第616話 天空島への切符
竜王樹がいる山を、超低空飛行でふよん、ふよん、と登っていく中位ドラゴン達。
走って登ってヘロヘロになった苦い思い出、その次にレオニスとともに竜王樹のもとに行くことになった時のこと。
レオニスに「空高く飛ぶから、敵の奇襲と思われて怒られるんじゃね?」「だったら地面より少し浮かぶだけの、ギリギリのところを飛べばいいんじゃねぇの?」と言われたのだ。
レオニスの斬新なアドバイスを聞いた、中位ドラゴン達。
皆一様に目を大きく見開き、しばし沈黙に包まれた後一斉に湧いた。
「オオオ、ソウイウ、手ガ、アッタカ!」「ソレナラ、下カラ、見エナイカラ、怒ラレナイヨナ!」「人間!オマエ、頭良イナ!」と、それはもう大はしゃぎしていた。
『目から鱗が落ちる』とは、きっとまさにその時の中位ドラゴン達のことである。
そしてその斬新な案の礼として、レオニスは竜王樹のもとに行く際に中位ドラゴン達の誰かの背に乗せてもらっている。
誰が誰を背に乗せるかは、毎回その都度あみだくじで決めている。
レオニスが地面に大きなあみだくじを描き、適当に線を引いてから四本の行き先のうちの二箇所にレオニスとウィカが立つ。
あみだくじの先頭は四頭が各自選び、その行き先にレオニスとウィカがいた者がそれぞれの背に乗せる決まりだ。
もちろんウィカが大当たりで、レオニスはハズレ扱いされるのは言うまでもない。
ちなみに本日の結果は、獄炎竜がレオニスを、氷牙竜がウィカを乗せている。
レオニスを背に乗せた獄炎竜は「チェー、俺モ、ウィカチャンヲ、乗セテェナー」とブチブチ零し、ウィカを手に乗せた氷牙竜は「ヤッタゼ!今日ハ俺、ツイテルゥー♪」と、超ご機嫌である。
そうして御一行は竜王樹ユグドラグスのいるところまで辿り着いた。
中位ドラゴン達は超低空飛行を止めて、地面に降り立つ。
「竜王樹ノ旦那ー、コンニチハー!」
「「「コーーーンニーーーチハーーー!」」」
「今日モ、人間ト、ウィカチャント、トモニ、遊ビニ、来マシター!」
「「「オッ邪魔ッシマーーース!」」」
竜王樹に向かって、底抜けに明るい挨拶をする中位ドラゴン達。
以前竜王樹に「いつでも遊びに来てね」と言われて以来、本当にちょくちょく顔を出すようになったのだ。
『やぁ、いらっしゃい。今日も皆元気そうだね』
「ハイ!オカゲサマデ!俺達、イツデモ、元気デス!」
『ふふふ、それは良いことだね。レオニスさんも、ようこそいらっしゃいました』
「やぁ、ユグドラグス。あんたも変わりなく壮健そうで何よりだ」
ユグドラグスが来訪者全員に優しく声をかける。
すると、レオニスが辺りをキョロキョロと見回してから、ユグドラグスに話しかけた。
「今日は白銀の君はいないのか?」
『白銀は今、周囲の警邏に出ています。これまでも時折警邏に出てはいたのですが、レオニスさんからいろんな話を聞いて以来、その頻度が格段に上がりまして……』
「あー……まぁな、警戒を怠らないのは良いことだと思うぞ」
『僕もそう思って、白銀のしたいようにさせています』
いつもユグドラグスの傍にいる白銀の君。その姿が見えないと思ったら、どうやら周囲のパトロールに出ているらしい。
一番最初にレオニスがこの地を訪れた時、白銀の君は人族という完全なる侵入者の気配を感じ取ってすっ飛んできた。
それくらいに他所者の気配には鋭い白銀の君だが、気配察知だけに頼らず自分の目で直に支配下の地域を見て回るのは良いことだ。
ちなみに最近では、レオニスがラグスの泉に現れても白銀の君がすっ飛んで見に来たりすることはもうない。
その気配の正体がレオニスであり、竜王樹やこの地域に害を成す者ではないと分かっているからだ。
警戒という名の出迎えがあったのは最初の三回までで、以降はすっかり放置プレイを受けているレオニス。竜の女王のお出迎えがないのは若干寂しいが、毎回とんでもない威圧をかけられるよりは自分から挨拶に向かった方が気が楽でもあったりする。
「ところで、ユグドラグス。ツィちゃんのアクセの調子はどうだ?」
『あッ、そのことなんですが、聞いてください!昨日初めて、アクセサリーからツィ姉様のお声が聞こえました!』
「お、とうとうツィちゃんの言葉まで聞けるようになったか? そりゃ良かったな!」
『はい!』
レオニスの問いに、ユグドラグスが弾んだ声で嬉しそうに報告する。
レオニスは中位ドラゴン達との親睦を図るために、この地を何度も訪れているが、ドラゴン達だけでなくユグドラグスのもとにも何度も訪れている。
また、その間にアイギスに注文したユグドラグスの枝のアクセサリーも出来上がったので、まずはそれにユグドラグスの分体を入れてもらって真っ先にユグドラツィにも届けたのだ。
『僕の枝を使ったアクセサリーをツィ姉様にも届けてもらってから、よりツィ姉様の気配を感じ取ることができるようになりました』
「そうか、やっぱ両方に分体入りのアクセを持たせるのが効いているのかもな」
『そうかもしれません。本当に、レオニスさんにはいくら礼を言っても言い足りないくらい感謝しています。遠く離れたツィ姉様とお話ができる日が来るなんて、夢にも思っていませんでした』
「夢が叶って良かったな」
『それもこれも、全てはレオニスさんのおかげです。本当に……本当に、ありがとう』
とても嬉しそうに、レオニスに何度も礼を言うユグドラグス。
ユグドラツィに竜王樹のアクセを届けた時にも、ユグドラグス同様とても感激していた。
ありがとう、ありがとう、と何度もレオニスに礼を言っていたユグドラツィ。どちらも礼儀正しくて、本当にそっくりな姉弟である。
そしてアクセの交換から数日経って、ユグドラツィとユグドラグスの通信状況はますます良くなり明瞭になっていったようだ。
やはり双方に分体入りアクセを持たせると、互いの気配がより強まって通じていくようになるのだろうか。
「そのうち他の神樹のところにも、皆のアクセを届けてやるからな。楽しみに待っててくれよ」
『はい!他の兄様や姉様とお話できる日を、心より楽しみにしています!……ですが……』
「ン? どうした?」
レオニスの予告に嬉しそうな返事をするも、すぐに言葉に詰まるユグドラグス。
どこかしら翳りのある様子に、レオニスが何事かとユグドラグスに問いかける。
『レオニスさんも、その際には十分お気をつけくださいね。神樹のある場所は、大抵が非常に険しい環境にありますから』
「なぁに、心配はいらんさ。そもそも俺は既にここに来れているんだ、そこそこ力があることは証明済みだろう?」
『!!……そうですね、レオニスさんならきっと何処にでも辿り着けることでしょう』
ユグドラグスの言葉の翳りは、どうやらレオニスの身を案じてのものだったようだ。
確かに神樹がいるとされている場所は、どこも秘境と呼ばれるような険しいところばかりである。
実際竜王樹ユグドラグスのいる一帯だって、白銀の君を始めとした多数の竜族が住まう地。本来ならば、決して人が足を踏み入れられるような場所ではない。
だが、レオニスはこうして今もユグドラグスと対面して、言葉を交わしている。
そのことを暗に気づかされたユグドラグスは、憂いが一切消えて晴れやかな声音になる。
そう、レオニスがシュマルリ山脈南方を完全攻略している時点で心配無用なのだ。
「ああ、そうだ。他の神樹といえば、ユグドラグスに相談があるんだが」
『僕に相談? 何でしょう』
「天空島には天空樹がいるよな? 俺達、近いうちに天空島に行きたいんだが」
『天空島ですか? 確かに天空に浮かぶ島々の中には、神樹族の長姉ユグドラエル姉様が御座す島がありますが……』
天空島にあるという神樹の一つ、天空樹ユグドラエル。
末弟のユグドラグスも、その存在は当然知っているようだ。しかも天空樹ユグドラエルは、六本の神樹の中でも最も樹齢を重ねた長姉であるという。
ということは、八咫烏の里にいるユグドラシアよりも歳上なのだろう。
天空島の存在を全く知らなかった中位ドラゴン達も、ユグドラグスの博識ぶりに「オオ、ヤッパ、竜王樹ノ旦那ハ、知ッテラッシャッタナ!」「サスガ、竜王樹ノ旦那ダ!」と感嘆しきりである。
「天空島には、精霊達の長である光の女王や雷の女王がいる。彼女達の無事を確認するために、天空島に会いに行かなきゃならないんだが。せっかくなら、天空樹のもとにも訪れたいんだ」
『そうですか。確かに天空島に行くなら、ユグドラエル姉様にも是非ともお会いしていただきたいですね』
「そこで、相談なんだが……ドラゴン達の中で、天空島まで行けそうなのはどのドラゴンかな? 俺達人族は、さすがに天空島のあるところまで飛ぶことができないから、ドラゴン達の背中に乗せてもらって天空島に連れていってもらいたいんだ」
『それでしたら、白銀が最も適しているかと』
レオニスの質問に、ユグドラグスは白銀の君が最適だと答える。
確かに白銀の君ならば、その大きくて靭やかな翼でもって天空島へもひとっ飛びで行けるだろう。
だが、何故かレオニスの方は若干渋い顔をしている。
「ぃゃー……白銀の君が、ユグドラグスのもとを離れて天空島まで飛んでくれるか?」
「エェー、絶対、無理ジャネ?」
「白銀ノ君ガ、竜王樹ノ旦那カラ、遠ク、離レタ、場所ニ、人間ヲ、ワザワザ、連レテッテクレルトハ、到底、思エン」
「ダヨナー」
「「「ナーーー!」」」
『ああ、た、確かに……そうかもしれませんね……』
レオニスと中位ドラゴン達の言葉に、ユグドラグスも躊躇いがちに同意する。
確かにレオニス達の言う通りで、ユグドラグスをずっと傍で守り続けている白銀の君が、ユグドラグスから離れることを承諾するとは到底思えない。
そんな噂をしていると、レオニス達の立っている場所にフッ……と影が差した。
レオニスが上を見上げると、そこには白銀の君が上空を飛んでいた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
上空を飛んでいた白銀の君が、ゆっくりと降下してレオニス達の横に降り立つ。
『我が君、只今戻りましてございます』
『見回りご苦労さま。特に異常はなかったかい?』
『はい、本日も特に変わった点は見受けられませんでした』
『そう、それは良かった。白銀もゆっくり休んでね』
『お優しいお言葉、ありがたき幸せに存じます』
白銀の君が警邏の報告をユグドラグスにした後、今度はレオニス達の方に向かって話しかけてきた。
『レオニス、来てたのですね。ようこそいらっしゃい、我が君も話し相手が来てとても喜んでいらっしゃいます』
「ああ、いつも適当に来ては邪魔してるよ」
『獄炎に鋼鉄、氷牙に迅雷も、よく来ましたね。……というか、其方達、前からそんなに仲良しでしたっけ?』
レオニスを歓迎した後、鋼鉄竜達にも声をかける白銀の君。
ここ最近、四頭が常にいっしょにいて絡んでいることに不思議そうな顔で問うてきた。
その問いかけに、鋼鉄竜達は満面の笑み?で答える。
「ハイ!我等ハ、ズット、仲良シデス!」
「今日ハ、竜王樹ノ旦那ニ、オ聞キシタイコトガ、アッテ、来マシタ!」
『我が君に聞きたいこと、ですか?』
「ハイ!エート……何ダッケ? 天空島?」
「ああ、そこから先は俺が話そう」
レオニスが鋼鉄竜の会話を引き継ぎ、白銀の君に先程ユグドラグスに話したのと同じことを説明していく。
レオニスの話をずっと静かに聞いていた白銀の君は、レオニスが一通り話し終えた後、徐に口を開いた。
『ふむ。その役目、私が担いましょう』
「え、白銀の君が天空島まで連れてってくれるのか?」
『その天空島には、我が君の姉君がいらっしゃるのでしょう? ならば我が君のお言葉を伝えるためにも、私が出向かねばなりません』
何と、白銀の君自らレオニスを天空島に運ぶ役を引き受ける、と言い出したではないか。
これにはレオニスもびっくりしながら問い返した。
「竜王樹から遠く離れても大丈夫なのか?」
『天空島に行って帰るのに、二日も三日もかかる訳ではないのですよね?』
「あ、ああ。天空島の場所さえ分かれば、半日もあれば十分だと思う。ただ、天空島の航路が不明だが……これは俺の知り合いに聞けば、何とかなるだろう」
『ならば問題ありません。朝に出立して、日が暮れるまでにここに戻ればいいだけの話です』
意外に乗り気な白銀の君に、レオニスもたじたじになりながら答える。
地上からは見えない天空島の航路に関しては、レオニスに心当たりがあった。それはグライフである。
グライフはかつて、フェネセンが長い旅に出る直前に催した食事会の際に、フェネセンへの餞として世界地図をプレゼントしていた。
その世界地図は古代地図で、天空島の航路も詳細に記されていた。世界地図自体はフェネセンに譲渡したが、あのグライフのことだ、きっと似たような地図を他にも持っているか、あるいは現代の世界地図に航路を書き写しているかもしれない。
とにかく、グライフに聞けば何とかなる!とレオニスは考えているようだ。
『で? その天空島とやらにはいつ行くのですか?』
「あー、ライトがもうそろそろ夏休みに入るから、十日後あたりで天気の良い日がいいかなー……とか考えているところだ」
『十日後ですね、分かりました。獄炎、鋼鉄、氷牙、迅雷、私が不在の折には其方達がこの山を守りなさい。何があろうとも絶対に、その身を賭して我が君をお守りするのです』
「「「「ハハッ!」」」」
白銀の君の指令に、鋼鉄竜達が跪いて承諾する。
やはり竜の女王からの指令だけあって、それに異を唱えることなどあり得ないようだ。
それに、この山は歴代の竜の王達が眠る場所。中位ドラゴン達にとっても守るべき聖地であり、竜王樹もまた聖地の象徴としてなくてはならない存在だった。
「皆にも迷惑をかけてすまんな」
『何を仰いますか。我が君の姉君に御目文字が叶うのです、これ程の栄誉はありません』
「天空樹のところに行く以外にも、精霊の女王達のところに寄り道したいんだが。それは大丈夫か?」
『日帰りできる範囲であれば、多少の寄り道も吝かではありません。むしろ、我が君への土産話ともなりましょう』
竜王樹の遣い以外にも寄り道したいというレオニスに、白銀の君は文句をつけることなく快諾した。
『では、十日以内に天空島の道筋を調べておきなさい。其方達が来たら、いつでも天空島に向かいましょう』
「ありがとう、恩に着る」
こうしてレオニスは、天空島への切符を手にしたのだった。
今回も天空島行きのためのあれこれです。
作中では言及していませんが、中位ドラゴン四種の中で最も天空島行きに向いているのは迅雷竜です。
その名の通り属性が雷=風属性で、身体も他の竜に比べてスリムで飛ぶのも得意です。
今回は、意外なことに白銀の君がその役目に名乗り出たので、迅雷竜の出番はありませんが。二回目以降の天空島行きでは出番があるかも。




