第605話 決闘の行方
太陽が山の向こうに沈みかかり、空も茜色に染まる頃。
岩だらけの谷間には山の影が覆い被さり、平地より一足先に宵の闇が迫る。
その谷間に仰向けで寝転がっているのは、鋼鉄竜。
一方のレオニスは、二本の足でしっかりと立って鋼鉄竜の顔を見下ろしている。
「……俺の話を少しは聞いてみる気になったか?」
「……アア、聞ク、ダケハ、聞イテ、ヤロウ……ダガ、ソノ前ニ……」
「ン? 何だ?」
「……少シ……休マセテ、クレ……」
息も絶え絶えな鋼鉄竜の言葉が、自然と途切れ途切れになっている。限界間近まで体力を消耗しきったようだ。
そう、昼間から続く激闘を制したのは、レオニスの方であった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
各種身体強化魔法を駆使したレオニスは、素早い動きで鋼鉄竜を終始翻弄し続けた。
鋼鉄竜が繰り出す爪や尻尾の攻撃を、レオニスは悉く交わしていく。そう、どんなに強力な攻撃でも当たらなければどうということはない!のである。
鋼鉄竜の巨体の周辺をヒョイ、ヒョイ、と軽業師のように動き回りながら、隙を見ては鋼鉄竜の身体に打撃を与える。
鋼鉄より硬いとされる鋼鉄竜の皮膚は、レオニスの軽めの打撃や蹴り程度では然程のダメージにはならない。
だが数回に一回、時折レオニス渾身の力を込めて繰り出す本気の全力パンチや、高所から勢いをつけて落下しながらのかかと落としはかなり効いたようだ。
「おらァッ!」
「グアッ!」
「まだやんのか!?」
「クッ……コ、コノ程度、蚊ホドモ、効カヌワ!」
レオニスに強烈なアッパーを食らった鋼鉄竜、身体が蹌踉けて二歩三歩後退る。
さり気なくレオニスが停戦を匂わせるも、鋼鉄竜は強がって屈しようとはしない。
鋼鉄竜の硬い皮膚を貫いて血を吸えるような蚊がいるのか?という、レオニスの素朴な疑問はこの際横に置いといて。
鋼鉄竜の方に戦いを継続する意思があるのだから、レオニスとしてもやめる訳にはいかない。
「そうか、そんならおまえさんの気が済むまでやろうじゃないか」
「我ハ、屈セヌ……絶対ニ、屈セヌゾ!」
「おう、夜通しでも二徹三徹でも、いくらでもやってやるぞ。おら、今度はこっちからいくぞ!」
そうしてレオニスと鋼鉄竜の戦いが続く。
数時間に渡って続く死闘に、何やら周囲にギャラリーがぽつりぽつりと増えていく。獄炎竜、氷牙竜、迅雷竜など、この荒地より少し離れた周辺地域を縄張りとする中位ドラゴンだ。
中位ドラゴン達は、同じ竜族の鋼鉄竜に加勢する訳でもなく、ただ傍観している。本当にただこの戦いを観に来ただけなのだろう。
レオニスも鋼鉄竜も、ギャラリーに全く構うことなくひたすら戦闘を継続する。今の両者の目には、互いに戦うべき相手しか見えていないのだ。
そしてもうそろそろ日が暮れ始めた頃に、決着がついた。
それまでももうかなりフラフラしていた鋼鉄竜が、とうとう背中からバターン!と仰向けに倒れ込んだのだ。
レオニスは鋼鉄竜が起き上がるまで、エクスポーションを飲みつつしばらくその場で待機していたが、起きる気配が全くない。
事ここに至って、ようやく己の勝利を確信したレオニス。
冒頭の問答となり、鋼鉄竜との対戦はここに幕を閉じた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「イヤー、何ヤラ、異様ナ空気ガ、漂ッテキタカラ、何事カト、見ニ来テミレバ……」
「鋼鉄ガ、コンナ小サキ者ト、戦ッテオルトハナ!」
「鋼鉄ヨ、何故ニコンナ事ニナッテンノ?」
それまで傍観に徹していた他の中位ドラゴン達が、勝敗が決したことを察して鋼鉄竜の周りにのそのそと近寄ってきた。
他人事ならぬ他竜事なので、どのドラゴンものほほんとしたものだ。
レオニスは一瞬だけ身構えたが、中位ドラゴン達がレオニスの方に襲いかかってくる様子はない。それどころか、レオニスなどそっちのけで鋼鉄竜を面白がって取り囲み、やいやいと話しかけているくらいだ。
その中の一頭の迅雷竜が、ふいっと囲みを離れて今度はレオニスに声をかけてきた。
「小サキ者ヨ、オマエハ、何者ダ?」
「俺は人族のレオニスってもんだ」
「人族カ……人族ガ、コノ地ニ来ルナド、二十年ブリ、クライカノ」
「ほう、ニ十年前にもここに来た人間がいたのか?」
「アア。俺ガ見タノハ、マルデ、太陽ノヨウナ、男ダッタ」
「太陽のような男……それは一体、どんな奴なんだ?」
「頭ニ毛ガ一本モ無クテ、ツルットシテテ、眩シイ程ニ、全身ガ、光リ輝イテイタ」
「…………」
迅雷竜が懐かしそうに語る昔話に、レオニスの頭の中にはとあるスキンヘッドの人物が無限に湧き出てくる。
筋骨隆々の見事な恵体を持ち、常に最前線をいく無敵の男。その才覚は冒険者業界を牽引するに留まらず、ボディビル界やファッション界にまで多大な影響を及ぼす。
その人物が、レオニスの脳内で爽やかな糸目の笑顔を浮かべている。真夏の雲を思わせる真っ白い歯は、脳内映像であっても眩しく輝いていた。
あー、あの人こんなとこまで来たことあんのか……今でこそおとなしくギルドマスターの仕事をバリバリこなしているが、現役時代はとんでもねー破天荒さで有名だったって話はよく聞くもんなぁ……
つーか、一体何しにこんなとこまで来たんだろ? ホンット無茶ばっかりして、全く物好きな人だよな!
レオニスは完全に己のことを棚上げし、脳内で爽やかな笑顔のとある人物を思い浮かべながらそんなことを考えている。
『本日のおまいう大賞は、レオニス君。君だ!』という声がどこからか聞こえてきそうだ。
そして、レオニスから少し離れた横でまだダウンしている鋼鉄竜の周りには、まだ他の竜達が群がっている。
「鋼鉄ノ……オメー、人族ナンゾニ、負ケチャッテ……プププ」
「全ク、何テ無様ナ姿、晒シテンダ、情ケネェナ!」
「……ソウ思ウナラ、貴様ラモ一度、アレト戦ッテミロ……」
「イヤ、遠慮シトクワ」
「アレ、絶ッ対ェーニ、人族ジャネェヨナ」
「アア、アリャ人族ノフリシタ、別物ダナ!」
ヘロヘロに倒れ込んでいる鋼鉄竜を揶揄しつつ、何やらレオニスのことを好き放題言っている。どうやらここでもレオニスは人外認定されてしまったようだ。
アレ呼ばわりとともに、中位ドラゴン達に好き放題言われたレオニス。別に怒るでもなく、鋼鉄竜の顔の真横に立つ。
「だーかーらー。俺はただの人間だっつーの。俺の背格好見りゃ分かるだろ?」
「ほれ、これを飲め。そうすりゃちったぁ体力回復する」
レオニスはそう言うや否や、空間魔法陣から取り出したエクスポーションを手に取りニヤリと笑う。
そしてエクスポーションの蓋を開けたかと思うと、鋼鉄竜の口に突っ込んだ。
「ングッ」
「さぁ飲め、ほれ飲め、エクスポならいくらでもあんぞー」
目にも止まらぬ早業で次々とエクスポーションを取り出しては蓋を開け、容赦なくどんどん鋼鉄竜の口に突っ込んでいくレオニス。
中位ドラゴンはオーガ族よりも大きな頭に大きな口をしているので、今日は特別サービスでニ十本のエクスポーションを突っ込んだ。
傍から見たらとんでもない虐待もしくは傍若無人な振る舞いだが、これはレオニスなりの鋼鉄竜への労いと心遣いなのである。
「ンガゴゴ……グハッ!……ゴキュゴキュ……」
「エクスポニ十本で足りるか? 足りなきゃもうちょい追加するぞ?」
「……(パリン、バキン、モクモク、ゴッキュン)……」
「あッ、コラッ!瓶まで食うんじゃねぇ!」
レオニスにエクスポーションを大量に突っ込まれた鋼鉄竜。
回復剤をゴクゴクと飲むどころか、瓶までその鋭い牙で噛み砕いて飲み込んでしまった。
鋼鉄竜はもともと地属性。そしてガラスも珪砂という砂が原料なので、ガラスで出来たポーションの空瓶を食べても平気なのだろうか。もしかしたら同じ地属性物質ということで、鋼鉄竜にとってはガラス瓶も美味なのかもしれない。
「ったく……エクスポの空き瓶まで食うヤツなんて初めてだぜ……」
「オオオ……身体ノ、疲レガ、消エテイクゾ……」
「そりゃ良かった。瓶まで食われた甲斐があったってもんだ」
「オマエ、戦イノ最中ニ、何度モ、何カヲ、飲ンデイタナ……オマエガ、飲ンデイタノハ、コレカ?」
レオニスが突っ込んだエクスポーションを二十本も飲み干し、その空き瓶まで全部食べ尽くしたおかげか、鋼鉄竜はすっかり元気を取り戻しその巨体を起こして立ち上がった。
そしてたった今、飲まされたばかりのエクスポーションのことを尋ねる鋼鉄竜。
己の身を以てその効果の程を知ったのだ、その驚愕は計り知れない。
「ああ。このエクスポは体力回復剤で、これとは別に魔力回復剤もある」
「戦イノ最中ニ、コンナモノヲ、使ウトハ……卑怯デハナイカ?」
「何言ってんだ、竜族と人族の体格差を考えろよ。卑怯云々言い出したら、あんたらの体格だって俺ら人族からしたら卑怯レベルなんだからな?」
「グヌヌ……」
鋼鉄竜の抗議に、レオニスは思いっきり眉を顰めながら反論する。
その顔には『はぁ? お前、何言ってんの?』という文字がデカデカと書かれているかのようだ。
「だいたいだな、人族の身で竜族と対戦するのに素のままで戦える訳ねぇだろ?」
「グヌヌヌ……」
「あんたらが言うところの『小サキ者』なりの精一杯の抵抗であり、体格差を埋めて渡り合うための手段だ。回復剤を使うことに文句があるなら、あんたも俺と同じ背丈くらいに縮んでから言え」
「グヌヌヌヌ……」
レオニスの紛うことなき正論に、鋼鉄竜もそれ以上抗議を続けることができない。
そんな二者の会話に、周囲のドラゴンがくつくつと笑いを漏らす。
「クックック……鋼鉄ノ、オマエノ完敗ダ」
「ココハ潔ク、負ケヲ認メルコトダナ」
「人族ニ、負ケルナド、コレ程、悔シイコトハナイノハ、分カルガナ」
「シカシ、鋼鉄ガ先ニ、地ニ倒レタノハ、紛レモナイ、事実ダカラナ」
「…………」
他者に諭されて、しばし黙り込む鋼鉄竜。様々な思いが胸に去来しているのだろう。
そうしてしばしの静寂の後、鋼鉄竜は徐にその口を開いた。
「……ソウダナ、我ノ完敗ダ。小サキ者ト思イ、侮ッテイタ。ソレハ、認メル」
「人族の底力を見せてやる、と言ったろう? どうだ、少しは人族のことを見直したか?」
「アア。人族トハ、我ラ竜族ト、十分ニ、渡リ合エル、強キ種族デアル、トイウコトヲ……此度我ハ、我ガ身ヲ以テ、知ッタ」
負けを素直に認めてしまえば、気持ち的にも楽になったのだろう。
人族を見直したという鋼鉄竜の顔は、とてもサッパリとしていて清々しい表情だった。
「じゃあ、一番最初に話した通り、俺と友達になってくれるか? あんたが言っていた『力を示せ』ってのをそれなりに果たしたと思うが」
「友達、カ……イイダロウ、我ガオマエニ、求メタ条件ハ、十分ニ、満タサレタ」
鋼鉄竜はレオニスの求めに応じ、右手の鋭い爪をそっとレオニスの前に差し出した。
レオニスはそれを握手の意と取り、爪の先端を軽く握る。
ここに鋼鉄竜とレオニスの友誼が結ばれた。
「エッ、何ナニ? 人間、オマエ、俺ラ竜族ト、友達ニナリニ、ココマデ来タノ?」
「何ソレ、面白ェヤツダナ!」
「ソシタラ、我トモ、友達ニナルカ?」
「鋼鉄ニモ、負ケネェ、オマエナラ、俺ラノ友達ニ、ナル資格ハ、十分ニアルゼ!」
レオニスと鋼鉄竜とのやり取りを見ていた他の竜達も、レオニスを取り囲み爪を差し出してくる。
レオニスは鋼鉄竜とも互角に渡り合うどころか、相手を殺すことなく純粋に拳の力のみで捻じ伏せたのだ。
もしこれが剣を用いての戦いだったら、ここまで竜達の歓心を引くことはできなかったであろう。
だが、レオニスと戦った鋼鉄竜からしたら、たまったものではない。
身体を張ってレオニスと戦い、その強さを証明してみせたのは他ならぬ鋼鉄竜なのだから。
鋼鉄竜は慌てて他の竜達を牽制しようとする。
「オイ、貴様ラ、チョット待テ!コレノ強サヲ、証明シテミセタノハ、コノ我ダゾ!」
「ン? ダカラドウシタ?」
「コレト、友達ニ、ナリタイナラ、貴様ラモ、コレト、全力デ戦エ!」
「……ッテ、鋼鉄ガ、言ッテルケドヨ、ドウスル?」
他の竜達が、一斉にレオニスの方を見る。
竜達の視線を一身に浴びたレオニス、頭をガシガシと掻きながら空を見上げる。
「ンーーー……もうそろそろ日も暮れる頃だし、時間もないからまた今度でいいか?」
「何ッ!?」
「ダヨナー、モウ、夜ニナルモンナー」
「「「ナーーー!」」」
「キ、貴様ラ……」
己の言い分をスルーされた鋼鉄竜、わなわなと震えている。
だが、レオニス達の言い分も尤もで、赤かった空は翳りを帯びて暗くなってきている。
「オ、オマエ!サッキ、夜通シデモ、二徹デモ、イクラデモ、ヤッテヤル、ト言ッテイタデハナイカ!」
「そりゃ鋼鉄竜、あんたとの対戦の話だ。こうしてあんたとは決着がついた以上、他の竜とまでぶっ続けで夜通し戦わなきゃならん理由はねぇよ」
「グヌヌヌヌ……」
「ハハッ!ソノ人族ノ、言ウ通リダゼ!」
「鋼鉄ノ、諦メナwww」
なおも食い下がる鋼鉄竜の味方は、残念ながらここにはいないらしい。
「俺はこの谷で一泊するから、話の続きはまた明日な。おーい、ウィカー、戦闘は終わったからもう出てきていいぞー」
「……うなぁーん!」
続きはまた明日、とレオニスは中位ドラゴン達に宣言した後、どこかに避難したウィカの名を呼ぶ。
するとしばらくして、ウィカがその姿を現した。
トトト……と遠くからレオニスのもとに駆け寄り、いつものように肩に乗って頬ずりをするウィカ。レオニスの無事を喜んでいるようだ。
「オオ、何ダ、サラニ小サナ、生キ物マデ、イタノカ」
「俺ラノ、爪ヨリ、チッコイゾ……」
「「「……可愛エエ……」」」
中位ドラゴン達の視線を一身に浴びるウィカ。
彼らに敵意がないことが分かるのか、いつもと変わらぬ糸目の笑顔で「うなぁーん♪」と愛想を振りまく。
その反則的なまでに愛らしい笑顔に、思いっきり胸を射抜かれる中位ドラゴン達。
仰け反る中位ドラゴン達の、ウグッ!グハッ!ハァッ!という小さな呻き声とともに、ズギャーーーン!バキューーーン!ドッカーーーン!という効果音がどこからともなく聞こえてきた、気がする。
「ハァ、ハァ……ナ、何ダ、コノ、稲妻ノヨウナ、衝撃ハ……」
「迅雷……オマエガ、電撃ヲ、放ッタ、訳デハナイ、ヨナ……?」
「当タリ前ダ……俺ハ、何モ、シチャイネェ……俺ハ、無実ダ……」
鋭い爪を持つ手を胸に当て、前屈みになって必死に押さえ込む中位ドラゴン達。
ウィカの愛らしさは、中位ドラゴン達をも速攻で魅了してしまう程の威力を持っているのだ。
「じゃ、俺は今からここにテントを張って、ここで一晩過ごすからよろしくな。皆良かったら明日の朝、またここに来てくれ」
「オオ、面白ソウダカラ、マタ明日、来ルワ!」
「あ、鋼鉄竜は約束通り、竜王樹のところまで案内よろしくな」
「承知シタ。我モマタ、明日、ココニ、来ヨウ」
「ジャ、皆、マタ明日ナー!」
一頭、また一頭と中位ドラゴン達が己の縄張りに戻っていく。
最後に鋼鉄竜も去り、レオニスはテントを張ったりして夜を過ごす準備をしていった。
レオニス vs 鋼鉄竜の死闘の決着です。
相変わらず拙作はバトルシーンが続きません!><
まぁ、レオニスも剣と魔法を封印しての完全なる肉弾戦なので、描写を事細かに書いたところで華やかさもド派手さもないんですけども( ̄ω ̄)
途中、雷竜の証言により突如某冒険者ギルドマスターが登場しましたが。レオニスの脳内での出演なので、残念ながら恒例のファッションショーは無し。ぃゃ、彼の御仁のファッションショーがないことを残念がる読者様がいるとは思っておりませんけども。
とりあえず、ドラゴンと友達になろう!大作戦は成功しそうです。
やはり脳筋族は拳で語り合うのが一番ですよね!




