第585話 黄金色の龍の性別と名付け
「「『…………』」」
卵の殻を全て破り、空中に浮遊した黄金色の龍。
使い魔の卵から出てきた、あまりにも想定外の種族にライト達は絶句しつつ、目の前にふよふよと浮いている龍をただただ見つめる。
「これは……龍、ですねぇ……」
『龍、なのですか……?』
『何てカッコイイ子なんでしょう!』
半ば呆然としているライトとミーアの横で、ミーナだけが手放しで褒めちぎる。早くも親バカならぬ『姉バカ』モード炸裂である。
この新たに生まれた黄金色の龍。
身体は蛇のように細長く、顔には長い髭、頭には一対の角と立派な鬣を持ち、四本の手足には鋭い爪を持つ指が三本ある。
前世の日本でいうところの、いわゆる東洋型の龍である。
ライトはこの黄金色の龍を見て、頭の中であれこれと考える。
『あー、見た目は前世で見た使い魔の龍と同じだけど、色が違うなぁ……色は黄金色だけど、黄金龍クエストの黄金龍とも姿形が微妙き違うし……使い魔の龍にレアカラーを施したレア種、もしくはその追加バージョン?』
『ていうか、前は黒が雄で白が雌だったはずだけど……黄金色ってどっちの性別だろう?』
『ぃゃぃゃ、それよりまずはステータスを見てみよう……そしたら性別なんかも分かるはずだし』
前世の使い魔の中にもいた龍との違いを浮かべつつ、早速この黄金色の龍のステータスを見てみることにしたライト。
『アナザーステータス』を発動し、早速鑑定した。
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【名前】―
【種族】黄金龍
【レベル】1
【属性】光
【状態】通常
【特記事項】従属型使役専属種族第三十九種甲類
【HP】60
【MP】30
【力】8
【体力】6
【速度】5
【知力】5
【精神力】4
【運】7
【回避】6
【命中】6
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「おおお……今度もちゃんと見れたぞ……」
『主様、何が見れたのですか?』
思わず呟いたライトの言葉に、ミーナが反応した。
「あ、えーとね、今この子のステータスを見てたの」
『どんな感じのステータスでしたか?』
「レベル1で、光属性で、使い魔の三十九番目の種族で、甲類だから男の子だね」
『男の子ですか!そしたら私の弟ということになるんですね!』
「そうだね。ミーナは三十七番目の種族だから、本当に後発の弟分だね」
黄金色の龍の性別が男の子と聞き、ミーナが「私の弟!」とそれはもう大喜びしている。
特記事項の種族情報も、ミーナが三十七種であるのに対し、この黄金色の龍は三十九種。
ミーナの力天使の後に追加された種族ということになり、本当に弟のようなものである。
続けてライトは他のステータスにも着目する。
HPがかなり高くMPが低めということは、物理系寄りの種族ということだ。これはやはり、与えた餌がHP回復剤のグランドポーションだったことに起因しているのだろうか。
とはいえMPが全く無い訳ではないので、魔法や魔術も何かしら使えるのだろう。どんな魔法が使えるかは全く想像もつかないが、そこら辺も追々分かってくるに違いない。
ステータスがだいたい判明したところで、次は名前だ。
ここでライトはミーアとミーナの方に身体を向き直した。
「そしたら、この子の名前は何にしよう? 二人はどんな名前がいいと思いますか?」
『名前、ですか……そうですねぇ、どんな名前がいいかしら……』
『男の子なので、カッコイイ名前がいいです!』
「カッコイイ名前……」
「「『うーーーん……』」」
生まれてきたのが弟なので、カッコイイ名前がいい!と主張するミーナ。
ライトもミーアももちろんその意見に賛成だ。眩いばかりに輝く全身黄金色の龍だ、どうせなら強くて格好いい名前にしたい。
だが、黄金色の龍に相応しい名前がすぐには思いつかない。
三人してうんうん唸りながら、しばし考え込む。
その三人の中で、真っ先に口を開いたのはミーアだった。
『そしたら、ドラゴンの『ドラ太郎』はどうでしょう?』
「『ドラ太郎……』」
『それか、ドラゴンの『ゴン兵衛』ですとか』
「『ゴン兵衛……』」
『真ん中の二文字を取って、『ラゴ助』なんてのもいいかも』
「『ラゴ助……』」
頭の回転の早いミーアが、次々と名前の案を出す。
だが、彼女が繰り出してくる案のどれもが微妙かつ残念感の漂うようなものばかり。ライトとミーナは迂闊に賛同することもできず、ただただ復唱するしかない。
『ミーアお姉様、さすがにそれはちょっと……』
『え? ダメですか?』
「ミーアさんにも、不得意なことってあったんですねぇ……」
『え?? 不得意なこと、ですか??』
ミーナとライトの呟きに、一体何のことやらさっぱり分からない様子のミーア。頭の上に、たくさんの『???』が浮かんでいる。
普段はクレアにも負けないくらいの『完璧なる淑女』な彼女だが、どうやらネーミングセンスにだけは恵まれなかったようだ。
だがしかし、この世に完全無欠な存在などありはしない。そもそも創造神からして完璧ではないのだ、完璧ではない創造神の手で生み出された者が完璧なはずもない。
また、もしそんな完璧な存在だったら、あまりにも畏れ多くて凡人には近寄ることすらままならないだろう。
そういった意味でも、完璧に見えるミーアにも欠点があることを知ったライト達はミーナより親近感を覚えた。
『ぇー、コホン。ミーアお姉様が今挙げた、お名前候補の是非はともかくですね……ミーアお姉様は、とっても可愛らしいと思います!』
「そうだね、今日のミーアさんはとっても可愛いよね!」
『え? え?? ミーナもライトさんも、突然どうしたんですか???』
「ミーアさんの可愛さに負けないくらいに、新しい弟君にも素敵な名前をぼく達で考えよう!」
『そうですね、主様の仰る通りです!私もミーアお姉様に負けないよう、弟に格好いい名前を考えてあげないと!』
『?????』
ミーアの思いがけない愛らしさをヨイショしつつ、名付けからはさり気なく遠ざけようとするライト達。
二人の気苦労が忍ばれるというものである。
「とりあえずですね。この子は西洋型の『ドラゴン』ではなく東洋型の『龍』なので、ドラゴンという概念からは離れた方がいいです」
『西洋型に、東洋型……竜という種族の中でも、そのような区分があるのですね』
「はい。同じ龍でも地域差というか、場所によって捉え方とか概念が全く違うんですよね。それに、見た目もかなり違いますし」
『そしたら、ドラゴンとか龍とかの種族には拘らない名前を考えた方が良さそうですねぇ……』
ライトの説明をおとなしく聞くミーアとミーナ。
このサイサクス世界の竜は、基本的に西洋型の竜が多い。例えば飛竜や翼竜なんかも典型的な西洋型の竜で、体型は蜥蜴に似ていて皮膜型の翼を持つ。
一方東洋型の龍は蛇に似た細長い体型で、目に見える翼はないが飛行能力は持っている。
新しく生まれた使い魔は、明らかに後者の特徴を持っている。なので、西洋型ドラゴンをその名の由来にするのは相応しくないのだ。
さてそうなると、どういう名前にすればいいものか、ますます悩むライト達。
龍の子太郎……龍之介……ンーーー、ちと古めかしいかな……
そしたら金色関連……金太郎、金之助……待て待て、これじゃミーアさんのことどうこう言えんやろがえ!
つーか、そもそもこのサイサクス世界で和風な名前って、今までほとんど見かけたことないんだよな。
そしたら、ゴールド……ゴールデン……ルデン……ルディ……
目を閉じ眉間に皺を寄せ、しかめっ面をしながら必死に考え倦ねるていたライト。
ようやく脳内で、何とかまともな名前になりそうな響きに辿り着く。
ライトはその目をパチッ!と開き、明るい顔で提案した。
「金色を表す『ゴールデン』から、ルディ、というのはどうかな?」
『ルディ……良い名前ですね!』
『響きも男の子っぽくて、とても良いと思います!さすがは主様ですぅ!』
ライトが出した『ルディ』という案に、ミーアもミーナも顔を綻ばせながら賛成する。
それまでライト達三人の様子を、無言のままずっと不思議そうな顔で見ていた黄金色の龍。
その龍に向かって、ライト達が話しかけた。
「君の名前は『ルディ』だよ。気に入ってくれるといいんだけど」
『こんにちは、ルディ。このサイサクス世界に、ようこそいらっしゃい』
『ルディ!私の弟として生まれてきてくれて、本当にありがとう!』
それぞれ皆とてもにこやかな笑顔でルディに話しかけているが、中でもミーナが一番嬉しそうだ。
ミーナがその手でお使い中に拾ってきた使い魔の卵、それが念願叶ってようやく孵化したのだ。ずっと待ち望んでいた弟妹、弟に会えてものすごく嬉しいのだろう。
そしてその嬉しさは、言葉だけでなく行動にも現れる。
感極まったミーナは、ありがとう!の言葉とともにルディと同じ高さに飛び全力で抱きしめた。
ミーナがルディの首っ玉に抱きつき、両腕でギューッ!と抱きしめている。そしてルディの頬に己の頬を当てて、これまた全力で頬ずりをするミーナ。
天地開闢をも上回りそうな喜びを、ミーナは全身で表している。のだ、が―――
『ルディ!!』
『ンギャッ!?』
『私はミーナ、貴方のお姉さんですよ!』
『ンキャ……』
『これからは私のことを、ミーナお姉ちゃんって呼んでね!』
『ンキュゥ……』
ミーナの全身全霊全力の熱い抱擁に、ルディがぐったりとしている。
先程のライトじゃないが、そのあまりにも熱すぎる抱擁にレベル1で生まれたばかりのルディには堪えられなかったようだ。
それを見たライトとミーアが、慌ててミーナを止めに入る。
「ちょ、ちょちょ、ミーナ!? ルディがダウンしてるよ!?」
『ミーナ、ルディが苦しがってますよ、離れなさい!』
『……ン? ……ああッ、ルディ!ごめんなさい!!』
ライト達の警告にミーナもようやく我に返り、焦ってルディから離れる。
ミーナから解放されたルディは、そのまま地面にぺたりと落ちてしまった。
ライトは急いでマイページを開き、回復スキルの一つ『キュアラ』を選択し、ルディを使用対象に指定して発動した。
ルディからふわりとした柔らかい光が発生し、その身体を優しく包み込む。
ちなみにこの『キュアラ』、ライトが一週間前に新たに選択した職業の僧侶光系二次職【治癒師】の★1で習得するスキルである。
その効果はサイサクス世界の中級魔法に当たり、レオニスなどもよく使用するものと同等である。
ライトがかけたキュアラのおかげで、ルディの身体の光が消えた頃にはパチッ、と目を覚まして再びゆっくりと空中に浮上した。
「はぁぁぁぁ、ルディが無事で良かったぁぁぁぁ……」
『ああッ、ルディ、ごめんなさい!本当にごめんなさい!』
『ミーナ……ルディが生まれてとても嬉しいのは分かりますが、ルディは生まれたての赤ん坊ですよ? もっとよく考えてから行動しましょうね?』
『はい……本当にごめんなさい……』
ルディが無事回復した様子を見て、安堵するライトの横で懸命に謝り続けるミーナ。半べそどころかその罪悪感から、ポロポロと涙を流している。
そんなミーナにミーアも強く言えないのか、涙を零す優しく諭すように反省を促す。
ミーアは泣きながらルディの身体をそっと撫で続ける。
『ルディ、ダメなお姉ちゃんでごめんね……これからは、もっともっと気をつけるから……ちゃんとした、立派なお姉ちゃんになるから……お姉ちゃんのことを嫌いにならないで……ぅぅぅ……』
生まれた直後に自分を絞め落としたヤツなんて、ルディからしてみたら敵と思われても致し方ない。敵認定されてしまったら、嫌われるに決まってる―――ミーナはそう思っているようだ。
時折ヒック、ヒック、としゃっくりをしながら、ミーナはルディに向かってずっと謝り続けている。
そんなミーナを、じっと見ていたルディ。
何を思ったか、その口というか鼻先でミーナの頬を擦り始めた。
それはまるで、ミーナの涙を拭い取るような仕草だ。
ルディのその仕草を見たライトは、安堵の表情でミーナに声をかける。
「ルディが許してくれるって。良かったね、ミーナ」
『……ホ、ホント、ですか……?』
「うん。だって、ミーナの涙を拭いてくれてるよ?」
『そうですよ、ミーナ。ルディはとても優しい子ですね』
『…………』
ライト達の言葉に、ミーナの涙もピタリと止まる。
そしてミーナがルディの顔をを見上げると、ルディは優しい笑みを浮かべているように見える。
「ルディの手には鋭い爪が三本あるからね。手で拭くとミーナの顔に傷をつけちゃうって思ったんじゃないかな?」
『そうでしょうね。本当にルディは思慮深くて、思い遣りのある子です』
『ルディ……そう、なの……?』
まだしゃっくりの止まらないミーナが、不安そうにルディに問う。
するとルディは、その細長い身体をミーナの身体に巻きつけた。
もちろん締め上げるような力は全く入れていない。ミーナの身体に触れるか触れないか程度の隙間を作っている。
それはきっと、今のルディにできる抱擁のような表現なのだろう。
「ルディだって、ミーナに悪気があった訳じゃないのはきっと分かってるよ。だからこうして、怒ることなくミーナに巻きついているんだよ」
『ミーナ、私達の弟がこんなに優しい子に生まれてきてくれて、本当に良かったですね』
『……!!』
ミーアの言葉に、ミーナの目が大きく見開かれる。
このルディは、ミーナが拾ってきた使い魔の卵から生まれた。そうした経緯もあって、ミーナはその孵化をずっと心待ちにしていたのだが、それはミーアにとっても同じことだったのだ。
生まれも種族も全く違う自分のことを、誰憚ることなく妹と言って可愛がってくれるミーア。
自分が姉と慕う巫女の、天よりも広く海よりも深いその慈愛に、ミーナの瞳から再び滂沱の涙がポロポロと零れる。
『ミーアお姉様の言う通りです……本当に、本当に……ルディが私達の弟として生まれてきてくれて、これ程嬉しいことはありません……』
『主様、本当にありがとうございます。この御恩は決して忘れません。このミーナ、今まで以上に忠誠を尽くして参ります』
その頬からとめどなく流れる涙を気にすることなく、改めて忠誠を誓うミーナ。
思いっきり畏まられてしまったライトは、慌ててミーナに語りかける。
「そそそそんな、そこまで気負わなくてもいいよ。前もミーナに言ったけど、ぼくがミーナに求める役割は一つだけ。この転職神殿で、皆で仲良く暮らしていってほしい……ただそれだけなんだから」
『主様……それは、いつも通りに過ごせばいい、ということですか?』
「そうそう、そゆこと!ミーナが楽しければミーアさんも楽しい、ミーアさんが楽しければルディも楽しい、皆が楽しければぼくも嬉しい!」
ライトの単純明快で実にシンプルな理論に、横にいたミーアも微笑みながら頷いている。
いつの間にかミーナの肩に、その頭をちょこんと乗せているルディ。見た目は厳つい黄金色の龍だが、その仕草は何とも可愛らしい。
『……分かりました。これからもずっと主様の願いを叶え続けられるよう、私も頑張ります。ミーアお姉様、ルディ……不束かな妹で、不束かな姉ですが、これからもどうぞよろしくお願いします』
『ええ、これからもライトさんの願いを皆でいっしょに叶えていきましょうね』
頭を深く下げるミーナの穏やかで真摯な言葉に、ライトもミーアも頷きながら静かに微笑むのだった。
新たな使い魔の子への初めてのプレゼント、名付け。
その恒例の作業にて、思わぬところで巫女ミーアさんの不得意分野が発覚。
今まで欠点らしい欠点のなかったミーアさんにも、こんな一面があるんだ……と、ライトもびっくり。
ですが、そこまで致命的な欠点でもないし、逆にその愛らしさに親近感が湧くというものですよね!(・∀・)
ただし、間違っても今後ミーア一人に名付けを任せてはイカンザキですが…( ̄ω ̄)…
もしミーアのあのセンスで名付けが通ってしまった日には、名付けられた子から一生恨まれそう><
周囲の人々がミーアを止めてあげないとね!
ちなみに今回ライトが披露した、回復スキル『キュアラ』。
僧侶系に転職したのが一週間前。一週間もあれば、難易度が最も低い一次職はもちろんのこと、二次職の★3くらいまではあっという間に進められるのです。




