第626話 初めての空の旅
白銀の君はライト達を背に乗せて、シュマルリ山脈をゆっくりと北上していく。
眼下に見えるシュマルリ山脈の雄大な景色に、ライト達はしばし心を奪われていた。
「うわぁ……すごいね!」
「こりゃ絶景だな」
「さすがに俺達でもここまで高く飛ぶのは無理だからな」
感嘆の声を上げるライト達に、白銀の君が冷静な声で話しかける。
『ところで、天空島とやらへの方向は分かるのですか? 我が君は『今は北側にユグドラエル姉様の気配を感じる』と仰っていたので、とりあえず北側に向かっていますが』
「お、おう、そうだな、案内の方もきちんとしないとな」
白銀の君の方向確認に、レオニスが慌てて空間魔法陣を開き一枚の地図を取り出す。
白銀の君がシュマルリ山脈を北上していたのは、ユグドラグスのアドバイスがもとになっていたからのようだ。
ユグドラグスは、朧げながらでも天空樹ユグドラエルがいる方向を捉えることができるようだ。
やはり神樹族同士が持つ特有の感覚があるのだろうか。
そしてレオニスが出してきたのは、サイサクス大陸全土が描かれている世界地図。もちろん古代地図ではなく現代地図である。
地図を見ながら、レオニスが天空島の現在地を皆にも分かるように解説する。
「グライフに聞いた話だと、天空諸島はこの時期にはシュマルリ山脈北東部あたりに滞在しているらしい」
「えッ!? グライフって、そんなことまで知ってるの!?」
「ほら、グライフは以前、フェネセンに古代地図を譲渡していただろ? フェネセンに渡す前に、別の地図に天空諸島の航路を大まかに描き写しておいたらしい」
天空諸島の航路をグライフから教えてもらったとレオニスから聞き、ライトがびっくりしたように尋ねる。
古代地図の原本は、長い旅路に出るフェネセンへの餞として渡してしまった。
だが、天空諸島の航路が記された古代地図は貴重な資料。後学のために、他の地図にざっと航路を描き写しておいたという。
さすがはグライフ、知識を蓄えることに長けているスレイド一族の一員である。
「シュマルリ山脈の北東っていうと、エリトナ山があるあたり?」
「ああ、方角的にはその界隈だろうな」
「じゃあとりあえず、エリトナ山に向かえばいいんだね!」
「そうだな。白銀の君、エリトナ山は分かるか?」
シュマルリ山脈北東部といえば、火の女王が住まうエリトナ山のある地。ライトとレオニスも以前、火の女王に会うために数日かけて出向いたことがある。
そのエリトナ山を白銀の君が知っているかどうか、レオニスが問うた。
『エリトナ山、ですか。シュマルリの山々の中にあって、火の精霊の長である火の女王がいる山だというのは、一応私も知識として知ってはいます。とはいえ、我が君の御座す地からはるか遠い場所にあるので、私自身はまだ一度もその山を訪ねたことはありませんが』
「とりあえず、ここからしばらく北東に進んでくれ。エリトナ山の近くまで行けば、火の女王の強大な精霊の力を感知できるだろう。そしたらその周辺の上空を探せば、天空島が見つかるはずだ」
『分かりました。今から少し速度を上げますので、振り落とされぬようしっかりと掴まっておきなさい』
レオニスの指示を受け入れた白銀の君が、飛ぶスピードをグン!と上げた。進む方向が定まったことで、より早い到着を目指したのだろう。
ちなみにライト達は、一番前にレオニス、真ん中にライト、一番後ろにラウル、という順番で縦一列に座っている。
ライトはレオニスとラウルの間に挟まっている格好だが、これなら前後に落ちる心配はほとんどない。デコボコなサンドイッチもしくはハンバーガー状態だが、表面上は三人の中で最も弱いライトを安全第一に守るにはこれが一番最善の形なのだ。
そして、野生の竜の女王たる白銀の君に手綱なんてものはついてないので、レオニスが一度白銀の君に空中で停止してもらってからその首に縄を一周かけさせてもらっている。
その縄を先頭のレオニスが持ち、後ろに座るライトは自転車やバイクの二人乗りよろしくレオニスの胴体にしがみついて、振り落とされないようにするのだ。
ちなみにラウルには、輪にした後の縄の端を渡されている。それを掴んでバランスを崩さぬようにしろ、ということだ。
さらには最前衛のレオニスが風魔法による見えない盾、つまりは空気の壁を常時作り続ける。飛行による空気抵抗を打ち消して無くすことで、レオニス達は無風状態で座っているような安定した乗り心地を確保しているのだ。
飛ぶ速度を上げた白銀の君によって、シュマルリ山脈の険しい峰々が流れるように通り過ぎていく。
そうして三時間ほど経過したであろうか。天空島の所在地の目安としていたエリトナ山の近くまで辿り着いた。
『……先程から精霊の強き力を感じますね』
「そうだな、あの一際大きい岩山がエリトナ山だ」
火の女王の縄張りに入った白銀の君が、飛ぶ速度を徐々に落としていく。
眼下には未だに連綿と続くシュマルリ山脈、その中でも一際高く目を引く一峰こそエリトナ山である。
『では、この周辺のどこかに天空島があるのですね?』
「ああ。位置的にはもっと上空に浮いているはずだから、もう少し高度を上げて探そう」
『分かりました』
レオニスの提案に従い、ゆっくりと高度を上げていく白銀の君。
エリトナ山の頂上、その一点がほんのりと赤く光って見える。それはエリトナ山の火口。ぐつぐつと煮え滾る赤いマグマである。
うひょー、あれ、マグマじゃん!あの火口に落っこちたら、大抵の生物は蒸発するよな。……怖ッ!
……でも、遠くから見る分にはすっごく綺麗な赤色だな……
そんなことを思いながら、怖ろしくも美しいエリトナ山火口を見入るライト。
荘厳な大自然のあるがままの姿は、脅威や恐怖の中にも人々を惹きつけて止まない魅力があった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
白銀の君が飛ぶ高度を徐々に上げていって、しばらくした頃。
何の前触れもなく、突如周囲に大小様々な島が現れた。
うわッ!という声を上げてびっくりしたライトが、叫ぶようにレオニスに話しかけた。
「レオ兄ちゃん!急に島が出てきた!」
「天空諸島の隠蔽領域を突破したんだ」
「ほう、これが天空諸島というやつか。結構な数の島があるんだな」
突如現れた島々に、驚きながら周囲を見回すライトとラウル。
一方レオニスは以前天空諸島を訪れた経験があるので、然程驚いてはいない。
天空諸島には、地上からはその姿が見えないとされている。それは天空諸島が貼った結界、隠蔽魔法によって常時見えないようにしているのだ。
だが、ある程度の高度になると、その隠蔽魔法は消え去ったかのように島々の姿が見えるようになる。
天空諸島が施している隠蔽魔法は下界向けのものであり、同じ高度を保つ天空島同士で姿を隠す必要などないからである。
ライトが注意深く観察すると、大小合わせて十個くらいの島が見える。どの島もそこそこの大きさがあるようだ。
一番小さな島でも、田舎の小中学校の校庭くらいの広さはありそうに見受けられる。
『あの中で、我が君の姉君が御座すのは……あの島ですね』
「だな」
「だな」
「そなの?」
ライトを除く三者が、同じ方向を見ながら確認し合う。
ライトはまだその手の気配察知が得意ではないので、すぐには分からないのだ。
だが、レオニス達の視線の先を見ると、そこには一瞬山かと見紛うような巨大な樹木が生えている島があった。
「あッ、ホントだ!すっごく大きな木があるね!」
「あれが天空樹ユグドラエルだな」
「ああ、間違いないな」
『では、早速我が君の姉君のもとにご挨拶にまいりましょう』
ライト達が天空島に向かった目的の一つである、天空樹ユグドラエルの訪問。それを目の前にした白銀の君が、早速挨拶に向かおうと意気込んだ、その瞬間。
突如他の島々から多数の女性型天使のような兵士?が現れ、白銀の君の目の前に現れたではないか。
兵士達の動きはとても素早く、ライト達はあっという間に槍を持った天使達に取り囲まれてしまった。
そして兵士の中の誰が呟いたか、どこからともなくその号令は発せられた。
「侵入者を排除する」
ライトの初めての空の旅の始まりです。
ドラゴンの背に乗って大空を飛ぶ、というのは、ファンタジー世界ではド定番ですよね!゜.+(・∀・)+.゜
ですが、それを実際に物語に盛り込むとなると、どうしても諸々の問題がががが…( ̄ω ̄)…
まずは、ドラゴンの背に乗り続ける環境。
人間が飼育して調教する馬や飛竜などと違い、操作する手綱なんてものはないので、どうやって飛行中も安定した乗り心地を確保するか。
この乗り心地問題は、レオニスの魔法で空気抵抗を無くすことで何とか解決しましたが。
他にも、山よりも高い高高度を生身の身体を晒したまま高速飛行移動して大丈夫なのか?とか、高度が上がると気温の低下とか大丈夫なのか?等々。
そこら辺を現代知識と照らし合わせると、もう本当に収拾がつかなくなるので、ここは伝家の宝刀『魔法ありの異世界ファンタジーだからOK!』ということにしました。
だってぇー……高度を標高5000メートルにすると、その検索結果が気温-5℃、酸素濃度55%とか出てくるんですもん…(=ω=)…
氷の洞窟行きならともかく、天空島行きでそれはさすがに厳しい……ライト達をそこまで厳しい状況に追い込んでしまっては、楽しく探索するどころの話ではなくなるし。
何より天空島自体が、天空樹他数多いるであろう多種多様な生き物達の住める環境ではなくなってしまうので><




