第629話 邪竜の拠点
作者からの予告です。
県外の親戚の葬式が出てしまいまして、その移動のため明日と明後日の更新をお休みさせていただきます。
作者の個人的都合上により申し訳ありませんが、よろしくご了承の程お願いいたします。
それからまたライト達は、ユグドラエルと様々な話をした。
ユグドラツィやユグドラシアのこと、ユグドラグスのこと、廃都の魔城のこと等々。
ユグドラエルはどの話に対しても、興味深そうに静かに聞き入っていた。
『なるほど……貴方達が天空島に来たのは、ただ私の弟妹からの贈り物を届けるだけでなく、そのような重大な任をも帯びていたのですね』
「ああ。神樹や属性の女王といった、力ある者ほど奴等―――廃都の魔城の四帝に狙われやすいんだ」
『確かに……もし私達に、そのような悍ましいものを植え付けることができたとしたら……その益は計り知れないものとなりましょう』
ライト達が天空島に来た別の理由、それは天空樹や属性の女王達の無事を確認するという目的のため。そしてその確認の理由が、廃都の魔城の四帝の悪辣な奸計にあると聞いたユグドラエルは、深く納得していた。
「ぱっと見たところ、この天空島の周辺には特に異常は起きてはいなさそうだが……」
『ええ、おかげさまで今のところは平穏無事に暮らしておりますよ。ただし、この天空諸島の周辺にも時折邪竜が飛来することはありますが』
『何ですって!? 姉君のところにも邪竜が襲撃してくるのですか!?』
ユグドラエルがぽろりと呟いた情報に、白銀の君が食いつくように反応した。
邪竜といえば、白銀の君が守る竜王樹ユグドラグスのもとにもその群れが何度か襲撃を繰り返している。
白銀の君が我が君と呼び慕うユグドラグスだけでなく、その姉ユグドラエルをも付け狙っていると聞き、居ても立ってもいられないようだ。
『いえ、襲撃というほどのものでもないのです。大抵は一匹の邪竜が、フラフラと領域内に迷い込むように飛んでくるのです』
「ふむ……一匹だけなら何とも言えんところだが、もしかしたら天空諸島の偵察に来ているのかもしれんな」
『そうかもしれませんね』
ユグドラエルの話を聞いたレオニスが、思案顔で呟く。
複数で同時に襲撃してくるならともかく、たった一匹の邪竜だけでは天空島を制圧さることなど絶対に不可能だ。
だが、一匹だけだから、と単なる迷子として安易に片付ける訳にもいかない。情報収集のための偵察を疑っておくくらいには、用心しておくに越したことはない。
するとここで、ユグドラエルが気になることを言い出した。
『ただ、こことは違う別の天空島が邪竜の群れによって占領された、という話を聞いたことがあります』
「何ッ!? それは本当か!?」
『ええ。何十年か前に、そのような噂を耳にしました。その件については詳しい者が他におりますので、ここに呼びましょう』
「ああ、よろしく頼む」
しばらく待っていると、一人の女性型天使が現れた。
その出で立ちは、先程レオニス達を取り囲んだ兵士達と同じく鎧兜を身に着けており、護衛を務める天使のようだ。
しかもその鎧兜は、よく見ると先程の兵士達よりも立派で豪奢な作りだ。護衛を務める兵士達の中でもかなりの上役っぽい。
「ユグドラエル様、お呼びでしょうか」
『パラス、忙しいところを呼び立ててすみませんね』
「いいえ。ユグドラエル様のお呼びとあらばこのパラス、天の果てからでも馳せ参じましょう」
ユグドラエルの前に跪き、恭しく頭を垂れるパラス。
聞けばこのパラス、この一帯の天空諸島の守護を担う警備隊の長を務めているらしい。人族でいうところの、騎士団団長のような役どころか。
身の丈はレオニスやラウルと並ぶくらいの大きさで、鎧をまとっていても引き締まった身体であることが見て伺える。
黄蘗色の長い髪を一本の三つ編みに結い、釣り目でキリリとした露草色の瞳はとても凛々しく、端正な顔立ちと相まって警備隊隊長に相応しい風貌である。
天空樹の前で、片膝をついて跪くパラス。
ユグドラエルはパラスに向かって尋ねた。
『パラス、以前こことは違う他の天空島が、邪竜の群れに占領されたという話がありましたよね?』
「はい。今から百五十年ほど前に、南方を航路に取る天空島の一つが邪竜の群れに襲われて落ちたことがございます」
『その天空島は、今はどうなっていますか?』
「今でもまだ邪竜の巣窟のままのはずです。我等の天空諸島とは航路が直接交わることはほとんどないので、普段はあまり実害はありませんが。それでも数年に一度は距離が近づくことがあるので、その際に邪竜の群れがこちらに襲いかかってくると思われます」
ユグドラエルの問いに、パラスが的確に答えていく。
さすが警備隊隊長、天空諸島におけるそうした事件的なデータを全て把握しているようだ。
それまで話を聞いていたレオニスが、パラスに向かって問いかけた。
「邪竜が群れとして来る時の規模、襲撃の周期なんかは分かるか?」
「邪竜の数は多くても五十匹程度。周期は決まってはおらずバラバラだが、だいたい五年に一度くらいの頻度だ」
「規模はユグドラグスのところとだいたい同じようなもんか?」
『そうですね。私達のところに来るのとほぼ同じかと』
これまでの経緯から考えると、邪竜の群れは廃都の魔城の四帝の手駒として侵略を目論んでいると見て間違いないだろう。
そう睨んだレオニスは、四帝の奸計の情報収集に努める。
奴等の手口を知っておくことは、今後のレオニス達の活動にとっても有益だからだ。
そして天空諸島への攻撃は、ユグドラグスのところと大差ない規模らしい。
当然襲撃時期はずれているだろうが、邪竜の拠点が天空島にあるという情報を得られたのは幸いである。
「いつかは邪竜の拠点も潰したいが、それにはまだ情報も戦力も足りないな……」
『レオニス。邪竜の拠点に討って出るなら、その時はいつでも私に声をかけなさい。我が君やその姉君を脅かす邪竜など、生かしてはおきません。奴等を殲滅できるなら、其方達への助力を惜しみません』
「ぉ、ぉぅ、その時はよろしく頼むぜ!」
廃都の魔城の四帝の企みを潰すためにも、いつかは邪竜の拠点を殲滅したい、とレオニスは考える。
そうすれば、四帝が魔城の外で操る手駒をかなり減らすことができるはずだ。
だが、それには全てが足りない。邪竜の拠点の情報、攻め込むための戦力や物資、何もかもが不足していて今はその時ではない。
そんなレオニスの呟きに、横にいた白銀の君が鼻息も荒く全面協力する旨を伝える。
竜王樹を付け狙う邪竜の群れは、白銀の君にとっても憎き怨敵なのだ。
白銀の君の勢いに気圧されるレオニスだったが、白銀の君が邪竜の拠点の討滅戦に加わってくれるのなら、これ程心強いことはない。
レオニスの顔面30cm前まで近づく白銀の君。そのド迫力にタジタジになりながらも、頼もしい味方を得たことにレオニスは万の軍勢を得た思いだった。
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「さて、では俺達はそろそろお暇する。次の目的である光の女王と雷の女王にも会わねばならんからな」
『そうですか。貴方達も大事な任務がありますものね』
「白銀の君はどうする? できれば俺達をまとめて送ってもらいたいが、このままユグドラエルと話を続けたければ、ここにいてくれても構わんが」
ユグドラエルと一通り話ができたレオニスは、もう一つの目的である光の女王と雷の女王に会うべく立ち上がる。
もともと今日は日帰りの予定のため、あまり天空島に長居はできないのだ。
だが、属性の女王達に用があるのはライトとレオニスだけで、白銀の君には直接関わりがある訳ではない。
故に、白銀の君まで無理に付き合わせるのも悪いかな、レオニスは配慮したのだ。
『そうですね……できることなら、我が君の姉君ともっとお話をしていたいのですが……』
「なら、俺達の用事が終わるまでここにいてくれ。用事が済んだらまたここに戻ってくる」
『そうしてもらえると助かりますが、其方達の移動はどうするのですか?』
「それは心配ない。ライトは俺が背負って飛ぶから」
やはり白銀の君は、ユグドラグスの姉であるユグドラエルともっと会話していたいようだ。
ライト達の移動は、レオニスがライトを背負って飛べば問題ない。ラウルも普通に飛べるし、自力で飛べないライトさえいっしょに移動できればいいのだ。
そうレオニスが考えていると、この流れにラウルが乗ってきた。
「あ、そしたら俺もここに残っていいか?」
「ン? 何だラウル、お前もここに残るのか?」
「ああ。天空樹のある天空島には、ドライアドの里があるとツィちゃんから聞いてるからな」
「あー、そっか。お前が天空島に来たがってたのは、そのドライアドに会いたいからだったっけな」
「そうそう。畑の作物の育成促進のために、植物魔法を覚えたいんだ」
ラウルまでが天空樹のもとに残ると言い出した理由。
それは『ドライアドに植物魔法を伝授してもらうため』だったことを、レオニスも思い出して頷いている。
「分かった、そしたらラウルも好きなだけドライアドと交渉してこい」
「おう、俺も木から生まれた妖精の端くれだ、同じく木の精であるドライアドとも渡り合ってみせるぜ!」
天高く掲げた拳にグッと力を込めて握りしめながら、高らかに宣言するラウル。その姿はまるで、どこぞの覇王もしくは拳王を彷彿とさせる世紀末的オーラを感じさせる。
その気合いはかつてない程に入りまくり、ラウルの背後に炎が燃え盛る様が目に映るようだ。
同族のプーリア族とは全く分かり合えなかったラウルだが、今のラウルは昔のラウルとは違う。
人里に長らく住んだことにより得たコミュ力を、今こそ発揮する時である。
「じゃ、行くぞ、ライト」
「うん!」
ライトも立ち上がり、一旦天空樹のもとを去ろうとしたその時。
ユグドラエルがライト達に話しかけてきた。
『レオニス、ライト、お待ちなさい。女王達のもとへの案内人として、パラスを連れていくとよいでしょう』
「それは願ってもないことだが……警備隊隊長にそんなことをしてもらっていいのか?」
『もちろん構いませんよ。むしろ私の大事な客人をお守りすることは、彼女の仕事の一つと言えましょう』
ユグドラエルがライト達の護衛として、パラスを連れていけと進言してくれた。
ユグドラエルは間を置かずにパラスに向かいその意を伝える。
『パラス、よろしいですね?』
「はっ。ユグドラエル様の命とあらば、喜んで拝命いたします」
『ありがとう、パラス。彼らは私の大事な客人です。女王達のもとにしっかりと送り届けてあげてくださいね』
「ははっ!」
ユグドラエルの命を受けたパラスが、ライト達の方に身体を向き直す。
「ユグドラエル様の命により、貴方達を女王達のもとに案内します」
「ああ、よろしく頼む」
「パラスさん、よろしくお願いします!」
ライトとレオニスは、パラスに向かって改めて挨拶をする。
そうしてライト達は、パラスの護衛のもと属性の女王達のいる神殿に向かっていった。
ユグドラエルとの対話も進み、次の用事に取り掛かるライトとレオニス。
ここで別行動するあたり、ラウルは相変わらずちゃっかりとしています。
さて、次の光の女王と雷の女王との対面はどうなるでしょう?




