうにも理解し難く不思議なものらしい。
「あ、これ? 実はこの服に飛行魔法を付与していてな。人族が使う飛行魔法ってのはかなり魔力食うんで、普通の人間に扱うのはほとんど無理なんだが。幸い俺は、人族の中では魔力がべらぼうに多い方なんで、飛行魔法を使うことができるんだ」
「飛行魔法を付与……?」
「ああ。といっても、あんた達や鳥や竜のように、長い時間好きなだけずっと飛び続けることはできんがな。十分二十分程度の短時間なら飛べるって程度のもんだ」
「人族の身でありながら、それだけ飛べれば十分だろうと思うが……なるほど、そんな方法もあるのだな」
レオニスの答えを聞いたパラスが、とても驚いた顔をしている。人族ならではの知恵や努力の結晶、それが魔法付与という手段である。
パラスは感心しきりといった感じでぽつりと呟いた。
「いやはや、驚いた。あの天才大魔導師を名乗る者以外にも、翼を持たずに空を飛べる者がいたとはな。人族―――いや、地に住まう者達は、私の知らぬ間にだいぶ進化したのだな」
「……天才大魔導師?」
レオニスがピクリ、とパラスの呟いた言葉に敏感に反応した。
今のこの世で自らを天才大魔導師を名乗り、この天空島まで来れる者。如何にサイサクス世界広しと言えども、そんなことができる人物をレオニスは唯一人しか知らない。
「なぁ、その大魔導師を名乗るやつの名前は知っているか?」
「ン? フェネってぃのことか?」
「「!!!!!」」
ライトとレオニスの顔が驚愕の色に染まる。
パラスが答えたその人物の名は、二人が思い浮かべた人物の名前とは少々異なっている。だが、五文字のうち最初の三文字が一致しているので、ほぼ間違いないだろう。
レオニスはさらにパラスに質問を重ねる。
「そのフェネってぃとやらは、一番最近はいつ頃ここに来た?」
「前の秋から冬になる頃だったか……」
「やっぱりそうか……」
レオニスが新しい通信用魔導具でフェネセンと最後に連絡を取ったのは、去年の十一月下旬頃。
パラスの言う『前の秋から冬になる頃』という話と、時期がぴったり一致している。
やはりフェネセンは、この天空諸島を訪ねて来ていたようだ。
「フェネぴょん……やっぱり天空島に来てたんだね」
「ああ、前に通信に出た時にもそう言っていたからな」
「何だ、もしかして貴殿達は、フェネってぃのことをご存知なのか?」
ライト達の呟きに、パラスが興味深そうに尋ねてきた。
「ああ、フェネセンは俺達の仲間だ」
「フェネセン? フェネってぃ、ではないのか?」
「あれの本名はフェネセンといってな。そのフェネってぃというのは、おそらくこの天空島界隈専用の愛称だ」
「そ、そうなのか……それは初耳だ」
「あいつはその時々や場所によって、自分の愛称?をいろいろ変えたり新しいのを作っては名乗るのが好きだからな……最近ではフェネぴょん、という愛称がお気に入りらしい」
「……フェネぴょん……」
フェネセンの本名やら別名義?を初めて知ったというパラス、呆気にとられた顔をしている。
フェネセンが名乗っていた『フェネってぃ』が本名だと思っていたら実は全然違っていて、しかもそれとはまた別の愛称?があると知れば、驚くのも無理はない。
「フェネセンは、この天空島で何をしていたんだ?」
「いつもなら、天空樹や女王達のところを訪ねるのが常なのだが。先日来た時には、我等警備隊の者と少し会話をしただけですぐに下界に戻っていった」
「どんなことを話していたか、聞いてもいいか?」
「貴殿達と全く同じことを尋ねていたよ。ユグドラエル様と女王達の無事息災、それさえ確認できればいいからって早々に立ち去っていった」
「そうか……」
パラス曰く、普段のフェネってぃ?ならば、一度訪ねてくれば女王の御座す神殿に長逗留していくのに、珍しいこともあるものだ、と思ったらしい。
近いうちに誰だかといっしょに来るから、その時はよろぴくね!と、フェネセンは笑顔で去っていったという。
その話を聞いて、ライトの目に涙が浮かんできた。
フェネセンは、レオニスとの通信で『大きくて見どころ山盛りの島は、ライトきゅんと探索するためにちゃんと手付かずでとっといてあるんだー♪』と言っていた。
きっとフェネセンはライトとの約束を守るために、光の女王や雷の女王、天空樹ユグドラエルのいる場所には立ち寄らずにすぐに帰ったのだろう。
未だにその行方が杳として知れないフェネセン。彼は今、どこで何をしているのだろうか。
そのことを思うと、ライトの胸がキリキリと痛む。
「フェネぴょん……今どこにいるんだろう……」
「……あいつのことなら大丈夫だ。きっとどこかで元気に生きているさ」
「だといいけど……」
「絶対に大丈夫。あいつは殺しても死なないからな!」
心配そうに俯くライトに、レオニスは努めて明るく振る舞う。
もちろんレオニスだって、フェネセンのことを全く心配していない訳ではない。だが、今ここでレオニスまで不穏な言動をすれば、余計にライトの不安を煽ることになる。
故にレオニスだけは、無理して強がってでも明るく振る舞わなければならなかった。
三人でそんな話をしているうちに、神殿らしき建物がある島が見えてきた。
一つの島に、同じ形の神殿が二つ建っているのが見える。どちらかが光の女王の神殿で、もう一つが雷の女王の神殿だろう。
天空樹ユグドラエルのいる島ほどではないが、二つもの神殿がある島も天空諸島の中ではかなり大きい部類に見える。
「あッ、レオ兄ちゃん!神殿が見えてきたよ!」
「おっ、ホントだ。二つあるな」
「ここから見て右側が光の女王の神殿、左側が雷の女王の神殿だ」
ライトは眦に浮かんだ涙を、手の甲でぐしぐしと拭う。
今から属性の女王達に会うというのに、泣きべそをかいた情けない顔のままで彼女達の前に出る訳にはいかない。
フェネぴょんのことはまた後で考えるとして、今は女王様達との面談に集中しよう。ライトはそう考えながら、己の頬を両手でパン、パン!と軽く叩き、気合いを入れ直す。
目の前にどんどん迫りくる神殿を、ライトはじっと見据えていた。
ぃゃー、人一人見送るというのは本当に大変なことだ……と、伯父の葬儀でしみじみ感じた作者。
それでも何とか予告通り連載再開できて一安心です。
さて、作中では天空樹ユグドラエルのいる島から属性の女王達のいる神殿の島までの、飛行道中?の模様です。
島から島の移動だけで、一見大して話は進んでいないように見えますが。雑談中にフェネセンの足跡を知れたことが思わぬ収穫となっています。とはいえ、その手がかりとなるものは未だ見つからないのですが。
フェネセンもねぇ、一体どこに行ってしまったんでしょうか……




